第七百六十六話 御前試合(六)
第二回戦第三試合は、メノウ・ザン=オックス対バレット=ワイズムーンによるものであった。メノウは王立親衛隊《獅子の爪》副長であり、第一回戦で敗れた《獅子の爪》隊長のためにも優勝を目指しているらしく、気合が入っていた。
対するバレットは、いわずと知れた国王の側近であり、進行役のゼフィル=マルディーン、一回戦で対戦したスレイン=ストール、貴賓席の世話係をしているケリウス=マグナートらとともに四友と呼ばれる特別な立ち位置にいる人物だ。国王の腹心でもある彼らは、ガンディアが大国化するに連れ、重要性が増していった。国政にも関与し、ガンディアが安定しているのは、彼ら四友の働きによるところが大きい。その中で、バレット=ワイズムーンは武人としても知られており、その暴風のような太刀筋は、内政に専念させておくのは勿体無いと思わせるほどだった。
メノウとバレットの戦いは、これまでの二試合同様、激しく、観客の度肝を抜いた。
激烈な剣の打ち合いは、練武の間に無数の衝突音を響かせ、両者の木剣が折れ、破片が観客席に飛び込んだほどだった。木剣を持ち替えるために試合が一時中断したのも、ふたりの試合が初めてのことであり、観客は熱狂した。
「バレットさんっていい人よね」
木剣を取り替えている最中、ファリアがつぶやくと、ミリュウがすかさず同意した。
「鎧おじさんね」
「なにそのいいかた」
「セツナに鎧を用意してくれるおじさん」
ミリュウの発言の意図は、レムにも理解できた。セツナが戦争時に着用する竜の意匠の鎧は、バレット=ワイズムーンの父親であるマルダールの鍛冶屋が鍛え上げたものであり、毎回毎回、バレットがセツナに届けるのだ。セツナの戦いは激しく、強烈だ。鎧は、彼の戦いについていけず、破壊されてしまうことが多い。戦争のたびに新調せざるを得なくなる。
セツナは、そのことについて大いに反省しているのだが、バレットがいうには、父はむしろ喜んでいる、ということだった。鎧が壊れてもセツナが無事ならば、セツナを護る役目を果たしたということだから、らしい。
セツナが重傷を負うのは、大抵、通常の鎧では防ぎきれない攻撃による。
「……本人を目の前にした時に言わないことを祈るわ」
「いうわけないでしょ。これでも礼儀作法は心得ているわ」
「最近、それも怪しく感じることが多いわよ」
「あら、それは勘違いではございませんこと?」
「いまさら取り繕っても遅いわよ」
「ああん」
「師匠は完璧です!」
エリナが突然大声を出した。奇妙な声を上げたミリュウが落ち込んだと思い、慰めるつもりでいったのかもしれない。ミリュウは、エリナを抱き寄せると、頬ずりをした。
「ありがとう、褒めてくれるのはあんただけよ」
「師匠……!」
感涙するエリナを横目に、ファリアが唖然とした。
「なにこの師弟」
「可愛らしいじゃないですか」
「……いいけど。別にいいけど」
ファリアは、それでもなにか納得出来ないという顔をしたが。
「試合再開だぜ、お嬢さんがた」
前の席のシグルドが、こちらを振り返った。観客席は、まさに席である、練武の間の中央に設けられた試合用の舞台を大きく取り囲むように何百もの椅子が、所狭しと並べられている。もちろん、観客が移動する空間は確保されているのだが、息が詰まるような圧迫感があることは確かだ。傭兵たちは最前列に陣取り(どうやら、参加を辞退したルクスのために用意されたらしい)、レムたちはそのすぐ後ろの席に座っていた。
「お嬢さんだなんて、そんな本当のことを」
「馬鹿言ってないで」
「馬鹿いうな」
「まあまあ」
口喧嘩を始めるふたりをなだめるのは、やはりルウファの役割だったようだが、ふたりの間に入られる場所ではなかったため、いまいち効果はなかった。もっとも、ミリュウも本気で口論するつもりはなかったようだが。
