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第七百三十八話 生き方というもの

 セツナが聞いたところでは、彼が意識を取り戻すまでの四日間で、連合軍とクルセルクの戦争はほぼ終結を見たという話だった。

 二月六日、ゼノキス要塞を落とした連合軍は、二日後の八日には要塞に備蓄されていた兵糧を持ってクルセルク首都クルセールに軍を進めた。激戦後、たった二日での進軍は自殺行為といっても過言ではなかったが、連合軍に残された時間を考えると、ここで進軍しない手はなかったのだ。

 ゼノキス要塞には大量の兵糧が備蓄されていたとはいえ、連合軍は二万を超える大軍勢であり、備蓄されていた兵糧程度では、すぐに底を尽きてしまうのが明白だった。早々にクルセールを落とし、戦争の終結を宣言するべきだと連合軍首脳陣が判断したのは、ある意味では当然だった。

 もっとも、連合軍首脳陣はクルセールで大規模な戦闘が起きるとは、思ってもいなかった。

 そして、翌九日、クルセールに辿り着いた連合軍は、想定通りにクルセール側の無条件降伏を受け入れた。

 ゼノキス要塞において魔王が敗北を認めるかのように軍を引き、皇魔を解散させたという事実は、クルセールに残っていた魔王軍の重臣たちに衝撃を与えたのだ。クルセールには数千人規模の正規軍が存在していたものの、連合軍の戦力を比較した場合、抵抗のしようがなかった。クルセールに籠城したところで、各地から援軍が辿り着くまでに攻め落とされる可能性のほうが高い。そもそも、魔王軍は、魔王個人の能力に依っていたものであり、魔王が姿を消してしまった以上、どうにもならないというところが大きい。

 そして、この戦争を引き起こしたのは魔王自身であり、魔王が戦意を喪失したのならば、クルセルクの人間に連合軍と戦う理由はなかった。国土を護るために抵抗するにしても、抵抗するだけの余力は残されてはいない。

 結局、クルセルクは、国王不在のまま、連合軍に降伏を伝え、連合軍側はそれを受け入れたということだ。

 ランシード、セイドロック、ゴードヴァンを連合軍から奪還した魔王軍の軍勢は、魔王が軍を解散したことで跡形もなく消えてしまったらしい。正規軍もほぼ全滅していたということもあり、三都市の支配権は宙に浮いた状態になっていたようだが、連合軍の後詰が三都市に入ったことでそれぞれ連合軍の支配下に組み込まれたという。

 後詰とはいうものの、だいそれたものではない。アバードやジベル、ガンディアからなんとかしてかき集められた兵力であり、戦力としては役に立ちようがなかった。それでも各国が後詰をクルセルクに寄越したのは、三都市を再度落とし、補給線を確保するためであり、そうしなければ連合軍が立ち枯れてしまうからだ。もっとも、もし三都市が魔王軍の制圧下のままならば、後詰部隊はいずれも敗走していただろう。それぞれ千名にも満たない戦力では、皇魔の軍勢を撃退することなど不可能に近い。

 なんにせよ、クルセルク本土は、すべて連合軍によって占領することができたということだ。

 残すところはハスカ、ノックス、ニウェール、リジウルといったクルセルクの支配地だが、それらの都市や地域からも魔王軍が撤退したとあれば、連合軍のものになるのは時間の問題だろうという話だった。クルセルクと戦争の末滅ぼされた国々は、その戦力のほとんどを戦場に投入し、自決に近い形で滅亡している。生き延びた武将といえばハスカのバラン=ディアランだが、彼はハスカの奪還を連合軍に直訴、死神部隊とハスカに赴いたものの、奮戦の甲斐なく戦死したという。

 死神部隊がどうなったのかは、わからない。もちろん、セツナが知るかぎりはレムを除いて全滅しているはずだが、その亡骸がどうなったのかは不明なのだ。あの暗黒空間の消滅とともに消え去ったのか、セツナとレムのように元いた場所に戻ったのか。後者ならばいろいろとまずいことになるかもしれないが、セツナに落ち度はないだろう。セツナは、降りかかってきた火の粉を払っただけにすぎない。

 たとえ、クレイグ・ゼム=ミドナスの正体がアルジュ・レイ=ジベルだと知っていたとしても、殺されるつもりはなかった。相手がだれであれ、敵とあらば殺すしかない。その結果、ガンディアに多大な不利益をもたらすのなら、躊躇したかもしれないが。少なくとも、アルジュの殺害による不利益よりも、闇黒の仮面の勝利による不利益のほうが遥かに大きい。闇黒の仮面の目的が黒き矛と同じものならば、負けるわけにはいかなかった。

 マスクオブディスペアがカオスブリンガーの力を吸収した場合、ジベルは一瞬にして強国に上り詰めることができただろう。セツナがいなくとも戦力の整ったガンディアすら軽く凌駕することができたかもしれない。

