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第七百八話 光芒(二)

 押されている。

 物量でいえば、こちらが敵を大きく上回っていた。開戦当初の数字が、一万二千対一万なのだ。そこから、数百ほど敵の数が減り、数十人、味方も死んでいる。差は、広がった。誘引策の第一段階は、まず間違いなく成功し、敵戦力の減少に貢献したと言い切れるだろう。白聖騎士隊や武装召喚師が、死ぬ気で戦い抜いた成果だ。

 そして、誘引策は第二段階へと移行した。これも、成功している。ルシオンの戦力をすべて投入した突撃によって、敵陣中央に大打撃を与えることができた。敵は、四回に渡る囮作戦によって、慣れてしまっていた。また、同じように自軍陣地に釣っていくつもりだろうと思い込み、油断した。付け入る隙ができた。ルシオン勢の火が出るような猛攻は、寝ぼけ眼の皇魔たちの意識を叩き起こし、警戒度を最大に引き上げることに成功した。

 敵戦力が、中央に集中した。そこからが第三段階だ。

 ルシオンの将兵は、多量の血を流しながら自軍陣地に後退し、敵戦力を誘導した。敵戦力は、血涙を流すルシオン軍の戦いぶりに興奮したのか、第二段階における大打撃が痛かったのか、火の玉のような猛烈さで追撃し、ジベル軍陣地に雪崩れ込んできた。ジベル軍陣地は、敵を迎え入れるための配置がなされていた。

 果たして、ジベル軍は労せずしておよそ五千から六千の皇魔を包囲することに成功した。個々の実力差は明らかだ。一対一では勝てない。一対二、一対三でも勝てるかどうかといったところなのだ。包囲し、圧殺しようというのは実に理に適った戦術といえるだろう。敵の攻撃を最小限に抑え、こちらの攻撃を最大限に発揮するには、現状、そうするよりほかはなかった。リネン平原の地の利は、魔王軍のものとなっているのだ。

 だからこそ、障害物を排した平原南側に敵を引き入れ、包囲した。

 それが戦術の第四段階。

 だが、その戦術が有効に機能したのは、包囲陣構築直後だけだったといってもよかった。地力の差があまりにも大きすぎたのだ。

 ハルベルク・レウス=ルシオンは、包囲陣が緩慢に崩壊していく様を見ていた。左前方、旧ミオンの銀騎士隊の隊列がリュウディースの度重なる魔法攻撃によって崩れ、そこに皇魔の攻撃が集中した。銀騎士率いるミオンの旧臣たちは、戦後のガンディアでの発言力や立場を得るため、決死の覚悟で戦いに挑んでいた。銀騎士ユベイル=ウェーザーの勇ましい号令が、隊列の崩壊を一歩手前で食い止めている。

「銀騎士隊を援護せよ!」

「はっ」

 ハルベルクが叫ぶと、白天戦団の一部がおもむろに銀騎士隊の陣へと向かった。殺到する皇魔の横腹を突き、その勢いで蹴散らすと、銀騎士隊とともに包囲陣を再構築する。だが、敵の攻撃が止んだわけではない。魔法や召喚武装の能力が戦場に吹き荒れ、敵や味方を吹き飛ばしていく。

 敵は、開戦当初から千以上は減っているだろう。しかし、味方の損害は同数以上であり、このまま戦いが長引けば壊滅必至だった。

「……このままではいかんな」

「いかに包囲したところで、皇魔は皇魔。手強いというものではありませんね」

 リノンクレアが厳しい顔で戦場を見ていた。

「本陣は持ち堪えているが、ほかが問題だ」

「我々も気を引き締めないと」

(気を引き締めたところでどうにかなる相手ではないが)

 ハルベルクは、胸中に浮かんだ言葉を飲み下すと、兵士たちに声をかけていった。士気の低下、戦意の減少だけは避けなくてはならない。包囲陣を構築してからいまに至るまで、兵士たちは、未だジベル軍が有利だと思っているはずだ。だから、士気が低下するようなことはない。しかし、この状況が長く続けば、自分たちが苦境に立たされていることを思い知り、戦意の低下は免れない。緊張が途切れたとき、この包囲陣は脆くも崩れ去るだろう。ただでさえぎりぎりのところで成立しているようなものだ。

(いつまで保つ?)

