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第七百四十四話 クルセール模様(二)

「命の同期……ねえ」

 ファリアが難しい表情でセツナとレムの顔を交互に見ると、ミリュウは寝台に乗って、セツナの目の前まで顔を寄せてきた。鼻息が掛かりそうなほどの至近距離。ミリュウの大きな目が、怪訝そうな色彩を帯びていた。

「なんなの? 本当、なんなの?」

「なにがだよ」

 セツナは、ミリュウの肩を押して顔を遠ざけながら、半眼になった。ミリュウは抗わずに引き下がったが、寝台から降りようとはしなかった。寝台に座ったまま、つぶやいていくる。

「セツナって一体何者なのよ」

 ミリュウとファリアが同じような顔をしているのには、わけがある。

 ふたりにレムと自分の関係について説明したからだ。レオンガンドが去り際、ふたりにも説明しておいたほうがいい、と忠告してくれたのだ。最初からレオンガンドの許可を取ってから話すつもりだったのだが、レオンガンド自身が背中を押してくれたのだ。躊躇する必要はなくなった。元より、ふたりに隠し通しておくようなことでもない。無論、死人が生き返ったなどという荒唐無稽な話をしたところで、簡単に受け入れてくれるはずもないのだが。

 セツナがふたりに話したことは、クレイグ・ゼム=ミドナスと彼の召喚武装・闇黒の仮面のことであり、死神部隊のことだ。

 死神部隊の死神たちは、闇黒の仮面によって選別された死者であり、魂を肉体に拘束され、仮初の生を与えられた存在だった。死神たちは、セツナが瀕死の重傷を負ったことで、クレイグに用済みと判断され、殺された。セツナはクレイグを倒した。その後、黒き矛が闇黒の仮面の力を吸収したが、それによって起きたのが、レムの再蘇生であり、闇黒の仮面の最後の力を使ったものだと説明しておいた。

 黒き矛の力を持ってしても、死者の軍団を作るようなことは不可能だった。それは、闇黒の仮面の能力であり、黒き矛に同化したいまとなっては、引き出すこともできなくなってしまったようだった。ランスオブデザイアも同じだ。ランスオブデザイアもまた、黒き矛の一部となったとき、その本質が黒き矛と同化し、ランスオブデザイアとしての能力を使うことはできなくなったのだ。

「俺じゃねえ。カオスブリンガーが常識知らずなんだよ」

「それはわかってるけど……どうして、セツナが黒き矛なんて物騒なものを召喚できて、平然と扱えるのよー」

「平然とは扱ってねえってば」

 セツナはうんざりと言い返したが、ミリュウに一蹴された。

「そうは見えないわ。あたしなんて、あっという間に逆流して、自滅しちゃったし。あのマリク=マジクだって逆流現象に遭ったらしいし」

「そうなのよねえ……あの天才少年にも制御しきれないのが黒き矛なのよねえ」

 ファリアが、興味深そうにつぶやく。

 確かに、気になるところではある。ミリュウもマリクもセツナより余程優秀な武装召喚師だ。技術も練度も精度もふたりのほうが上なのは間違いない。召喚武装を用いない戦闘能力など、比べるべくもないほどだ。しかし、そんなふたりにも黒き矛だけは扱い切れないというのだ。

 セツナも扱いきっているとは言い難いのだが、それでも、ふたりのように逆流現象に遭ったことはない。不安定なりにも安定している。もちろん、精神を消耗し尽くして意識を失うことは往々にしてあるのだが、それはセツナの使い方の問題であり、黒き矛に原因があるわけではない。

「……俺のことはどうだっていいだろ」

「良くないわよ。でもまあ、確かにいまはセツナよりもこっちよね」

 そういってミリュウが睨んだのは、レムだ。彼女は、部屋の扉前に立ち尽くしている。使用人然とした振る舞いは、以前よりも熱が籠もっているように感じられた。以前は、嫌な任務を誤魔化すための演技だったのが、いまは、使用人こそが生き様だとでもいうような気概さえ感じられた。なぜそこまで使用人に拘るのか、レムの考えは理解できない部分が多い。

