表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/3726

第七十四話 武装繚乱(中)

 欲深きものランス・オブ・デザイアと名づけたその槍はずっしりと重く、ルウファの手には余るような感覚があった。

 槍に秘められた力が強大だというのも一因ではあったが、それだけが原因ではなかった。彼の本来の召喚武装であるシルフィードフェザーも力の総量ならば負けてはいないはずなのだ。ならば、いつも通り扱えるはずだった。いや、実際いつものように扱うことはできるのだろう。しかしなぜか、この槍を手にしたときから、彼の心は常とは異なる重圧に押し潰されそうになっていた。

 力の性質によるものかもしれない。

 シルフィードフェザーが正の力で、ランス・オブ・デザイアは負の力を司るのかもしれなかった。真相はもっと詳しく調べて見ないことにはわからないのだが、少なくともルウファはそのように感じていた。地の底に沈みこむような力の胎動が両手から全身に伝わってくる。狂おしき力の脈動。すぐにでも暴れだし、敵という敵を殺し尽くさんとする力の鼓動。

 ルウファは、漆黒の槍を強く握り締めた。そうしなければ手から離れてしまいそうな気がした。それは必ずしも気のせいなどではないだろう。

 召喚武装は意思を持つ。

 ランス・オブ・デザイアが、その絶望的な力の胎動を以てルウファの意識をも揺るがそうとしているのがその証左であろう。

 狂おしき衝動。

 破滅的な鼓動。

 秘めたる力が大きい武器ほど、強力な意思を持ち、召喚者に干渉しようとする。過去には、召喚武装の力が大きすぎたあまり、我を忘れ、武器の意思にすべてを飲み込まれたものもいるという。故に自分の力量よりも強力な武装を召喚するのは禁忌とされた。支配すべきものに支配されるなど笑い話にもならない。

 無論、そんな失態を犯すのは未熟な召喚師だけであろうし、ファリアがルウファに扱えないほど強力な召喚武装の術式を組み上げるとは考えられなかった。

 歪な漆黒の槍。悪魔の角のように捩れた穂先にどれほどの威力があるのかはわからない。少なくとも斬撃には適していないだろう。刺突こそがこの槍の攻撃手段であろう。それ以外の力は一度振り回して見ないことにはわからない。どんな武器だってそうだ。どんな能力が秘められているのかなど、最初からわかるものではない。使い込むうちに召喚武装を理解し、召喚武装に理解されなければならない。

 武器に意思が宿る以上は、こちらのことも理解してもらわなければ、真価を発揮することなど夢のまた夢に違いない。

「行けるの?」

 ファリアがどこか不安そうに尋ねてきたのは、ルウファが多少深刻そうな顔をしていたからだろう。槍から感じられる重圧が彼の表情を暗くしていたのは事実ではあったが、だからといって彼女に心配されるほどのものではないのだ。召喚は成功した。呪文に織り交ぜられた契約を違えない限り、彼の身も心も安全であるはずだった。

「なにをおっしゃるウサギさん」

 ルウファは、槍の穂先を前方に向けて掲げると、闇の中、こちらへの接近を試みる化け物の集団目掛けて駆け出した。感覚は冴え渡り、視界は広がっている。夜目が利くのも、耳が必要以上に音を拾っているのもすべて、召喚武装を手にしているからこその恩恵であり、彼本来の能力ではなかった。だが、そんなことはどうでもいい。武装召喚師である以上、召喚武装の力も込みで実力なのだ。実力のない召喚師には、強力な武装を召喚することなどできない。

 皇魔は、前方五百メートルの広範囲に渡って散開している。識別名はブリーク。のっぺりした顔面に四つの眼孔があり、その奥から皇魔特有の赤い光を漏らしている。口や鼻はない。青い皮に包まれた四足獣のような化け物であり、手足の先には鉈のような爪があった。その爪で獲物を斬り裂くだけではない。背に生えた一対の突起物(瘤とも角とも異なる物体)から雷撃を発して攻撃してくることもある。

