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第七百七十一話 御前試合(十一)

 バレット=ワイズムーン。

 レオンガンド・レイ=ガンディアの側近衆“四友”のひとりであり、武人としての面影を色濃く持つ人物だ。黒髪に褐色の肌は、ガンディア人には見えない。南方人の血が流れているのかもしれず、ナージュと並んで立つと兄弟か親族に間違われるかもしれないほどだった。顔が似ているわけではないのだが。

 彼自身はガンディアのマルダール出身であり、父親はマルダールの鍛冶師として知られている。彼の父親の評判を聞いたレオンガンドがマルダールを訪れた際に知己となり、ガンディオンに招聘されたといい、その際、彼はレオンガンドからワイズムーンという家名を賜ったという。ワイズムーン姓は、ガンディアの歴史に残る騎士の家名であり、レオンガンドのバレットへの期待が込められているといっても過言ではなかった。

 セツナと彼の接点は、決して多くはないが、印象深いものだ。セツナの活躍を伝え聞いた彼の父親が、セツナのために鎧兜を製作し、彼によってセツナの手に渡ったということがあった。特注の鎧兜は、戦争の最中に破壊されるなりしてしまうのだが、そのことでセツナが責められたことは一度もない。むしろ、防具の本懐を果たせたと喜んでくれてさえいた。

 バレット親子には感謝するしかない。

 舞台上、緊張感が満ちていた。観客も固唾を呑んで見守っているようだ。ミリュウたちですら、黙って見守っている。

「セツナ様」

 木剣を構えたセツナが中々動かないことを不審に思ったのか、バレットが声をかけてきた。

「ここは戦場。日々のことは忘れ頂ますよう」

「真剣勝負、ということですね」

「はい。わたくしも、全力で御相手させていただきますゆえ」

「最初からそのつもりですよ」

 セツナが告げると、バレットが嬉しそうに微笑んだ。が、つぎの瞬間には鋭い突きが飛んできている。右肩に衝撃。セツナははっとして、左に動いた。バレットは視界から消えている。

「バレット、得点一!」

 セツナは右肩に残る激痛に冷や汗をかきながら、ゼフィルの淡々とした宣告を聞いた。実戦ならば貫かれ、腕が使えなくなっていたところだ。油断したわけではなかった。しかし、どこかに気の緩みが生まれていたのは間違いない。それをバレットが見逃さなかった。ただそれだけのことだ。

 バレットの木剣に変化の予兆が見えなかったのも大きい。なんの兆しもなく、突然、猛烈な突きが飛んできたのだ。危うく転倒し、勝利点を得られるところだった。

 セツナは、右肩の痛みを無視して、視線を巡らせた。すぐにバレットの姿を捉える。円形の舞台上。隠れる場所はない。

(あと九点……)

 御前試合は、競技試合と呼ばれる形式で行われている。ガンディアのみならず、大陸中で広く知られる試合形式であるらしい。アルマドールの闘技場が発祥だといわれており、死人を出さずに盛り上げられる試合形式を模索していた末に生まれたものだという。もちろん、いかに木剣であっても打ち所が悪ければ、ひとは死ぬものだ。そのため、御前試合では対戦相手が死なないように注意する必要もあった。必ずしも全身全霊で戦うことはできない。

 もちろん、そのための競技試合である。

 競技試合とは、その名の通り、得点を競う形式だ。

 木剣が対戦相手に触れれば、得点となる。極めて簡単な形式であり、セツナでも一瞬で理解できた。体に触れればいい、というわけではなく、攻撃の意図がないただの接触では得点にはならない。当然のことだ。

 御前試合においては、先に十点を得たほうが勝利となる。手数の多いほうが有利というわけだ。しかし、一発逆転の要素もあり、それが転倒による勝利点、というやつである。

 木剣による攻撃で相手を転倒させることができた場合、得点差に関わらず、転倒させた側の勝利となるのだ。

 実戦においても転倒は命取りになる上、転倒するほどの攻撃を受けた場合、死ぬことも多いからだという。

 転倒による勝利点がなければ、セツナが勝ち抜いてくるのは難しいことだったかもしれない。ニナとの試合も、ラクサスとの試合も、勝敗を決めたのは転倒による勝利点だ。ニナの試合はともかく、ラクサスとの試合は、得点では押されていたのだ。転倒による勝利点は、まさに起死回生といってもよかった。

 だから、負けても不思議ではなかった。

(まだまだ……!)

