第七百六話 リネン平原の戦い(六)
「武装召喚術に関しては一日の長がある――本当にそんなことを思ってはいないだろうな? 人間よ。人間の武装召喚師よ」
蔓延する爆煙の中、高飛車な男の声が響き渡っていた。綺麗な、大陸共通語だ。濁りがなく、訛りもない。とても皇魔が発しているとは思えないほど発音であり、発声だった。彼らに共通語を教えた人間の教え方が素晴らしかったのか、皇魔たちの学習能力が高かったのか。それとも、その両方か。
いずれにせよ、召喚武装を手にしたリュウフブスは、敵本陣から傲然とこちらを見下ろしていた。本陣は、平原全体を見渡せるような丘の上にある。本陣を囲う壁や柵の一部が破壊され、射線は通った。だが、それは敵がこちらへの射線を通したということでもある。
初撃は、頭上からだったが。
ファリアは、苦痛に表情を歪ませながら、オーロラストームを構えた。軽装の鎧を身に着けていたこともあってか、外傷そのものは大したことはない。しかし、吹き飛ばされ、体を強く打っている。敵の初撃は、こちらの想像以上の広範囲に渡って破壊をもたらしていた。仲間がふたり、倒れていた。動かないところを見ると、死んでいるのかもしれない。
傲岸不遜にこちらを見下ろすリュウフブスの召喚武装の能力だろうか。
「魔法という可能性もある。気をつけなさい」
「は、はい」
突然声をかけられて、ファリアは咄嗟に右を見た。シヴィル=ソードウィンが、普通に立っていた。傷一つ負っていないのは、彼の召喚武装が全身を守ったからだろう。ローブゴールド。黄金の長衣は、武器にも防具にもなる。
「しかし、これでは奇襲は台無しですね。が、敵の指揮官がだれかは知れました。あのリュウフブスがそうでしょう」
シヴィルが言葉で示したのは、こちらを見下ろすリュウフブスのことだろう。言動が、あの皇魔の立場を示しているかのようであり、周囲の皇魔の態度を見ても、そのリュウフブスが指揮官に間違いなさそうだった。
「……隠すまでもない。わたしが、この魔王親衛鬼哭衆の指揮官だ。名をメリオルという。見ての通り、リュウフブスだよ」
メリオルと名乗ったリュウフブスが、手にした杖をこちらに向けて掲げた。先端についた飾りは巨大な水晶の塊のように見えた。水晶塊の中に無数の光が生じる。召喚武装に違いなかった。
「あれか」
シヴィルが飛び退くのと同時に、ファリアも後退している。メリオルが掲げた杖の先に光の塊が出現していた。それは、音もなく、熱もなく、気配もなかった。そして落下し、地面に衝突すると、爆発して破壊と衝撃波を撒き散らす。十人が十人、回避に成功している。
メリオルはそれが気に食わなかったのかもしれない。端正な顔を歪めた。
「我々は魔法を行使する種族だ。それなのになぜ召喚武装を用いるのか、不思議に思っているのだろう。研究熱心な武装召喚師ならなおさらだ。簡単なことだよ。ただ魔法を行使するよりも、余程大きな力を動かすことができるからだ」
手軽にね、と彼は付け足して、杖を軽々と振り回してみせた。水晶塊が瞬くと、上空に無数の光点が出現した。光点は光の塊となって降り注ぎ、敵本陣周辺に破壊の嵐を巻き起こした。爆発によって生じる熱と衝撃波に逃げ場などはなかった。
「しかし、これほどのものとなると消耗も激しいものだが、元来の魔法に比べれば気楽なものだ」
破壊の嵐の中で、ファリアはメリオルの傲然たる声を聞いていた。痛みは、初撃によるものだけであり、それ以降の攻撃で傷を負ってはいなかった。それもそのはず。ファリアは、シヴィル=ソードウィンのローブゴールドに護られていたのだ。肥大化した黄金の衣が、天蓋のようにシヴィルとファリアを覆っている。
「無事ですか」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、当然のことです」
シヴィルの表情は、穏やかだ。メリオルの苛烈な攻撃にも耐えぬくローブゴールドの頑丈さは、さすがは四大天侍の長が召喚しただけのことはある。