 いままではファリアが遠距離から射殺していたため、こちらが攻撃されるようなことはなかったが、槍という武器の性質上、ある程度は接近しなければならない。剣よりは広い間合いを取ることもできるが、敵の数がこちらを圧倒的に上回っている現状、その程度の差に意味があるとは思えない。乱戦になれば関係ないだろう。ルウファが飛ぶように駆けている間も、ファリアの射撃が前方のブリークたちを牽制し、彼の前進を援護してくれていた。

 奇妙な石柱の間を抜け、シスクゥ街道を横断する。街道を挟んでの対峙から使者の森付近の平原へと戦場を移行するのだ。街道や石柱の周りには、こちらへと接近を試みたブリークの死骸が転がっていた。オーロラストームの雷に撃たれ、焼き殺されたのだ。肉の焦げ付いた臭いがそこかしこから漂ってきている。鼻腔に纏わり付くようなその臭いの中を突っ切り、敵陣へと到達した。

 街道沿いの草原の上。

 ブリークは前方百八十度の広範囲に渡って散らばっており、目視できるだけで三十体もの皇魔が彼を出迎え、悪意と敵意に満ちた視線を向けてきた。その瞬間にも後方から飛来した雷の帯が一体のブリークの頭部を貫き、断末魔を上げさせる。それが肉塊へと変わるよりは速く、ルウファは動き出していた。

 地を蹴り、前へ。化け物どもの奇怪な雄叫びが闇夜に響き渡る。距離が距離だ。皇魔の咆哮は、カランの街の中にまで届いているかもしれない。威圧的かつ奇怪極まりない叫び声に街の人々が怯えていなければいいのだが。

 ルウファは、視野がいつも以上に広がっていることに気づいていた。ランス・オブ・デザイアを手にしたことによる身体機能の向上が、彼のあらゆる感覚を拡大し、尖鋭化しているのだ。が、それだけならばいつもどおりなのだ。彼本来の召喚武装であるシルフィードフェザーを身に纏ったとしても能力は拡張されるだろう。いつもと異なるのは、その割合の大きさとでもいうべきか。

 シルフィードフェザー召喚時以上の能力拡張は、彼の意識に大きな変化をもたらしていた。

「これがランス・オブ・デザイアの力か」

 口の端を歪め、嗤う。

 眼前の皇魔どもの動きが手に取るようにわかった。これからどのように移動し、どのような手段を以てルウファを追い詰め、殺そうとしているのかが理解できた。包囲するだけでは飽き足らず、四方八方から雷撃を放ち、焼き尽くした後に死体を切り刻もうというつもりらしい。化け物どもの趣味の悪さには反吐が出る。

「ふん……」

 再び彼は嗤った。だからこそ、公然と殺戮できるというものであろう。

 そしてルウファが着地したのは、敵陣のど真ん中であった。みずから包囲されにいったようなものだ。これでは援護射撃もし難いのではないかとは想うのだが、それでも彼は勝利を確信していた。ランス・オブ・デザイアが手の内にあるのだ。負ける要素などあろうはずもない。

 目測によれば、三メートル以内の距離に五体のブリークがいた。さらにその周囲には無数の皇魔がこちらの行動に驚いたかのような反応を示しながらも、即座に雷撃を放つ準備に入ろうとしていた。ブリークは、体内の発電器官で発生させた電光を体外に放出するために背中の突起を使うのだという。そして体内発電中は動き回ることも出来ず、極めて無防備であった。

 とはいえ、その無防備な姿を曝す皇魔を攻撃するためには、ブリークの近接戦闘部隊を突破しなければならない。シルフィードフェザーならば、攻撃部隊の頭上を飛び越えるなんていう真似もできるのだが。

 ランス・オブ・デザイアの実力は、まだ理解しきっていない。無論、負けるはずがないことはわかっている。しかし、それと能力の把握は別の話だ。召喚武装の能力を把握しきってこそ、武装召喚師として一人前なのだ。