 バレットは、間合いを取っている。遠距離からの攻撃方法がある、ということはあるまい。

 得物は、互いに木剣。攻撃範囲に差があるわけでもなければ、衝撃波を発生させられるわけもない。木剣を手にしている限りセツナは常人であり、バレットもまた、通常人だ。攻撃手段による差はない。もちろん、腕の長さの差が、そのまま攻撃範囲の差にはなる。セツナの攻撃範囲外からでもバレットの斬撃や突きは届くのだ。距離を取られるのは、不利としか言いようがない。

 距離を取られれば、セツナには、間合いを詰める以外の手がなくなるからだ。相手が接近するのを待つのは、相手にとって一方的に有利な間合いに入られるのを待つのと同義だ。こちらが有利な間合いなどありえない。接近し、とにかく距離を詰めるしかない。

 バレットが距離を取っているのは、明らかにこちらの接近時に隙を見出すという意図があった。わかってはいたが、その狙いに乗るしかない。でなければ、得点を重ねることができない。

 当然、試合には制限時間もある。六十分。それを長いと感じるか、短いと感じるかひとそれぞれだろう。一点でも取ってから逃げ続けるには長すぎ、何点もの得点差を覆すには短すぎるのかもしれない。

 つまり、バレットが逃げ続けるというのは、考え難い。逃げ回るのも、体力を消耗するものだ。

(いや、本気で試合に勝利するつもりなら、ありうるか?)

 一方で、レオンガンドとナージュの御前で、そのようなつまらない試合展開にしようとはしないだろうとも考える。バレットのことだ。それくらい考えないはずがない。考えた上で、逃げ回るという可能性さえあるのだが。

 セツナは、一直線にバレットに向かった。バレットが左に動く。流れるような移動は、彼が剣の使い手として高名だということを思い出させた。直角に、進路を変える。敵を視界から逃してはならない。それでは相手に得点を重ねられるだけだ。

 バレットは、移動を止めていた。セツナの接近を待っている。バレットの狙いは明らかだ。こちらの動きが見え透いているのだ。

 セツナの動きは、いつだって直線的だ。

『いつもいってるだろう。動きが直線的過ぎる。駄目。最悪。いつになったらわかるんだよ。どうせなら死んでくれ』

 ルクスの叱咤激励が脳裏に浮かぶ。いや、激励など一切ない。容赦ない罵倒の数々。だが、セツナの欠点を的確に教えてくれる金言の数々でもあった。そして、そういった言葉が、セツナにとってはありがたいとしかいいようがなかったのだ。それに、いってくれるということは、見放していないということでもある。たとえ口汚く罵られようとも、そこに希望を見出すことができる。

『あらゆる角度を意識しろ。全周囲、全方位に攻撃の可能性を探せ。攻撃される可能性を考えろ。敵の攻撃は必ずしも直線ではないだろう? 剣はまっすぐ? 矢はどうだ? まっすぐ飛んで来るだけか? 違うよな。矢は弧を描いて降ってくることもある。あらゆる可能性を、ただの一瞬で思い浮かべろ。思い浮かべ、実践しろ。一秒じゃない。一瞬だ。ほら、いまこの瞬間、おまえは何度死んだ? いってみろ。違う。十五回、おまえは俺に殺されている』

 バレットの間合いに入った瞬間、胴払いが来る。予測通り。左右に移動しても避けきれない一撃。セツナは、瞬時に後ろに引いた。直線から直線。バレットの斬撃が空を切る。隙は一瞬。間合いぎりぎりのところでの斬撃だった。距離を詰めてからでなければ、こちらの攻撃は届かない。右前方へ飛ぶ。バレットの木剣は、セツナからみて右から左へ振り抜かれていた。右に空隙が生まれている。もちろん、そんなものは一瞬でなくなるが、その一瞬が大事だった。

 間合いを詰めるには、十分過ぎる一瞬だ。

 バレットが木剣を構え直したときには、セツナは彼の側面に到達し、木剣を振り下ろしている。

 痛打が、彼の背を貫いた。

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