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第七百六十七話 御前試合(七)

 御前試合第二回戦第四試合、セツナ=カミヤ対ラクサス・ザナフ=バルガザールの戦いは、大方の予想を上回る激しさで観衆を驚愕させた。

 一部では、その見た目の差からラクサスが優勢かと思われていたが、セツナの戦い振りも凄まじいものがあった。ラクサスの苛烈な猛攻に食らいつき、一歩も引かず、烈しい攻防を繰り広げた。ラクサスの木剣がセツナを捉えたかと思えば空を切り、セツナの突きがラクサスの影を貫く。ラクサスが宙を舞えば、セツナも空に躍った。両者の剣の技が冴え渡り、試合を白熱させ、観客を熱中させた。

 応援の声さえ上げるのを躊躇うほどに、ふたりの戦いは華麗であった。

「今日のセツナは褒めてもいい。相手の動きをよく見ている」

 試合の最中、不意にルクス=ヴェインがつぶやいた。彼の巧みな解説が聞けるのは、レムたちの特等席くらいのものであり、普通の観客席でも満足できるのは、傭兵たちの会話が面白いからに他ならない。

「日頃の訓練のおかげかしら」

「いや、前にもいった通り、セツナの目の良さは最初からさ。それがこの一年の戦争で磨き上げられている」

 ルクスが、セツナの動体視力に肉体がついてきている、という話をしたのは、つい数時間前のことだ。それがセツナの現在の実力に繋がっているということのようだ。以前は、体がついていかず、それゆえに弱かったらしい。レムには想像もできないことだ。

 セツナは、レムの奇襲を避けてみせたことがあった。あのとき、セツナは黒き矛を召喚していなかった気がするのだ。つまり、そのころには体ができあがりつつあったということになる。それは昨年十二月のことであり、あれから四ヶ月。セツナの肉体はさらに鍛えられている。

「セツナは、ガンディアのだれよりも、苛烈な戦場を生き抜いてきたんだ。だれよりも多くの死線を潜り抜けてきたんだ。普通なら何度死んでいてもおかしくはないくらいの戦いをね」

「実際死にかけてはいるわよ」

「死にかけても生き残った。それがつぎの戦いの力になる。そうやって、彼は成長してきた。心身ともにね」

 ラクサスの振り抜いた一撃がセツナの影を切った。セツナは、ラクサスの死角に回り込んでいる。観客が息を呑んだ。撥ね上げられた木剣が、ラクサスの長身を空中高く打ち上げる。

「弟子として不十分だった最初に比べれば、いまは合格点を上げてもいいかな」

 セツナは木剣を振り上げた姿勢のまま、ラクサスが落下するのを見届ける。転倒による勝利点が、セツナに加算された。

 沈黙が、場を支配した。

 一瞬、なにが起こったのかわからなかったからか、それとも、あまりの出来事に衝撃を受けすぎたからなのか。

「勝者、セツナ=カミヤ!」

 ゼフィル=マルディーンがセツナの勝利を宣言したことで、沈黙は破られた。万雷の拍手が轟き、悲鳴のような歓声と嬌声がセツナを絶賛した。もちろん、敗者への惜しみない声援もある。いや、この一戦に関しては、勝者も敗者もなかった。両者に賞賛が贈られていた。

「うおっしゃあああ! さすがは俺のセツナだ!」

「だれのですか」

「っていうか、あたしのだから」

「俺の弟子っすよ」

「わたしのお兄ちゃん!」

「私の御主人様でもありますね」

「俺の尊敬する隊長ですよ」

「どういう張り合い方なのよ」

「人気者だということで……」

 嘆息するファリアを宥めたのはエミルだけだった。

 セツナは、ラクサスに手を伸ばし、ラクサスはしっかりとセツナの手を握った。立ち上がった後、ラクサスはセツナを褒め称えでもしたのか、セツナが赤面するほどに恐縮した。

 ふたりが舞台を去ると、ゼフィル=マルディーンが真ん中に立って、観客席を見回した。

「御前試合第三回戦は、明日この練武の間にて行われます! 第二回戦を勝ち抜いた四名のうち、だれが勝利の栄光を手にするのでしょうか! では明日、再び、この練武の間でお会いいたしましょう!」

 進行役が板についてきたのか、ゼフィルの口調は、御前試合開始当初とは変わり果てたものになっていた。

 観客も熱に浮かされていたのだろう。ゼフィルの煽りに応え、盛大に拍手し、声を上げた。



 試合後、控室に戻ると、セツナはやはり、マリア=スコールによる指圧を受けていた。半裸になり、寝台にうつ伏せになったセツナにまたがり、丹念に筋肉をほぐしていくマリアの表情は、真剣そのものだ。

