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第七百七十四話 御前試合(十四)

「決勝戦まで勝ち進んだんです、リューグ=ローディンなんて蹴散らして、優勝しちゃってくださいよー」

「軍団長……発言にはもう少し気をつけてください」

 ニナ=セントールが周囲の視線を気にしたのは、ドルカ=フォームの発言だけが原因ではない。場所が場所だった。セツナが運悪くドルカと出くわしたのは、控室から練武の間へと至る通路であり、通路は、御前試合の関係者でごった返していたからだ。そんな中、耳元で囁くでもなく、ごく普通にそんなことを口走ってきたものだから、セツナも度肝を抜かれたものだし、控室からついてきていたファリアたちも面食らったのは間違いなかった。

 王宮警護の警備員たちや、御前試合関係者も、聞いていいものか、聞かなかったふりをするべきか、判断に困っているような顔をしていた。

「大丈夫大丈夫、だれに聞かれたって領伯が守ってくださるさ。そうですよね」

 強引に同意を求められたものの、セツナはどう反応をすればいいものか、迷いに迷った。

「ドルカさんってそんなひとだったっけ?」

「え? なにを仰られているんです? 俺は最初から、こんなんですよ」

「いや……もっと内に熱を秘めたひとだったような」

「ふっ、なにを仰るかと思えば、そのようなことですか。安心してください。いまでも俺の胸のうちには燃えたぎる情熱がありますからね」

「全然違うじゃないですか」

 セツナは、ドルカという人物の本心がまったくわからず、途方に暮れた。ドルカ=フォームといえば現実的な皮肉屋であり、セツナを利用してでものし上がろうという野心家の側面も持っていた人物だったはずだ。少なくとも、セツナの記憶の中では、このようなことをいってくる人物ではなかったのだが。

「なにも心配しなくても、セツナが勝つわよ」

 ミリュウがセツナの背後から身を乗り出して告げると、ドルカは、当然のようにうなずいた。

「そうですよね、うん。そうに決まっている。では、観客席で応援していますので」

「軍団長が無礼を働き、本当に申し訳ありません」

 ドルカがそそくさと練武の間へと向かっていくと、ひとり残されたニナは、セツナに深々と頭を下げ、それからドルカの後を追っていった。

「あ……なんなんだ、いったい」

 セツナはいうだけいって去っていったドルカが、あっという間に視界から消えてしまったことに茫然とした。ミリュウが少しばかり怒気を含めてつぶやいてくる。

「本当、無礼な奴ねえ」

「ドルカ軍団長らしくはなかったわね」

「元から軽薄な奴だったわよ」

「そうでしたっけ?」

「あたしにとってはね」

 ルウファの疑問に、ミリュウは主観であるという断りを入れた。ザルワーン軍の捕虜であった彼女にしてみれば、ドルカの印象が悪いのも当然だろう。ドルカにしてみても、味方を何人も殺した捕虜に対して、印象を良くしようとは考えていなかったはずだ。ミリュウがこれほど心強い仲間になるなど、捕縛当時は思いも寄らなかったことだ。いまでこそミリュウはいなくてはならない存在だが、捕縛当時のミリュウはただの敵でしかない。

 敵と敵。印象が悪いのも当たり前のことなのだ。

 そんなことを思いながら通路を進んでいく。観客席に向かうミリュウたちと別れる際、彼女たちから激励を受けた。つぎは決勝戦だ。

「相手は強そうだし、怪我だけはしないようにね」

「そうね。こんな場所で大怪我なんてされたら、それこそ示しが付かないわ」

「負けてもなんら恥じることないですからね」

「そうだねえ、負けて元々だよ」

「御主人様、わたくしも怪我をしないことだけを祈っておりますわ」

「なんでみなさん、負けることが前提なんですか。御武運を祈ってますね、セツナ様」

「お兄ちゃん、頑張って!」

 まともに応援してくれたのがエミルとエリナだけだったことに泣きそうになりながら、セツナは、彼女たちを見送り、自分は通路を進んだ。リューグの強さについてはよく知っている。知っているが、もっと強くなっているのは間違いないようだった。成長するのは、セツナだけではない。当たり前のことだ。だれもが毎日自身を鍛え上げている。元から強い相手がさらに鍛えているのだ。追いつけないのが普通だ。

 しかし、セツナはいまに至るまで、三試合、勝ち抜いている。ニナ=セントール、ラクサス・ザナフ=バルガザール、バレット=ワイズムーン。三人が三人、召喚当初のセツナより遥かに強い戦闘者だった。勝てたのが不思議だった。マリアの言葉ではないが、負けて当然だと思っていた。

「セツナ様、いま、ドルカの奴と話しておられましたな」

 突然話しかけてきたのは、グラード=クライドだった。

「グラードさん。そうですけど……ドルカさん、どうしたんです?」

「ああ、やはり……」

 グラードは渋い顔をした。なにか思い当たることでもあるようだった。

「ドルカの奴、昨夜から様子がおかしかったので、セツナ様に迷惑をかけたのではないかと思ったのですが……どうやら思った通りのようですね」

「迷惑だなんて、そんなことはないんですよ。ただ発破をかけられただけなんですが、それがドルカさんらしくないなって思って」

「……単純にわたしが敗れたのが気に食わないのでしょうね」

 グラードの困り顔は、同僚に対するものではなく、親が子供の応対に苦心するといった感じのものに見えた。グラードとドルカが親と子ほど歳が離れているからだけではなく、ふたりの関係が親子のようなものだからかもしれない。ドルカが、グラードに懐いているということは、セツナも知っている。

