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第六百八十八話 天翔ける翼(四)

 クオールがレイヴンズフェザーの能力を最大限に発揮した。急激な加速と重力が、彼にしがみつくセツナを引き剥がそうとするが、セツナはそれ以上に強力な力でクオールから離れまいとした。必死だった。

 クオールは、超上空から巨鬼の胸元に滑空しようとしていた。翼が大気を叩き、さらなる加速を生む。レイヴンズフェザーの能力が限界まで引き出されていく。巨鬼の目がこちらを睨んでいる。見開かれた目が金色に輝き、四本の腕をクオールとセツナに向かって掲げていた。手の先に光の球が生じ、その光球から、光の弾丸が際限なく射出されている。光弾による弾幕だけではない。そこに光線がまじり、誘導性能を持った光条がクオールに襲いかかってくる。

 クオールは、回避運動を取らなかった。光の弾幕の間隙を貫きながら、誘導光線は速度だけで回避する。

 だが、弾幕の第一波を突破したころには、クオールの翼は紅蓮の炎に包まれていた。すべての誘導光線をかわしきることはできなかったのだ。翼だけではない。光弾が右肩に突き刺さり、光線が腹を引き裂いた。

「ぐっ」

 クオールのうめきが、セツナの耳に刺さった。

 しかし、セツナにはどうすることもできない。セツナでなければ巨鬼を倒すことはできず、巨鬼を倒すには接近しなければならない。接近するためには、クオールに運んでもらうしかないのだ。彼は、決意と覚悟を持って、事に臨んでいる。

 セツナは、その意を汲まなければならない。

「うおおおおおおっ」

 クオールが、苦痛を振り切るように吼えた。弾幕の第二波を突破するとともに、レイヴンズフェザーの加速は極限に至り、巨鬼の頭上数十メートルというところまで到達する。巨鬼の腕が二本、クオールを捕まえようと動いた。弾幕が薄くなる。巨鬼へ至るための直線が、セツナにも認識できた。瞬間、視界が流転する。漆黒の翼が羽ばたいて、セツナをクオールの体から引き離した。こちらに背を向けたクオールが、天に向かって飛び立つ様が見えた。

「あとは、よろしく」

 声が聞こえたのは、奇跡といってもよかったのかもしれない。既に距離は何百メートルも離れている。そして、光の弾幕は、超加速で落下するセツナではなく、クオールを追った。無数の誘導光線が、漆黒の翼を猛追する。

 セツナは、目を背けた。彼の最後を見たくなったからではない。自分の役割を思ったのだ。黒き矛を強く握り、あらん限りの力を引き出しながら、落下方向に視線を向ける。超加速による落下は、セツナを巨鬼の眼前にまで運んでいた。金色の眼がセツナを捉えた。神々しい眼光に貫かれて、呼吸を忘れる。そのとき、黒い羽が視界に踊った。我に返る。力を帯びた漆黒の羽。クオールがセツナを補助するために羽を撒いたに違いなかった。その羽を通して出る力が、セツナを目的地へと連れていく。巨鬼の豪腕をかわし、咆哮による衝撃波をものともせず、降り注ぐ光の雨をも黙殺して。

 巨鬼の胸が見えた。マリクのつけた痕が残っている。

(そこだ!)

 セツナは、矛を両手で握ると、切っ先を巨鬼の傷痕に向けた。超加速と落下速度を加味した矛の一撃は、巨鬼の胸をたやすく突き破り、破壊的な衝撃を生み出す。外皮が抉れるだけでなく、骨が砕け、内臓を破壊する。

 直線。

 ただ一直線に落下するなかで、セツナと黒き矛は、巨鬼の心臓らしき臓器を貫き、体内の器官をいくつも破壊しながら、背筋を突き破って体外に飛び出した。巨鬼の埋まっている穴の縁に矛を突き刺して、穴への落下を阻止する。手も顔も、全身が巨鬼の血と体液にまみれていたが、気にもならなかった。

 巨鬼の絶叫が、天地を揺らしている。断末魔の絶叫、というものだろうか、大地が震撼し、大気が激しく揺れた。大穴も、揺れている。

 柄を握る手が滑って穴に落ちるかもしれない。

 嫌な予感に、セツナは残る力を振り絞って穴から這い上がった。巨鬼への攻撃は、たった一撃だ。だが、だからこそすべての力を込めたのだ。自分が引き出せる限りの黒き矛の力を、巨鬼に叩き込んだ。そうでもしなければ倒せない相手だという認識は、間違っていないだろう。手応えがあったということは、そういうことだ。

 ふと、いままで光を帯びて浮かんでいた羽が、光を失い、重力への抵抗を忘れたかのように落下を始めた。左手で掴もうとしたが、手は空を切った。羽は、巨鬼の下半身が埋まっている穴の底に落ちていく。

 もう、届かない。

(クオール……イーゼン)

 空を仰ぐ途中、巨鬼の背に空いた大きな穴が見えた。胸から背に至る穴は、致命的な一撃となったはずだった。その穴からあふれるのは血と体液だ。じきに死に至るだろう。異世界の神といっても、肉体を得た以上、心臓を破壊されれば死ぬはずだ。

