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第七百二十四話 勝敗について

 ゼノキス要塞を巡る攻防は、時が経つに連れて激しさを増した。多数の皇魔を撃破し、勢いに乗る連合軍に、魔王軍が食い下がる。半壊気味の軍勢を立て直し、連合軍の猛攻を耐え抜いたのは、魔王軍のひとりの青年将校であり、その人物は、魔王を礼賛する言葉を吐きながら、皇魔たちをひとつに纏め上げた。

 対する連合軍も、盟主不在でありながらも強固な纏まりを見せ、魔王軍の猛撃を耐え忍び、手痛い反撃を叩き込んだ。主力となったのはリョハンの武装召喚師たちであり、ファリア=バルディッシュの鬼神のような戦いぶりは、将兵の度肝を抜くに至る。普段は温和な老女にしか見えない彼女だが、リョハンの戦女神と讃えられるだけのことはあるのだと、だれもが認識を改めだろう。

 アスタル=ラナディースも考えを改めたひとりだ。

 老齢となっても若者と変わらぬ戦いぶりを見せる人間は、身近にもいる。アルガザード・バロル=バルガザール大将軍は、長柄戦斧を軽々と振り回し、雑兵を草でも刈るように薙ぎ倒した。アルガザードは戦術としては防戦を得意とするのだが、アルガザード本人は戦力として十分過ぎる実力を持っている。あの歳になっても前線で戦える人間は、ごく少数といっていい。

 そんな大将軍と比較しても、ファリア=バルディッシュの戦いは凄まじかった。

 アスタルは、戦女神にこそ及ばないものの、飛翔将軍の戦いを見せようと心がけた。将兵に指示を出しながら、自分もまた、敵陣への突撃を敢行する。馬を降り、戦うのは久々だった。だが、日夜訓練を怠らない彼女の体がなまっているということはなかった。斬撃が皇魔の首を刎ねたとき、自分もまだまだ戦えるものだと思ったのだが。

 ギャブレイトの巨躯が、皇魔の群れの後ろから持ち上がるようにして、視界を塞いだ。黒き獅子の金色の鬣が、燃えるように輝いていた。身が竦んだのは、単純に気圧されたからに他ならない。尾が伸びてくるのはわかっていた。そして、自分の元に辿り着けば、胴体が切断されるのも理解できる。

「貴様の相手はこっちだ」

 グラード=クライドの声が聞こえた瞬間、ギャブレイトの巨躯が宙に打ち上げられていた。皇魔の群れの中に、拳を突き上げた赤騎士の姿があった。拳は炎熱を帯び、吹き飛ぶギャブレイトの腹が大きく陥没していた。

 アスタルは、グラードに迫るレスベルの腕を切り落とすと、彼に近寄り、背中合わせになった。

「見事だ」

「当然のことをしたまで」

「わたしも貴様に見習おう」

「閣下には閣下の戦い方がございましょう?」

「……そうだな」

「閣下は存分に戦われよ。赤騎士グラードが、飛翔将軍の大盾がある以上、アスタル=ラナディースを傷つけることはなにものにも不可能」

「よくぞいった!」

 アスタルは、口辺に笑みを浮かべて、先ほど腕を切ったレスベルに飛びかかった。ログナー時代を思い出せば、心も勇躍するものだ。


「倒しても倒してもどこから湧いてきやがるんだ? ああ?」

 疑問符とともに振り抜かれた戦鎚が、リョットの横腹に直撃する。凄まじい衝撃を受けたはずのリョットだが、苦痛にうめいただけで、吹き飛びもしなかった。爪が地面に食い込んでいる。紅い眼光に憎悪が点った。シグルドが嗤う。挑発的な笑み。リョットが尾に灯した炎を膨張させた。熱気がこちらにまで及ぶ。リョットの全身を覆う真紅の体毛も、炎のような熱気を帯びた。が、そこへ数多の矢が殺到し、リョットは、為す術もなく絶命した。

 シグルドが手を上げたところを見ると、銅竜騎兵隊の弓騎隊による一斉射撃だったようだ。シグルドは同業者に対しては、遠慮がちなところがある。ガンディアの契約を独占しているということで、良からぬ噂を立てられていることもあるだろうが。

「総数一万以上ですからね。無限に沸いてくるように感じるのは、ある意味では仕方がないでしょう」

 ジン=クレールが、そんな団長を横目に見やりながらいった。眼鏡の奥の怜悧な目は、いつになく冷ややかだ。彼にとっては《蒼き風》がすべてであり、他の傭兵団などどうでもいいのだ。その点に関しては、ルクスも同じなのだが、シグルドに対する感情は、多少、異なる。

