表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
699/3726

第六百九十八話 サマラ樹林を越えよ(六)

 地に落ちてきたウィレドが倒れたとき、勝敗は決した。

 上空に構築された立方体の陣形は、指揮官を失ったことでその美しくも圧倒的な構成を崩壊させた。シフが陣列を乱してアバード軍本陣への突撃を敢行し、ネグルベフやベスレアがつぎつぎと地上に降下した。戦場は上空からサマラ樹林と本陣の丘に移り、それによって地上部隊の攻撃が本格化することとなる。

 シフ、ベクロボスはともかく、ネグルベフとベスレアは空中戦よりも地上戦を得意とする皇魔であり、指揮官による厳命があって初めて空中戦を続けることができていたのだろう。指揮官が戦死した途端、地上に降り立ったのがその証拠だ。

 ベスレア、ネグルベフといった中型皇魔がサマラ樹林に集中するのを目撃したアバード軍は、アレグリア=シーンの策によって火を放ち、樹林は火の海となった。皇魔たちは火に焼かれて死ぬか、煙にまかれて死んだ。また、火の海を突破し、丘の麓に辿り着いた皇魔は、待ち受けていたアバード軍の迎撃によって絶命した。もちろん、全滅には至らない。炎と燃える樹林から抜けだした皇魔のうち、戦場から離脱したものも少なくはなかった。

 総大将が討たれたことで、魔王軍の指揮系統は乱れに乱れたのだ。戦闘を続行しようとするもの、後退し、立て直しを図ろうとするもの、同胞の仇を討とうとするもの、様々な意思が錯綜し、混乱を拡大した。

 しかし、アバード軍が終始優勢だったというわけではない。

 何千体ものシフによる強襲は、アバード軍に大きな損害をもたらした。本陣を置いた丘が白銀に染まるほどの猛攻だったのだ。被害が出るのは当然だった。アバード、イシカ、メレド、ベレル、それぞれの将兵が必要なだけ戦死し、負傷した。重軽傷者だけでも数えきれなかった。戦死者も多い。

「勝利には犠牲がつきものだ」

 燃え尽き、黒く染まった樹林を見渡しながら、シーラはつぶやいた。彼女も負傷している。折れた腕に包帯を巻き、首から吊るしていた。幸い利き腕ではないため、戦おうと思えば戦える。とはいえ、ハートオブビーストを片腕で扱って、これまでと同様の戦果を上げるのは簡単なことではない。侍女たちからも今後は先陣に立つべきではないと諌められていた。負傷者が先頭に立てば、全軍の足を引っ張ることになりかねない。

 戦いは、アバード軍の勝利で終わった。本陣に取り付き、苛烈な攻撃を加えてきたシフの群れは、全軍の反撃によって撃退された。弓聖サラン=キルクレイドとイシカの星弓兵団が活躍し、武装召喚師たちも実力の程を見せつけた。特にファリア=バルディッシュとカート=タリスマの戦いぶりは、戦史に残るほどのものかもしれない。

 日が暮れようとしている。

 戦いが終わったのは随分前のことだが、戦死者の亡骸の収容や事後処理に時間がかかっている。

「軍師、戦術家は、その際の犠牲をどれだけ少なくできるかで価値が決まる。そういう意味じゃ、アレグリア=シーンは優秀だ」

「そうでしょうか」

「ま、俺の言葉は当てにならねえか」

「そんなことはないのですが……」

 振り返ると、アレグリア=シーンは困ったように微笑んでいた。ガンディア軍参謀局から派遣された戦術立案者は、サマラ樹林の戦いにおいては勝利に多大な貢献をしている。敵指揮官の撃破による指揮系統の混乱と、樹林焼き討ちによる地上部隊掃討は、彼女の発案だった。

 シーラがアバード軍の総大将として彼女に声をかけたのは、彼女こそこの戦いの殊勲者だということもあったが、戦後、犠牲者の数の報告を受けて、凍りついていた彼女の様子があまりに哀れに想えたからだ。彼女は戦いが本質的には嫌いなのだろう。それでも、才能が彼女を戦場から遠ざけてくれないのだ。

 シーラは、彼女に近寄ると、軽く背を叩いた。

「胸を張れよ、未来の軍師殿」

「は、はい!」

 アレグリアは反射的にうなずいたあと、痛そうに顔をしかめた。


「治癒能力を持つ召喚武装って、ないんですかねえ」

 ルウファは、天幕の屋根裏をぼんやりと眺めながら、だれとはなしにつぶやいた。天幕内には、彼以外の武装召喚師たちも集まっている。《協会》の武装召喚師たちが集合しているのは、もちろん、大きな目的があるからだ。

「そうねえ……ファリアちゃんのオーロラストームくらいかしら」

 唯一反応してくれたのは、ファリア=バルディッシュだけだった。リョハンの戦女神と謳われる現代最高峰の武装召喚師は、ルウファを見舞いに来てくれたようなのだ。が、彼女に付き纏う《協会》の武装召喚師たちは、大召喚師から武装召喚術に関する話を聞きたくて仕方がないといった様子であり、そして大ファリアも満更ではないらしく、ルウファの寝床の隣で講義が開かれたりしていた。

