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第七百四十七話 悲喜交交(二)

 クルセルク戦争における論功行賞の順位は、大々的に発表された。

 セツナ・ラーズ=エンジュールの一位に関しては、文句のつけようがないといった声が多く聞かれた。セツナは、魔王軍の大将首を上げたわけではないが、それ以外の部分で多くの戦果を上げている上、戦局を左右する活躍はだれもが認めるところだった。もっとも知られているのは、リネンダールの巨鬼を抑えた点だろう。巨鬼を制圧することができなければ、この戦争はどう転んだかわかったものではない。

「すごいじゃない」

 論功行賞に関する文書に目を通していたニュウ=ディーが感嘆の声を上げたのは、二位にマリク=マジクの名前が上がっていたからにほかならない。四位や五位ではない。二位なのだ。連合軍数万の将兵の中で、上から二番目だと認められたということだ。

「うーん……」

 しかし、マリク=マジクは、ニュウと同じ文書を睨みながら、不満を隠さなかった。

「マリクちゃん、嬉しくなさそうね」

 マリクを膝の上に乗せていたファリア=バルディッシュが、彼の手の内の文書を覗き込む。まるで孫をあやしているような様子だった。実際、女神にとって四大天侍は、孫子のようなものなのだ。だから本当の家族のように慈しみ、本当の家族のように愛し、本当の家族のように喜び、本当の家族のように怒る。四大天侍が戦女神の下にひとつとなれるのは、ファリア=バルディッシュの人柄によるところが大きいのだ。

「やっぱりセツナ伯には敵わないかー」

「わたしが選考委員なら、マリクちゃんを一位にするわよ」

 大ファリアが笑みを隠さずに告げると、マリクは疑問符を浮かべた。戦女神の膝の上に平然と座っていられる天才少年の肝の据わり方には、シヴィルももはやなにもいえないようだった。時が経つに連れ眉間の皺が深くなっていくが、彼はなにもいわない。いえないのだ。マリクを膝の上に乗せたのは、ほかならぬ大ファリア自身なのだ。

「そういうの、身内贔屓っていうんじゃないの?」

「そうねえ……でも、この論功行賞にも、そういった政治力学が作用しているものと見ていいんじゃないかしら」

「そういうもの?」

「わたしに聞かれても困るわ」

 四大天侍は、政治とは無縁の存在だ。戦女神の使徒たるリョハンの守護天使。ただそれだけの存在であり、リョハンの政治機構である護山会議とも関わりが薄い。

「クオールちゃんの名前も、ちゃんとあるわね……」

 ファリア=バルディッシュが感慨深げにつぶやいた。

 四位が、クオール=イーゼンだった。

 彼がいなければ巨鬼に近づくことも困難であり、連合軍が三方面展開策を成功させることができたのは、クオールの存在によるところが大きかった。そして、三方面展開策が成功していなければ、連合軍の勝利はなかった。セツナを巨鬼の元に送り届けるという彼の役割は、想像以上に重要だったのだ。

 彼の死は、無駄ではなかった。

 彼は死ななければならなかったのだ。

 連合軍が勝利するために必要な犠牲だったのだ。

「クオールはあれでよかったんだよね?」

「ええ……きっと」

「ぼくにはよくわからないけれど、クオールが良かったのなら、それでいいや」

 マリクは、身につけた腕輪を見下ろしながらつぶやいた。それはクオールの遺品だった。もはや召喚武装としての機能は失われてしまっている。送還することができない以上、修復は不可能であり、この召喚武装は死んだまま、この世界に残り続けるのだ。

『ぼくがもらっても、いい?』

 クオールの腕輪を大事そうに抱える少年の瞳は揺れていた。シヴィルも、ニュウも、カートも、彼の望みを拒まなかった。

 クオールのつぎにファリア=バルディッシュの名があった。つまり、五位だ。

「五位よ五位! まだまだ若い子には負けないわよー」

 大ファリアが嬉しそうにマリクを抱きしめると、マリクは気恥ずかしそうにはにかんだ。天才児の人間らしい反応が見られるのは、貴重だといえた。

「シヴィルちゃんは六位ですって。さすがねえ」

 シヴィル=ソードウィンは、大ファリアの反応に頬を緩めたが、冷徹な表情を崩さまいと必死だった。

「まあ、過大な評価ですね」

「嫌味ですか、それ」

「……」

 ニュウ=ディーは十一位、カート=タリスマは十三位に名前が記されていた。

「二十位圏内にはいってるのよー! 十分に素晴らしいわ!」

 大ファリアの歓喜の声には、ニュウもカートも笑うしかなかったが。



「七位ってのは、ちょっと盛り過ぎじゃねえかって思うわけよ」

 シーラ・レーウェ=アバードは、論功行賞の文書を机の上に放り出すと、首の後で手を組んで天井を仰いだ。自分の順位が気に食わないというわけではない。評価が高すぎるのも考えものだ、と思っているだけだ。

