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第六百八十話 ハスカに舞う死神(後)

 魔王軍の皇魔は、軍隊化している。

 組織として機能するように訓練され、調教されているのはだれの目にも明らかだ。

 皇魔とは、五百年の昔、聖皇の召喚魔法によって異世界から呼び寄せられた化物の総称だ。

 聖皇は、召喚した異世界の存在を“神”と称した。それに対して、召喚する予定になかったが、“神”に引きずられるようにしてこの世界に現出したものを“魔”と呼んだ。聖皇の“神”を皇神と呼び、聖皇の“魔”を皇魔と呼んだ。それが始まりといわれている。

 皇神はいつからか姿を消したものの、皇魔だけはこの世に残り続けた。人類の天敵として、大陸を蹂躙し続けた。人類は皇魔を恐れ、城壁都市を作る一方、研究も怠らなかった。皇魔はいくつもの種に分類できることがわかった。そして、別種の皇魔が協力することなどありえないことも判明した。

 つまり、魔王軍は、本来、いがみ合うことはあっても協調することなどありえないような組み合わせの皇魔が隊伍を成し、軍団を形作っているのだ。ブラテールがグレスベルを背に乗せることなどありえない光景であり、また、シフがグレスベルを掴んで飛行することもありえないのだ。

 それが魔王の力なのかは不明だが、セイドロックでの戦闘以来、死神たちはその恐るべき現実に立ち向かわなければならなかった。

 もっとも、組織化されたことで対処しやすくなった面もある。

 本来の皇魔は、協調性のかけらもない化け物どもだ。人間と見れば襲いかかり、徹底的な破壊と殺戮を行おうとする。指揮官などはなく、目につくものは手当たり次第攻撃するといったところがある。予測がつきにくいのだ。

 その点、魔王軍の皇魔は部隊単位での戦闘を心がけようとする。単騎での突撃は、大型の皇魔以外には見られにくかった。

「とはいえ」

 ゴーシュ・フォーン=メーベルは、自分の“死神”がギャブレイトの爪に引き裂かれるのを目の当たりにして、冷や汗をかいた。即刻“死神”を帰還させる。“死神”の実体が影の中に溶けて消えると、ギャブレイトの目がこちらを捉えた。赤黒い眼光には、殺意しか見当たらない。彼は口辺に笑みを浮かべると、瞬時に飛び退いた。直後、寸前まで彼がいた空間をギャブレイトの尾が薙ぎ払った。ギャブレイトの攻撃は、どれも直撃すれば即死する威力がある。

「荷が重いってば」

 マーレル北側の平地は、死神参号と肆号の登場によって苛烈な戦場とかしていた。まず最初に突撃したのは、死神部隊ではない。バラン=ディアラン率いるハスカの遺臣たちが、マーレルの北門に向かって突撃を開始したのだ。それが、戦いの始まりだった。

 死兵と化したバランたちは、予想以上によく戦った。とても二百人では成し遂げられないような戦果を上げている。小型を十体、中型を三体は倒しただろうか。だが、皇魔の数は圧倒的だ。バランの動きを察知した皇魔側が、戦力を北側に結集したのがまずかった。死神部隊が動き出すより速く、バラン隊は壊滅した。

 何人かはマーレルの城壁に辿り着いたようだが、そこで力尽きた。バラン=ディアランも死んだだろう。

 酷だが、こうなることはわかりきってもいた。

 ジベルには、彼らを助ける道理がない。

 バラン隊の壊滅後、死神部隊は一斉に動いた。北側は死神参号と肆号の担当だった。西側には伍号と陸号が当たり、弐号は全員の補助を、零号は遊撃を行うつもりらしかった。破壊力では最強の壱号が不在なのが響いてきそうではあったが、零号はそれも考慮したことだろう。それでも不可能ではないと判断したから、ハーマイン=セクトルの提案を受け入れたのだ。死神零号とはそういう男だ。

 グレスベルやブリーク、ブラテールといった小型に分類される皇魔ならば、死神単騎でも遅れを取ることはない。隊伍を成し、陣列を形成していようと、ここに処理していけばいいだけなのだ。難しいことではない。しかし、そこに中型皇魔が絡んでくると話は変わってくる。ベスベルやレスベルの一撃は重く、受け止めることなど許されないのだ。

 さらに大型が参加すると、目も当てられない。

(いままさにそれだ)

 内心悲鳴を上げながら、ゴーシュは、両端に刃のついた槍を振り翳した。“死神”の槍だ。通常兵器と異なるのは、召喚武装のように能力を秘めている点にある。“死神”とこの槍が、死神参号ゴーシュの武器だった。

 ギャブレイトは、こちらとの間合いを図りながら、小首を傾げるようにした。こちらの行動が理解できないとでもいいたげな反応に、ゴーシュは舌打ちした。ギャブレイトは、皇魔の中で大型に分類される種だ。獅子を思わせる姿をしているものの、実際の獅子とはまったく異なる化け物だ。黄金の鬣は陽の光を浴びてきらきらと輝き、全身を鎧う漆黒の装甲は、鏡のように光を跳ね返す。強靭な肉体は巨大で、人体を大きく凌駕しており、隆々たる前足の一撃すら凶悪極まるものだった。尾の一薙ぎは斬撃と思っていい。下手に受け止めようとすれば、容赦なく両断されるだろう。