 ドラゴンがそうであったように。

 今度こそ頭上を仰いだセツナは、天を仰ぎ見ているはずの巨鬼がこちらを見下ろしていることに気づいて、愕然とした。

「なんだよ、それ……!」

 巨鬼の後頭部にも、顔があったのだ。

 双眸が金色に輝き、光の濁流がセツナを飲みこんだ。



「あれは……?」

 ガンディア軍がそれを目撃したのは、休息中のことだった。

 西方、リネンダールのある方角の空が真っ白に染まったかと思うと、金色の光の柱が聳え立った。リネンダールから遠く離れたウェイル川岸を進軍中のガンディア軍にも認識できるほどだ。リネンダールの巨鬼そのものよりも巨大なのは間違いなかった。

「やったのか?」

「そう思いたいものだが……」

 レオンガンドには不安が残っていた。光の柱が巨鬼を完全に倒した証ならば構わない。が、そうでなければ、この戦いは連合軍の敗北で終わるかもしれない。

 ガンディア軍に降り注いでいた巨鬼の砲撃が止んで、半日が経過しようとしている。

 それはつまり、クオールとセツナによる巨鬼への接近が開始してそれだけの時間が過ぎ去ったということである。クオールのレイヴンズフェザーならば巨鬼に到達できたことは疑うまでもない、とはマリク=マジクの言だ。彼の言葉を信じれば、クオールはセツナを巨鬼に送り届けたに違いない。となれば、巨鬼とセツナが衝突したのも間違いない。

(勝ったのはどっちだ)

 黒き矛のセツナが巨鬼を打ち倒せなければ、連合軍の勝利の可能性は消えてなくなる。

 四大天侍と戦女神ならば巨鬼を排除することは不可能ではないだろうが、それは巨鬼だけを相手にする場合の話だ。魔王軍と巨鬼を同時に相手にしなければならない状況では、どちらに転ぶかわからないのだ。

「倒したに決まっていますよ」

 そういってきたのは、ミリュウ=リバイエンだ。彼女は王立親衛隊《獅子の尾》の一員であり、本陣にいるのは当然だった。また彼女が、隊長としてというよりも個人的にセツナを信頼しているのは、普段の言動からも見て取れる。

「ああ、きっとそうだな」

 レオンガンドは、ミリュウの意見には逆らわなかった。彼自身、そう信じたいという思いが強い。ナーレスは疑問視しているようだが、疑ったからといって状況が変わるわけではない。

 すると、マリク=マジクが軽い足取りでこちらに近づいてくるのが見えた。彼はその任務の関係上、先陣にいたはずだったのだが、休息中ということもあって本陣を見に来たのかもしれない。背後に七つの剣を浮かべているのだが、それが彼の天才性の現れだということを知っているものは少ない。

「クオールはセツナ伯を投下、セツナ伯は巨鬼の体を貫いた。それは間違いないよ」

 彼は、レオンガンドの前でも不遜な態度を崩さなかった。が、彼の言動を注意するよりも、彼の発した言葉の意味に注目が集まるのは仕方のないことだ。

「ふふーん、やっぱりね!」

「あ、ぼくより前に矛に触った人だ」

「どういう覚え方よ」

「ぼくも逆流仲間ってことでよろしく」

「いやよ、そんな仲間! ってことは、見たの?」

「うん、いろいろとね」

「……その話は後にしてくれないか」

 レオンガンドが口を挟んだのは、ミリュウ=リバイエンがセツナの話になると自重しないからにほかならない。

「セツナが巨鬼を貫いたというのは本当なのか?」

「うん。この目で見たから間違いないよ」

「どんな目をしてるのよ」

「攻撃が止んだからね。エレメンタルセブンでふたりを見ていたんだ」

 マリクは、背後に浮かべている七つの剣を示した。ミリュウが唖然とするくらいなのだから、相当おかしなことをしているのだろう。レオンガンドには実感としては理解できないが、武装召喚師たちが彼を天才と評する事実を認めないわけにはいかない。

「それで、どうなったのだ?」

「それがよくわからない」

「わからない?」

「うん。セツナ伯がカオスブリンガーで巨鬼を貫いたのは間違いないんだ。でも、その後なにが起こったのかさっぱり。巨鬼そのものが光に包まれているのはわかるんだけどね」

 結局、マリクにも理解の出来ないなにごとかが起きているということがわかっただけだった。だが、セツナと黒き矛が巨鬼の体を貫いたということは、巨鬼は倒されたと見ていいのではないか。本陣は、にわかに歓声に包まれた。

 ガンディア軍本陣には、レオンガンドと軍師だけでなく、大将軍にふたりの将軍、副将が顔を揃えており、セツナと同じ王立親衛隊長のふたりもいた。本陣の護りを固めるのは親衛隊の役割であり、隊士たちが興奮に包まれる様を見遣りながら、レオンガンドは拳を握った。

 しかし、マリクの話はそれだけでは終わらなかった。

「ま、それはそれとして、こちらもそろそろ準備をした方がいい」

「準備って、なんの?」

「戦闘に決まっているでしょう」

 ミリュウに対して呆れたようにいったのは、ナーレスだった。

 予定よりも早い敵との遭遇にも、軍師は慌てず、むしろ好都合だとでもいうように微笑んでいた。彼は、進路上の地形について調べ尽くしていたのだ。

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