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第七百十五話 ゼノキス要塞の攻防(一)

「敵の皇魔は多様。全軍が揃っているのですから、当然でしょう」

 ガンディア軍は、ゼノキス要塞を目前に捉えると、急遽軍議を開いた。軍議には、当然セツナも参加していたし、ガンディア軍の主要人物が顔を揃えていた。大将軍に左右将軍、ガンディア方面軍、ログナー方面軍、ザルワーン方面軍の各軍団長、そして王立親衛隊《獅子の牙》、《獅子の爪》、《獅子の尾》の隊長たち。

 ゼノキス要塞は、リネン平原の北に位置している。クルセルク領土北部最大の軍事拠点であり、クルセルク全土を見渡しても、ゼノキス要塞を越える規模の拠点は存在しないという。広大な敷地に堅牢な城壁を幾重にも積み上げられており、通常ならば突破するのは至難の業だ。しかし、先の戦いの影響で、ゼノキス要塞の城壁の一部が欠落しており、そこから要塞内部に突入するのならば、城壁を突破する必要はなくなる。もっとも、当然のことだが、相手もそのことは熟知していて、城壁の欠落部分の防備は固められていた。

「ガンディア軍ガウェイル川付近で戦った地上部隊、アバード軍がサマラ樹林辺りで戦った飛行部隊、ジベル軍がリネン平原で戦った部隊、その残存戦力がゼノキス要塞に集結しており、ゆうに一万を越える大群となっております。そのうち、大多数が城壁の欠落部分の防備にあたっており、突破するのは簡単なことではないでしょう」

 マリク=マジクの報告によって、敵軍の構成、配置は知れ渡っていた。様々な皇魔が、混乱することなく混在しているということは、新たに指揮権を得たものがいるからなのか、魔王の膝下だからなのか。魔王はクルセールにいるものだと思い込んでいたのだが、案外、ゼノキス要塞に出張ってきているのかもしれなかった。決戦のつもりならば、士気高揚のためにもある程度前線に近づく可能性も低くはない。

 そうなれば、ゼノキス要塞ですべての決着が着くということだ。

 魔王を討つことが、戦いの目的なのだから。

「ゼノキス要塞は、巨大な五角形となっており、南側がもっとも広い面をなしています。城門は南側にしかなく、通常、攻めこむには南側を攻撃するしかないということです」

「しかし、城門を突破する必要はなくなった、と」

「ええ。門はもはや意味をなしておりません。門の隣に大きな穴が開いているのですから、そこから要塞内に突入すればよいでしょう。しかし、先にもいったように、その大穴を守るための戦力が多大であり、簡単に突破できるものではありません。もちろん、皇魔が配置されているのは、欠落部だけではありません。南側の広範に渡って皇魔の小隊が配置されており、城壁に取り付くには、まず敵陣を突破しなければなりません」

「なに、戦力は潤沢にある。アバード軍も到着したそうじゃないか」

 レオンガンドがいった通り、アバード軍もまた、ゼノキス要塞を射程に捉える位置まで進軍してきているようだった。マリクが、ゼノキス要塞を偵察する際、アバード、メレド、イシカの軍旗の接近を目撃したのだ。もっとも、ガンディア軍と合流するわけではない。距離は遠い。合流するだけで一日程度はかかってしまうだろう。それならば、各軍独自に行動を取るのが早い。敵拠点は目前。慌てる必要はないが、時間をかけている場合でもない。

 兵糧が尽きようとしている。

「アバード軍には大いに役に立ってもらいますが、主力は我々です」

「我々……ねえ」

「フォーム軍団長、なにか不満そうだな」

 右眼将軍アスタル=ラナディースが、ドルカ=フォームを一瞥する。睨むというよりは、ただ見つめたという感じだった。ドルカは、発言を拾われて、慌てたようだった。場が一瞬にして緊張したのも大きいのだろう。

「いやいや、主力が我がガンディア軍であることは間違いないです、はい」

「ふ、君のことだ。主力はセツナ殿とマリク殿だといいたいのだろう?」

「確かにその通りだ」

 レオンガンドが、悪びれもせずに笑った。場の緊張が和らいだのは、レオンガンドの人徳の成すところかもしれない。

「だが、敵が皇魔の軍勢であり、魔王が秘策を用意していないとも限らないのだ。強大な武装召喚師の力を利用せず、勝利を得ようなど、虫のいい話だと思わないか?」

「それは……そうですが」

「わたくしの言い方が気に食わないのならば訂正しましょう。主力は、セツナ・ラーズ=エンジュール様とマリク=マジク殿。我らガンディア軍はお二方の援護に全力を尽くします」

 ナーレスの目は涼やかだ。ドルカの発言も、レオンガンドの言動も、意に介していないとでもいうかのように、穏やかそのものであり、彼にとってはどうでもいいことだったということがよくわかる。