 黒き矛の力だ。

 圧倒的な破壊の力だ。

 そんなものが敵に渡った場合、ガンディアなど立ち所に消滅してしまうのではないか。

(それはいいすぎか)

 神の力を目の当たりにすれば、セツナの引き出せる黒き矛の力がいかに微小なものなのかがわかろうというものだ。もちろん、通常人や通常の召喚武装に比べれば、十二分に強力で、凶悪なのは間違いないのだが。

 人間は非力だと武装召喚師たちも痛感しているらしい。

 常人を見下しての発言ではなく、人間と皇魔を比較しての話だ。

 オリアス=リヴァイアによって育成された皇魔の武装召喚師たちは、極めて強力だった。特に猛威を振るったのが、セツナ不在の三方面の戦いだったという。

「本当に大変だったのよー。あいつら、加減ってものを知らないんだから」

「そりゃ皇魔だもんな」

 風にあたって気分転換をしたセツナは、病室に戻っていた。仮設病院の一室は、彼だけの部屋になっている。《獅子の尾》隊長にして、エンジュール領伯である彼が特別扱いされるのは当然だったが、意識を失っていたということも大いに関係しているのだろう。夜の間は、レムだけが立ち入りを許されていたらしく、ミリュウが不満を漏らしていた。マリアいわく、ミリュウでは不安が大きいからだとか。

 他国人であり、死神部隊の隊員であるレムに不安はないのか? というミリュウの質問に、マリアは、こう答えた。

『目を見りゃわかるよ。レムが隊長殿を慕っているのはね』

 レムはレムでマリアの言葉を否定せず、ミリュウは難しい顔になった。なにがなんだかわからないとでもいいたいのだろうし、実際、簡単な問題ではない。すぐにでも説明しておきたかったが、なにごとにも順番がある。まずは、主君であるレオンガンドに話を通しておく必要があった。そのレオンガンドは、クルセールにおいて連合軍の指揮を取っているはずだ。レオンガンドには、レムのことだけでなく、あの暗黒空間で起きたことも説明しておかなければならない。

 黒き矛と闇黒の仮面。

 クレイグとアルジュ。

 セツナとレム。

「まあ、四大天侍のおかげで死ぬような目には遭わなかったけどね」

 リョハンの四大天侍。

 マリク=マジクを始め、その名に恥じぬ凄腕の武装召喚師たち。セツナには、マリク=マジクの凄さくらいしかわからないのが残念だが、彼の同僚を務められるほどの武装召喚師だというのは想像に硬くない。そして、天使たちの頭上に君臨する戦女神の実力も、疑う余地はなかった。

「死にかけてたひとのいうことじゃないわね」

「これは皇魔じゃないわよ。なんか変なやつよ」

「変なやつって」

「……あたしが戦った奴って、要塞にいたクルセルク人に聞く限り、オリアス=リヴァイアの護衛だったそうよ。いつも黙っていて意思表示もしないから、要塞の人間からも気味悪がられてたみたい」

 オリアス=リヴァイアの名を口にするとき、ミリュウの表情が一瞬曇ったのをセツナは見逃さなかった。オリアス=リヴァイア。オリアン=リバイエンと名乗っていた男の本当の名前。ミリュウの父親であり、ミリュウにとっては殺しても殺し足りないくらい憎んでいながら、殺すことができないくらい愛してもいる人物だった。

 オリアスは、ザルワーンがガンディアに敗れた後、クルセルクに渡り、瞬く間に魔王軍総司令まで上り詰めたという。皇魔たちに武装召喚術を教えたのもオリアスだといわれており、それは十中八九間違いないだろうというのが、ファリア=バルディッシュら一部召喚師たちの見解だった。

 魔王軍総司令ほどの地位に上り詰めたのならば、護衛のひとりやふたりつくことはあるだろう。そして、武装召喚師であるオリアスならば、自分の護衛に武装召喚師を置くのも当然のように思えた。

「そいつは要塞にはいなかったんだな?」

「うん。オリアスもいなかったわ。魔王軍総司令っていうくらいだから、ここにいると思ってたんだけど……」

 彼女は、何処かで父親との再会を心待ちにしていたのかもしれない。会って、なにができるというわけではないだろう。殺意を抱くほど憎んでいても、心の奥底では憎みきれないほどに愛している。

 憎しみと愛しさ。

 反する感情の鬩ぎ合いの中で彼女がどのような決断を下すのか、セツナにはわからないし、どのような決断を下したとしても、受け入れてあげることくらいしかできないのだ。

 だから、なにも聞かなかった。

 彼女がなんらかの決意をしていたのだとしたら、それを惑わせるようなことはしたくなかった。ミリュウにはミリュウの人生があり、戦いがある。セツナにはセツナの人生と戦いがあるようにだ。

 それはミリュウとセツナだけに限ったことではない。

 だれもが自分の生き方を持っている。それを頭ごなしに否定することはできない。

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