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第七百五話 リネン平原の戦い(五)

「平原中央の戦いが激しくなっていますね。食らいついてくれたようです」

 シヴィル=ソードウィンの慇懃な物言いに、ファリアはいつも緊張感を覚えた。いや、戦いの最中、緊迫感は常に抱いているのだが、戦いの緊張とは別種の緊張が過るのだ。それは、シヴィル=ソードウィンの立場が影響しているに違いない。彼は、リョハンの四大天侍の長なのだ。

 四大天侍とは、戦女神の使徒であり、リョハンの守護を司る最強の武装召喚師たちのことだ。四大天侍の中でもっとも年嵩な彼は、ファリアがリョハンにいたころから四大天侍の顔であり、四大天侍といえばシヴィル=ソードウィンだった。彼も、少年時代は天才と持て囃された人物だ。その実力も人格も折り紙つきといっていい。

 そして、ファリアを四大天侍に推薦した人物でもある。

 そんな彼と作戦行動をともにすることになるとは、考えても見なかったことだった。もちろん、ふたりだけではない。ほかにも武装召喚師が十人、同行していた。《大陸召喚師協会》の武装召喚師たちであり、ほとんどがファリアと顔見知りだった。

「あとは、こちらの成否にかかっている、ということですね」

「否はありませんよ。成功させます」

 武装召喚師のひとりに対して、シヴィルは強い口調で言い切った。

 ファリアたちは、敵本陣の側面に迫ろうとしていた。敵戦力を自軍陣地に引き付けたことで、本陣周辺の守りは手薄になっている。そこに武装召喚師部隊を送り込み、敵指揮官を撃破するというのが、エインの作戦だった。

 魔王軍を相手にするには、指揮系統の混乱を狙うのが一番だ。自軍の被害を抑え、戦闘を早期に終結させるには、それ以外の選択肢はない。

 そして、敵がこちらの誘引策に乗ったいまが好機だった。

 奇襲部隊は、白聖騎士隊の作戦開始と同時に行動を開始している。自軍陣地の南西から大きく迂回して、敵本陣を目指した。敵がリネン平原中央で繰り広げられる夜襲と撤退行動に注目していたこともあり、ファリアたちの隠密行動が発覚することはなかった。

 やがて、敵本陣を視界に収めた時には、魔王軍の戦力の大半がジベル軍陣地に殺到し、出払っていた。召喚武装を装備した武装召喚師たちには、遠方の本陣の様子がよく見えていた。

「本陣近辺の皇魔は千五百程度。対して、こちらは十二名。一人百殺でもまだ足りません」

「さすがに百体は……」

「無理でしょうね。わかっていますよ。ものの例えです」

 シヴィルは《協会》の武装召喚師の発言にも、穏やかな表情を崩さなかった。四大天侍の規律には厳しい人物も、直接関わりのない組織の人間には強くいうことはできない、ということなのかもしれない。もっとも、《協会》の武装召喚師にとっても四大天侍は雲上人であり、彼のいうことなら一も二もなく従うだろうが。

「我々の役割は、敵指揮官の撃破。それだけです。敵指揮官は召喚武装を身に着けていると考えるべきで、そうなると、攻撃する対象を絞ることは可能でしょう。皇魔の武装召喚師が何体いようとも、それらを殲滅するまでは作戦の成功とはいえません。とにかく、敵武装召喚師の撃破だけを考えてください」

 シヴィルは、声を潜めている。無音に近い。だが、至近距離の武装召喚師たちの耳には届いた。

 敵は、わずかな音も聞き逃そうとはしないだろう。小声という程度では、敵に知られる危険性があった。

「召喚武装の使い手を全滅させることさえできれば、あとは各人、その場から退避します。できるだけ仲間と合流してください。ひとりで切り抜けられるなどとは思わないことです。我々は非力な人間だということを肝に銘じておくべきです」

 ファリアたちは、シヴィルの最終確認にうなずくと、敵本陣への接近を再開した。

 平原北部に乱造された壁の数々は、戦闘となれば射線を邪魔する障害物になっただろうが、隠密行動時には敵の視線から逃れるための遮蔽物として利用することができた。もっとも、魔王軍の皇魔には武装召喚術を体得したものがいるという事実を失念してはならない。行動は慎重を要した。気配を絶ち、息を潜めて移動しなければならなかった。たった十二人の武装召喚師部隊だが、それは最低でもそれくらいの隠密行動が取れるものでなければならなかったからであり、また、自軍陣地で敵を引きつけるためにも火力が必要だったからだ。

 先頭を進んでいたシヴィルが足を止めた。手が空を撫でる。散開の合図。ファリアは即座にその場から飛び離れると同時にオーロラストームを構えた。気配が頭上に現れた瞬間、目の前が真っ白に染まった。熱衝撃波に吹き飛ばされる。音は聞こえなかったが、熱と痛みがファリアの意識を襲った。