「だってさ」

「……ま、やるだけだよ」

 いままで黙っていたマリク=マジクがこちらを見上げてきたので、セツナは、適当に言葉を返すしかなかった。


 軍議が終わると、ミリュウが駆け寄ってきた。

「軍議、どうだった?」

「特に変わったものじゃなかったな」

「そっか。軍師殿、またなにかするのかと思ったけど」

「正面突破だってさ」

「まあ、あの要塞に策を仕掛けられるわけもないか」

 彼女はにこやかに笑ったが、セツナはミリュウの姿を視界に捉えるだけで笑えなくなる自分に気づいた。

 包帯を頭部に何重にも巻きつけた彼女の姿は、痛々しいというほかなかったし、数時間で見慣れるものでもなかった。自慢の赤毛が血のように思えてならなかった。

 なんでも、暗殺者に後頭部を地面に叩きつけられたらしい。死ぬかと思ったそうだが、生きていてくれて本当に良かったというと、なぜか彼女は泣き出し、慰めるのに苦労した。おかげで眠る時間もなくなってしまったが、そればかりは仕方がない。我慢すればいいだけの話だ。

 今日は、二月六日だという。

 セツナがクオールとともにウェイドリッド砦を飛び立ったのが二日であり、その日のうちにリネンダールに到達し、巨鬼に特攻を仕掛けたことを考えると、四日も経過している。そのうち、三日間をあの光の中で過ごしたことになるのだが、セツナの感覚的には数時間も経っていなかった。しかし、数日が経過しているという事実を知っても違和感もなく受け入れることができている。不思議なことだが、それが神というものなのかもしれないとも思えた。

 どうやってここまで来たのかについては、レオンガンドにのみ説明している。

 レオンガンドならば、必要な人間にだけ話すだろうし、余計な混乱を招かずに済むはずだ。アズマリア=アルテマックスの協力を得たなどと大っぴらにすれば、ファリアの気分を害するかもしれない。そう思う一方で、正直に話すべきだとも考えるのだ。どちらが正しいのかは今一度考える必要があったが、いまはそれどころではない。戦いが終わって、落ち着いてからにしたほうがいいだろう。

 アズマリアの召喚武装ゲートオブヴァーミリオンの能力による空間移動は、黒き矛による空間転移やレイヴンズフェザーによる超加速とは違い、なにかを犠牲にする必要がないという時点で、特筆するべきものだった。空間を移動するだけでなく、異世界から生物を召喚することも可能であり、それだけで規格外の性能を秘めているといえる。しかし、彼女にはそれでは足りないのだ。もっと力が必要だから、クオンやセツナを召喚した。

 絶対無敵の盾と最強無比の矛。

 両極の力を求めた。

 アズマリアの目的はわからない。

 わからないが、彼女には、セツナが死ぬようなことがあっては困るらしい、

 だからあの場に現れた。

 神がセツナの敵に回れば、即座に別世界に転送するつもりだったらしいのだ。

 いまのセツナでは、神殺しは不可能だ、と彼女は判断した。

(神殺し……いつかはできるということか)

 セツナは自分の手を見下ろした。もちろん、それは黒き矛の力だ。しかし、その力を引き出すには、セツナが成長しなければ始まらない。

 セツナでなくてはならない、という。

『おまえが黒き矛の主なのだよ。その事実をゆめゆめ忘れぬようにな』

 アズマリアの別れ際の言葉が耳に残っている。

「どうしたの? 自分の手ばっかり見てさ」

「なんでもない」

「変なの。ま、セツナが変なのは今に始まったことじゃないから別にいいけどさ」

 ミリュウはそういいながら、セツナの首に腕を絡ませてきた。歩きにくい事この上ないし、周囲の視線が突き刺さるのだが、今回ばかりは大目に見ようと彼は思った。ミリュウは、ガンディア軍のために粉骨砕身戦い抜いたのだ。それも、《獅子の尾》の隊士として、だ。隊長としては、労をねぎらう必要がある。それが彼女の甘えを受け入れるということならば、それもありだろう。

「セツナ様!」

 声に振り返ると、ドルカ=フォームが副官のニナ=セントールとともに駆け寄ってくるのが見えた。

「なによ、邪魔しに来たわけ?」

 ミリュウが口先を尖らせたものの、彼は受け流したようだった。セツナの目の前で立ち止まり、思い切り頭を下げてきた。

「さっきはすみませんでした」

「なにが?」

「いやあ、あの場で空気をぶち壊すようなことをいっちゃったじゃないですか」

 ドルカは、そういいながら、恐縮した。自分の発言で軍議の空気を乱してしまったことが気になっていたのだろうが。

 セツナは笑った。

「別に気にしてませんよ」

「そうですか? 根に持ってませんか? 戦いが始まったら、事故に見せかけて重傷を負わせたりとか」

「そんなこと、セツナがするわけないでしょ! 保身だって考えないひとなんだから」

「それって褒めてるのかけなしているのかよくわからないよね」

「褒めてるのよお、セツナは常に精一杯だって」

「それもさあ」

 セツナは、頬ずりしてくるミリュウの圧力に負け気味になりながら、天を仰いだ。ドルカとニナが呆気に取られているのがわかるのだが、もはやなにもかも取り戻せない気がした。

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