 視線を向けられた彼女は、ミリュウに対しては営業スマイルで応じた。

「わたくしのこと、納得していただけましたか?」

「まあ、理解はしたわよ。セツナがレムに甘い理由もわかったわ」

「甘いか?」

「甘いわよ。激甘よ。討伐軍に参加させなかったじゃない」

 ミリュウが怒気を発した。レムの討伐軍参加についてセツナが口出ししてから、いまのいままで胸の内に留めていた想いを吐露したのだろう。彼女がレムの扱いについて納得出来ないのは、百も承知だった。最初からそりが合わなかったのもあるし、レムがミリュウを煽っていたという事実もある。ミリュウがレムを敵視するのは、ある意味では当然だったのかもしれない。

 セツナは、ミリュウの気持ちを理解した。理解した上で、レムの扱いについて説明しようとした。

「それはだな……」

「あたしだったら参加させたくせにさ」

 ミリュウが、セツナに説明をさせてくれなかったのは、彼女が拗ねているからだ。子供のようだが、彼女が子供っぽいのは今に始まったことではない。そしてそれがある種の魅力となっているのだから困りものだ。艶やかな美女という外見からは想像もできない幼稚性という不均衡は、ミリュウ=リバイエンという女性を構成する重大な要素だった。

 とはいえ、この状況で拗ねられては、話し合うこともできなくなる。

「あのなあ……」

「あのですね、ミリュウ様」

 セツナの台詞を奪ったのは、レムだ。彼女が笑みを湛えてミリュウに話しかけると、ミリュウは犬歯を剥き出しにする勢いで食らいついた。

「なによ!」

「御主人様は、ミリュウ様のことを心の底から大切に想っておられますよ」

「あんたになんでそんなことがわかるのよ!」

「同期していますから」

 レムは、小さな胸に手を当てて、いった。

「命も、心も」

「なっ……!」

 ミリュウは、唐突に顔面を真っ赤にすると、セツナを一瞥した。そして、いてもたってもいられなくなったのか、寝台を飛び降りると、脇目もふらずに部屋を飛び出していった。

 ミリュウには、子供っぽいところがある。セツナに対して積極的に触れ合ってくるくせに、セツナが好意を伝えると、途端に顔を赤くして、どこかへいってしまうのだ。そこが彼女の愛嬌なのは疑うべくもない。

「……悪い冗談だ」

 セツナは、苦い顔でレムを見た。レムは、涼しい顔でこちらを見て、微笑んでいる。

「嘘なの?」

 ファリアが半眼を向けると、レムは平然と頭を振った。

「いいえ。本当でございますよ。わたくしには、御主人様の御心がまるわかりなのでございます」

「ほう……当ててみろ」

「いま、さっさと出て行ってくれ、と思いましたよね? ファリア様とふたりきりになりたいと」

「……はあ」

「セツナってもっと奥手だと思っていたけれど、案外積極的なのね」

 ファリアは、レムの言葉をまるで信じていないにもかかわらず、彼女の発言に乗ってきたことが意外に思えた。が、よくよく思い返してみれば、ファリアにはのりの良いところがあり、そういうところがセツナにもとっつきやすかったのだ。そういうところから惚れていったのは、疑いようのない事実だ。

「ファリアもさあ」

「わかってるわよ。わたしがそんな冗談、信じると思う?」

「信じたかったりはしましたよね?」

「あのねえ……」

 ファリアががっくりと肩を落としたのは、レムと舌戦を繰り広げる気にはなれなかったからかもしれない。セツナも同感だった。彼女と言い合いをすれば、藪蛇になる。

 沈黙が室内を支配しかけたそのときだった。

「失礼するぜ!」

 扉が勢いよく開き、シーラ・レーウェ=アバードが部屋の中に入ってきたのだ。

「いや本当、礼を失しすぎでございますですよ、王女殿下」

 呆気に取られるセツナたちを尻目に、レムが淡々と突っ込んだのだった。

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