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第七百十七話 ゼノキス要塞の攻防(三)

 ゼノキス要塞を巡る攻防戦は、時間の経過とともに激化していっていた。

 ジベル軍の先遣隊が戦場に到着したことで連合軍の士気は否応なく上昇し、ガンディア軍、アバード軍は要塞を守る皇魔の群れを攻め立てた。すると、皇魔の軍勢は猛反撃を開始、連合軍に手痛い一撃を叩き込んだ。そこへ、要塞内に留まっていたクルセルク正規軍が城壁外に突出し、連合軍との戦いに参加、魔王軍の戦意も上がった。

 魔王による統率は、皇魔に人間との共闘を促し、巧みな連携によって連合軍の勢いを削ぐことに成功した。が、それが連合軍に対する決定打にもならないのは、戦力差が拮抗しているということでもないからだろう。数でいえば、連合軍が圧倒している。質こそ、常人と皇魔では皇魔が上回っているが、強力な武装召喚師が顔を揃えた連合軍が引けを取ることなどありえなかった。超火力による一方的な殺戮が、そこかしこで行われている。

(こりゃあすぐにでも終わるか?)

 シーラ・レーウェ=アバードは、召喚武装ハートオブビーストを振り回しながら、周囲の状況を見ていた。戦闘が始まって以来、アバード軍は、ゼノキス要塞南西に陣取り、要塞への攻撃を行っている。旗色は悪くはない。アバード軍の将兵の働きも目覚ましい物がある。中でもリョハンの武装召喚師ふたりと、イシカの弓聖は別格と言ってもいいような戦果をあげていた。もっとも、リョハンの武装召喚師たちは、人間には手を出さないという欠点があるが、人間よりも皇魔のほうが厄介である以上、それでも構いはしなかった。

 メレドの国王サリウス・レイ=メレドも、みずから剣を振るって戦場に突撃し、親衛隊の美少年たちとともに皇魔を撃破している。

「うさ耳姫!」

 不意に耳に突き刺さった呼び声に、彼女は反射的に叫び返していた。

「だれがうさ耳姫だ、だれが!」

「姫さま以外いないでしょ!」

「そりゃあそうだけどよお!」

 大声で、認める。認めるしかなかった。実際、シーラの頭には兎の耳が出現しており、臀部には大きな毛玉のような尻尾が発生していた。ハートオブビーストの能力のひとつ、ラビットイヤーが発動したことによる副作用だ。キャッツアイのときは猫耳と尻尾だったように、その能力名が関する獣の特色が、彼女の体に反映するのだ。

「で、なん?」

「ガンディア軍から通達――!」

「ああ、聞こえてるよ!」

 彼女は、侍女に最後までいわせなかった。雑兵の首を斧槍で薙ぎ払って絶命させながら、大声で反応する。

「敵をもっと引きつけろっていうんだろ!」

 ラビットイヤーは、もっとも聴覚を強化する能力であり、情報の伝達が命綱である戦場においては重宝する能力だった。もちろん、キャッツアイと同様、身体能力も向上している。特に脚力が引き上げられていた。体が軽い。だれよりも高く跳べそうだった。

 視界の端、ギャブレイトの巨躯を一瞬にして細切れにする老女の姿がある。

「ファリアの婆さん!」

「シーラ姫ちゃん、任せてちょうだい! カートちゃん、行くわよ」

「御意」

 ファリア=バルディッシュと、彼女の背後に控えていた剃髪の武装召喚師が、同時に動き出した。シーラもそれに続いて動く。

 戦場の風景は、よく見えている。

 召喚武装の補助による超感覚とラビットイヤーの超聴覚が、シーラの脳裏に戦場の風景を克明に描き出してくれていた。敵がどこにいて、味方がどのように動いているのか、敵がなにを企み、味方がなにを考えているのか、そういったことまで、シーラにはわかった。

 敵は、南にしかないゼノキス要塞の門ではなく、城壁に開けられた大穴を防衛している。クルセルク正規軍三千に、皇魔八千。合計一万千程度の兵力は、連合軍の現在戦力の半数ほどでしかない。全力でぶつかれば、撃破することは不可能ではないだろう。

 敵が要塞の防御力をあてにできないことが大きかった。要塞の幾重にも渡る城壁は、昨夜のうちに破壊されてしまっている。自分たちを守るはずの城壁を防衛しなければならないという矛盾が、魔王軍の防戦を苦しい物にさせていた。

 魔王軍は、ともかく、城壁の欠落部に連合軍を接近させまいとしていた。大穴を中心に強固な防御陣形を構築し、そこから放射状に小隊を展開、連携する小隊が連合軍の接近を阻んだ。連合軍は連合軍で強力な部隊を繰り出し、一点突破を図るのだが、つぎからつぎへと差し込まれる敵部隊によって、決定的な一撃を叩き込めずにいた。

