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第七百四十六話 悲喜交交(一)

 大陸歴五百二年三月七日。

 反クルセルク連合軍反逆者討伐軍がクルセールに帰還。動員した八千名のうち、三百二十五名が死亡、八百名以上が重軽傷を負ったものの、想定した範囲以下の損害で済んだという話だった。

 リジウルは、連合軍に服した。これにより、クルセルク本土及びノックス、ハスカ、ニウェール、リジウルが連合軍の支配下に入ったということになり、連合軍はクルセルクに完全に勝利したということだ。クルセールは、連合軍の勝利を喜ぶ将兵たちの声で満たされた。喜んでいるのは、連合軍だけではなかった。魔王の支配から開放されたことを喜ぶクルセルク人の数も少なくはなかったのだ。魔王がいくら善政を敷いていようと、皇魔を従えているという事実は恐怖以外のなにものでもなかったということだ。もっとも、クルセールの住人のうち、反魔王派の人々は、連合軍がクルセールを制圧したときから、連合軍への接触を図っており、連合軍の勝利を祝い、喜びを示してはいたのだが。

 ともかくクルセルク戦争は終結し、あとは戦後処理を残すのみとなった。

 そして、この戦後処理がなにより重要で、難航するかもしれなかった。

 連合軍は、複数の国から成り立っている。

 盟主として君臨するのは、連合軍参加国最大の国土と軍事力を誇るガンディアだ。ガンディアからは国王レオンガンド・レイ=ガンディアを始め、三将軍、軍師、全方面軍、全軍団が参加した。連合軍の中で全戦力を投入したのは、ガンディアくらいのものだ。だがそれは、全戦力を投入できる状況にあったのがガンディア以外にはなかったというだけのことであり、他国がクルセルク戦争に真剣ではなかったという証明にはならない。

 ガンディアの周囲は、連合軍参加国ばかりであり、国土防衛のために戦力を残す必要がなかったのだ。だから、全戦力をあますところなく投入することができた。唯一、ザルワーン方面北西のシルビナが連合軍に不参加だったが、シルビナの東からはアバード、南からはイシカが睨みを効かせており、シルビナがザルワーン方面に軍を差し向けることはないと判断できた。

 果たして、ガンディアはクルセルク戦争でもっとも多くの血を流した。同時に多大な戦果も上げた。特に《獅子の尾》の活躍は目覚ましく、《獅子の尾》なくしては連合軍の勝利はなかったといわれるほどだった。ガンディアは、クルセルク本土の東半分と、ノックスを得た。

 つぎに規模が大きいのは、ジベルだ。将軍ハーマイン=セクトルを代表とするジベル軍は、その軍勢のほとんどを伴って連合軍に参加している。最後の最後にケチが付いたとはいえ、死神部隊の参加も大きかった。ジベルの独断によるハスカへの進軍は、事と次第によってはジベルに幸運をもたらすはずだったが、終戦間際に起きた事件によってハスカの支配権は宙に浮いた。ジベルが発言力を失ってしまったからだ。

 アバードも、かなりの戦力を連合軍に供出している。王女シーラ・レーウェ=アバードみずからが戦場に立ち、采配を振るったことも評価された。アバード軍は、イシカ軍ともメレド軍とも行動をともにし、どちらもそれなりの戦果を上げた。シーラ姫は敵軍指揮官を討つという大金星を上げてもいる。アバードは、クルセルク本土の西半分を得ることになった。

 ガンディアの同盟国ルシオンは、白聖騎士隊、白天戦団を投入。連合軍の勝利に大いに貢献したが、白聖騎士隊は半数近くまで失っており、その損失は計り知れないものがある。ルシオンにはニウェールが与えられることが決定したが、それにはガンディア王レオンガンドの意向が大きく働いている。

 イシカとメレドは、どちらも領土を求めないという立場を取っていたが、レオンガンドの意向により、リジウルを分け合う形で落ち着いた。両国が領土を欲さなかったのは、領土ではなく、ガンディアとの繋がりを求めたからのようだ。ガンディアと繋がることで、メレドはイシカを出し抜こうとし、イシカはメレドを牽制しようとしていた。しかし、どちらも上手くいかなかった。ガンディアのほうが上手だったということだ。

