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第七百九話 光芒(三)

「状況の確認よりも、陣形の立て直しを優先せよ!」

 ハーマイン=セクトルは声を荒げると、伝令兵たちが慌てたように駆け出していくのを見届けた。それから深く呼吸し、心を落ち着ける。冷静さを取り戻すには、みずから深呼吸を心がけなければならないほど、事態は深刻だった。

(いったいなにが起こったのだ……)

 本陣の崩壊と包囲陣の破綻が同時に発生している。

 それは、ジベル軍全体に混乱を招き、兵士たちの叫び声やわめき声が戦場の混沌を加速させた。まず、なにが原因でそうなったのかわからないのが混乱を生んだ。

(光……)

 光が原因なのは、だれの目にも明らかだ。

 突如戦場を切り裂いた光芒が、なにもかもを台無しにした。

 自軍陣地に構築した包囲陣は、その南端と北端を担当した部隊の消滅によって破綻し、再構築のためには包囲の層を薄くする必要に迫られた。しかし、包囲を解くわけにもいかない。包囲を解けば、僅かな優位性さえも手放すことになる。

 消滅したのは、味方だけではない。

 包囲陣に捕らわれていた皇魔のうち、光の通り道――であろう――にいた皇魔は、断末魔の悲鳴を上げることもなく消滅したようだった。光に飲まれた数は、自軍よりも敵軍のほうが多いようだが、だからといって安心できないし、安心している場合でもない。

 状況は最悪だ。

「本陣を移動しておいてよかったですね」

 エイン=ラジャールが冷や汗を浮かべながらいってきた。本陣は、敵軍が陣地に雪崩れ込んできたときに少し東にずらしていたのだ。これもエインの提案である。もっとも、彼の提案は、光の到来を予期したものではなく、敵が包囲陣を突破した場合のことを考えてのものであり、ジベル軍総大将であるハーマインを敵の攻撃から守るためだった。

 彼にしても、予想外の出来事だったのだ。

 さもありなん、とハーマインは思った。

 リネン平原を通過した光がなにもかもを飲み込み、消滅させるなど、だれに予想できるというのか。

「最悪、我々が死ぬところだったな」

「そうなれば、この戦いは負けたも同然でしたね」

「ここから、勝てるかね」

 ハーマインは、戦場を見やりながらいった。破綻した包囲陣の補修は上手くいったようだった。混乱も収まりつつある。しかし、それは敵陣も同じだ。いやむしろ、数多の同胞を失った怒りが、皇魔の戦意を底上げしているように思えた。戦いが激化するのも時間の問題だろう。そうなれば、こちらが押される可能性も高い。

 多数の将兵を失っている。その中には有能な将もいただろうし、武装召喚師もいたかもしれない。

「勝ちますよ」

「ほう」

「あの光の通り道の果てに、敵本陣があります。本陣が壊滅したのは間違いないでしょうね」

「指揮官が光に巻き込まれているといいのだが」

「そういうわけにはいかないでしょうが、敵本陣の戦力が激減したのは明白。あとはファリアさんたち次第」

「故に勝つ、と」

「《獅子の尾》は勝利の象徴ですから」

 エインが涼しい顔で紡いだ言葉こそ、ガンディアの強さの根源なのだろうと思わないではなかった。

(王立親衛隊《獅子の尾》……黒き矛のセツナ率いる武装召喚師部隊か)

 ジベルの暗躍機関である死神部隊が全力でぶつかっても勝てるかどうかわからないのが、《獅子の尾》という戦闘集団だ。《獅子の尾》が健在であるかぎりガンディアが苦汁をなめるようなことはないのではないだろうか。

 ハーマインは、エイン=ラジャールが部下に指示を出す傍らで、腕組みした。

 ジベルがガンディアと手を結ぶという選択肢は正解だったということだ。

 


 光の消失とともに彼が理解したのは、無数の死であり、戦線の崩壊だった。

 星界の王スターゲイザーを手にしていることによって強化された感覚が、絶望的な状況を知覚させる。リネンダールより放たれた光が、リネン平原を東と西に真っ二つに切り裂き、光の通り道に存在したものは人間も皇魔も関係なしに消滅した。抵抗することもできなければ、苦しむこともなかっただろう。

「馬鹿な」

 十中八九、鬼神の放った力だ。

 鬼神――オリアス=リヴァイアは戦神と呼んだが――の攻撃が、この魔王軍鬼哭衆と反クルセルク連合軍の戦いを台無しにしてしまったのだ。人間を蹴散らし、魔王軍に味方するわけでもない攻撃は、天災といってもよかった。その場にいるものを見境なく巻き込み、無慈悲に結末をもたらす災害そのものだった。