試合再開早々、バレットが繰り出した斬撃がメノウの利き手を捉え、木剣を空中に打ち上げた。メノウがはっとした瞬間、バレットの容赦のない突きがメノウの腹に突き刺さり、彼女はそのまま転倒。バレットが勝利点を得て、勝者となった。
両者の白熱した戦いぶりに惜しみない拍手が贈られた。
バレットとメノウが舞台上を去ると、舞台脇にセツナが姿を見せた。観客の注目が、セツナに集まる。もちろん、対戦相手にもだ。
「つぎがセツナね。それにしても、よく第一回戦勝ち抜けたものね」
「あたしも驚いたわ」
「わたくしからしてみれば、おふたりの御主人様の評価の低さに驚きを禁じえませんわ」
「仕方ないじゃない。ひょろひょろのセツナの記憶が強いんだもの」
「まあ、ひょろひょろっていうほどじゃなかったけどね」
「戦闘者とは言い難い体型だったのは、事実だよ」
ルクスが口を挟んできたのは、弟子のことは師匠が一番良くわかっているとでもいいたいからかもしれない。
第二回戦第四試合は、セツナ=カミヤ対ラクサス・ザナフ=バルガザールだ。第一回戦第八試合同様、王立親衛隊長同士の試合ということもあり、観客の注目度も高い。
「お兄ちゃん、なんで昔の名前なの?」
エリナがファリアに尋ねた。彼女は、ファリアとミリュウの間の席に座っている。
「試合形式上、王宮召喚師として参加することはできないし、領伯の名で主張したくなかったからじゃないかしら」
「ファリア様の仰る通りでございますよ」
レムが肯定すると、ファリアは妙に嬉しそうな顔をした。セツナの思考がわかったことが嬉しいのだろう。
ゼノンは、王宮召喚師という意味の称号だ。武装召喚師として力が使えない以上、その称号を飾る意味はないとセツナは考えた。さらにラーズ=エンジュール、つまりエンジュール領伯の名を使わなかったのは、ファリアのいったように自己主張が強すぎるからだ。領伯は、ガンディアではふたりしかいない特別な地位だ。セツナは、その地位が力になることを嫌った。
もっとも、名を改めたところで、彼を知る人間からすれば、なにも変わらないのだが。
「ラクサス様といえば、ルウファのお兄さんよね?」
舞台上、ラクサスとセツナが対峙した。ラクサスのほうが遥かに上背がある。まるで大人と子供ほどの身長差であり、体格も違うため、勝敗は一目瞭然と思われてもおかしくはなかった。
ラクサス・ザナフ=バルガザール。その名の通り、バルガザール家の人間であり、長男である。バルガザール家の例に漏れず、秀麗な顔立ちをした貴公子であり、木剣を構える姿すら絵になった。
セツナはセツナで様になっている。体つきも決して貧相ではない。ファリアやルクスのいうひょろひょろだったセツナというのが想像できないほど、しっかりと筋肉がついている。しかも見た目だけの筋肉ではない。実戦の苛烈さの中で身についていった筋肉は、戦闘用といっても過言ではないはずだ。もちろん、それこそ、ラクサスも同じようなものだろうが。
「そうですけど。それがどうかしたんですか?」
「仲は良くないの?」
「なんでそうなるんですか」
突拍子もないミリュウの言葉にルウファがうなだれた。
「だって、応援しているように見えないし」
「いやあ、俺にも立場ってものが」
「そうよねえ。仮にも《獅子の尾》副長ともあろうものが、《獅子の牙》隊長を応援するなんてできるわけないわよねえ」
ファリアが大袈裟にいうと、ミリュウがいたずらっぽく笑みを浮かべた。
「板挟みってやつね」
「あのですね」
うなだれたまま反論もできない様子のルウファを、エミルが宥めた。
「第二回戦第四試合セツナ=カミヤ対ラクサス・ザナフ=バルガザール!」
ゼフィル=マルディーンの声が響くと、両者は睨み合って、木剣を構えた。