 殺気。

「!」

 ルウファは、咄嗟に背後に向き直りながら槍を振るった。火花が散り、金属音が鳴り響く。ランス・オブ・デザイアの穂先が、皇魔の鉈を受け止めたのだ。四つの赤い眼光が目の前にあった。冷や汗は流れない。この程度、受け止められて当然だった。

 ブリーク如きが、音もなく、気配さえ消し去って飛び掛かってきたという事実はそれなりに衝撃的だったものの、いまこそ槍の力を試すときだという考えが彼の意識を埋め尽くしており、皇魔が気配を消して忍び寄ってきたことなど頭から抜け落ちていた。

 皇魔の爪を受け止めた状況のまま、告げる。

「見せろ、おまえの力を」

 ランス・オブ・デザイアがうなりを上げ、悪魔の捩れた角のような穂先が急速に回転を始めた。回転速度は一瞬にして眼にも留まらぬ速度となり、強引に押し切ろうとするブリークの爪との間に激しい火花を散らせる。けたたましい金属音がルウファの耳朶を賑わせ、眼前で閃く光の花が目を痛めつけるかのようだった。一瞬、柄から手を離しそうになる。高速回転の影響による震動が、柄から両手に伝わってきていた。しかし、手離すわけにはいかない。

 火花と轟音の饗宴はすぐに終わった。

 ブリークが、槍の穂先の凄まじい回転速度に耐え切れずにその爪を退けたのだ。直後、皇魔の体は隙だらけになる。空中なのだ。爪を引っ込めたところで即座に逃げ切れるはずもなかった。そしてその瞬間を逃すルウファでもない。槍を翻し、轟音を発しながら高速回転する穂先を化け物の赤い光を漏らす眼孔へと突き入れる。

 ブリークは、化け物染みた悲鳴を上げたかもしれない。が、ランス・オブ・デザイアの回転によって生じる轟音のほうがルウファの耳に強く刻まれていた。皇魔の眼孔に突き刺した穂先は、その回転速度を緩めるよりもむしろ加速させ、眼孔の周囲を破壊しながら化け物の頭部を掘削していった。穂先がその頭部を貫通するころにはブリークは絶命しており、力を失い、物言わぬ死骸と化した肉体は、ルウファが投げ捨てるまで穂先の回転によって激しく振り回されていた。

 草原に捨てられた死体の頭部はでたらめに破壊され、原形を留めてなどいない。

 ルウファは、皇魔の亡骸を見下ろしながら、半ば茫然としていた。聴覚がいかれているように感じるのは、やはり回転による轟音のせいだろう。こんな轟音、生まれてこの方聴いたこともなかった。回転を止めた(対象の命を絶ったからだろう)ランス・オブ・デザイアを見遣る。穂先に付着した血の量が少ないのは、高速回転によって飛び散ったからに違いない。

 柄を握る両手が未だに震えていて、上手く力が入らなかった。それでも槍を落とさないのは、無意識のうちに握り締めているからかもしれない。武装召喚師は、武器を手放すことをもっとも恐れる。召喚武装こそが生命線であり、すべてなのだ。もちろん、身も心も人並み以上に鍛え上げてはいるのだが。

 ルウファは、化け物どもが威嚇的な奇声を上げながらこちらとの間合いを詰めようとしているのを認識しながらも、すぐには迎撃行動に移れずにいた。ランス・オブ・デザイアの余韻が、彼の行動を鈍らせている。

 槍の威力だけが原因ではない。目の前で繰り広げられた光と音の競演が、彼の意識に決して愉快ではない残滓を浮かべていた。瞼の裏に数多の火花が咲き乱れ、耳朶の奥でけたたましい轟音が鳴り響いている。魂が肉体から遊離するような錯覚を覚える。それは間違いなく勘違いであり、気のせいなのだが、その感覚に支配されたルウファは、周囲から迫り来る殺気の数をぼんやりと数えることしかできなかった。

(七つ……いや、八つか)

 働くことを止めた頭では、精確な敵の数さえも把握できない。

 だが、体が反応する。

「え?」

 ルウファは、判然としない思考の中で、肉体が躍動するのを認めた。ランス・オブ・デザイアがうなり、再び回転を始める。急激な回転は轟音を伴い、彼の意識を戦場に舞い戻らせる。

