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第七百六十三話 御前試合(三)

 宮中御前試合には、全部で十六人の参加者がいた。

 そのほとんどがガンディアの関係者で占められているのは、当然の話だ。ガンディアの王妃の懐妊を祝う行事である。外国の人間は、基本的には歓迎されない。もちろん、正当な手順を踏めば、参加資格を得ることはできたし、《蒼き風》の傭兵が参加しているのもそういった手順を踏み、参加する権利を得たからだ。

《蒼き風》は特別だという風潮もある。《蒼き風》は、ガンディアが弱小国の頃から独占的に契約を結んでくれていた傭兵集団であり、ガンディア国民にも知れ渡り、人気もあった。特に団長シグルド=フォリアー、副長ジン=クレール、突撃隊長ルクス=ヴェインの名を知らぬガンディア国民はいない。中でも“剣鬼”ルクスは有名で、熱を上げる女性も少なくはなかった。

《蒼き風》を特別視しているのは、ガンディア国民だけではない。王宮も、《蒼き風》には敬意を払っている。だからこそ、“剣鬼”ルクスに出場を打診したのだ。ルクスは、自分が出場すると優勝が決定してしまうといって断り、王宮も了承した。ルクスの場合、自信過剰なのではなく、自身の実力を正当に評価しているからこその結論であり、王宮もそれを理解したということだ。

 彼の優勝では王宮の思惑通りにいかない、ということが大前提としてあるようだった。

 王宮主導の御前試合。

 王宮の思惑が動いていないわけがなかった。

「第一回戦第八試合、ラクサス・ザナフ=バルガザール対ミシェル・ザナフ=クロウ! 両者、前へ!」

 セツナとニナのつぎの試合が、親衛隊長同士というのが、王家の意思が関与していることを物語っているだろう。とはいえ、思惑があるのならば、もっとわかりにくくするだろうというシグルドの意見はもっともであり、レムの考えすぎかもしれない。

 参加者は十六人だ。第一回戦で親衛隊長同士がぶつかる可能性は、必ずしも低くはない。

「さすがに壮観ねえ」

 ミリュウがうなったのは、舞台で対峙したふたりの騎士が醸し出す空気によるところが大きいのだろう。

 ラクサス・ザナフ=バルガザールは、いわずとしれた王立親衛隊《獅子の牙》隊長であり、ガンディアの騎士の中で最高位である獅騎の称号を与えられた誉れ高き騎士だ。武門の家柄であるバルガザール家の長男であり、次期当主になるのは彼で間違いない。ルウファの実兄であり、セツナとも浅からぬ仲であるらしい。貴公子然とした風貌、立ち居振る舞いは、さすが名家の出身といったところか。

 対するミシェル・ザナフ=クロウも、名家の出身である。クロウ家は、ガンディアにとってなくてはならぬ家系であり、ガンディアの政治に深く関わり続けているという。その名からわかるとおり、彼も獅騎の称号を持っており、王立親衛隊《獅子の爪》の隊長を務めていた。

 王立親衛隊といえば、もうひとつ《獅子の尾》がある。《獅子の尾》の隊長はセツナだが、セツナには獅騎の称号は与えられていない。それは、セツナを低く見ているのではなく、セツナが騎士ではないからだ。セツナは、騎士ではなく王宮召喚師ゼノンであり、いかにセツナがガンディアに貢献していようと、王宮召喚師に獅騎の称号を与えるわけにはいかなかったというところだろう。だからといって、セツナが獅騎のふたりに見下されているかというと、そうではない。

 ラクサスにせよ、ミシェルにせよ、同じ親衛隊長であるセツナには、特別敬意を払っているようだった。

 セツナが舞台上を去るときには、ラクサスもミシェルも舞台の側に控えていたのだが、ふたりとも、セツナに一礼し、彼の勝利を祝福した。同僚であり、獅騎という称号を持ってはいるが、セツナは領伯という立場にもあった。ふたりにしてみれば、気安い存在ではないのかもしれない。

「《獅子の牙》対《獅子の爪》……か。中々面白そうな組み合わせだな」

「王の盾と王の剣。はてさて、どちらが勝ちますか」

「どっちも強いよ」

 ルクスの眼識は確かだが、それ以前に、親衛隊長を務めるほどのものが弱いはずもない。ラクサスにせよ、ミシェルにせよ、身を挺してでも国王の身を護らなければならないのだ。自身を鍛えることに余念はないだろう。両者が纏う競技用の防具の上からでも、体格の良さが窺えるほどだった。

