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第七百五十四話 白き盾の事情

 三月が終わろうとしている。

 昨秋に始めた北への旅は、まだ終着点が見えなかった。

 始点は、ザルワーンの都・龍府だった。ガンディアが制圧したあとも都としての尊厳を失うことのない大都市を後にして、傭兵団《白き盾》は北を目指した。

 北を目指した理由は、団長クオン=カミヤの胸の内にあり、団員たちには知る由もなかった。幹部連中は知っているのだが、団員たちにまで話すことではないと判断された。団員たちもそれでいいと考えている。《白き盾》の結束力は強い。それは、《白き盾》がただの傭兵団ではないからかもしれないし、団員の末端に至るまで、クオン=カミヤの庇護下にあるからかもしれない。団長に護られているという意識と感覚を共有しているのだ。団結もしようというものだろう。

 北とは、小国家群の北の果てではない。

 小国家群の最北には、アルマドールという国があるが、《白き盾》はさらに北を目指した。小国家群の北に広がるのは、ヴァシュタリア共同体の広大極まりない大地だ。そのヴァシュタリアの中心地といってもいい聖都レイディオンを目指していた。レイディオンは、大陸最北部に位置しているといわれており、半年やそこらでは辿りつけないだろうという目算ですら甘い考えだったと痛感せざるをえないほどに、《白き盾》の進み具合は遅い。

 まず、アバードの北に隣接する国ジュワインで手間取った。

 ジュワインの女王戦争に巻き込まれる形で参戦してしまったことが大きい。北を目指すだけならば無視しても良かったのだが、無事にジュワインを通過するには、女王戦争が終わってからのほうがよいと判断した。

 急ぐ旅路でもない。

 クオンは、幹部たちに断りを入れた上で、ジュワインの女王を巡る戦争に参加した。

 ジュワインではふたりの王女が、女王の座を巡って争っていた。どちらかに《白き盾》が加担すればそれで終わるだろう。

 クオンらの考えは、浅はかだったのはいうまでもない。

 それから約二ヶ月、足止めを食らった。

 女王戦争が終結したのは、今年の一月半ばである。クオンら《白き盾》が加担した第二王女ミルレーナ・レーウェ=ジュワインが勝利したのはいうまでもないが、クオンたちが疲れきったのもまた、自明の理だ。しかし、長い長い戦いの末、得た勝利は、第二王女ミルレーナの思いつきでなかったことにされた。

 ミルレーナは、第一王女つまり実の姉であるアルセイラの覚悟のほどを確かめるために戦いを起こしたのであり、その覚悟を見極めることができた以上、アルセイラが女王になることに異存はないと言い放ち、王位継承権を放棄したのだ。これではなんのために戦ってきたのかわからない、とクオンたちは思ったものの、依頼主であるミルレーナとの契約には、勝つために協力して欲しいとは一度もいわれていなかったのだ。だからこそ、クオンはミルレーナと契約し、彼女に勝利を捧げた。

 敗者であるアルセイラは、ミルレーナの情けを受けるくらいならば死んだほうがましだといったが、ミルレーナに諭され、女王の座についた。

 ジュワインは、アルセイラ新女王によって統治されることになり、《白き盾》はようやくジュワインからアルマドールに渡ることができたのだ。

 それが、今年のはじめということになる。

 世間では、ガンディアを中心とする連合軍と魔王率いるクルセルクの戦争が取り沙汰されている時期だ。ガンディアは、つい先日、ザルワーン戦争で契約した国であり、クルセルクの強大さ、凶悪さを知った団員たちは、ガンディアの連合軍に参加するべきではないか、といったりもした。

《白き盾》の理念にも適しているといっていいだろう。

 クルセルクの魔王は、皇魔の軍勢を率いるという。

 その話を聞いただけで、クオンの意思は揺らいだ。皇魔は、討滅するべきだと考えている。皇魔によって滅ぼされた村の記憶が、クオンの脳裏に焼き付いていた。それが《白き盾》の行動理念を決定づけてもいた。

 連合軍に参加して、魔王を倒すべきではないのか。

 クオンは散々考えたが、ガンディアにいる親友のことを思い出して、迷いを振り切った。ガンディアには、無敵の盾と並び称せられる最強の矛が存在しているのだ。なにも《白き盾》が出向く必要はない。彼ならば、まず間違いなく魔王を討ち倒し、皇魔の軍勢を殲滅してくれるだろう。