「リューグに?」

「おそらく。リューグ殿は、ログナー戦争で名を上げた方。生粋のログナー人であるドルカには、受け入れがたいものがあるのかもしれません」

「それなら、俺はどうなるんです?」

 セツナが問うと、グラードは少し驚いたような顔をした。セツナもまた、ログナー戦争でこそ名を上げたといってよかった。また、それより前のバルサー平原の戦いもまた、ログナー人との衝突であり、そこでも大量にログナー人を殺している。リューグなど、比べ物にならないほどだ。

「セツナ様とは、ともに戦ったことがありますし、色々話したことで、気を許しているのでしょう」

「なるほど」

「どうか、あいつのことを悪く思わないでやってください」

「悪く思うも思わないも、あの程度のことで、ドルカさんの評価が変わるようなことはないですよ」

「それを聞いて安心しました。それでは、セツナ様、御武運を」

 グラードがガンディア式の敬礼をして、セツナの前から去っていった。

 練武の間の舞台へと続く通路には、もはや御前試合の関係者しかいない。観客は観客席に向かったか、向かっている最中であろうし、グラードのようにこれまでに敗れた参加者も観客席から決勝戦を見守るようだった。

 緊張を覚える。が、体は軽い。マリアの指圧のおかげで、全身の筋肉の凝りが解され、体を動かすことになんの支障もなかった。これならば、最大限の力を発揮できるだろう。最大限の力を発揮できて、やっとまともに戦える――そんな相手が待っている。唾液を飲み込んで、通路の先、光輝く決勝の舞台に向かった。

 歓声と拍手が、舞台袖のセツナを包み込む。

「王妃殿下の御懐妊および無事の御出産を祈願する御前試合も残すところ一試合のみ! 第四回戦、いや、決勝戦のみとなりました!」

 ゼフィル=マルディーンの昂揚した声が、会場に響き渡る。口髭紳士ことゼフィルらしくないとしか言いようが無いのだが、勝ち抜き戦の進行役が板についてきたのは間違いなかった。マイクでも持たせたい気になる。似合うだろうか。

(似合うかもな)

 天井に吊るされた照明が、円形の舞台を照らしている。照明とは魔晶灯であり、魔晶灯を覆う囲いが、光を一方向に収束させ、舞台上を青白く照らしていた。

「参加者は全部で十六名! その中から、たった二名だけが、決勝のこの舞台に上がることが許されたのです!」

 ゼフィルが声を上げ、観客がそれに応える。ゼフィルの声は、よく聞こえた。喉が潰れるのではないかと心配するほどに張り上げられており、彼が進行役としてどれだけ頑張っているのかがわかるというものだった。

「名も無き剣士は数多の戦場で功績を積み重ね、ついに夢の舞台へ! 東からは、リューグ=ローディン!」

 ゼフィルが読み上げると、リューグが舞台に上がり、地が揺れるほどの反応が観客席からあった。リューグは、この二日で知名度を上げたようであり、人気を獲得してもいた。彼はもはや無名の剣士などではなくなっている。

「流星の如く現れた黒き矛はいまやガンディアの象徴といっても過言ではない! 西からは、セツナ=カミヤ!」

 セツナは、ゼフィルに促されて、舞台上に向かった。

 数多の声が耳に響く。天地が震えるような反応。ふと北を見ると、貴賓席の様子が視界に飛び込んでくる。身を乗り出したナージュが手を振っており、レオンガンドがしっかりとセツナを見ていた。

 ふたりのためにも、勝ちたい。

 セツナは拳を握り締めると、役員から木剣を受け取った。リューグと対峙する。試合開始直前、当然、木剣の届く距離ではない。が、相手の顔は、よく見えた。リューグ=ローディン。彼の容姿というのは、アザーク領土で出遭ったときとなにも変わってはいない。幾分、血色が良くなったかもしれないが、誤差の範囲内でしかない。鋭い目だ。一瞬の隙も見逃さないだろうし、わずかな誤判断が命取りになる相手なのは間違いない。それは、これまでの相手との戦いでも同じだったし、それによって勝利を得たこともあるのだが。

「これより、御前試合決勝、試合開始です!」

 ゼフィルが宣言し、舞台から飛び降りる。試合の邪魔にならないようにだ。

 観衆の声が一段と大きくなる。

「お久しぶりで、ニーウェ殿」

「懐かしい名だ」

 一時期、正体を隠すため、ニーウェ=ディアブラスと名乗ったことを思い出した。その名は、いまは《獅子の尾》で飼っている犬の名前になってしまっている。

「互いに立場も置かれている状況も変わり果て、こんな場所で戦うことになるなんてねえ」

「敵として、じゃなくてよかったよ」

「敵ですよん」

「そうだな」

 リューグの木剣が眼前を抉った。見切ったセツナは、微動だにしなかったが、前髪がわずかに切られ、視界を彩るのを目の当たりにして、背中に冷たいもの感じた。先もいった通り、普通に剣が届く距離ではない。

 剣風が、前髪を切った、ということらしい。

「さあ、はじめましょうぜ。ウェディ」

「だれだよ」

 かつてのように言い返しながら、セツナは地を蹴った。


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