 連合軍のうち、ガンディア軍は、要塞の南東に本陣を配置し、そこから部隊を送り込んでいた。つぎつぎと送り込まれる部隊だが、撃退される部隊も少なくはなかった。もっとも敵を倒しているのは、マリク=マジクとかいう武装召喚師だ。七つの剣が旋回するだけで、小型の皇魔は為す術もなく死んだ。

 黒き矛のセツナも負けてはいなかったが、いまは前線にいなかった。

 彼のために、シーラたちが気炎を吐く必要があった。

(敵の注意を最大限引き付けるには、だ)

 シーラは、ファリア=バルディッシュが自分の意図に気づいてくれていることにほっとしながら、背後を振り返った。彼女の侍女団とアバードの兵士たち、イシカ、メレドの将兵が続く。

「いくぜてめえら!」

「姫様に続けええええ!」

「おおおおおおおっ!」

 シーラたちは、地鳴りのような喚声を上げながら、敵陣に突貫した。


 アバード軍の全軍突撃が始まったのとほぼ同時に、ガンディア軍も全戦力を戦場に投入していた。ガンディア方面軍、ログナー方面軍、ザルワーン方面軍、《獅子の牙》、《獅子の爪》、そして《獅子の尾》のいずれもが、それぞれの作戦行動を開始したのだ。

「いくぞ、ケイオン」

 ミルディ=ハボックも、ザルワーン方面軍第一軍団とともにゼノキス要塞攻防戦に参加していた。マルウェールで獲得した召喚武装の銀の鎧は、昨夜、忽然と消滅してしまったため、彼は通常兵器を装備するしかなかった。しかし、使い慣れない召喚武装の使用を強制されるよりはよほど気が楽ではあるのだが。

「はい、軍団長」

 ケイオン=オードは、マルウェールでの戦い、ウェイル川の戦いを経て、少しずつではあるがミルディを敬うようになりつつあった。言葉の端々にあった棘が少なくなり、丸くなったのだ。もっとも、軍団員の支持率は、依然ケイオンのほうが高いし、その点について異論もない。

「皆、ケイオンの指示に従え」

 ミルディが命じるまでもなく、ザルワーン方面軍第一軍団の意思はひとつに纏まっている。

 

(懐かしいものだ)

 アスタル=ラナディースが、みずから剣を取るのは、いつ以来だったか。

 戦場の風の中、馬を走らせながら彼女は考える。

 破壊跡も痛々しいゼノキス要塞の戦場は、アスタルの戦場に相応しい荒々しさに満ちていた。怒号と罵声が飛び交い、悲鳴と絶叫が響き渡る。剣戟の激突音、金属の響き、破壊的な衝撃、血のにおいが満ち、死が漂う。だれもが死を目前に命をさらけ出している。死は平等だ。油断したものから死んでいく。弱いものから死んでいく。強いものもまた、より強いものに倒され、死ぬ。その強者が勝者で在り続けることも不可能に近い。弱者に引きずり降ろされて死ぬこともある。大型皇魔がその典型だ。弱者たる人間の群れに囲まれ、振り切ることもできず、血を流しきって死んでいく。だが、大型皇魔を倒した弱者たちは、別の皇魔の攻撃に飲まれ、死んでいった。

 戦いとは無慈悲なものだ。無情であり、だからこそ、美しいのだ。情けをかけたとき、そのものはみずから死に歩み寄っていると同義だ。

 戦場に辿り着いた彼女は、馬から降り立つとともに剣を抜いた。紅い甲冑が飛び込んでくるのが目についたのだ。

「閣下」

「グラードか」

 アスタルは、少しばかり驚いて、鎧の男を見遣った。真紅の甲冑を纏った人物は、紛れも無くグラード=クライドだった。

 紅い甲冑はグラード=クライドの象徴といってもよかった。敵だと思ったのは、その主張の激しさからかもしれない。一時期、ガンディア軍を震撼させたログナーの赤騎士の由来は、伊達ではないということだ。

「軍団はどうした」

「副長に任せました。わたしには、閣下の盾であるべしと」

「ふふ、部下にわたしのことを任されたのか」

「まあ、そうなりますな」

 グラードが顔を掻いた。その態度があまりにも懐かしくて、アスタルはついつい吹き出してしまった。彼とは、長い付き合いだ。

「では、任せよう。グラード=クライド。飛翔将軍の大盾よ、我が進軍の先触れとなれ」

 アスタル=ラナディースが命じると、グラードが咆哮し、真紅の鎧を燃え上がらせた。


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