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第七百一話 リネン平原の戦い(一)

「暗殺か」

 ユベルは、つぶやいた。

 ゼノキス要塞の作戦司令室にはオリアス=リヴァイアと彼の側近、伝令の兵士たちが揃っている。会議が開かれるような時期は過ぎた。戦力は放たれ、あとは結果を待つだけの状態だった。そして、結果は届いた。敗戦に次ぐ敗戦、である。皇魔ベクロボスを用いた情報網によれば、東に展開した覇獄衆も、西に展開した魔天衆も連合軍戦力に敗れたという。敗北の原因はいろいろあるが、最大の要因として上げられるのは、将軍の戦死らしい。指揮官が死んだことで、指揮系統が乱れ、軍隊として機能不全に陥ったところを連合軍に攻め立てられ、敗走した。覇獄衆は壊滅に近い被害を出し、魔天衆も半壊の憂き目を見た。

 生き残った戦力は、鬼哭衆との合流を目指してリネン平原に向かっているだろう。それにより鬼哭衆の戦力は二万近くまで膨れ上がるものの、合流までに連合軍に敗れ去る可能性は皆無ではない。

 だれもが頭を抱えたくなる中、魔王軍総司令官だけは冷ややかな表情に変化を生じさせていなかった。勝利を確信しているというよりは、勝敗に微塵の興味もないという表情だ。この状況を生んだ最大の要因は、彼が最重要戦力と位置づけた鬼神の無力化にあるのだが、彼はそれさえも笑って済ませている。戦神、鬼神でさえ黒き矛を止められないのかと大笑いしていたのが彼という男だ。彼には、このような状況が面白くてしかたがないのかもしれない。

 ザルワーンが滅びゆく直前の状況と、似ている。

「とはいえ、現状、戦況を覆すにはほかに手はないかと」

 オリアスが護衛として側においていた武装召喚師をガンディア軍の元に派遣したのは、覇獄衆が敗走したという報告を聞いた直後のことだという。早急に手を打たなければ、クルセルクの敗北は免れ得ない。彼の判断に間違いはない。

 だが、ユベルは気に食わない。暗殺という手段でレオンガンドを殺すことになんの意味があるのか。

「ガンディアの首脳陣を討って、それで戦況は回復するのか? 戦力差を覆すことが出来るのか。連合軍の戦力を見誤っているのではないか」

「これは陛下の御言葉とは思えませんな」

 オリアスの超然とした目が、ユベルを見据えた。

「陛下は、ガンディアへの復讐のために戦いを起こしたのでしょう? ガンディア国王レオンガンド・レイ=ガンディアを討つことこそ、陛下の目的。レオンガンドの死こそ、陛下の勝利。違いますか?」

 ユベルは、返す言葉を見失った。

 確かにその通りなのかもしれないと思う反面、そうではないと叫びたい自分がいる。確かに、ガンディアに復讐するための戦いだった。ユベル――いや、エレンの人生は、ガンディア王家と、ガンディア王家を抱くガンディアという国そのものへの復讐こそがすべてだった。それ以外はなにもいらなかった。ひととしての幸せも、温もりも、安らぎも、すべてを捨てて、復讐に注いだ。皇魔を従え、国を手に入れ、国を強くしてきたのも、そのためだ。

 それだけのために、すべてを擲ってきた。

 だが、だからこそ、違うのだ。

(暗殺では、だめなのだ)

 しかし、刃は既に放たれている。

 彼は、無意識に暗殺に失敗を望んでいることに気づいて、苦笑した。



 鬼神の座が光に包まれて、既に三日が経過している。

 つまり、ウェイドリッドに籠もっていた敵軍が動き出して三日、ということだ。

 ゼノキス要塞から東に展開し、ウェール川沿いにウェイドリッド砦を目指していた覇獄衆は、ハ・イスル・ギとともに壊滅した。覇獄衆を撃破したのは、ガンディアを中心とする軍勢だという。もっとも、ガンディアの黒き矛は不在だったらしく、別の戦力にやられたということだ。