「減ってはいるんだよ。減っては」

 ルクス=ヴェインは、碧き剣を構えながらつぶやいた。グレイブストーンを通して見える世界がある。召喚武装の副作用として五感が強化され、意識が研ぎ澄まされた。視界が広がり、感知範囲が通常人のそれとはまったく異なるものになっている。

 それによって、ルクスは、魔王軍の数が会戦当初に比べて劇的に減少していることがわかっていた。そして、連合軍の兵士たちも多数、死んでいることも認識している。

 敵の大半が皇魔なのだ。戦死者が出るのは当然だったし、それが想像以上の数だったとしても、不思議ではない。人間同士の戦争でさえ死者は出る。《蒼き風》の傭兵たちも、無傷ではない。負傷者は多数。死んだものもいるし、傭兵業を諦めなければならないほどの重傷を負ったものもいる。

 戦場には、血と死があふれている。

「普通なら、もうこっちの勝ちで終わるはずなんだ」

「魔王軍は、最後まで諦めるつもりもなさそうね」

《紅き羽》のベネディクト=フィットラインが、うんざりといった。

 実際、うんざりするような戦いではある。

 ルクスは、嘆息とともに皇魔の接近を待った。自分から突貫するほどの余力が残っていなかったのだ。


 ニュウ=ディーが掲げた両手の先に光が膨張したかと思うと、皇魔の群れの中で収束し、爆発を起こす。音無き爆発光が小型皇魔を吹き飛ばし、中型皇魔を薙ぎ倒す。仕留め損ねた皇魔に対しては、カート=タリスマが対応した。装飾の美しい斧を振り回し、あっという間に撃破していく。

 その近くで、シヴィル=ソードウィンが猛威を振るう。黄金の長衣が無数に変化し、皇魔を翻弄し、殺戮するのだ。無数の刃に変化して切り刻んだかと思えば、弓と矢を構築して、狙撃した。

 四大天侍の凄まじさは、その三人の戦いを見るだけではっきりとわかるのだが、マリク=マジクはもっと凶悪だった。

 彼ひとりだけ次元の違う戦いをしていたといってよかった。

 彼は、たったひとりで敵陣に突入し、数多の皇魔を手玉に取った。七つの剣を自由自在に操り、皇魔の攻撃を受け流し、隙をついて攻撃する。炎を帯びた剣が敵を燃え上がらせれば、雷光を発する剣が小型を一網打尽にする。

 ただひとりで、何百もの皇魔を瞬く間に撃破していくのだ。

 彼がいる限り、連合軍に敗北はありえないのではないか。

 ドルカ=フォームは、軍団の指揮を取りながら、前線を移動していた。その中で、四大天侍、戦女神の戦いを目の当たりにして、呆気に取られるよりほかなかった。圧倒的に過ぎるのだ。あまりに強力で、自分たちの出番がないのではないかと勘違いしてしまいそうになるほどだった。

 実際は違う。

 リョハンの武装召喚師たちは、クルセルクの正規兵には手出しをしなかった。リョハンは、中立の存在だ。他国の戦いに口出ししないと公言し、これまでその立場を守り続けていた。今回、連合軍に参加したのは特例でしかないのだ。クルセルクの魔王が何万もの皇魔を使役しているという情報がなければ、リョハンは動かなかっただろう。

 リョハンは、魔王が皇魔を従え、小国家群のみならず、大陸全土に混乱を呼ぶことを恐れた。だから、連合軍に参加することを決意したのだ。

 リョハンの敵は、皇魔と魔王だけなのだ。

 人間の兵は、ドルカたちが相手をしなければならない。

(人間が相手ならば、皇魔と戦うよりはましさ)

 もちろん、相手が人間だからといって、こちらが殺されない保証はない。しかし、皇魔という凶悪な生物と戦うよりは何百倍もましのように思えてならなかった。

 魔王軍の動きに変化があったのは、ドルカが、そんな風にログナー方面軍第四軍団を指揮しているときだった。

 連合軍と戦っていた皇魔たちがつぎつぎと攻撃の手を止め、後退を始めた。ブリークもグレスベルも、リョットも、レスベルやウィレド、ギャブレイトもだ。

 クルセルクの正規兵たちは、なにが起こったのかわからないといった様子だったが、皇魔たちが戦線を離れ始めたことで、正規兵の士気も激減したようだった。彼らは、要塞内に下がったが、皇魔たちは要塞に戻るのではなく、要塞から離れていくようだった。

「終わったのか?」

「さあ?」

「じゃあ、つぎはクルセールかな」

 つぶやいてから絶望的な気分になったのは、疲れ果てていたからかもしれない。

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