《白き盾》は、アルマドールに入ると、今度こそなんの問題もなく通過しようとした。

 しかし、アルマドールの都市アレウテラスで、クオンたちを待ち受けていたものがいた。教会本部の巡礼教師を名乗る男で、ラディアン=オールドスマイルといった。超然とした笑みが特徴的な人物は、クオン=カミヤの到来を待ち侘びていたといった。そしてラディアンは、クオンたちを教会本部のあるレイディオンまで案内すると申し出てきたのだ。

 クオンにはどういうことかわからなかったし、警戒もした。ヴァシュタラ教会に知人などいるはずもなければ、迎えが来るなどありえなかった。

 しかし、結局のところ、クオンたちはラディアンの申し出を受ける以外にはなかったのだ。

 でなければ、ヴァシュタリア勢力圏内に立ち入ることなどできなかったからだ。

 果たして、《白き盾》はアルマドールを北に抜け、ヴァシュタリア共同体の勢力圏内に足を踏み入れることに成功した。

 それが、一月の末のことだ。

 二月から三月の末まで、北を目指して進み続けた。道中、村や街に立ち寄り、急速を挟みながら、しかし、遅々として進まない旅路に苛立つこともなかった。

 ヴァシュタリアの広大な天地は、そういった意気を吸い込んでしまうかのようであり、クオンたちは、いかに大陸小国家群が歪で、息の詰まる世界なのかと思い知ったものだった。

「北というからには雪国かと思っていたんだけど、そうでもないんだね」

「北が雪国……? どういう発想なんだ」

 クオンの意見に対して、イリスが困ったような顔をするのはいつものことではあった。異世界の常識は、この世界では通用しないということだ。そして、困ったことに、クオンはイリスのそういう困り顔が好きでたまらないのだ。困らせるためにわざと異世界の常識をつぶやいたりする。そうすると、彼女はいまのように困惑する。愛しさのあまり抱きしめたりすると、彼女は余計混乱したものであり、ときにマナの元まで逃げ出したりした。そうすると、マナが妬いて、クオンに迫ってくるのだから、《白き盾》は賑やかだ。

 最近では、そこに新たな事態が加わっている。

 その日、クオンたちが休息を取ったのは、アルマドールの遥か北に位置する寒村だった。そういった村に入ると、村人たちがただひたすらに驚いたものだ。《白き盾》の到来にではない。巡礼教師ラディアン=オールドスマイルと聖堂騎士団がクオンたちを先導しているからだ。ラディアンは、村や街に入ると、巡礼教師としての役目を果たすためにクオンたちから離れる。どこか異質なところのあるラディアンだったが、仕事熱心なところは信用に値した。子供に対しても大人に対するように穏やかかつ丁寧に対応する様も、好感を生んだ。

「だれであれ、信用しすぎないようにせぬと、足元を掬われようぞ」

 クオンに忠告してくれたのは、ミルレーナだ。ジュワインの王位継承権を放棄したミルレーナは、どういうわけか《白き盾》に入団を希望してきたのだ。

 行く宛もなく、国に留まっていれば、災厄の種として処断される可能性がある。だから連れて行って欲しい、という申し出を断ることもできなかった。アルセイラが彼女を処断するとは考えにくいが、アルセイラがせずとも、アルセイラ派の人間が権力を握れば、行動に移しかねない危うさがある。

 ミルレーナは、そうなる危険性を踏まえていたからこそ、ミルレーナ派の人間を権力から遠ざけていたのだという。アルセイラ派の恨みさえ買っていなければ、ミルレーナのいないジュワインでも上手く立ち回れるだろう。

 だからといってミルレーナが《白き盾》に入団する理由にはならないのだが、拒む理由もなかった。そうして、ミルレーナと彼女の親衛隊が《白き盾》に入った。それによって《白き盾》は五百人を越す大所帯になったが、ミルレーナは、アルセイラから資金を与えられており、当分は金銭面での心配は不要だった。

「ミルレーナ様も?」

「わらわのことは信用してくれて一向にかまわぬがの。それから、様などと他人行儀ないいようは、ちと寂しいものぞ? クオンよ」

 もはや自分は王女などではないのだ、と彼女はいった。

《白き盾》に加わった新事態とは彼女のことであり、マナ、イリスとともにクオンを取り合ったりして、ウォルドやスウィールが肩を竦めて嘆息したものだった。

「クオン様がモテるのは構わないんですがね」

 ウォルド=マスティアのため息には、クオンも笑い返すしかない。

 ヴァシュタリアの聖都レイディオンまでは、まだまだ遠い。


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