 南側の戦況がどうなったのかはわからないが、北側に位置する鬼哭衆本陣は壊滅していた。本陣の位置がちょうど、光の通り道だったのだ。リュウフブスもリュウディースも、光に飲まれたものは、悲鳴さえ、怒声さえ残さず消え去ってしまった。ネリエルもマリエルも光の通り道にいたのだろう。気配はおろか、姿さえなくなっていた。

 メリオルも、危うく光に飲まれるところだった。武装召喚師たちに向かっていっていなければ、まず間違いなく消滅していただろう。どれだけスターゲイザーの力が強大であっても、鬼神の力には抵抗しようがない。

 神とは、高次の存在だ。

 本来、その力に抗うことなど、できるはずがないのだ。

「馬鹿げている」

 メリオルは、苦い顔をした。

 神の蔓延した世界で、馬鹿げていないことなど存在しないことはよく知っている。なにもかも、彼らの思う通りなのだろう。神の思惑通り、この世界は動いている。リュウフブスが魔に堕し、リュウディースと袂を分かったのも、すべては神の望みだ。

 この世は、神の思うがままだ。

 彼は、そのときになってようやくスターゲイザーを握る手に力が入らないことを自覚した。自分が隙を見せていたことに気づく。見下ろすと、黄金の剣が腹を貫いていた。鎧と外皮を貫くのは、通常の武器でできることではない。

「馬鹿げた結末だ」

 彼は、その長大な剣を目で辿り、相手を認識した。人間の武装召喚師が、金色の長衣を変化させている。これまでの戦いを見る限り、その男が強襲部隊の隊長なのだろう。強力な武装召喚師だということは、ここまでの戦闘でわかりきっている。リュウフブス、リュウディースの精鋭に囲まれながらもメリオルへの接近を果たした男の実力は、超人といっても差し支えないだろう。

「神に縋ろうとしたものの末路には相応しいとは思いますが」

「利用できるものはすべて利用する。人間もリュウフブスも、その点では変わらぬということだよ」

 メリオルは、スターゲイザーを振った。星を象徴する水晶塊が光を帯びた。能力が発動する。金色の刃が杖を叩き切り、水晶塊が空中高く舞い上がった。水晶の中の光は既に消えている。頭上、夜の闇に光の波紋が広がった。“星”が召喚される。巨大な“星”だ。もはや影も形もない本陣そのものを消し飛ばすだけの質量。

 召喚に成功した“星”を還すことはできない。

 この世に取り残された神々や皇魔と同様、滅びるまで残り続けるしかない。だが、星の命はわずかだ。神のように無限長久に生きなければならないわけでもなく、皇魔のように血を残していかなければならないわけではない。

 一瞬の命。

 刹那の輝き。

「せめて、君らだけは滅ぼそう。それが我が師への手向けだ」

「残念ですが、我々はまだ死ぬわけにはいかないのです」

「だからなんだというのだ」

 爆発寸前の“星”は、音もなく、気配もなく、落下する。

 そして、メリオルは、“星”が頭上で爆発するのを目の当たりにした。熱衝撃波に吹き飛ばされながら、彼は、“星”が落下しなかった理由を瞬時に悟った。無数の電光の帯でできた網状の防壁が、夜の闇の狭間に瞬いていたのだ。電光の帯と帯を結ぶのは結晶体であり、結晶体そのものが電光を発しているようだった。結晶体には、見覚えがあった。

(あれは……)

 ジブラルが死ぬ直前に見た光景が脳裏に描き出される。空中にばら撒かれた結晶体が電熱を発し、ジブラルは死んだ。

 苦痛の中、夜空だけが見えていた。スターゲイザーこそ破壊されてしまったが、挽回できない状況とはいいきれない。魔法を使えば、腹の傷を癒やすことはできる。敵の目をくらまし、この場から逃げ去ることもできよう。

(無理か)

 気が付くと、電光を帯びた結晶体が本陣全域を覆っていた。

 結晶体そのものに感知力があるのならば、目眩ましなど無意味だということだ。そして、いまさら傷を塞いだところで、どうにもならない。消耗しすぎている。

 スターゲイザーは、強力故に消耗が激しい。

「わたしには次代の戦女神がついていますから」

 男の囁くような声が聞こえたとき、彼は宙を舞うような感覚を抱いた。男の顔が見えた気がする。だが、男は、こちらを見てもいなかった。

 弓を構える女を見ていたのだ。


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