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第七百二十八話 死神の道理

「その余裕もいつまで保つかな」

 クレイグが嘲笑うと、闇の世界そのものが震えたようだった。まるで、彼の感情を投影しているように思えたが、気のせいかもしれない。

(余裕なんてないんだがな)

 矛を握りながら、距離を測る。すべてが闇に包まれた世界。距離感を把握するのは、極めて難しい。

「征け。そして黒き矛の命を死神に捧げよ」

『御意』

 六人は、異口同音に返答すると、同時に動き出した。六人の死神と六体の“死神”が、だ。瞬時に散開し、セツナを包囲する。やはりこの暗黒空間では、正確な位置把握は難しい。黒き矛の力を持ってしても、だ。

(いや、黒き矛だからか?)

 クレイグの召喚武装が黒き矛の力を阻害していたとしても、不思議ではない気がした。クレイグのそれがファリアが結び、ルウファが召喚し、ウェイン・ベルセイン=テウロスの手に渡った召喚武装と同質のものならば、そういうことがあってもおかしくはない。論理的ではないのだが、そう思えたし、自分の考えに疑問を持たなかった。

 音もなく真っ先に飛びかかってきたのは、レムだった。振りかぶった大鎌を勢い良く叩きつけてくる。セツナはわずかに下がり、鎌の刃を叩いて受け流し、柄の部分を受け止める。レムの顔がよく見えた。やはり生気のない顔は、人形のようだ。不意に、その絶望的な闇を宿した目に、変化が生じる。

「あれ? 御主人様?」

 レムは、いつものような口調で疑問符を上げると、大鎌を引いた。背後に迫っていた彼女の“死神”も動きを止める。人形のように表情のなかった彼女の顔が、困惑に彩られた。困惑したのは、セツナも同じだ。

「レム?」

「はい、そうですけど」

「いや……普通に返事をするなよ。この状況で」

「この状況? どういうことです? それになんなんですか、これは」

 レムは、なにもわかっていないようだった。セツナをこの暗黒空間に引き込んだという事実すら覚えていないのかもしれない。彼女の意思ではなく、別の意思によって動かされたということなのかも知れず、だとすれば、クレイグが彼女の精神に関与したとしか考えられない。

 死神零号クレイグ・ゼム=ミドナス。彼が死神たちの力の源泉であるのならば、考えられない話ではない。

 レムが動きを止めたことで、周囲の死神たちも攻撃に出ることを躊躇したようだった。このままではレムを巻き込みかねない。彼らにとってレムは仲間だ。

「レム……いや、死神壱号。なにをしている」

 クレイグが、怪訝そうにいった。彼も困惑しているのかもしれない。声に、多少の動揺があった。レムが、背後を振り返る。暗黒空間に佇むクレイグの姿は、彼女にも見えるはずだ。

「なにを……って、隊長こそなにをしているんですか。セツナ様の護衛はあたしの役目じゃなかったんですか?」

「状況は終わったのだ。新たな任務だ。黒き矛のセツナを殺せ」

 クレイグが苛立たしげに告げると、レムは、要領を得ないとでも言うように首を傾げた。

「はい?」

「殺せというのだ。彼を」

「どうしてですか? セツナ様を殺すことになんの意味があるんです?」

「任務に意味を求めるな。貴様の役割を思いだせ。貴様は、与えられた任務をこなすだけでいい。それだけが死神部隊の存在意義。忘れたわけではあるまい」

「それはそうですけど」

 彼女は言葉を濁した。こちらを振り返り、ちらりと見てくる。彼女の目には戸惑いが浮かんでいた。レムが混乱しているのは間違いなさそうだった。しかし、彼女だけがどうして混乱しているのか、セツナにもわからない。死神部隊は一枚岩ではない、ということなのだろうか。とてもそうは思えななかった。

 彼女だけが特別だとでもいうのだろうか。

「レム、どうしたの。敵を討つのに理由なんていらないでしょう」

 虎の仮面の死神が口を開くと、レムがそちらを睨んだ。

「敵? カナギまでどうしたのよ。セツナは敵なんかじゃないでしょ? 今日まで一緒に戦ってきたじゃない。一緒に、クルセルクと戦い抜いてきた仲間でしょ?」

「レムちゃんさあ、いくら長いこと一緒にいたからって、感情移入しすぎでしょ。セツナ伯は、ガンディアの人間で、レムちゃんはジベルの人間なんだよ。ついさっきまでは仲間だったとしても、いまは敵なんだよ。隊長の言う通り、状況は終わったんだ」

 饒舌なのは、鷹の仮面の死神だ。両端に穂先を持つ槍を手にしている。

「敵……」

「そうだ、敵だ。セツナは、わたしの敵だ。滅ぼすべき敵なのだ。死を賭してでも倒さなければならぬ」

 クレイグがセツナを見据えた。その手には、新たな武器が出現している。闇そのもののような両刃の剣。彼も戦闘に参加するつもりなのだろう。クレイグの背後に佇む輪郭を持った闇が、彼の“死神”に違いない。

「敵」

 レムは、わけがわからないとでもいうように何度もその言葉を反芻した。セツナは彼女を哀れに思ったが、敵に回ったのならば、どうすることもできない。彼女は、ジベルの人間であり、死神部隊の一員なのだ。

 クレイグの命令に従い、セツナと戦うというのが筋というものだろう。逡巡や困惑は、気の迷いに過ぎない。

「レム、どうやらそういうことらしい。俺は、おまえと戦いたくなんてなかったけど、こうなった以上は仕方がない」

 セツナは、死神たちの動きを注意しながら、レムに声をかけた。レムは、いまに泣き出しそうな表情をしていた。彼女は、死神のひとりがいった通り、セツナたちに触れすぎたのかもしれない。触れすぎて、適切な距離感を保ち続けることができなくなっていたのかもしれない。それは、セツナも同じだ。レムのことを知りすぎた。

