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第七百二十話 獅子と魔王(一)

 シーラは、ベスレアの腕力に吹き飛ばされそうになりながらもなんとか耐え抜くと、片手持ちのハートオブビーストでその翼獣の前足を切り飛ばし、さらに片目を潰した。黒猫が翼で大気を叩く。飛ぶ前兆。彼女は地を蹴って距離を詰めると。ベスレアが飛び上がった瞬間にその胴体を垂直に切り裂いた。

 奇怪な泣き声を上げながら後退する化け猫だったが、その傷だらけの胴体に無数の矢が突き刺さって落下した。断末魔は聞こえなかった。いや、聞いている場合ではなかったのだ。シーラは、敵意を察知して、後方に飛び下がると、弓兵の弓射が迫ってきたレスベルに殺到するのを見た。闘鬼が吼え、口の中から光線を吐き出す瞬間、シーラの斧槍が旋回する。首が飛んで、光が上空に放射された。鬼の胴体を蹴飛ばして、その後方から接近してきていたリョットへの牽制とする。

 敵は、そのリョットだけではない。ほかに無数の皇魔が彼女を目指して動いている。目立ちすぎたというのもあるだろうが、召喚武装を手にした人間を最優先で倒すべきだという命令が下っているのは確かなようだった。《協会》の武装召喚師が相次いで脱落している。いかに武装召喚師であっても、これだけの数の皇魔を相手にするとなると、簡単なことではないらしい。

「倒しても倒してもキリがねえ!」

「押しているのはこちらですよ」

 シヴィル=ソードウィンは、黄金の長衣を無限に変化させながら、皇魔の群れを翻弄した。質量を無視するかのような変形は、それが召喚武装であるということを如実に示していたし、皇魔が彼に殺到するのも当然だった。そして、それこそ彼の思う通りに違いない。シヴィルを包み込んだローブゴールドが巨大な拳に変化して、小型皇魔の群れを一撃で粉砕する。

「わかってるけどよお!」

「うさ耳姫、泣き言は言わないんじゃなかったんですか!」

「泣き言じゃねえし!」

 リョットの体当たりを右に移動してかわし、交差の瞬間に斬撃を叩き込む。横腹を斬られた皇魔が怨嗟の叫びを発したが、どこからともなく飛来した光弾に撃ち抜かれて、叫ぶ対象を変えた。光弾は、雨のように降り注いでいた。シーラの周囲広範の皇魔に多かれ少なかれ打撃を与えていく。

 ニュウ=ディーのブレスブレスによる攻撃だった。

 ジベル軍の後続隊が続々とゼノキス要塞の戦場に辿り着いていた。辿り着いた側から戦闘に参加しなければならないというのは過酷かもしれないが、もっとも過酷なのは激戦区にいるシーラたちだ。こちらには最強の武装召喚師たちが参戦しているとはいえ、相手は皇魔だ。その生命力、戦闘力は尋常ではなかった。特に、大型皇魔が多い。ギャブレイトに代表される大型皇魔は、ただ一体だけで人間の小隊を壊滅させる力を持っている。防御力も高く、通常兵器では傷つけることすら難しい。

 シーラは、ギャブレイトの威容が迫りつつあるのを認識しながら、グレスベルの首を刎ねた。小型皇魔は、召喚武装の使い手にとっては雑魚にすぎない。しかし、そんな小型も、連携攻撃してくれば厄介だ。少しでも数を減らすほうが良かった。

「数はだいぶ減ってきてるわよ、姫ちゃん」

 ファリア=バルディッシュが、刀の一振りで数多の斬撃を繰り出しながら、軽い口調でいってくる。その軽やかな動きも凄まじい剣筋も、とても老いているようには見えなかったし、もし老いているというのだったら、彼女の全盛期がどれほどのものだったというのだろうか。

(たったひとりでヴァシュタリアと全面戦争したんだ。強くて当然か)

「戦線も安定してきている」

 そういったのは、マリク=マジクだ。七本の剣が彼の周囲に乱舞し、範囲内の敵を瞬く間に切り刻んでいく。圧倒的な制圧力は、さすがは大ファリアが一目置く天才児といったところだろうか。おそらく、四大天侍の中でもっとも凶悪なのがマリクだった。もちろん、シヴィル=ソードウィン、ニュウ=ディー、カート=タリスマの三人も、比較する必要が無いくらいには強いのだが。彼の強さが図抜けているというだけの話だ。