 ゼノキス要塞から西に向かい、サマラ樹林を南下してウェイドリッド砦を目指していた魔天衆もまた、ベルクの戦死後、壊滅的な損害を出し、残存戦力は後退を余儀なくされた。アバードを中心とする軍勢には、様々な国の戦力が集っていたという。リョハンの戦女神もいたらしく、ベルクが戦死するのもある意味では当然だったのかもしれない。

 ゼノキス要塞からまっすぐ南下し、リネン平原、リネンダールを通過してウェイドリッド砦を目指している鬼哭衆は、リネン平原での滞陣を選択した。部隊を展開し、陣を構築した。リネン平原はリネンダールの北部一帯に横たわっており、遮蔽物は少ないものの、大軍勢を展開するには格好の場所といえた。

「鬼神が無力化されたとなれば、かのものたちが敗走するのも当然のことだ。人間を甘く見れば出し抜かれる。緒戦の結果を考慮すれば、わかりきったことだ」

 メリオルは、鬼哭衆の部将たちを見回しながら、皆に聞こえるようにいった。

 鬼哭衆はリュウフブスとリュウディースからなる軍団である。自然、部将もリュウフブスとリュウディースの中から選ばれている。部将には能力だけが求められた。リュウフブスの王メリオルは、リュウディースを心底毛嫌いしていたが、登用に関しては生理的嫌悪を無視することができた。リュウディースの部将は部将で、リュウフブスを嫌悪していて、互いに忌み嫌い合っているものの、女王リュスカの意向の手前、メリオルに従うよりほかはなかった。

 事情さえあれば、利用し合えるものだ。

 部将級の皇魔は、皆、武装召喚術に長けている。メリオル配下の部将は二十名。つまり、二十名の武装召喚師がいるということだ。それぞれが強力な召喚武装の使い手であり、戦力においては他の軍団にも引けを取らない。

「覇獄将ハ・イスル・ギも、魔天将ベルクも、有能ではあった。だが、彼らは皇魔であり過ぎた。能力を過信し、人間を見下せば、勝利を得ることなど不可能に近い」

 魔王軍の中で、鬼哭衆が最後の砦となってしまった。陸戦部隊であるところの覇獄衆も、空中強襲部隊である魔天衆も敗れ去ってしまった。たかが人間を相手にだ。

「たかが人間。されど人間なのだ。我々に武装召喚術を授けたのはだれか。人間だ。人間の叡智が、武装召喚術を生み出し、我々に新たな力を与えてくれたのだ。人間を見くびるものは、人間によって滅ぼされる。道理よな」

 武装召喚術は、リュウフブスをさらなる高みへと押し上げる可能性を見せている。皇魔の中の皇魔、皇魔の頂点に君臨する種族に相応しい技術であり、この技術を惜しげもなく教授したオリアス=リヴァイアには感謝してもしきれないほどだった。オリアスは人間だ。人間に感謝することなどありえないことだが、メリオルは、オリアスを師と仰ぎ、初めて人間に膝を屈した。魔王に対するものとは違う感情がある。

「なればこそ、我らは人間と面と向かって戦うのだ」

 リュウフブスのメリオルにしてみれば、人間などという低劣な種族を対等と見るのは屈辱以外のなにものでもない。だが、自分たちが上だという慢心を捨てなければ勝てない相手だということは、覇獄衆、魔天衆の戦闘結果をみればわかるというものだ。

 メリオルたちが強力な召喚武装を駆使するのと同じように、連合軍もまた、召喚武装を駆使するのだ。優秀な武装召喚師が揃っているという。軍を三つに分けている以上、武装召喚師も分散していると見るべきだが、そのことがこちらにとって有利に働くかどうかは別問題だ。

 戦力に偏りがあれば、覇獄衆、魔天衆の両方が敗れ去ることはなかっただろう。均等に配分されていると考えるべきであり、メリオル率いる鬼哭衆と戦う軍勢が特別非力ということはありえない。

 油断してはならない。

 全力でことに当たるべきだ。

「では、軍議を始めよう」

 メリオルは、部将たちに広く意見を求めた。

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