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第七百四十一話 レムの処遇(前)

 二月十五日。

 連合軍がクルセルク首都クルセール入りを果たして、六日が経過した。

 六日も経てば、クルセルク全土の状況もわかってきていた。クルセルクに滅ぼされ、クルセルクの領土となっていたノックス、ニウェール、ハスカは、クルセルク政府の宣言に従って連合軍の支配下に入った。当然の結論に疑念を差し挟む余地はない。

 ただひとつ、北東のリジウルだけが、クルセルク政府の決定を黙殺し、連合軍に対して公然と抗う構えを見せていた。リジウルも、魔王軍によって滅ぼされ、軍事力は残っていないはずだったが、どうやらクルセルクの正規軍が、クルセールで戦いもせずに降伏したという政府のやり方に反発したということのようだった。

 連合軍は、リジウルに籠もったクルセルク正規軍を反逆者と認定。討伐軍を興した。討伐軍には、ガンディア軍の一部とジベル軍が参加した。ガンディア軍の主力といってもいい《獅子の尾》投入されておらず、かわりに《獅子の牙》と《獅子の爪》が実戦経験を積むという名目で参加させられた。その間、ガンディア王の身辺警護には《獅子の尾》が当たることになった。

 ゼノキス要塞の戦いから九日。戦いの傷も癒え、疲労も取れ始めていた。とはいえ、《獅子の尾》の隊長は安静にしていなければならず、隊長補佐のファリア・ベルファリア=アスラリアと隊士ミリュウ=リバイエンがレオンガンドに近習した。ルウファ・ゼノン=バルガザールは、片腕を骨折しているため、護衛には向かないと判断された。

 ジベルの死神部隊の一員であるレム=マーロウは、反逆者討伐軍には不参加だった。ハーマイン=セクトルは、レムに特例処置を認め、セツナの護衛任務を継続させることにした。セツナを影の国へ誘拐した張本人に護衛を継続させるなど、普通に考えればありえないことだったが、レムの護衛に関してはセツナ自身が認め、望んだことだ。

 再蘇生したばかりで精神的に不安定なレムを遠征させるのは、あまりにも不憫だった。ジベルの将軍ハーマイン=セクトルには、セツナとガンディアに対して負い目がある。彼は、渋々ながらも了承した、という体裁を取った。それによって、負い目を少しでも軽くしようと試みたのだ。

 無論、そんなことでは取り繕うこともできない事件であり、その事実を把握していない将軍ではないはずだが、やれることはやっておこうとでもいうのかもしれない。

 ともかく、セツナは自分の立場と権力に物を言わせて、レムの従軍を取りやめさせることに成功したのだ。

「さすがは権力者様でございますね」

 レムの皮肉っぽくも嬉しそうな言葉は、しばらく耳から離れなかった。


 セツナが、《獅子の尾》の面々、レムとともにクルセールに入ったのも、十五日だ。到着早々、討伐軍の編成が始まったのだ。当初、《獅子の尾》も討伐軍の候補に入っていたというのだが、セツナがまともに戦える状態ではないことが明らかになると、軍師たちは《獅子の尾》をクルセールの守備に回すことに決めた。

 連合軍の戦力のうち、四分の一ほどが討伐軍に割かれた。逆をいえば、その程度で十分だと考えられているということだ。クルセルク正規軍の数は、総勢二万といわれていて、その大半がクルセルク本土の防備に当てられていた。そして、その大半は連合軍に敗れるか、クルセールにて恭順の意思を示していた。さらにいえば、クルセールの守備部隊は、討伐軍に参加することになっており、クルセルクの兵士たちには、働き次第では戦後の仕官に響くだろうとささやき、奮起を促したらしい。同じクルセルク軍を攻撃することになるのだ。そうでもしなければ、彼らの士気を高めることはできないのだろう。

