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第六百七十六話 応酬

 北塔の屋上を真っ白に塗りつぶした光が、右手の中へと収斂し、一振りの矛が具現する。

 漆黒の矛。不穏で不吉な空気を帯びた禍々しい形状の矛は、黒き矛のこれまでの戦果に相応しい威容を見せつけ、武装召喚師たちの注目を集めた。とにかく異形だ。一般的に出回っている武器とはなにもかもが違うと思わせる形をしていた。武器というよりは美術品に近い。が、それは多くの召喚武装にいえることではある。

 召喚武装は、通常兵器とは異なる形状をしていることが多い。ファリアのオーロラストームのような弓とはかけ離れたものもある。そう考えると、カオスブリンガーが矛の原型を留めているだけ、異常ではないのかもしれない。

 右手で矛の柄を握りしめる。冷ややかな感触とともに五感が拡張されるのがわかる。視界が広がり、耳が遠方の音まで拾う。嗅覚が鋭敏化してさまざまな匂いをセツナに感じさせる。が、強化された五感は、セツナの無意識に制御された。セツナを苦しめるような不要な音は拾わず、不要な匂いも嗅がない。

「話には聞いていたけれど……驚いたわねえ」

「術式もなしに召喚を成す……か」

 ファリア=バルディッシュとシヴィル=ソードウィンが驚きの声を上げる一方、ニュウ=ディーとカート=タリスマは表情だけで驚愕していた。

「卑怯よね、卑怯」

「そうそう、ファリアのいう通りだわ」

「……んなこといわれたってな」

 セツナは憮然としながらも、リョハンの武装召喚師たちを驚かせることができたのには、少なからず満足した。武装召喚師ならだれもが驚く現象は、セツナとクオンだけの特性らしい。アズマリアに召喚されたことが原因なのかもしれないが、だとすれば、ファリアの父親も同じ特性を持っていたとしてもおかしくはないのだが、どうやらそうではないらしい。

(地球人だから? それとも、日本人だからなのかな)

 その両方かもしれないし、まったく別の理由かもしれない。アズマリアに聞けばなにかわかるのかもしれないが、あいにく、あの魔人がいまどこにいるのか、セツナには見当もつかない。そして、会ったら会ったで別のことで敵対してしまうだろうことがわかりきっている。アズマリアは、ファリアの敵なのだ。戦うことになる可能性が高い。

「なるほど……小ファリアの報告通りだ」

 目の前まできていたマリク=マジクの表情にも、驚きが刻まれている。しかし、彼の翡翠の目になんら変化がないのを見ると、想定の範囲内だったようだ。事前に知っていれば、驚きも薄いというものだろう。それでもファリア=バルディッシュたちが驚いたのは、ファリアの報告とやらに載っていることが本当にあるとは思えなかったからかもしれない。

 呪文を用いず、術式を構築せずに武装召喚術を発動させることなど、ありえないのだ。たとえファリアの報告であっても、信用できなかったに違いない。

 マリクは、信じたのか、どうか。

「それだけで、あんたの存在には価値があるよ。気にしないで」

 なんの慰めかはわからないが、彼はそんなことをいった。そして、セツナが差し出した黒き矛を手に取ると、軽く振り回す。

「あんなこといってるけど、セツナの価値はそれだけじゃないからね」

「ミリュウのいう通りよ」

「そうっすよ」

「なんか……気を使わせたな」

 セツナは、三者三様の励ましの言葉に渋い顔になった。マリク=マジクの言葉に動揺するほど弱くはないし、現実も理解している。自分に求められているものがなんであるのか、それくらいわかりきっている。黒き矛の召喚器。カオスブリンガーの使い手。ただ、それでありさえすればいい。そして、それはセツナにしかできないことだ。黒き矛を召喚できるのは、セツナだけなのだ。ほかのだれにも真似できない。術式が存在しないのだから、他人が召喚できるはずもない。

 マリクが、カオスブリンガーを振り回しながら、屋上の北端に歩いていく。不意に彼がこちらを一瞥した。

「凄いな。こんなものを平然と扱うことができるんだから、相当なもんだよ、あんた」

「マリクが他人を褒めるなんて……」

「驚くとこ、そこですか」

 愕然とするニュウ=ディーにファリアが突っ込むと、ニュウは苦笑した。

「カオスブリンガー、あたしには扱いきれなかったな……」

 ミリュウが、セツナの耳元で囁いた。彼女が手にしたのは、黒き矛の複製だ。幻竜卿の能力で再現した黒き矛は、実物とまったく同じ能力であり、故に彼女は黒き矛に飲まれたという。逆流が起き、ミリュウはセツナの記憶に触れた。話を聞く限り、記憶に触れた、などという生易しい現象ではないのだが。ともかく、魔龍窟で鍛え上げられた彼女でさえ、カオスブリンガーは制御できなかった。

 四大天侍のひとりである天才少年は、どうか。

「マリクちゃん。だいじょうぶなのかしら」

 ファリア=バルディッシュが心配そうに少年を見守っている。マリク=マジクは、黒き矛を両手で握ると、静かに掲げた。切っ先は、リネンダールの巨鬼に向けられているのだろう。

「見ものだな」

 いつの間にか近くにきていたシーラに話しかけられて、セツナは笑顔を返した。ミリュウが怒気を発したが、彼女もそれどころではないことはわかっているのだろう。すぐにマリク=マジクに意識を戻した。

 北塔のだれもがマリクに目を向けている。彼の手に握られた黒き矛に、意識を注いでいる。セツナも、天才と謳われる少年のもたらす結果に興味津々だった。

「いくよ」

 マリクが告げると、矛の柄を握る彼の両手が光を帯びた。光は矛の表面を無数の光線となって流れ、穂先に向かって収束していく。光の強さによって、莫大な量の力が移動しているのが、傍目にもわかった。セツナのときとは大違いだった。それだけで力量の差というものを認識しうる。それだけの光。それだけの力。