 ガンディアの属国であるベレルには、ハスカの南側が与えられ、残った北半分がジベルのものとなった。

 飛び地が多い。が、仕方のないことだ。地理はどうすることもできない。地理をどうにかしようと思えば、大陸の形を変えるしかない。そんなことが神ならざるものにできるはずもなければ、神でさえ簡単にできることではないだろう。

 不満を抱く国もあっただろうが、ベレルなどは素直に喜んでいた。ガンディアの属国に過ぎず、ただ支配者の命令に従っただけで領土が増えたのだ。ベレルの騎士団長たちは想像もしていなかった事態に感激してさえいた。

 もちろん、ガンディアにはガンディアの思惑がある。属国であるベレルの領土が増えるということは、ガンディアの影響が及ぶ範囲がそれだけ広がるということにほかならないからだ。ガンディア王レオンガンドの目的は小国家群の統一であるが、それは小国家群全域がガンディアの影響下にあるということだ。ガンディアの下、意志が統一されていればいい。属国の領土が増えることは、ガンディアにとっても喜ばしいことであり、それは同盟国に対しても同じことがいえる。ルシオンとミオンの領土を分け合ったのも、ルシオンにニウェールを押し付けたのも、ガンディアにとっては大切な同盟国であり、ともに小国家群統一を目指すものだと信じているからだった。

 他国を力で圧し、征服するだけが統一の道ではない。ベレルのように軍事力に物を言わせて従わせることもあれば、ルシオンやレマニフラのように同盟を結ぶという手もあるのだ。

 戦いだけがすべてではない。

 戦争は、なにもかも消費するだけだ。

(このまま死を積み上げていくことに意味はあるのか?)

 レオンガンドは、数多の死の中心にあって、そんなことばかりを考えていた。

 もちろん、意味はある。大陸小国家群を統一するには、なによりも速度が重要だった。速度を重視すれば、犠牲を払うことに躊躇してはいられない。時間さえあれば、犠牲の少ない道を取ることもできるだろうが、何分、小国家群に残された時間がどれほどあるのかわからないのだ。そうである以上、レオンガンドは最短距離を進むしかない。

 そのためにこの手が血に塗れ、何千何万の屍でできた道が後にできようと、歩みを止めることはできない。

 歩みを止めれば、殺してきたものたちに、踏みにじってきたものたちに申し訳が立たない。

 彼は、自分の手を見た。白く綺麗な手だ。穢れひとつ見えない。

 異形の父に刃を突き立てたとき、この手は血塗られ、運命は呪われた。

「なにもかも、いまさらだよ」

 だれとはなしに告げると、細く長い女の指が彼の手に触れた。

(いまさらだ)

 アーリアのなすがままに任せながら、レオンガンドは、目を閉じた。

 子供の頃、夢に描いた道は、もっと輝かしいものだったような気がして、苦笑した。

(夢は、まだ、続く)

 道が続いている。

 続いている以上、走り続けるしかない。

 立ち止まってなどいられないのだ。


 クルセルク戦争における論功行賞は、連合軍首脳陣が顔を突き合わせて行われた。

 第一位には、セツナ・ラーズ=エンジュールが選出された。これは満場一致であり、だれひとりとして不満を漏らすものはいなかった。

 セツナの戦功を上げると、緒戦における三都市同時攻略の要として、数えきれないほどの皇魔を殺戮し、魔王軍の撤退を促したことに始まり、ウェイドリッド砦の南側皇魔の殲滅に大きく貢献、リネンダールの巨鬼を封殺し、ゼノキス要塞の敵陣突破とレオンガンド護衛といったところだろう。まず、緒戦の戦功だけで十分すぎるほどのものだった。彼ひとりで五桁近い皇魔を倒しているのだ。その戦果の凄まじさは、四大天侍さえも呆気にとられるほどのものだった。

 第二位のマリク=マジクも満場一致といってよかった。リョハンの援軍であり、四大天侍と呼ばれる武装召喚師のひとりである彼は、その類まれな武装召喚師の才能を遺憾なく発揮し、圧倒的な戦果を上げている。ザルワーン方面での戦いで魔王軍の撤退を促したのは、マリク=マジクを始めとするリョハンの武装召喚師が数えきれない皇魔を撃破したからであり、その中でもマリク=マジクの戦果がもっとも大きい。それでもセツナに及ばないという。