 軍医としてのマリアの腕に対して不満を持つものは、《獅子の尾》にはひとりもいなかった。腕は確かだ。セツナの命を二度も救い、ミリュウも彼女のおかげで助かったという。マリアは元々ガンディア軍の軍医であり、《獅子の尾》専属となったのはレオンガンドの計らいによるものらしい。

《獅子の尾》はガンディア最強の戦闘部隊であり、もっとも過酷な戦場に赴くことが多い。負傷は当たり前となる。そういったとき、頼りになるのは腕の立つ軍医だ。

 レオンガンドが彼女を《獅子の尾》専属にするという判断は、正解だったということだ。

「ラクサス様に勝つなんて、大金星もいいところじゃない」

「本当よねー。あたしには想像もつかなかったわ」

「おふたりの評価が低すぎるのでございます。わたくしの御主人様ですよ?」

「あんたの主だからってなんなのよ」

 そういわれれば、答えようがないのが困りものだった。実際のところ、レムがセツナを主と認めるのは、強いからではない。もちろん、黒き矛を握った彼の強さは、それだけで主に認めるだけの価値のあるものだ。しかし、彼女がセツナを自分の主として認めるきっかけとなったのは、もっと単純なことだ。

 彼の側にいるには、それが一番手っ取り早かった。

 主と使用人という関係ならば、常に側にいることができる。

 彼の声を聞くことができる。

 ただ、それだけのことだった。

「可愛らしい?」

「セツナに可愛いところがあるのは否定しないけど」

 ミリュウが多少あきれたのは、レムの返答が予想とは違ったからかもしれない。


「俺だって信じられないよ」

 セツナが口を開いたのは、控室内が落ち着いてからだ。ミリュウに惜しまれながら晒していた半裸を上着の中に隠した彼は、レムの淹れたお茶で喉を潤した。

「黒き矛なしでニナやラクサスさんに勝てたなんてさ」

 セツナにとってそれがどれほどのことなのか、レムにはさっぱりわからない。昔からセツナと一緒にいるファリアやルウファには理解できることらしく、そこばかりはふたりのことを羨ましく思えてならなかった。

 セツナは、昔話をしないからだ。彼のことを知ろうにも、彼から直接聞き出すことができない。それが少し寂しい。

「ルクスさんも褒めてたわよ」

「師匠が?」

「うん。合格点も上げていいってさ」

「合格点……」

 セツナのはにかんだような顔を見ていると、頭を撫でてあげたくなる衝動に駆られるが、それは使用人のすることではない。

「ルクス様は、御主人様に対して辛辣な言葉しか吐かない方だと認識していましたので、御前試合の最中、御主人様におかけになられた言葉の数々には、驚きを禁じえませんでしたわ」

「そんなに酷いの?」

「はい。ミリュウ様がお聞きになられたら卒倒するか、ルクス様に食って掛かるのではないかと思うほどでございます」

 レムは、一切の誇張なく、真実を告げたつもりだった。ルクスが直々に行う訓練は、訓練などという生易しいものではなかったし、セツナにかける言葉も激しく、レムですら怒りを感じることがあるほどのものだ。セツナはルクスの攻撃と口撃に耐えなければならず、はからずも心身を鍛えることができていたようである。

 ルクスには、セツナの精神も鍛えようという意図があるのは、疑いようがない。彼は普段、平然と辛口の発言をするような人物ではないからだ。

 ミリュウが少しばかり後退りしたのは、やはり普段のルクスからは想像もつかないからだろう。

「へ、へえ……これからも訓練についていかないほうが良さそうね」

「そうでございますね。ルクス様のことを嫌いになられたいのなら、話は別でございますが」

「セツナの師匠を嫌いになりたいわけないでしょ。うん、これからもセツナの訓練の付き添いはあんたに任せるわ」

 ミリュウがめずらしくレムに一任してきたことに、彼女は驚くしかなかった。いかにルクスのことを嫌いたくないというのは本心だとしても、まさか嫌っているレムに任せるとは思いもよらなかったのだ。ファリアがうなずく。

「懸命な判断ね。ま、あなたには弟子がいるんだし、他人の弟子にかまけている暇もないでしょ」

「そうなのよねえ。ねー、お弟子ちゃん」

「はいっ、師匠!」

「息あってんなー」

「本当、どういうことなのかしら」

「不思議でございますね」

 ミリュウとエリナ師弟の仲の良さは、ルクスとセツナ師弟とはまったく別の関係のように思えたが、それが悪いことだとは思えなかった。ミリュウは、物事を冷静に判断できる人物だ。依存し、溺愛しているセツナのことでさえ、本来の力量については冷徹なまでに分析し、認識している。

 彼女がエリナを甘やかし、間違った方法で育成するということは、到底考えられなかった。

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