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第七百六十五話 御前試合(五)

 王妃ナージュ・レア=ガンディアの懐妊を祝福し、無事の出産と生まれてきた子の健康を祈るガンディア古来の行事である、御前試合は四月六日、王都ガンディオン獅子王宮練武の間にて開催されていた。

 御前試合は、合計十六人の参加者による勝ち抜き戦であり、優勝者には多額の賞金と多大な名誉が贈られるということで、全参加者に気合が入っていた。

 参加者には、ふたつの場合が考えられた。

 ひとつは、主催者である王宮が参加を要請した場合。こちらは、ガンディア王宮が、ガンディアへの貢献と戦歴、人格などを加味した上で選考され、合格したものであり、選出されるだけでも相当な名誉がある。十六人中、六人がそれに当たる。

 大将軍付きの副将ジル=バラム、国王側近バレット=ワイズムーン、国王側近スレイン=ストール、王立親衛隊《獅子の牙》隊長ラクサス・ザナフ=バルガザール、王立親衛隊《獅子の爪》隊長ミシェル・ザナフ=クロウ、王立親衛隊《獅子の尾》隊長セツナ=カミヤ。

 この六人以外にも参加を打診された人物はいたようだが、首を縦に振らなかったものもいたということらしい。セツナは参加を厳命されたものの、絶対に参加しなければならないという文言があったのは、親衛隊長だけのようだ。王妃の懐妊祝である。王立親衛隊の隊長が参加しない訳にはいかないということだろう。

 もうひとつは、御前試合の開催決定とともに通知された一般参加枠に応募し、王宮による審査を通過した上、審査通過者同士による勝ち抜き戦を突破したものである。こちらは実力さえあれば一般人でも参加することができるものの、なんの実績もない一般人は選考の段階でふるい落とされるため、実質的にはガンディアにある程度貢献したものしか選ばれなかった。こちらは十人が該当し、《蒼き風》の傭兵や親衛隊士などがそれに当たる。

 ガンディア軍ログナー方面軍第一軍団長グラード=クライド、王立親衛隊《獅子の牙》隊士リューグ=ローディン、傭兵団《蒼き風》突撃隊マーカス=アンディート、エンジュール黒勇隊ハルシェ=デューム、王立親衛隊《獅子の牙》隊士シェリファ・ザン=ユーリーン、王立親衛隊《獅子の爪》副長メノウ・ザン=オックス、ガンディア軍ログナー方面軍第四軍団副長ニナ=セントール、ガンディア軍ガンディア方面軍第四軍団長ミルヴィ=エクリッド、ガンディア軍情報部ミース=サイレン、傭兵団《蒼き風》突撃隊エルク=エル。

 ガンディア軍の軍団長や、情報部の人間が参加していたりと、中々に混沌とした顔ぶれであるといえた。一般参加枠ということは、軍団長や情報部の人間も王宮による審査を通過し、勝ち抜き戦を突破した猛者であるということであり、相当な手練れであることは明白だった。

 当然ながら、御前試合に参加するだけでも相当な名誉であり、ガンディア軍情報部のミース=サイレンなどは、御前試合の舞台に立てただけで感極まってしまい、対戦相手であったグラード=クライドとまともな試合を行うことが出来ないまま、敗北したようだった。もっとも、元より力量差は明らかであり、グラードの優勢は両者が対峙したときにはだれにもわかったのだが。

 この場合、ミースが弱いのではなく、グラードが強いのだ。ミースも審査通過者による予選を勝ち抜くだけの実力はある。

 一般参加者の中で異彩を放ったのが、エンジュール黒勇隊のハルシェ=デュームだろう。惜しくもシェリファ・ザン=ユーリーンに敗れてしまったものの、黒勇隊の名を王宮に知らしめることができたのは間違いなかった。そして、エンジュール領伯セツナの下に、黒勇隊という戦闘部隊が存在することが認知されたのは、黒勇隊にとっては良かったのかもしれない。

 ハルシェ=デュームは第一回戦終了後、セツナの控室を訪れ、領伯様と戦ってみたかったと悔しがり、セツナに訓練での戦闘を打診され、歓喜に打ち震えたものだった。また、その場でセツナによってレムが彼に紹介された。レムには意味がわからなかったが、よくよく考えて見れば、当然のことでもあった。レムは、ガンディア国籍を得、ガンディアに属することにはなったものの、王立親衛隊《獅子の尾》所属ではなく、エンジュール領伯の支配下に入ったのだ。つまり、エンジュールの領民であり、領伯専属の使用人というのが、彼女の立場である。