「!」

 気が付くと。敵は既に眼前にいた。いや、正面のみではない、前後左右、あらゆる方向からつぎつぎと飛び掛かってくるのがはっきりとわかった。八体のブリークによる間断なき連続攻撃。ルウファは、本能の命ずるままに槍を前方に突き出した。それは本当に己の本能といえるのかどうか。しかし、そんなことを考えている暇はなかった。

 捩れた穂先の回転速度が、最初の敵を穿ったときよりも速くなっていたことには気が付いていた。

 正面から飛来する敵の数は三体。紅い眼光が十二もあった。その両手(前足といったほうが適切かもしれない)の先から伸びた鉈の如き爪が、鈍い輝きを帯びていた。月光でも跳ね返したのかもしれない。

 六つの刃が迫り来るのを彼は、極めて緩慢な思考の中で見つめていた。

 殺されるかもしれない。

 ブリークの爪で断ち切られて死ぬなど、武装召喚師にとってこれほど不名誉なことはない。ブリークは、皇魔の中でも弱いほうに分類されている種なのだ。そんな弱い化け物相手に情けのない戦い方をして、醜態を曝したまま死ぬなんて、ルウファの誇りが許さなかった。

 これではなんのために家を飛び出し、師に弟子入りしたのかわからなくなる。

 なんのために血の滲むような鍛錬をしたのか。

 なんのために力を得たのか。

 なんのためにここにいるのか。

 なんのために?

「――国のためだ。だれにも文句はいわせない」

 ルウファは、非常に緩やかな感覚の中で、突き出したランス・オブ・デザイアを左に薙いだ。飛び掛ってきた皇魔の爪を高速回転に巻き込み、火花を散らせ、金属音を響かせる。受け止めた爪は四本。残るふたつのうちひとつはルウファの右耳を掠め、肉を少し持っていたが、彼が首を曲げたことで致命傷にはならなかった。

 世界の速度が戻る。

 ルウファの五感は完全に復活を果たし、右耳が痛みを訴えてきた。が、それよりもけたたましいのが金属音であり、乱舞する火花だった。以前にも増して高速回転する槍は、ブリークの爪を強引に捻じ曲げて巻き込み、前足から胴体、そして頭部までもその回転の中でずたずたに破壊していく。表皮を削り、肉を引き裂き、血潮や脳漿を飛散させる。回転によって内臓さえもぶちまけ、一瞬にして無残で血生臭い光景をルウファの目の前に出現させる。皇魔は断末魔を上げたのだろうが、ランス・オブ・デザイアの爆音がそれを掻き消していた。

 物凄まじい回転だった。周囲の大気が渦を巻いて回転する穂先に絡みつき、轟然たるうなりを上げた。それは真空の渦。触れるだけであらゆるものを切り刻み、粉砕する風の刃。

 受け止めた爪の主である二体の皇魔を瞬く間に分解した槍は、その勢いのままルウファの耳の肉を掠め取ったブリークの額に穴を開けた。切っ先が頭蓋を割り、真空の渦が頭部を切り刻んで破砕する。血肉が飛び散るのを見届ける必要もない。頭を破壊したのだ。絶命は間違いない。

 彼は槍を翻し、その場でくるりと回転した。左右と後方から飛び掛ってくる皇魔を、右から順にランス・オブ・デザイアの回転に巻き込んでいく。鋭さを増していく真空の渦は、五体の皇魔を細切れに切り刻んだ。大量の鮮血や体液が彼の視界を彩り、死の臭いが鼻腔を満たす。一瞬だった。

 ルウファは、爆音を轟かせる漆黒の槍を旋回させると、無数の肉片が雨のように降り注ぐ様を見た。血や体液が彼の全身を染め上げていく。紅く、黒く。血の臭いは死の臭いも同然だった。だが、これはこれでいいのかもしれない。戦場にこそ居場所を求める武装召喚師に相応しい有様だといえた。