 カオスブリンガーの切っ先が白く瞬いた。刹那、大爆発が起こったかのように閃光が広がり、ウェイドリッドの空を純白に塗り潰す。だが、それは一瞬。つぎの瞬間には、衝撃が北塔を襲った。震動が塔そのものを揺らし、屋上に小さな破壊をもたらす。北塔周辺の気温が急激に上昇したかと思うと、黒き矛の切っ先から、膨大な量の光が放出されているのがわかった。

 直線に突き進む光の奔流は、ウェイドリッドの遥か北を目指して空を翔けていく。極大の光芒。それはまるで漫画やアニメでも見ているかのような光景であり、セツナは、マリク=マジクの力に唖然とした。セツナが黒き矛を用いてもこうはならない。

「すげえ……」

「うん……すごいね」

「凄いのはカオスブリンガーだよ」

 そういったのは、マリク=マジクだった。彼は黒き矛を手にしたまま、その場にへたり込んでいた。彼の立っていた場所は小さく陥没している。光線を放出した余波だけでそうなったのだ。セツナたちが感じている熱気も、光線の余波に過ぎない。黒き矛に秘められた力を

「あれでも、カオスブリンガーのすべてを出し切ったわけじゃない。いまのは、ぼくの限界」

「はあ!?」

「嘘でしょ!?」

 ミリュウとファリアが愕然とする中で、マリク=マジクの笑顔は穏やかだ。額から流れ落ちる汗が、彼がすさまじく消耗したということを表しているようだった。消耗しているが、消費し尽くしたわけではないらしいことも、彼の態度からわかる。戦いを目前に控えた状況で全力を使い切るようなことはしないものだ。

 マリクはすぐに立ち上がると、多少ふらつきながらセツナの元に歩いてきた。

「これはぼくには扱いきれないや。返すよ」

「あったりまえでしょ。黒き矛はセツナのよ」

「うん、そうみたいだね」

 ミリュウの悪態にも、マリクは顔色ひとつ変えなかった。まるでなにもかも理解したかのような態度は、黒き矛の力を思い知ったから、なのだろうか。ミリュウのような逆流現象が起きたようには見えない。

 セツナは黒き矛を受け取ると、北を見た。カオスブリンガーの補助によって強化された視覚が、遥か遠方に聳える物体を網膜に投影する。四つ腕の巨鬼。胸の辺りに焦げ跡がある。マリクの砲撃が当たった証拠かもしれない。

 巨鬼は、こちらに目を向けていた。いくら距離が離れていても、砲撃の方向くらいはわかる。

「で、どうだったの? 届いたの?」

「届きはしたけど、決定打にはならなかった。遠すぎるから当然なんだけど」

 ファリア=バルディッシュの問いに、マリクは額の汗を拭いながら答えた。あれだけの力の奔流であっても、リネンダールに到達するまでに威力が減衰していたのだろう。あるいは、届かせるためだけの光線だったのかもしれない。ファリアの超長距離射撃と似たようなものだ。威力はないが通常よりも遠くまで届くという。

「ただ」

「ただ?」

「そのせいで向こうに気づかれたみたいだ」

「気づかれたからといって、鬼の攻撃がこちらに――」

 北方に光が瞬いたかと思うと、セツナたちの頭上を巨大な光球が通過していった。大気を劈く轟音と猛烈な熱気を伴って、だ。

 衝撃のあまり、その場にいるだれもが言葉を失った。間違いなく、巨鬼の攻撃だ。砲撃といってもいい。ウェイドリッド砦からの攻撃に対抗したのだ。だが、当たらなかった。ウェイドリッドまでの距離を測りそこねている。

「精度は低いな。あれじゃウェイドリッドに直撃する可能性は低いね。でも、それもいまのうちだけかも」

 凍りつく一同の中でマリクだけが冷静に考えを述べていた。ミリュウがセツナから離れ、彼に詰め寄った。

「ぬぁんてことをしてくれたのよっ、あんたはあっ!」

「撃てっていったの、うちの女神様だし。撃ったのはあれだし」

 あれといって彼が指し示したのは黒き矛だが

「いや、撃ったのはあんたでしょ」

「む」

「……ウェイドリッドが巨鬼の射程範囲内だということが判明したのです。たとえマリクが攻撃を仕掛けていなかったとしても、いずれ攻撃してきたことでしょう。むしろ喜ぶべきです。これで、対策を取ることができる」

 ファリア=バルディッシュの声音の低さに場の空気が変わった。軍神とも戦女神とも謳われる武装召喚師の真価が発揮されたとでもいうべきなのか。空気が張り詰め、重々しくなる。

「とはいえ、あれだけの攻撃からウェイドリッド砦全域を守るのは至難ですよ」

「全域を守る必要はありませんよ。一面……ウェイドリッドの北側に防壁を構築し、鬼の攻撃に備えます。ニュウ=ディー、カート=タリスマ、マリク=マジク、わかりましたね」

「御意」

「お任せください」

「はーい」

 三者三様の言葉を残して、四大天侍の三人が階段に向かった。

「さて、わたくしたちも下に戻りましょう。この調査でわかったことを連合軍の戦術に組み込んで貰う必要があります。時間はあまりありませんよ」

「時間がない……って?」

「早急に巨鬼を倒せないとこちらの全滅は必至、ということですよ、領伯様」

 シヴィル=ソードウィンは、驚愕の事実を涼やかに告げてきたのだった。

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