表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
749/3726

第七百四十八話 悲喜交交(三)

 十四位、サラン=キルクレイド。

「まあ、そんなものでしょうな」

 弓聖と謳われた老将は、剛弓に三本の矢を番えながら、部下からの報告に頬を緩ませた。悪くない順位だ。数万の将兵の上位二十人に入っただけでも十分過ぎるだろう。

 サランは、クルセルク戦争で目覚ましい戦果を上げたと胸を張っていえるとは思ってもいない。大将首を上げていないことが大きい。シーラのように敵指揮官を討つことができていれば、上位入賞も胸を張って喜んだのかもしれないが。

 数多の皇魔を撃破したとはいえ、武装召喚師級の皇魔はあまり討てなかった。

 その事実がサランにさらなう成長を促すのだ。

(技を磨くのだ。サラン=キルクレイド)

 剛弓から放たれた矢が、遥か前方の的を射抜き、破壊した。

 バハンダールの剛弓の破壊力は、見守っている部下たちが唖然とするほどのものであり、サラン自身も驚くことがあった。

 しかし、これだけの威力がなければ皇魔とまともにやりあうことはできなかったということでもある。

 

 十五位、エイン=ラジャール。

「まあ、特にいうことはないんですが」

 エイン=ラジャールは、自分の順位に興味はなかった。どれだけ順位が上がろうと、そんなことでエインの評価が変わるわけがない。エインは参謀局の室長だ。彼に求められるのは巧みな戦術であり、見事な戦略であり、勝利に至る策である。

 論功行賞の順位に一喜一憂していられるほどの余裕はなかった。

 ナーレス=ラグナホルンに一歩でも近づかなければならない。

『君たちがわたしの後継者だと想っている』

 リジウルへの遠征中、ナーレスが語った言葉が、エインの心に残っている。

『ガンディアの将来は、君たちの双肩にかかっているといってもいい』

 君たちとは、エインとアレグリア=シーンのことだ。アレグリアも参謀局の室長であり、どうやらセツナの信徒でもあるらしい。

 そういう意味でも負けていられなかった。


「十六位なんだって?」

「そうなの、姉さん」

 アレグリア=シーンは、マリア=スコールの嬉しそうな表情にこそ喜びを感じた。論功行賞の順位が発表されたときには実感は沸かなかったし、自分のようなものがこんな上位にいていいのだろうかと思ったものだが、マリアが喜んでくれるのなら、これ以上ないものだ。

 マリアと同じ空間にいられることがなによりの喜びだったが。

 マリアは、《獅子の尾》がクルセールに入って以来、クルセールの病院で連合軍の負傷者を見て回っていたが、三月も半ばに差し掛かると、ようやく落ち着き始めたようだった。軽傷者の傷は癒え、重傷者も回復しつつある。回復しなかったものは、治療が間に合わず、助からなかったものだけだ。

「頑張ったもんだ」

「うふふ……姐さんに褒めてもらえるなら、これからもっと頑張れるわ」

 アレグリアは、戦いのない日々がこれほどまでに幸福なのかと実感しながら、文書に目を通すマリアの顔を見ていた。



「十七位、カイン=ヴィーヴル……ですって」

 ウルが、寝台に寝転がりながら、どこからかもらってきた文書に目を通しながら、つぶやいた。

「論功行賞か」

 相槌のためにつぶやくが、決して興味があったわけではない。カインに順位は関係がなかった。どれだけ評価され、どれだけの褒賞が与えられようと、彼には関係がない。興味もなかった。金の使い道がない。武器は不要であり、手入れするほどの防具もない。いまとなっては鎧さえ必要ではなかった。鎧も召喚武装でまかなえるからだ。