「ま、あたしは興味ないけど」

 ミリュウが席を立った。後ろの観客が迷惑そうに眉を顰めたが、すぐに彼女がミリュウだと気づき、視線をそらす。《獅子の尾》に所属する赤毛の美女武装召喚師は、やはり有名なのだ。さすがに《獅子の尾》に入ってすらいないレムのことは知らないだろうが、ファリアやルウファも有名であろう。

「どちらへ?」

「控室よ~。セツナを褒めてあげなきゃ」

「わたくしもおともいたしますですわ」

「来なくていいわよ!」

「つれないことを仰らないでくださいませ」

 言い合いながら、観客席を離れたとき、試合開始の叫び声ととともに木剣が激突する音が響いた。


 練武の間の周囲に点在する部屋が、参加者の控室として利用されており、参加者ひとりひとりに個室が与えられている。つまり、十六もの個室が、練武の間の周囲にあるということであり、獅子王宮がいかに広いかがわかるというものだ。

 そもそも、王宮と呼ばれる区画自体が広い。広大だ。王宮区画は、王侯貴族の居住区そのものであり、王家が生活し、政治が行われる宮殿以外にも多種多様な建造物があり、王家の森と呼ばれる場所があったりする。

 練武の間と呼ばれる訓練施設も、そういった建造物群のひとつだ。控室は、その訓練施設内に組み込まれており、会場から迷うことなく辿り着ける。部屋の扉に貼られた名前入りの紙のおかげで、部屋を間違えることもない。

 レムは、ミリュウとともにセツナ=カミヤと張り紙された部屋に入り、愕然とした。いや、愕然とする必要はないのだが、なんとなく衝撃を受けてしまっている自分に気づいて、うろたえる。

「なんで先生がここにいるのよ!」

 ミリュウが、レムの気持ちを代弁した。

「軍医だからよ」

 マリア=スコールが、当然のようにいった。確かに彼女は《獅子の尾》専属軍医だったし、寝台に寝転がったセツナの体を指圧し、先の戦闘で酷使した筋肉を解しているところを見る限り、仕事をこなしているだけでしかない。彼女の手つきも眼差しも真剣そのものだ。

「あんたたちも隊長を労る気があるのなら、おとなしく待ってなさい」

「……うう、反論できない」

 ミリュウは、口惜しげにしながらも、マリアにまったく口答えせず、部屋の椅子に腰を下ろして膝を抱えるようにした。マリアには敵わないということもあるのだろうが、マリアの腕を信頼していることが大きく、また、セツナのことを想っているというのもあるだろう。

 レムは、部屋の扉を閉じると、ミリュウの隣に座った。寝台の上、半裸のセツナがいる。体は無傷ではない。度重なる戦闘の跡が刻まれている。

「まあ、ここはマリア先生にお任せするのが一番でございましょう」

「そういうことさね。優勝を狙うなら、あと三試合もこなさなきゃならないんだよ。しっかり疲れをとっておかないとね」

 御前試合は、十六人による勝ち抜き戦だ。マリアのいう通り、優勝するためには後三回勝ち抜かなければならない。セツナに優勝する気があるのかはわからないが、少なくとも、負けるつもりはないらしい。

 負けて無様な姿を晒したくはないのだ。

 セツナは、自分にかかっている期待に応えたいと思っている。

 責任感が強すぎるほどに強い。

 だからこそ、レムは、彼に自分を任せることができるのかもしれない。

「あたしも習おうかな……」

「高く付くよ?」

「まじ?」

「ただで教えるとでも?」

「うっ……でもでも、セツナのためを思えば、安いもんか」

「健気でございますねえ」

 レムは、心の底から不思議に想った。ミリュウはどうして、セツナを溺愛しているのだろう。ミリュウは、ザルワーンの武装召喚師だったという。ガンディアによるザルワーン侵攻のまっただ中でガンディア軍の捕虜となったらしいのだが、そこからどうしてセツナに落ちたのかがわからない。聞いても教えてはくれないのだろうし、案外、理由などないのかもしれない。

 いずれにせよ、主が好意を抱かれるのは、悪い気分ではない。

「そういうところが可愛いところだね」

「なによっ、褒めたってなにもでないんだから!」

「……うるせえ」

 セツナが、うんざりしたようにつぶやいた。

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