 ならばこそ、彼は、ランス・オブ・デザイアにさらなる加速を求めた。殺戮した敵の数は十に届かず、周囲には未だに数多のブリークが蠢いている。遠方の皇魔どもは発電態勢に入っており、時間稼ぎに接近戦を仕掛けてきた化け物たちはいまさっき撃滅した。中距離に居並ぶブリークたちはどう出てくるのか。

 ルウファは、静かに頭を振った。相手の出方など待っている時間が勿体なかった。わずかだが疲労を覚え始めている。精神的な疲れが、意識を蝕もうとしているのがわかったのだ。それは、ランス・オブ・デザイアを召喚していることの代償。強大な力を秘めた武器が、なんの代価もなしに召喚できるはずもない。

 なにかを捧げなければならない。

 多くの場合それは生命力であり、その延長線上にある心――精神力だった。術式の根源が魂の力なのだから、当然といえば当然だろう。召喚武装を現世に維持するには精神力を捧げ続けなければならず、また、ある種の力を行使する場合にも精神力を対価として差し出さなければならない。

 それが召喚武装と武装召喚師の契約であり、誓約なのだ。

 契約を履行している限り召喚武装の力を行使できるし、代価を捧げなければ武器として振り回すことさえできない。武器は召喚者を見限り、みずからの世界へと帰還するだろう。

 そして、強力な武装ほど必要な代価が大きいのは当たり前の話だ。

 当初シルフィードフェザーと同等の武装だと想われていたランス・オブ・デザイアだったが、手に取り、振り回してみてようやくその本質の一部を垣間見ることができた。この槍は間違いなくシルフィードフェザーよりも上を行く召喚武装であり、ルウファの実力では手に余る水準の力を秘めていた。

 故に彼は、力に振り回されている自分に気づいていた。己の意志で扱えてはいないのだ。すべてが槍の思うが侭だった。漆黒の槍に宿る意思が、数多の皇魔を屠ろうとしている。無論、それとてルウファと契約しているからに他ならない。契約者にして召喚者たるルウファの命に害を及ぼそうとするものたちがいるから、ランス・オブ・デザイアは力を振るうのだ。

 穂先の回転速度が増すたびに精神力を吸い上げられているような感すらあった。

(それにしても、早いな……)

 疲労を覚えるのが、だ。

 シルフィードフェザーで戦っていたならば、まだまだ元気も有り余っているような頃合だろう。消耗が激しいのだ。だが、いまさら文句をいったところで仕方がない。相応の戦果は上がっているし、槍は、申し分ない力を発揮している。

「ルウファ!」

 ファリアの鋭い叫び声は、突っ立つ彼への警告だったのだろう。

 気が付くと、周囲から殺意の塊が殺到してきていた、中距離にいたブリークたちによる一斉攻撃だった。無数の尾が前後左右あらゆる方向、さまざまな角度から飛来してくる。大気を切り裂き、猛然と。

 これは時間稼ぎとはいえない。殺しに来ている。頭上にさえ逃げ場はなく、なにをしたところでかわしきるのは不可能に見えた。が、危機感はない。さきほどと同じだ。ランス・オブ・デザイアにすべてを委ねてしまえばいい。意識も感覚も明け渡してしまえばいい。恐るべき破壊衝動に身を任せればいいのだ。

 彼は、目を見開いた。吼える。

「おおおっ!」

 高速回転する漆黒の槍を全力で振り回し、視界を埋め尽くすほど大量の皇魔の尾を一薙ぎで打ち払う。穂先に渦巻く真空の刃がブリークの尾を粉微塵に斬り刻み、塵芥と吹き飛ばしていく。槍は前方から左へと流れ、後方、右側の順に一掃し、最後に頭上へと翳す。夜空を貫くかのように突き上げられたランス・オブ・デザイアは、奇妙な軌道を辿って上空から襲い掛かってきていた皇魔の尾を瞬く間にばらばらに分解する。紅い雨が降った。

 ルウファは、槍を掲げたまま、周囲を一瞥した。尾を破壊された皇魔どもが口々に喚いているようだったが、気にすることはない。むしろ尾を失うだけで済んだのだ。感謝されてもいいくらいだ。もっとも、彼らをこのまま生かしておく道理はないが。