 残された使い道は、仮面を新調するくらいだが、それならばいっそのこと、仮面も召喚武装にしてみるのも悪くはないかもしれない。

「そうよ。褒賞は……と。結構な金額ね」

「なにを考えている」

「そうねえ……わたしをどこかに連れて行ってよ」

 ウルが想像だにしないことを提案してきたので、カインは、あきれた。

「狗が自由に動けるわけがないだろう」

 カインは、ガンディア軍の監視下にいなければならない。いくらウルの支配が完璧とはいえ、自由行動させるわけにはいかないのだ。もちろん、ガンディア軍の監視下であるならば、その行動に制限はないのだが、彼はそのことはいわなかった。ウルが嫌いだからではなく、出歩くのが面倒だからだ。

 監視下を歩くということは、仮面を身につけなければならなくなる。

 それに対して、ウルとふたりきりのときだけは、素顔でいられた。

「じゃあ、首輪をしましょう」

「は……」

「鈴もつけておく?」

 なにやら本気で考え始めたらしいウルを遠目に見遣りながら、カインは仮面を被った。

 こういう生活も悪くはない。

 そう考え始めている自分が恐ろしかった。

 

「ぶー」

「どうしたんだよ」

「なんでシュレルばっかり評価されるのさ」

 ヴィゼン=ノールンがつきつけてきた文書は、論功行賞に関するものであり、十八位にシュレル=コーダーの名前があったのだ。シュレルの戦闘評価は、極めて高い。が、それはヴィゼンあってのものなのだが、他人にはわかりようがないものでもある。

「そんなこといわれても困るよ」

「むー……」

「ヴィゼンの活躍は、頭の硬い連中には評価のしようがないのだろう」

 そういってシュレルに助け舟を出してくれたのは、サリウス・レイ=メレドだ。指揮官であるサリウスの名が上位陣に入っていないのは、ある意味では当然だったのかもしれない。そもそも、連合軍全体の指揮官であるレオンガンドの名前すらなかった。

 しかし、ヴィゼンは納得がいかないのだろう。頬を膨らませたまま、サリウスに突っかかった。

「陛下だってその頭の硬い連中のひとりでしょー」

「そうなるかな」

 サリウスは笑うと、むくれたヴィゼンの頭を撫でた。ご機嫌取りのつもりかもしれないし、それだけで表情を緩めてしまうヴィゼンもヴィゼンだと、シュレルは思ったのだった。



「旦那様が三位だということは、それだけ旦那様の活躍が認められたということですよね?」

「ああ、そうなるね」

 メリルの嬉しそうな表情を見るにつれ、論功行賞の順位が公表された意味を理解する。

 ナーレス=ラグナホルンは、自分の順位に興味などなかった。彼の興味は、ガンディアの今後に尽きるのだ。ガンディアの将来のことを考えると、時間がいくらあっても足りなのではないかと思えるのだ。そして、自分には時間がないという厳然たる事実に絶望しかける。絶望してはならない。希望はあるのだと言い聞かせながら、仕事に没頭する。

 そんなとき、救いになるのが、メリルという存在だった。

 彼は、クルセルク戦争にメリルを帯同させていた。メリル自身が望んだことであり、彼女の願いを叶えることが彼女の幸福に繋がるのなら、拒絶のしようがなかった。

 そしてそれは、ガンディアのためにもなりうる。

「でもそれは、わたしひとりの活躍じゃないよ」

「そうですね……軍の皆様がいて、皆様が旦那様の策を実行し、成功させたからこそ――」

「そういうことじゃない」

「はい?」

「君が側に居てくれたから、わたしは戦えたんだ」

 短い時間を戦いに注ぐには、覚悟がいる。

 生半可な覚悟では足りない。すべてを擲つだけの覚悟が必要だ。決意がいるのだ。

「旦那様……!」

 メリルの両目がきらきらと輝くのを認めて、彼は慌てた。泣かせるようなことをいってしまったのかと思ったのだ。

「わたくし、旦那様の妻になって、これほど幸福なことはございませんわ!」

 ナーレスは、自分の胸の中に飛び込んできたメリルをしっかりと抱きとめると、その髪を撫でた。安堵がある、彼女が幸せなら、ナーレスも幸福だ。幸福ならば、迷うことなく戦える。

 間近に迫った死の足音にも、笑って立ち向かえるのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