 ギャブレイトは、ブリークのように雷撃を発することもなければ、レスベルのように光波を撃ち出すこともなく、ブフマッツのように炎を操る能力を持ち合わせているわけでもない。それなのに、そういった中型皇魔よりも恐ろしい存在であることに間違いはない。

 つまり、純粋に強いのだ。

 前方のギャブレイトの周囲には、取り巻きのように小型の皇魔が蠢いている。ブリークの奇妙な顔面は見ているだけで怖気が走った。ただ存在するだけで人間の神経を逆撫でにするのが皇魔なのだ。もしかすると、皇魔にとっての人間も、そういう存在なのかもしれない。だから、殺さずにはいられないのだ。

 そんなことを考えながら、彼はさらに後ろに飛んだ。地面からブリークの尾が飛び出してくるのが見えた。予感ではなく、経験からくる予測。ブリークは発電状態にない限り、急速接近からの斬撃か、地中に潜行させた尾による奇襲攻撃をしてくるものなのだ。

 わずかな滞空時間。敵の動きはよく見えていた。ギャブレイトが、地を蹴った。ただ追ってくるというだけなのに、凄まじい圧力を感じた。“死神”を再起動し、目の前の虚空に出現させる。“死神”は、精神力の続く限り何度でも作り出すことができるのだ。同時に複数体の“死神”を生み出すことは不可能だが。

 闇の衣を纏った異形の人型が、ギャブレイトの突進に対抗した。細い両腕が黒獅子の顔面に叩きつけられる。ギャブレイトの顔面は、唯一、黒い装甲に覆われていないのだ。攻撃するならそこしかない。

 獅子が吼えた。大気が震えた。衝撃がゴーシュの胸を貫いた。見ると、鋭利な刃が心臓の辺りから突き出ていた。背後から貫かれたようだ。相手はおそらく皇魔の武装召喚師だろう。

(なんてこった……)

 喉を圧迫する熱量に辟易しながら、彼は、背後に向かって槍を叩きつけた。



『参号がレスベルの奇襲に遭い、瀕死の重傷を負った模様ですが、肆号と合流したので問題はなさそうです。西側は伍号、陸号ともに無事。しかしながら、敵の数は思った以上に減っていません』

 死神弐号の声は、クレイグの“死神”を通して聞こえていた。クレイグの“死神”はゼムという。零、無を意味する呼称は、彼が始まりの“死神”に相応しいものとして選んでいる。闇色の衣を纏い、黒の宝冠を頭上に頂くその姿は、死神の名に恥じないものだ。

『西側の撃破数も北側の撃破数も二百そこそこといったところです。全滅する前にこちらが全滅しそうですが』

 弐号は、勝算のない戦いに出たことに不満があるのだろう。言葉の端々に棘が含まれていた。しかし、それはクレイグに対するものではない。クレイグを支配するものに対して、死神の刃は向けられる。それはアルジュであり、ハーマインであるが、ジベルの国王たるアルジュに直接不満をぶつけることなどできるはずもなく、また、実質的なジベルの支配者といっても過言ではないハーマインに対しても同様である。だから、クレイグへの言葉に棘を潜ませてしまう。でなければやっていけないのだ。

 クレイグは、“死神”にブリークの頭蓋を踏み潰させながら、自身は右手でベスベルの手刀を受け止めた。即座に足を払って転倒させ、その頭部を踏み砕く。頭蓋が砕け、脳が潰れた。血漿が飛び散り、地面と彼の靴を汚す。

「それならば、こちらが全滅する前に片を付けるだけのことだ」

 彼は事も無げに断言すると、ブリークの死骸を確認するまでもなくゼムをつぎの皇魔に向かわせた。全力を上げれば、倒しきれない相手ではない。そのためにも弐号を戦場に投入する必要があったが、わざわざ命じずとも、彼女は動くだろう。動かなくてはならない。

 死神部隊とは、そういうものなのだ。


 そして、死神部隊の猛攻が始まって数時間足らずのうちに皇魔は全滅した。

 ハスカの都市であったマーレルの解放はなったのだ。が、マーレルの住人の顔色は浮かないものだった。それはそうだろう。連合軍が本腰を入れて解放しにきたのならまだしも、たった六人で、しかも後詰もいなければ、本隊との連携もなさそうなのだ。

 再度クルセルク軍に落とされるのではないか、という危惧がマーレル市民の中に生まれても、何ら不思議ではなかった。

「もう少し、浮かれるものかと思ったんだけどなあ」

「いくら皇魔二千体を倒したところで、六人ではね。頼りないと思われても仕方ないよ」

 リュフ・フィヴス=ヴェントが、項垂れるゴーシュを慰めるようにいった。死神部隊にありながら正義の使者を標榜するのがゴーシュだ。期待に反した市民の反応に落胆するのも無理はない。

「嘘でも本隊の到来を喧伝すれば、活気づくとは思うがな……わざわざそんなことをする必要もない。我々の任務は、ここまでだ」

 クレイグの言葉に五人の死神たちが、つぎつぎと仮面を外して素顔を見せた。彼らの顔には、疲労の色ひとつなかった。

 それが、死神部隊なのだ。

 クレイグは、死神たちの状態を確認しながら、クルセルク本土に残してきた死神部隊の最後のひとりのことを考えていた。

 レム・ワウ=マーロウは、彼女の望む望まぬにかかわりなく、セツナの監視を続けているはずだ。

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