「“運命の矢”でしたっけ。でもあれって……」

「寿命が縮むらしいわよ」

「ですよねえ……頼りたくないなあ」

「ファリアちゃんが使いたがらないのもわかるでしょう」

 大ファリアの言葉に小さく頷く。瀕死の重傷から回復するためならばまだしも、傷を癒やすためだけに寿命を削るのは、どう考えても割に合わない。ファリアはセツナの一命を取り留めるために使ったことがあるらしいのだが、それもセツナが全身に火傷を負い、ほかに回復する手段がなかったからだ。放っておけば死ぬほどのものだったらしい。

 そんな話を聞いた覚えがあった。

 セツナとファリアの絆は、そこから始まっている。

「やっぱり、簡単に傷を回復したりなんてできるわけないかあ」

「そんなことができたら、それだけで引っ張りだこでしょうねえ」

「人生、楽そうだ」

「あら、武装召喚師がそんなことをいっていいのかしら?」

「はい?」

「召喚武装が使えるってだけで楽な人生歩んでるって思われてるのよ、わたしたち」

「確かに……」

「治癒能力を有した召喚武装を使えたとしても、楽な人生は歩めないわよ。むしろ、過酷なものになるかもしれないわ」

 大召喚師のいうとおりだった。回復手段を有しているからといって、人生が楽になると考えるのは浅はか以外のなにものでもない。それに、召喚武装は一度召喚してしまえば、基本的に誰でも扱える代物だ。特に召喚者、契約者が死ねば、使い放題になる。治癒能力を持った召喚武装を呼び出せると吹聴すれば、、それだけで敵を作りかねなかった。

「大きな力を持つということは、それだけ責任を負うということ。あの子のようにね」

「隊長のことですか?」

「セツナちゃん……きっといまも戦っているわ」

 リネンダールに聳える光の柱は、本陣の丘からでも見ることができる。昨夜はしばらく眺めていたものだ。夜空を貫くほど巨大で膨大な光の奔流。そこでなにが起きているのかはわからない。巨鬼が活動を停止したと見ているものの、それが確かなのかもわからないのだ。確かめようにも、ここからでは確かめられない。

「異世界の神と」

 ファリア=バルディッシュの声音が沈んでいるように聞こえたのは、気のせいだったのかもしれないが。



 視界を埋め尽くすのは光だ。

 無量無辺の光が、網膜を塗り潰し、聴覚を狂わせ、五感をも混乱させるかの如く、荒れ狂い、溢れている。

 なにが起きて、それからどれくらいの時間が経過したのか、定かではない。

 巨鬼の胸を貫き、心臓らしき臓器を破壊したのは覚えている。そして、それだけで巨鬼を倒しきれなかったということも、忘れてはいない。魔王軍との戦いはどうなったのか。巨鬼の攻撃は止まったのか。それとも再開したのか。なにもわからない。

 光は、前方のみならず、全周囲を覆い尽くしている。この光の中では方向感覚はおろか、五感すら正しく働いていないようだった。無重力感と無気力感が思考力さえも奪っている。

《人の子よ、よくぞ我が束縛を解いてくれた》

 声が響く。幾重にも、響き渡る。

《我が大いなる半身は、この世界に於いては我が力を縛り付ける楔と成り果てた。世界間移動に伴う最適化の失敗……というところであろう》

 声は男のようであり、女のようであり、老いているようにも聞こえ、子供のようにも聞こえた。青年かもしれないし、若い女かもしれない。声からは、相手の姿性別を想像することもままならない。そして、想像することさえ許されない存在なのだと思い至る。

《我は召喚に応じ、この世界に降り立った。召喚者の願うままに力を振るった。召喚者が何者で、この世界がどのような状況にあるかなど、我にとっては瑣末な事だ。我々には力が必要だ。力を得るためならば、異世界への召喚にも応じよう》

 光の中になにかが出現する。

 いや、それ自体が発する光を弱め、輪郭が明確化していっただけなのかもしれない。

 それは、中性的な顔立ちの少年のようにみえた。見えただけで、実際にはそうではないのだろう。首がふたつあり、それぞれに頭が乗っている。こちらを見ている顔が人間の少年のようであり、整った顔立ちに浮かぶ柔和な表情は、神々しいといって差し支えなかった。もうひとつの頭部は後ろでうなだれており、表情を窺い知ることはできない。首から下も人間とよく似ている。ただし、肩が四つあり、それぞれに腕と手があった。男性的な腕と女性的な腕を見るに、後ろの顔は女性なのかもしれないとも思ったが、真実はわからない。

 無駄な肉のない体型であり、痩せているというわけでもない。その上から豪奢な装束を着込んでいる。何重にも重ねられた着物は、ただ動きにくそうとしか思えない。着物から覗く腕や素肌は淡く発光しており、人間のそれとは別物と考えてしかるべきなのかもしれない。

《神矢刹那。我が枷を解いて、汝はなにを望む?》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