「でも、まずいな」

「なにがまずいんだ?」

 中型皇魔の猛攻を凌ぎながら、問いかける。ウィレドの空中からの攻撃が厄介だった。魔法弾は威力もさることながら、食らうと体がしびれるようだった。そうなったら最後、周囲の皇魔に殺されるしかない。

 マリクは、予想外のことをいった。

「皇魔が迫ってきている」

「あ?」

「感知範囲に到達した数だけで三万……たぶんもっと多くの皇魔が、ゼノキス要塞――いや、魔王の下に集いつつあるんだ」

 マリクの声は、限りなく小さかった。シーラや周囲の武装召喚師だけに聞こえるように配慮されていた。彼は、その発言が味方に与える影響を考慮したのだ。三万以上の皇魔が接近しつつあるというのは、絶望的としかいいようがない。

 ザルワーンでは三万の皇魔を撃退したとはいえ、この疲弊した状態で戦うのは、御免被りたかった。

「なるほど。だから魔王はここを離れなかったんだわ。ここにいても、負ける要素がないから」

 大ファリアが納得顔でいった。

(そういうことかよ)

 確かに、その通りなのかもしれない。

 シーラは要塞を見遣った。考えるのは、要塞内部に突入した連中のことだ。彼らが魔王をどうにかしないかぎり、この戦いは連合軍の敗北で終わるかもしれない。兵糧も尽き始めている。これ以上、戦いが長期化すれば、連合軍が瓦解するのは火を見るより明らかだった。

(セツナ、陛下……頼んだぜ)

 それから、前方に視線を戻す。

 ギャブレイトの凶悪な目が紅く輝いていた。


 天守に辿り着いたころには、セツナはレオンガンドたちと合流を果たしていた。レオンガンド、アーリア、ウル、カイン、そしてセツナの五人。ルウファは、セツナと交代するようにしてファリアとミリュウの援護に向かっていた。彼が合流すれば、ファリアたちはもっと安全だろう。負ける要素はない。

 天守は、ゼノキス要塞の北部にあった。巨大な塔のような建造物であり、上層からは要塞内を一望できるのだろう。魔王が天守にいるのは、ある意味では当然だったのだ。魔王は、クルセルクの支配者であり、軍も彼の管轄下にあるはずだ。

 天守の中に魔王がいるということが判明したのは、天守もまた、神の攻撃によって破壊されていたからだ。東側の壁だけが綺麗に消滅しており、いまにも倒壊しそうな危なっかしさはなかった。が、それでも、こんな半壊気味の建物に籠もるのは自殺行為にしか思えず、魔王がなにを考えているのか、セツナには理解できなかった。

「先にもいったが、魔王には手を出してはならん」

「はい」

「魔王が死ねば、クルセルクの各地で飼われている皇魔がどう動くかわからんからな」

 ここに至るまでに魔王の支配下にある皇魔を殲滅できていれば、魔王の殺害も視野に入れていたのだろうが、残念ながら、そのようなことができるはずもない。クルセルクの領土は広く、都市も多い。各都市に皇魔の軍勢が配置されていると考えれば、すべてを殲滅するには二、三ヶ月はかかるだろう。そして、殲滅し終えるころには、魔王が新たに用意した皇魔がクルセール辺りに配置されるのだ。

 長期戦は不利。最初からわかっていたことだったし、だからこそ短期決戦を挑んだ。補給路を絶たれ、戦っていられる時間はさらに短くなった。

 この戦いで終わらせられなければ、連合軍は戦線を維持することができなくなるだろう。

「よくわかっているじゃないか。そうだ。俺を殺せば、俺の支配下にある皇魔がすべて解き放たれることになる」

 前方、階段の上から、男の声が降ってきた。声は若い。よく通る声だった。聞いていて不快感の少ない声音。だが、言葉は、受け入れられない。

 セツナは、レオンガンドたちの前に出ると、黒き矛を構えた。

 天守の最下層は、円形状の広間になっている。階段は西側にあり、東側が破壊されるだけでは、天守の昇降に問題は生じなかったようだ。その階段の両側を何体ものリュウディースが彩っていく。青ざめた肌さえ美しい魔女たち。ただ、紅く輝く双眸は、人間との相互理解を拒んでいる。皇魔の証明。人類の天敵たる刻印。

「ようこそ、レオンガンド・レイ=ガンディア。そしてはじめまして。俺が魔王だ。ユベル・レイ=クルセルクと名乗っている。クルセルク王家から王権を譲り受けたのでね」

 ユベルは、リュウディースを従えて、階下に姿を現した。

 禍々しい黒鎧を纏っているのだが、それはまるでだれもが想像する魔王を演出しているかのような空々しさがあった。

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