「士気が低かろうが、戦意がなかろうが構いませんがね」

 セツナの元を訪れた軍師の吐いた言葉の冷酷さに、彼は驚きを覚えた。ナーレス=ラグナホルンに冷酷さを感じたことがないからかもしれない。

「彼らには壁になってもらいますから」

 クルセルクは連合軍の手に落ちた。反逆者の討伐如きに時間をかけている場合ではない。素早く攻め滅ぼすために形振り構っていられないのだ。だからといって、全力をぶつけるわけにもいかない。クルセールをがら空きにすれば、シャルルムが黙っていないだろうというのだ。

 セツナが、負傷で戦えないことを申し訳なく思っていると、ナーレスが肩を竦めた。

「セツナ様にばかり頼っていては、軍師の名折れ。エインやアレグリアに示しがつきませんよ。いまはゆっくりと養生なさってください」

 軍師はセツナに深々と会釈すると、部屋を後にした。軍師も討伐軍の一員として、リジウルに向かう手筈となっていた。それにはエイン=ラジャールとアレグリア=シーンら参謀局の人間も同行するといい、反逆者との戦いを戦術の勉強に利用するつもりらしかった。

「そういう意味では、我々も参加するべきだったのではないかと思うのですが……なにぶん、黒勇隊は領伯様の私兵でありますれば、お側を離れるのは理念に反するというものもおりまして」

 ゴードン=フェネックが、恰幅のいい体をひたすら小さくしながら、申し訳無さそうにいってきたのは、軍師が去ったあとだった。エンジュールの司政官であるゴードンは、エンジュール領伯の私兵団黒勇隊の指揮官代理として、連合軍の末席に名を連ねていた。もっとも、黒勇隊が前線に出ることはなく、結果、実戦経験を積むという彼らの目的が果たされることはなかったらしい。戦場の空気が味わえただけでも十分ですが、とゴードンは消沈気味にいったものだ。

 どうやら、セツナ配下の黒勇隊に無理をさせるわけにはいかない、という意思が働いていた。もし黒勇隊が大敗し、壊滅的な状態にでもなれば、セツナの士気に関わるかもしれない。軍の気遣いが、黒勇隊の経験不足を助長したことになるのだが、そればかりはセツナにもどうすることもできなかった。

「急ぐ必要はないさ。また戦いはある。そのときまでに鍛錬を積み、実力をつけていけばいい。実戦経験は、それからでも遅くないよ」

 とはいったものの、セツナの場合、最初から実戦だったため、なにが正しいのかはわからなかった。最初の戦いがすでに死線であり、つぎの戦いも死闘といっても過言ではなかった。訓練を始めたのは、それから随分後のことだ。ルクス=ヴェインという師に相応しい人物に出会わなければ、まともな訓練さえ行わなかったかもしれない。

「それはそうなんですが……このままでは、領伯様の威信に関わるのではないかと」

「そんなことで堕ちるような威信なんて最初からいらないさ」

「はあ……」

「ゴードンさんはゴードンさんらしくやってくれればいいんだ。これまでどおりね」

「はい……それはわかっております。これからもエンジュールの司政官として、領伯様を支援させていただくつもりです」

「ああ、よろしく」

 ゴードン=フェネックの気の弱そうな、それでいてどうしようもなくひとの良さそうな言動は、セツナの心を暖かくしてくれる。そういった人間は貴重だった。セツナの周囲には、ゴードンのような人間は少ない。そもそも、セツナに関わろうとする人間はそう多くはなかった。王立親衛隊長という障壁があり、領伯という立場がさらに強大な壁となって他者を近づけない。自然、隊の部下か、領伯になる以前から親しかった人物としか交流できなくなっていく。そうやって、交友関係は狭まっていくものらしい。人間関係は拡大し、複雑化していく一方だというのにも関わらずだ。