 口の端が歪む。

 殺戮すべきだ。

 影が囁いている。

 敵という敵を殲滅し、この世を血と死で埋め尽くそう。

 槍の上げる咆哮は、時とともにその鋭さを増していく。甲高く、そして破壊的な旋律が奏でられていく。凄まじい回転速度。柄を握り締める両手がよく壊れないものだと感心するくらいに激しい震動が、彼の全身にまで伝わってきていた。痛みがある。体中そこかしこに裂傷が走っているらしい。らしいというのも、自分の目で確認するだけの暇がなかった。

 後方で発電中だったブリークたちの背中の突起に雷光が集まり、球状に集束していくのが見えていた。発射まで秒読み段階だろう。皇魔の周囲の大気が震えている。強大な破壊の力が一斉にルウファ目掛けて解き放たれるのだ。考えるだけでぞっとしない。シルフィードフェザーならいますぐこの場を飛び離れるのだが。

 しかし、ルウファの口元には笑みが刻まれていた。自嘲ではない。この状況を歓迎し、心の底から喜んでいるような笑み。それは彼の本心ではない。では、なんだというのか。彼にはそれがなんであるのか見当がついていた。叫ぶ。

「ランス・オブ・デザイア!」

 漆黒の槍がルウファの叫び声に反応した。発現するのは力。どす黒くも破壊的な力の奔流。ルウファの体から力という力が吸い上げられていくのがわかる。これでなにも起きなければ自分は助からないだろう。確信があった。精神力を使い果たせば、数日間は使い物にならなくて当然だ。ここは戦場。そんな状態で放り出されれば命を落とすのは当たり前の結果だ。

 だが、彼には別の確信もあった。この行動の結果について、だ。

(無駄にはならない)

 むしろ最善の結果が得られるはずだ。

 つまり、黒き矛のセツナとして申し分のない戦果が得られるだろう。

 恐ろしくも儚げな破壊の化身の如き少年の代わりを果たすことができる。

 それがルウファの誇りを傷つけたりはしない。レオンガンド国王陛下から与えられた勅命なのだ。ルウファ=バルガザールの初任務が王の勅命というのは、彼自身考えられないほどの幸運のように思えた。

 とはいえ、この戦果がルウファ本人のものとして記録されるのかどうか。

(そんなことはどうでもいい)

 彼は、そっと忍び寄ってきた己の影を鼻で笑うと、ランス・オブ・デザイアの回転を見上げた。槍自身の力と大気を巻き込みながら破壊的な竜巻へと成長を遂げていく。上天の星空さえも掻き回していくかのような錯覚さえ覚える。

 そのとき、皇魔が雷光を放った。

 全周囲、あらゆる方向から球状の雷光塊が飛来する。人体など一撃の下の葬り去るであろう雷球が、だ。その数は軽く二十を越えており、闇の中を飛翔する無数の雷球は、それはそれで綺麗なものだった。無論、見とれている場合ではない。かといって避けきることもできない。

 そもそも動きようがなかった。槍に力を吸い尽くされたせいもあるが、なにより、穂先の超高速回転が生み出した竜巻が、彼がその場から動くことを拒否していた。幾重もの螺旋を描く破壊の力の奔流は、足元の地面を掘削し、土砂や草花、果ては皇魔の残骸までも頭上に舞い上げていく。

 そして、閃光が到来し、雷球がルウファに直撃――することはなかった。

 皇魔の放った雷光でさえ、ランス・オブ・デザイアによって吸い上げられていく。ばりばりと音を立てながら、二十の雷塊がその形を破壊され、竜巻の一部へと変換される。電光を帯びた竜巻が完成した。小さな電撃が、竜巻の内側にいるルウファの手や足を軽く焼いたが、舌打ちする気力さえ残っていなかった。痛みを我慢するしかない。

 ランス・オブ・デザイアの力は、既に彼の支配を離れていた。

 破壊の嵐が巻き起こる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