 殺したくはない、と考えてしまっている。そうなれば動きが鈍るのは必定だ。

(甘いな、俺も)

 その甘さが命取りだということも、知っている。知っていて、振り切れないものもあるのだ。だからといって死ぬ気はないし、クレイグの思い通りにさせるつもりもない。

「もういい。壱号のことは放っておけ。まずはセツナを殺すのが先だ」

「はい」

「ですなー」

 クレイグの命令に死神たちが戦闘行動を再開した。セツナは、動かないレムが巻き込まれないように左に飛ぶと、即座に飛びかかってきた“死神”を黒き矛の一突きで貫き、背後から迫ってきた鬼面の死神の拳を間一髪のところで回避した。強烈な風圧が頬を叩く。まともに喰らえばただでは済まない。そのとき、レムが叫んだ。

「待ってください」

 慟哭にも似た叫び声に、だれもが動きを止めた。

「なんだ」

「あたしも、戦います」

 迷いを振りきったレムの表情は、すっきりとしたものになっていた。大鎌を振り回して手に馴染ませると、セツナに向き直って、半身に構えた。大鎌の切っ先に殺気が宿る。しかし、彼女は、謝るようにいってくるのだ。

「そういうことだから、さ。手加減しないでよ」

「わかっていたさ、最初から。こうなる運命だったってな」

 それは、必ずしも本心ではない。

 だが、敵対する可能性を考慮しなかったといえば、嘘になる。彼女を通して敵意を感じていた。それがクレイグ・ゼム=ミドナスの意思なのか、彼女自身のものなのかははっきりとはしなかったものの、いずれ、敵になるかもしれないということは、常に頭のなかにあったのだ。だから、彼女の前では安心して眠ることも出来なかった。

「それなら良かったわ」

 彼女が、なにかを振り切るように告げてきた。

「罪悪感を覚えなくて済むもの」

 レムが地面を蹴った。暗黒空間の底に、波紋が広がる。彼女の小さな体が躍動し、迫り来る。大鎌の強烈な斬撃を飛びのいてかわし、続けざまに繰り出してきた薙ぎ払いを矛の切っ先で打ち返す。火花が散り、金属音が響いた。背後に出現した殺意に対応して右に飛ぶと、鷹の仮面が両刃の槍を振り被っていた。猛烈な斬撃を前に飛び込んで回避し、前方から迫ってきた“死神”の腹を矛で貫く。手応えはあったが、“死神”には痛覚などないらしく、無反応で襲い掛かってくる。舌打ちして、貫いたままの矛を振り上げる。“死神”の体を縦に引き裂くと、さすがの“死神”も行動を停止した。闇に溶けて消える。“死神”は残すところ六体。死神は七人。

「せめて、あたしが殺すわ」

「無理だな」

 いつの間にか眼前に立っていた死神壱号に対して、セツナは傲然と言い放った。レムが苦笑したのは、らしくなかったからかもしれない。彼女は、大鎌を既に振り被っている。避けられる距離ではなかった。矛を両手で持ち、柄で柄を受け止める。重い一撃は、彼女の全力に違いない。レムの目が間近にあった。闇色の瞳。この世のすべてに絶望している、そんな瞳。救いを求めてさえいないのだ。

 絶望しているのだから。

「どうかしらね。やってみなきゃわからないんじゃなくて?」

「俺は竜殺しだぜ」

 言い返しながら、レムの膂力の凄まじさに舌を巻いた。華奢な肉体からは想像もできないような力が、セツナの行動を封じている。死神たちが自分を包囲しているのがわかる。このままでは、殺されるのが落ちだ。だが、動けない。もう少し、レムが力を出しきるのを待つのだ。そのときが勝負だと彼は考えていた。

「竜殺しだろうと、人間は人間。死神に刈り取られるものよ」

 レムが挑戦的な顔になった。彼女のそういう表情をみたのは、いつ以来だろうか。ベレルとジベルの紛争を調停しにいったときに初めて会い、彼女に唇を奪われた。そのとき、レムの表情はいまのように活き活きとしていた。ミリュウをからかうときも別の意味で活き活きしていたようではあるが。

「え?」

 不意に、その表情が一瞬にして崩れ去った。同時にセツナは腹部に激痛を感じている。なにが起きたのかわからない。腹を見下ろすと、レムの胸から伸びた剣が、セツナの腹に深々と刺さっていた。それがどういうことなのかを理解するのには、多少の時間を要した。

「罪悪感か。情が移りすぎたな」

 吐き捨てるようにいったのは、クレイグだった。

 気づくと、彼の“死神”が、レムの背後に立っていた。“死神”が、レムの背に突き刺した剣を抜いた。クレイグの剣。“死神”に貸し与えたのか、“死神”が使うために生み出したのか。いずれにせよ、闇色の長剣は、レムごとセツナを殺そうとしたようだった。

「クレイグ隊長……どう、して……」

 背後を振り返っていたレムの大鎌から、力が抜けた。彼女は、立ってさえいられなくなったのだ。その場に崩れ落ちる。セツナも、その場に屈みこんだ。痛みのあまり、彼女を支えることさえできなかった。

セツナは、レムの目から涙が零れ落ちるのを見て、クレイグを睨んだ。

「クレイグ、貴様……!」

「いっただろう。レムはわたしのものだと。その命をどう使おうが、わたしの勝手なのだよ」

 クレイグは、さも当然のように言い放つと、“死神”に剣を構えさせた。

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