 もちろん、このエイン=ラジャールの戦術は、自軍陣地に引き入れた皇魔たちを殲滅することが目的ではない。敵軍陣地から大半の戦力を引き離すことが目的であり、そういう意味では目的は達成できていた。

 問題は、真の目的であるところの強襲部隊が敵指揮官の撃破に成功するかどうかである。それこそがエイン=ラジャールの戦術の真意であり、その目的が達成されるまでの時間稼ぎが、ハルベルクたちの役割だった。

「功に逸って命を落とすような真似はするな。生き延びることこそが功だと思え」

 ハルベルクは、ルシオンの陣を巡りながら、兵士ひとりひとりにそういっていった。包囲陣の維持こそがすべてであり、そのためには生き残ることに全力にならなくてはならない。そして、生き延びようとすれば、自然、行動が消極的になる。消極的になるということは、士気や戦意が低下するということであり、低下を最小限に防ぐには、将が兵士たちに声をかけてやることだ。

「なんとしてでも生き残り、ルシオンに帰るのだ」

「はいっ、必ずや殿下とともに!」

『殿下とともに!』

 兵士たちが唱和すると、力が湧いた。この戦いには勝てるだろうという確信がどこからともなく湧き上がったのには苦笑さえ浮かべる。ふと振り返ると、リノンクレアがこちらを見て微笑んでいた。戦況は決して笑っていられるようなものではない。しかし、上に立つものは、どのような状況にあっても、笑っていなければならないのだ。

(義兄上ならば、そうする)

 彼を越えようとするのならば、まず、彼と同じ位置に立つ必要がある。

 ハルベルクは、リノンクレアに笑い返すと、彼女の近くまで馬を寄せた。戦場では、兵士たちと皇魔の激しいぶつかり合いが続いている。

 そのときだった。

 夜空を光芒が貫き、ハルベルクの視界が白く染まった。


 閃光に染また世界で、悲鳴を聞いた。

 泣き、叫び、喚くものたちがいた。

「き、消えていく……! なにもかも消えていきやがる!」

「逃げろ、光から逃げろ!」

 叫び声を聞きながら、レムもまた、自分の身が危険に曝されていること理解した。“死神”が消滅したのだ。皇魔にやられたからではない。もっと別のなにかが、“死神”を消し去ったようだった。

(いまの光か?)

 光は、既に消えている。

 足元のリュウフブスの死体から飛び離れながら、周囲に目を配る。リネン平原全体を見渡すような視野は持ちあわせてはいないが、平原南部で繰り広げられていた戦いに水を差されたことは理解できた。水を差された、などという生易しいものではない。

 戦場が蹂躙されていた。

 ジベル軍の包囲陣と中央に密集した魔王軍のちょうど真ん中を縦断するように巨大な爪痕が刻みつけられていた。大地を抉る爪痕は、その場にいた人間や皇魔が消え去ったことを示している。レムの“死神”が消失した理由もそこにあるのだ。彼女は、“死神”を爪痕が刻まれた場所で戦わせていた。

 冷や汗が流れる。爪痕は、レムが立っていた場所のすぐ目の前を通過する形で、北へと伸びていたのだ。

 平原の遥か南から遥か北へと伸びる破壊の爪痕は、レムの網膜を塗り潰した光芒の通過点なのかもしれない。とても召喚武装の能力とは思えない。召喚武装の力ならば、黒き矛と同等の力を持ったものが使われたということになる。信じたくはない。リュウフブス、リュウディースの魔法ではない。魔法は脅威的だが、ここまでの破壊を起こすことはできない。召喚武装のほうが強力だという話さえある。断じて、魔法ではないということだ。

 では、なにが破壊をもたらしたのか。

 大地を抉り、その上にいたものを有無を言わさず消滅させた力。

 神の御業としか思えない。

(まさか)

 レムは、リネン平原の南方を見遣った。

 リネンダールの跡地に聳えていた光の柱が、忽然と消滅していた。

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