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第六百七十八話 天才児

 ウェイドリッド砦は多重の城壁に囲われており、籠城戦ともなればその防衛能力を活かした戦い方ができるはずであり、一日も持たずに陥落したのは連合軍の戦力が圧倒的すぎたことが大きい。ウェイドリッド砦に篭っていた黄金戦斧団は四千人の大軍勢だったが、連合軍はその五倍以上の戦力を叩きつけたことにより、圧勝してしまった。

 もっとも、連合軍が圧勝できたのは、ウェイドリッド砦外部に布陣していた皇魔の軍集団の相手をしなかったからであり、化け物どもとの戦闘による戦力の消耗を抑えることができたからだ。

 西側と南側、合わせて一万体はいたという皇魔とまともに戦えば、多大な出血を覚悟しなければならなかっただろう。連合軍は、ザルワーン方面では三万の皇魔の軍勢と正面からぶつかり合い、多くの将兵を失っている。

 とはいえ、砦の周囲を守る皇魔の群れを無視して砦を陥落させることなどできるわけがない。実際には戦闘が起きているし、数えきれないほどの皇魔の死体が砦周辺に散乱している。

 連合軍は、皇魔との戦闘を特化戦力に任せたのだ。

 それは、リョハンの戦女神と四大天侍、そしてガンディア王立親衛隊《獅子の尾》であり、《獅子の尾》は砦南側を、リョハンの武装召喚師たちは砦の西側を担当した。

 特化戦力が砦へ至る血路を開くことで、連合軍主力部隊は無傷のまま砦内部へ至ることができたというわけだ。結果はいわずもがな。連合軍はウェイドリッド砦を難なく陥落させた。それによって、クルセルク戦争は連合軍の優勢に大きく傾いてきたはずだった。

 だが、現実は、連合軍にとって最悪の事態に向かいつつあるようだった。

 ウェイドリッド砦の北にリネンダールという都市があった。その都市は、クルセルクの交通の要衝であり、戦争を優位に進める上でもっとも重要な都市だということが知られていた。もちろん、リョハンの武装召喚師たちにはこの戦争の勝敗などどうでもいいのだが、皇魔を兵として運用する魔王を討伐するためにも、連合軍には勝利してもらうのが一番だと判断している。魔王を討ったのち、野に満ちた皇魔を殲滅するのは連合軍の戦力でなくてはならない。リョハンはそこまで関与できないのだ。

 そのためには、連合軍が大勝利をおさめる必要がある。大量出血した状態で勝利しても、地に満ちた皇魔を撃退するのは難しい。無論、戦争終結までに皇魔を滅ぼし尽くすことができればそれが最善なのだが、どうやらそういうわけにもいかないようだった。

 リネンダールを贄として召喚された巨大な鬼が、都市の跡地に君臨している。報告によれば、地に開いた大穴に下半身が埋まっているような状態であり、移動することはなさそうだったが、巨鬼の射程距離は異常なほどに長大であり、移動できないことなど短所でも弱点でもなさそうだった。

 少なくとも、ウェイドリッドは鬼の射程距離内にある。

 その巨鬼の砲撃とでもいうべき超長距離攻撃に対抗するための措置として、ニュウたちはウェイドリッド砦の北側城壁に登っていた。ウェイドリッドの北面を召喚武装の防壁で覆うことで、巨鬼の砲撃から砦を守るのが目的である。

 四大天侍が展開する防壁は、《白き盾》のクオン=カミヤの召喚武装シールドオブメサイアほど絶対的なものではないが、防壁を二重に張り巡らせることである程度の強度を得ることができる。三重にすればさらに強固な防御力を得ることができるものの、それでは防壁を維持することができなくなる可能性が高い。ふたりが防壁を構築している間、残るひとりは精神力の回復に務めることで、長時間の防壁維持を可能としているのだ。

「めずらしいわね、自分の限界を認めるなんて」

 ニュウ=ディーは、傍らに座る少年を見下ろした。最初に防壁の担当になったのが、このふたりだった。ニュウ=ディーとマリク=マジク。マリクは、城壁上まで持ち込んできた椅子に腰掛けており、まるで片手間に防壁を展開していた。

 防壁とは、力場の壁のことだ。可視、不可視に関わらず、防御能力を持った障壁のことをそう呼ぶことが多い。もちろん、召喚武装の能力であり、ニュウたちは、規格化された術式によって同系統の召喚武装を呼び出していた。術式の規格化は、リョハンにおける長年の武装召喚術研究の賜物であり、一朝一夕に生まれたものではない。そして、規格化されたとはいっても、同一の召喚武装が召喚できることはなく、結局のところ使い手次第という部分が大きい。