「ゴードンさん、あたしは好きだな」

 ゴードンが出て行ったあと、ミリュウがつぶやいた。

 クルセール城の一室が、《獅子の尾》に貸し与えられており、ミリュウもファリアもレムもいた。ルウファがいないのは、使い走りさせられているからだ。エミルとマリアも、こちらに来ている。クルセールの病院に重傷者を運び込み、そこで治療に専念していた。

 この部屋にセツナが寝ていることもあって、面会に訪れる人間が跡を絶たなかった。多くはガンディア軍の関係者だ。エイン=ラジャールも泣きついてきたし、アレグリア=シーンも訪れている。ドルカ=フォームとニナ=セントールに、グラード=クライドとも再会を果たすことができた。

 皆、セツナの無事を心から喜んでくれているようだった。

 それが嬉しかった。

「めずらしいわね」

「そう?……そうかもね。あ、でも、別に変な意味じゃないわよ」

「変な意味ってなんだよ」

 セツナが突っ込むとミリュウがくすりと笑った。本当に意味がわからない。が、追求すると藪蛇になりそうなので、避けた。ゴードンが好きだという意見には賛成だが。

 室内には、ファリア、ミリュウ、レムの三人だけが残った。ファリアとミリュウは、レムがここにいることを納得していないといった風であり、監視の目を注いでいる。対して、レムは涼しい顔で、セツナのことを見ていた。

 険悪というよりは、緊張感があった。

 その緊張感を破ったのは、扉を叩く音であり、声だった。

「失礼するよ」

 その一声で、だれが来たのかがわかった。それほどまでに聞き慣れた声であり、忘れようのない声でもあった。

 扉が開き、獅子の鬣のような金髪が視界に飛び込んでくる。室内に入ってきたのは、レオンガンド・レイ=ガンディアだった。金髪碧眼の絵に描いたような貴公子である彼は、片目を失ってからというもの、身に纏う威厳が増してきていた。ただ立っているだけで、震えるような威圧感がある。いくつもの戦争を潜り抜けてきたのだ。初めて出逢ったときのまま、変わらないはずがなかった。

「陛下!」

「いや、楽にしていてくれたまえ。ただ顔を見に来ただけだからな」

 公務ではない、ということだろう。

 レオンガンドの気遣いに、セツナは、感謝し、浮かせかけた腰を下ろした。ファリア、ミリュウ、レムも敬礼した後、椅子に座り直した。

 レオンガンドは、《獅子の尾》隊員の反応に満足気に頷くと、セツナの目の前まで歩み寄り、手近にあった椅子を引き寄せて腰掛けた。

「しかし、遅くなってしまった。わたしも忙しくてな」

「連合軍の盟主なんですから、忙しくて当然じゃないですか」

「そうはいうがな。大事な親衛隊長の無事な顔を見るのに、他国の将軍に遅れを取るなど、許せるものではないだろう?」

 レオンガンドの言い様に、セツナは不思議に思った。

「ハーマイン将軍のことですか?」

「ほかにだれかいるかい?」

「いえ」

「話は聞いている。レム・ワウ=マーロウのことだそうだな」

 彼は、部屋の片隅に佇む少女を見遣った。彼女の使用人然とした格好はレオンガンドも見慣れているはずで、気にはならないだろうが、彼女がここにいることには疑問を覚えるかもしれない。レオンガンドも、彼女がセツナを影の中に引きずり込む瞬間を目撃している。

「レム=マーロウですよ、陛下」

「……?」

 レオンガンドは小首を傾げた。金色の髪が揺れて、彼の顔を彩る。

「どういうことだ? わたしにわかるように説明してくれないか?」

 レオンガンドの頼みに、セツナは一も二もなくうなずくと、レムを一瞥した。レムはうなずくと、ファリアとミリュウの手を引っ張って、強引に外に連れ出していった。ふたりは抗わなかった。人払いの意図を理解したのだろう。

 セツナは、闇の世界で見たことのすべてをレオンガンドに説明した。

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