 エンジュールの領民からなる黒勇隊の隊士であるハルシェとは知り合っておいても損はなかった。今後、エンジュールで顔を合わせることもあるかもしれない。

 そんなこんなで、第一回戦後の休憩が終わり、第二回戦が始まった。

 レムは、セツナを応援するため、ミリュウ、ファリア、ルウファ、エミル、エリナとともに会場である練武の間に赴いた。軍医のマリア=スコールだけは、舞台付近で待機することが許されており、彼女は特等席だと喜び、ミリュウたちに自慢していた。ミリュウは口惜しそうにしていたものだ。

 第二回戦第一試合は、グラード=クライドとジル=バラムが激突した。軍団長と副将軍による戦闘は熾烈を極めた。強力無比な一撃を武器とするグラードと、緩急自在の動きで翻弄し、巧みな技で点数を重ねるジル。一時、女傑の剣技が冴え渡り、点数において優勢を維持していたが、動きに乱れが出たところをグラードが見逃さなかった。猛烈な突きがジルを捉え、舞台上に突き倒した。攻撃による転倒で勝利点を得たグラードが勝利し、第三回戦に駒を進めた。

「実に面白いな」

「ええ。こういう催しがあると、ガンディアにも実力者がいるということがわかりますね」

「俺達が参加しなくてよかった」

「五枠が《蒼き風》というのも味気ないしね」

 ルクス=ヴェインが当然のようにいう。シグルドたちが参加した場合であっても、マーカス=アンディートとエルク=エルも同時に予選を通過すると確定しているかのような口ぶりだった、

「三枠だったかもしれんだろ?」

「あー……可哀想なマーカスとエルク」

「まあ、もしわたしと団長が参加するとなれば、審査の段階でマーカスとエルクは落とされたでしょう」

「それもそうか」

《蒼き風》幹部たちの自身に満ちた会話は、聞いているほうが冷や冷やしてくるのだが、実力に裏打ちされたものであることは疑いようがなかった。実際、シグルド=フォリアーとジン=クレールならば、予選くらい簡単に突破しそうな雰囲気がある。ルクスは打診を断った人間だ。予選は関係ない。

 レムが気にしたのは、彼らの発言を耳にした周囲の観客が、食って掛かったりしなかったということだ。もっとも、練武の間は王宮区画内にある。一般人か観戦できるわけではないし、粗暴な軍人が入り込めるような場所とも思えないが。

 第二試合は、リューグ=ローディンとシェリファ・ザン=ユーリンが衝突した。王立親衛隊《獅子の牙》の隊士同士の試合は、会場の注目を集めただけあって、白熱したものになった。変幻自在の戦いを見せるリューグに対し、シェリファは一歩も劣らない戦いぶりを披露した。リューグの剣はとにかく変則であり、外野から見ていてもどこに隙があるのかわからないといったところがあった。“剣鬼”をして唸らせるのは、リューグくらいのものであり、彼がいかほどの実力の持ち主なのか、それだけで理解できた。

 果たして、第二試合は、リューグが得点を重ねて勝利した。シェリファも無得点では終わらなかったが、リューグには追いつけなかった。ふたりの不思議な戦闘は、終了後、拍手が沸き起こった。

 シェリファは、リューグに負けたことが悔しそうだったが、どこか清々しくもあった。まるで、ようやく負けを認めることが出来たとでもいうような、そんな美しい表情をしていた。

「美人女騎士……やっかいね」

「なにがですか」

 レムは一応突っ込んでおいたが、ミリュウはあえてなにもいってこなかった。ジル=バラムに対しても同じような評価を下していたところを見ると、彼女は、ガンディア軍の女性に対して敵視を抱かずにはいられないのかもしれない。

 もっとも、彼女がそうなっているのは、セツナがガンディア軍の女性陣に一定の人気を獲得しているという事実が大きいのだろうが、

 セツナは、ガンディアの英雄だ。

 しかも、若く、どこか可愛らしささえある少年である。

 人気が出ないはずがなかった。

 そんな彼の試合は、第四試合。つぎのつぎの試合だったが、女性軍人から嬌声が飛ぶのは、間違いなさそうだった。

 第一回戦でも、彼に対する応援は凄まじいものであり、ニナ=セントールの敗戦には、観衆の反応が関係しているのではないかと思うほどだった。

(実際、関係していてもおかしくはないのですが)

 ニナが空気を読んで負けたとしても、なんら不思議ではない。

 英雄が負ける姿など観衆は見たくはないし、主催者も見せたくはないものだ。

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