 シーラは、この戦争で、自分が大きな活躍をしたとは考えていない。確かにアバード軍の指揮官としてだけでなく、戦闘員としても戦場を駆け巡り、数多の敵を討った。しかし、上位陣に食いこむほどのものだとは考えにくいのだ。

「大将首を取ったのが評価されたんですよ、きっと」

 机の上の文書を手に取ったのは、ウェリス=クイードだ。シーラの侍女団の中でも戦闘員ではない彼女は、アバードでシーラの帰りを待っているはずだった。しかし、クルセルク本土平定の報せを聞いた彼女は、いてもたってもいられず、つい先日クルセールにやってきたのだ。

 ウェリスは、傷だらけのシーラを一目見て、わんわんと泣いた。シーラは、そんなウェリスだからこそ逆らえないのだと思ったりもした。

 


 論功行賞の八位にミリュウ=リバイエンの名があったことで、《獅子の尾》は沸き立った。

「《獅子の尾》で隊長に次ぐ順位があたしってことは、次期隊長はあたしってことね」

 ミリュウが胸を張ると、ファリアとルウファが憮然とした顔をした。

「隊長補佐は無視ですか」

「それ以前に副隊長がいるんですけどね」

 ファリア・ベルファリア=アスラリアの名は九位に、ルウファ・ゼノン=バルガザールの名は十位にあった。

 三人のうち、ミリュウがもっとも評価されているのは、二度に渡ってレオンガンドを危難より護ったからだと記されていた。ウェイル川戦の直後と、ゼノキス要塞戦の前のことだ。ウェイル川では奇襲してきた皇魔を撃退し、野営地では黒鎧の戦士を撤退させるに至る。どちらも連合軍の勝利に大きく貢献したものとして評価されていた。

 無論、ファリアとルウファが評価されていないわけではない。九位と十位だ。どちらも十二分に評価されている。ファリアは特にリネン平原での活躍を、ルウファはサマラ樹林の戦いで敵指揮官を引き出せたことが特記事項として記されていた。

「レムの名前はないわね」

 ミリュウが嬉しくて仕方がなかったのは、その一点にあるのかもしれない。しかし、レムは涼しい顔だ。

「御主人様誘拐事件の実行犯を評価するわけにはいかないでしょう」

 とはいったものの、彼女にとっては、論功行賞の順位など元よりどうでもいいことなのかもしれない。

 ミリュウは、レムの反応の薄さにがっくりと肩を落とした。


「わたしのルクスが十二位なんだってね」

「いつからあなたのものになったのか教えてほしいもんだけど」

 訓練中の傭兵団《蒼き風》の元に訪れたベネディクト=フィットラインの一言に、ルクス=ヴェインは木剣を翻しながら嘆息した。木剣による組手の最中だったが、ベネディクトが現れた以上、取りやめざるを得ない。ベネディクトは傭兵団《紅き羽》の団長だ。黙殺することは立場的に難しい。

 十二位というのは、論功行賞の順位のことだ。今朝、発表された。上位二十名が大々的に公表され、二十一位から百位についても、論功行賞の文書に記されている。百一位以下については公表されないようだ。評価されたければ、百位以上に入るしかない。もちろん、発表されないだけで、百一位以下にも戦功に応じた褒賞は出るらしい。

「ベネディクトは二十位か。俺の勝ちだな」

《蒼き風》団長のシグルド=フォリアーが木剣で団員を弾き飛ばすと、豪快な笑みを浮かべて、勝ち誇った。

「たった一しか違わないでしょ」

 二十位のベネディクトがむっとしたように、シグルドは十九位だった。

「ま、二十位以内に入れただけで十分でしょう」

 ジン=クレールが肩を竦めたのは、ふたりの相性の悪さにであり、自分が二十位以内に入れなかったからではあるまい。むしろ、《蒼き風》からふたりも入賞できたことに喜びすら覚えるのが、ジン=クレールという人物だった。

 そういうジンだから、《蒼き風》の団員はついていくのだ。

 ルクスも、ジンの清々しさには惚れるしかなかった。

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