「それにしても、饒舌な皇魔もいるものですね」
「あの口を縫い合わせたいところですが……」
「それは面白い。ですが、そんなことをしている暇はなさそうです」
「それはそうだろう」
メリオルの声に、シヴィルがローブゴールドの防壁を解除した。破壊し尽くされた大地には、初撃で命を落としたふたりの亡骸さえ残っていない。跡形もなくなっているのだ。
(アマリア、エイリーク……)
胸中で名を口にしたのは、魂の安らぎを祈るためでもあった。皇魔との戦いだ。死の覚悟くらいはしていただろうが。
「君たちがわたしの口を縫い合わすなど不可能だ。ましてや、わたしを殺すことなどな。この布陣を突破できるとでもいうのか?」
メリオルは、本陣後方に下がっていた。代わりに、無数のリュウフブス、リュウディースが出てきている。召喚武装を手にしているのは数体だが、他の皇魔を通常人と同じに考えてはならない。メリオルがいったように、リュウフブス、リュウディースは魔法を使うことができるのだ。魔法によって火炎を放ち、雷撃を発することなど朝飯前といっていい。そんな化け物が千五百ほど、メリオルの周囲を固めていた。突破するだけで骨が折れるのは、だれの目にも明らかだ。
メリオルが下がったのは、先ほどの破壊によって多少は消耗したということだろう。消耗したまま戦うよりは、配下に任せるほうがいいと判断したに違いない。つまり、メリオルを倒すにはいましかないということでもある。
「できるできないではないのですよ」
シヴィルがローブゴールドを展開し、半身に構えた。金色の衣が両手に絡みつき、長柄の武器に形を変える。
「突破するんです!」
ファリアが告げると、
「ええ、その意気です」
シヴィルが、こちらをみてにこりと微笑んだ。
「それを無謀というのだ」
「無謀かどうかはやってみなければね」
瞬間、シヴィルが周囲を一瞥したのは、仲間の無事を確認するためだろう。初撃を生き延びた十人中、七人が生存している。残りの三人は、気配を感じ取ることができなくなっていた。爆撃に巻き込まれて死んだのかもしれない。この場から逃げ出したという可能性もなくはなかったが、考えたくもないことだ。
シヴィルが先頭に立ち、ファリアが彼の右手に立っていた。三人がシヴィルの左翼に展開し、ふたりがファリアの右後方で武器を構えている。負傷の大小は様々だが、皆、戦意を失ってはいなかった。絶望的ではあったが、それは最初からわかっていたことだ。
いくら敵戦力を中央に集めたところで、本陣の守りを消し去ることはできない。
「……まあいい。いずれにせよ、君たちを生かしておく道理はない。征け」
メリオルの命令で、皇魔たちが一斉に動き出した。千五百のリュウフブス、リュウディースが同時に動き出したのだ。一糸乱れることのない完璧な動きは、付け入る隙さえ見当たらない。だが、ファリアに恐れはなかった。殺される可能性は、これまでだってあったのだ。この戦いが初めてではないし、特別なことではない。
武装召喚師を志したころから、死は隣人だった。
シヴィルが動くより早く、仲間のひとりが拳で地面を殴りつけた。岩拳のオウラだ。大地に伝わる力が、ファリアたちの前方に変化をもたらす。地中から噴出した岩壁が、ファリアの視線と皇魔の進軍路を塞いだ。ファリアはオーロラストームの射線を上に向けた。岩壁を飛び越えようとした皇魔の姿を視認した瞬間、雷光の矢を放つ。一条の雷光がリュウディースの胸を貫き、絶命させた。
(まず一体)
胸の内で告げたものの、それで事態が好転するようなことはない。
岩壁は、前方に一枚だけなのだ。飛び越える皇魔もいれば、岩壁の左右からこちらに向かってくるものもいた。魔法による遠距離攻撃を行ってくるものもいたし、召喚武装の能力によって上空から突撃してきたものもいた。それに対して、こちらの武装召喚師たちも全力で以って応戦した。シヴィルとローブゴールドが猛威を振るい、大地を操る召喚武装が敵集団に混乱を呼んだ。