 第三位には、ナーレス=ラグナホルンが選出されている。連合軍が勝利することができたのは、ナーレスが練り上げた戦略に基づいて軍を展開したからであると評価されたのだ。連合軍の戦闘を主導したガンディア軍参謀局の局長だということも、評価の対象となったようだ。マルウェールを餌としてザルワーン地方に魔王軍を引き入れた策に始まり、クルセルク三都市同時攻撃、ウェイドリッド砦攻略、三方面展開、ゼノキス要塞攻略、そしてリジウル征伐と八面六臂の大活躍といってもよかった。特にウェイル川の戦いにおいては地形を活用した見事な戦術を披露し、ナーレスの名声を高めるに至った。

「うちの隊長は相変わらず一位を独占しておりますなあ」

 ルウファが感嘆の声を漏らしたのは、論功行賞に関する文書に目を通したからだろう。不平不満を封殺するためか、ガンディア軍の論功行賞は、その理由が文章として明確に記されていた。この度の戦争における戦歴、戦功、戦果がぎっしりと書き込まれており、それを見れば、多くの場合納得せざるを得ない。納得出来ないとしても、沈黙するしかないのだ。

「当然でしょ。なんたって、セツナなんだから」

「それ、説明になってませんぜ」

「まあ、セツナが黒き矛の使い手である以上、戦功で追い抜くなんて真似、できるわけないわね」

「御主人様が仰られるには、黒き矛はますます強くなったそうで」

 レムが口を挟むと、ルウファが嘆息した。

「ますます追い抜けなるじゃないっすか」

「追い抜くつもりだったの?」

「もちろん、追いつけ追い越せですよ」

「自分の力量を見極めるのも、大切なことよ」

 ファリアが冷ややかな言葉を投げつける。

「う……なんか俺に厳しくないっすか」

「多分、ルウファ様の充実した生活が羨ましいだけですよ」

「なるほど」

「そこ、納得しない!」

 ルウファに突っ込むと、ファリアは透かさずレムを睨んだ。

「レムぅ……」

「どうされましたか? ファリア様。そんな顔をされていますと、せっかくの幸福も逃げてしまいましてございますよ」

「くっ……なんなのこの敗北感」

「余裕がない女って……惨めね」

「ミリュウ! あなたにだけはいわれたくないわよ!」

 なぜか取っ組み合いの喧嘩を始めたふたりを遠目に見遣りながら、セツナは肩を竦めた。仲が良いのは悪いことではないし、喧嘩するほど仲が良いともいう。そもそも、ふたりが口論するのはめずらしくない。そして、ふたりの口論に巻き込まれるのも、めずらしい事象ではない。そういうとき、セツナは途方に暮れるしかないのだから困ったものだ。

 腹の傷は、すでに完治していた。自由に歩き回れるようになり、日課の訓練にも熱が入った。最近はルクス=ヴェインと訓練できる時間が増えたことで、セツナの剣の腕は日々向上しているという話だった。実感もある。まず、ガンディア軍の兵士と木剣で立ち会っても、負けなくなった。

 動きは、元々見えていた。そこに体がついてくるようになった。日々の鍛錬の成果が出てきている。このまま鍛え続ければ、黒き矛の制御も万全となり、セツナに付け入る隙はなくなるだろう、というルクスからのお墨付きも出ていた。

 もっとも、そこに至るまでの道程は遠く厳しい物になりそうだが。

(やりがいはある)

 力は十分にある。

 黒き矛は、強すぎるほどに強い。闇黒の仮面を吸収してさらに強くなったという話だが、実際のところはまだわからない。召喚しての訓練は、体の調子が完全に戻ってからと決めていた。そろそろ訓練を行ってもいい頃合いだろう。

 カオスブリンガーが本当に強くなっているのか。

 強くなっていたとして、セツナに使いこなせるのかどうか。

 使いこなせないほど強くなっていても、仕方がないのだ。武器とは、使いこなせて初めて意味を成す。特に召喚武装のような協力な兵器は、使いこなせなければ、味方にさえ被害をもたらしかねない。

 セツナは、ファリアとミリュウの仲裁に入ったらしいルウファが、なにやら幸福に包まれたまま地に沈んでいくのをぼんやりと眺めていた。

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