 距離を見誤ったのだ。


 敵部隊が自軍陣地に雪崩れ込んできたことで、戦いは、ジベル軍の思惑通りに推移しているといってよかった。度重なる誘引策による緊張感の緩和からの大攻勢は、魔王軍に痛撃を叩きこみ、それによって皇魔たちを迎撃に駆り立てることとなった。ジベル軍は、追い立てられるようにして自軍陣地に逃げ出し、皇魔たちは余勢を駆って敵軍陣地に乗り込んだ。北側陣地を放棄したのだ。それこそ、エイン=ラジャールの思う壺だった。

 無数の防壁と地形を利用した敵軍陣地に乗り込んで戦うのは、勇敢というよりは無謀であり、死にに行くようなものだ。敵は皇魔の中でも狡猾で凶悪なリュウフブス、リュウディースの混成軍であり、わずかな油断が敗北に繋がる。なんの策もなく敵陣に乗り込むなど、勝敗以前の問題だと彼はいっていた。

 彼は、当然の道理をいったまでだろう。一万二千の人間で一万の皇魔を相手に策も弄さず勝利することなど不可能といっていい。そして、皇魔のほうが策を用い、陣を構築しているのならば、それに乗れば大敗するのはだれの目にも明らかだ。敵の策は破壊し、こちらの策を通すよりほかはない。

 そのためには、敵軍の注意を自軍陣地に引きつけておく必要があった。

『要するに、暴れるだけ暴れてください』

『簡単にいいますわね』

『セツナ様がいれば、あのひとだけでいいんですけどね』

 エイン=ラジャールは、あっさりと言い放ったものだが、それも否定出来ない事実だろう。セツナ=カミヤと黒き矛ならば、ひとりで敵の注目を集めることができるし、彼ひとりに本陣強襲を任せることも不可能ではなかった。

 彼はいま、どこでなにをしているのか。

(皆さん、心配しておいでですわよ)

 胸中で毒づいても、なにが解決するはずもない。

 レム・ワウ=マーロウは、皇魔に対して展開する包囲陣のまっただ中にあって、漆黒の大鎌を振るっていた。ジベルの正規軍と離れているのは、死神壱号としての能力を駆使しているからでもあった。異形の“死神”は、通常人には刺激の強すぎる姿をしている。そんなものを使役する存在がジベルの特殊部隊だという事実は、正規兵にも受け入れがたいものだ。が、皇魔と正面切って戦うのならば、“死神”を発動せざるを得ない。

 死神が“死神”を使役するのは、武装召喚師が召喚武装を駆使するのと同じようなことだ。

 敵は、リュウフブスとリュウディースだけだった。よく似た皇魔だが、男と女という違いはある。リュウフブスは男であり、リュウディースは女だ。

 リュウフブス、リュウディースは、ともに人間に酷似した外見を持つ皇魔だ。人間の美的感覚から見ても美しい容姿は、人間の中に彼らとの共存を期待するものが現れるほどであったが、リュウフブス、リュウディースに近づいた人間は例外なく殺された。青白い肌に銀髪、そして角を持ち、皇魔特有の紅い目が、彼らの特徴だ。また、リュウディースは両耳の上に一対の角を、リュウフブスは額に一本の角を持つ。そこも、雌雄以外の違いといえば違いだった。

 だが、共通して、強いという難点がある。

 両者は、魔法を行使した。

 奇妙な叫び声が聞こえたかと思うと、レムの左方向を雷光の鞭が薙いだ。悲鳴と電熱が頬を掠めたときには、彼女の肉体は前方に向かっている。前方空中にリュウディースの姿があった。頭上に掲げた両手に灯る光が、魔法を撃ったことの証だ。魔法は、召喚武装の能力に似ている。死神の能力に似ている。望んだ通りの事象を作り出すことが出来るという点では、召喚武装や“死神”とは大いに異なるのだが。

 地を蹴り、飛ぶ。リュウディースは、レムを認識した。手をこちらに翳す。が、その行動が仇となった。リュウディースの眼下に迫っていた“死神”の長い手が、皇魔の手首を掴んだ。地に引きずり下ろす。レムは、空中から、地に叩きつけられたリュウディースに向かって落下し、大鎌を振り下ろした。手応えと断末魔に浸ることもなく、つぎの敵を探す。敵は数多。数えきれないほどに存在する。一体でも多く倒す必要があった。

 でなければ、敵が本陣に戻る可能性がある。

 視界の片隅で、ルシオンの王子と王子妃が率先して皇魔に突撃している光景があった。美々しい甲冑が返り血を浴びて月下に輝く様は、むしろ美しく思えた。

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