 ニュウは銀色の円盾で、マリクは琥珀の小盾を腕に装着している。盾は、その形状から防御系の能力を持つことが多い。シールドオブメサイアほど絶対的な防御能力を持つ盾はほかに存在しないのだが、ある程度の防御力を持った盾ならば、四大天侍のだれもが使えた。

「人間には限界がある。どれだけ肉体を鍛え上げたって、身体能力でレスベルやベスベルを超えることはできない。肉体の強度なんて鍛えられはしないし、精神力だって、修練でどうにかなるもんじゃない。そういうこと」

「どういうことよ」

「ニュウにはわからないかな」

「だれにもわからないわよ、あんたの言い方じゃ」

 ニュウは眉根を寄せて、北方を見やった。どこまでも続く地平線。晴れ渡った空の向こう側に巨鬼が存在しているという。召喚武装をひとつ身につけた程度では見えやしないが、先ほどの砲撃は、巨鬼の存在を認識させるには十分すぎた。

 それはそれとして、マリクの言葉はいまいち要領を得ない。ニュウがいいたかったことは、そういうことではないのだ。

「そうかもね。別にいいよ、だれかにわかってもらいたいわけじゃないし」

 マリクはぶっきらぼうにいって、椅子の上で足をぶらつかせた。足の長い椅子だ。彼の足では地面に届かないようだった。だが、その椅子をここまで運んできたのは彼自身であり、つまるところ、マリクは足をぶらつかせたかったのだろう。

 そう思うことにして、ニュウはため息を吐いた。彼とは二年ほどの付き合いになるが、彼の思考回路はまったく読めなかった。なにを考え、なにを思い、なにを望み、なにを願うのか。彼の行動基準は謎に包まれているといってもいい。彼ほどの才能があり、彼のような人格の持ち主ならば、リョハンに留まっている理由も思いつかない。

 不意に、マリクが口を開いた。

「黒き矛……カオスブリンガーに触れてみてわかったけど、あんなものを平然と扱える領伯殿の心意気には困るね」

「あんなもの……って?」

「あれはぼくが触れてきた召喚武装の中でもっとも凶悪で、凶暴な存在だよ。エレメンタルセブンなんて比較するのもおこがましいし、大召喚師様の閃刀・昴も、シヴィルのローブゴールドも敵いっこない。もちろん。ニュウのブレスブレスもね」

「これまためずらしいわね。他人の召喚武装を褒めるなんて」

「現実を認めること。それこそ、ぼくの存在を定着させるために必要な要素だからね」

「まーたわけのわからないことを」

 ニュウは、頭を抱えたくなった。彼が真面目な顔をしているときの言動が不可解なのは今に始まったことではないのだが、だからこそ頭が痛くなる。自分が馬鹿なのではないか、と思わないではないが、四大天侍に選ばれるほどのものの頭が悪いとは考えにくい。戦女神を支える四大天侍には、それなりの見識が求められるものだ。

「それでいいよ。で、話の続きだけど、黒き矛はおそらく、領伯殿以外には使えないと思うよ。たとえば、術式を改竄して自分のものにしても、ね。召喚には応じてくれるだろうけれど、召喚者のいうことを聞いてはくれないんじゃないかな」

「さっきはマリクのいうことを聞いていたように見えるけど?」

 ニュウの脳裏には、黒き矛から極大の光芒が放出された光景が浮かんだ。爆発的な光量は、ニュウのブレスブレスでも再現できそうにないほどのものであり、その破壊力もきっと真似のできないものだったに違いない。召喚武装の性能差によるところが大きい。

「無理矢理に使っただけ。おかげで余計なものを視るはめになってしまった」

「余計なもの?」

「逆流現象なんて体験したのは初めてだったよ。他人の人生を覗くのは、あまり気分のいいものじゃないな」

「逆流してたの?」

「一瞬だけ、ね。強引にねじ伏せたけど、わりとやばかったかも」

 彼はあっけらかんとしていたが、ニュウは、彼がそこまで評価する黒き矛の潜在能力に畏れを抱かざるを得なかった。そして、黒き矛を当たり前のように召喚し、当たり前のように扱う少年領伯にも、不安を覚えた。

 彼は、黒き矛の力のほどを知っているのだろうか。

「矛を持ったとき、リネンダールの鬼の姿もはっきりと見えたよ。エレメンタルセブンを全開にしても、カオスブリンガーほど明確には見えなかったというのにね。本当に恐るべき力だ。本来なら人間が手にしてはならない領域のものかもしれない」

 マリクは、椅子から立ち上がると、北方を睨んだ。

「巨鬼も、この世界にあるべき存在ではないけど……さて、どうするかな」

 遥か彼方、鬼の影さえ見えない。

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