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第六百七十五話 覚悟(四)

「わたしはね、ガンディアが大陸小国家群を支配すればいい、などとは思ってはいないのだ。大陸に覇を唱えるつもりもない。ただ、このままでは小国家群はいずれ三大勢力に飲み込まれ、なにもかもが歴史の闇に葬り去られることを危惧しているのだ」

 危惧が、衝動となった。

 衝動が、彼を突き動かした。

 バルサー要塞の奪還に始まる彼の闘争は、苛烈で、終わりが見えない。ログナーを併呑し、ザルワーンを平定して、それで終わりというわけにはいかないのだ。レオンガンドはかつて小国家群の統一を掲げた。小国家群をひとつに纏め上げることで、ヴァシュタリア、ザイオン帝国、神聖ディール王国という大陸三大勢力に比肩する勢力を作り上げようとしている。

 そうしなければ、小国家群などというものはあっという間に消滅してしまう、らしい。三大勢力は、それぞれが小国家群そのものと同規模の勢力を持っているといい、いずれかが動き出した時点で小国家群の未来は閉ざされるというのだ。ひとつでも動き出せば、他の二勢力が動き出さないはずがない。いまはどういうわけか沈黙を保っているものの、その均衡がいつ崩れるのかはわからない。明日にでも崩れるかもしれないし、そうなればレオンガンドの夢も終わってしまう。

 だからこそ、レオンガンドはガンディアの領土拡大を急いだ。セツナを必要としたのも、国民感情を踏みにじってでもランカインの運用に踏み切ったのも、すべてはガンディアを強力な国家に作り変えるためだ。

 しかし、と彼はいう。

「ガンディアは、小国家群がひとつに纏まるための起点になりさえすればいい。小国家群がひとつにまとまりさえすれば、三大勢力もおいそれとは動けまい。それでいいのだ。それでガンディアが失われることはなくなる。そしてそのとき、ガンディアの王がわたしである必要さえない。そもそも、小国家群の統一事業をわたしの代で終わらせられるはずがないのだから、当然のことだが……君を見ていると、それも不可能ではないのではないか、と思ってしまうのだよ」

 遠くを見据えていた透明な目が、セツナに注がれる。若き獅子王の隻眼には、強い光が宿っている。

「セツナ。君は強い。なによりも速く、だれよりも強い。黒き矛を手にした君に敵うものなど、この世にいるのかな。時折考えるのだ。君が味方であるかぎり、ガンディアは負けないのだろう、と。君は、手を抜かない。力を抜かない。加減を知らない。どこまでも貪欲で、どこまでも獰猛だ。君が戦場に立ってくれている限り、ガンディアが滅びることはないのだろうな」

 再び、彼の目線は宙に浮いた。どこか遠くを見ているような視線。遠い将来なのか、近い未来なのか、彼の見ている光景が見えないことをもどかしく思った。セツナはレオンガンドではないのだから、彼の風景が見えるはずもない。

「わたしが死ねば、母上がガンディアの頂点に立つだろう。その補佐に叔父上がつけば、ガンディアは安泰だ。わたしに子がなければ、叔父上の血筋が王家を継ぐことになる。叔父上の子息は、君を気に入っているそうだ。彼が王位を継げば、君の立場が揺らぐようなことはない。領伯であり、国民的人気の君の立場を脅かすものがあろうはずもないがね」

「なにを……いっておられるのですか」

「なに、覚悟をいったまでだよ」

 レオンガンドは、どこか寂しそうな目をした。セツナは気が気でなかったが、なにもいえなかった。レオンガンドの表情には、こちらの言葉を封殺する力があった。

「ただ、心に留め置いてくれると嬉しい。ガンディアはどのように変わろうとも君を必要とするだろう、とね」

 レオンガンドはそういって、話を締めくくった。結局、レオンガンドが魔王を討つために覚悟を必要とした理由はわからなかった。カインを殺す覚悟ではないのは間違いない。レオンガンドも、命じればセツナが躊躇なくカインを殺すだろうということはわかりきっている。カインを殺すことに覚悟もなにか特別な感情も必要とはしない。

 では、なんのための覚悟なのか。

(死ぬつもりじゃないですよね? 陛下)

 セツナは問うこともできぬまま、言葉を胸の奥に封じ込めたのだ――。



「射程距離は長大とはいっても、さすがにここまでは届かないみたいね」

 ファリア=バルディッシュの柔らかな言葉が、セツナの意識を現実に引き戻した。一月三十日の午前。ウェイドリッド砦北塔の屋上に、セツナの意識はある。いや、意識だけではない。肉体も、その場に存在している。意識だけが遊離してしまったような錯覚は、疲労が原因なのかどうか。レオンガンドに呼ばれたときは意識もしっかりしていたのだが、いまはぼんやりとしていた。

「ファリアちゃん、射ってみなさい」

 ファリア=バルディッシュが、北の方角を見遣りながら、さも当然のことのようにいった。

「はあ? なにいってるんですか?」

「だって、悔しいじゃない」

「なにがですか。それに無理ですよ、届きっこないです。そもそも、見えない目標にどうやって当てるんですか」

 ファリアが、当然のように反論する。彼女には、リネンダールの巨鬼の姿を目視することはできないのだ。ファリアだけではない。ほとんどの武装召喚師が、ウェイドリッド砦からリネンダールの様子を窺うことはできない。

 巨鬼の姿を目視できたのは、セツナとマリク=マジクだけだ。

「そこは、経験則でなんとか」

「無茶振りにもほどがありますよ、もう」

 祖母と孫の会話に場の緊張感が解けていくのは仕方のないことだ。ファリア=バルディッシュ自身がそうなのだ。

 ファリア=バルディッシュは、この場にいるだれもが平伏するような偉大な武装召喚師だというのだが、その言動は見ての通りのほほんとしたものであり、緊張感のかけらも見当たらなかった。だからといって不真面目かというとそうではない。実際に凄腕の武装召喚師なのは、彼女が召喚武装を常時身に着けていることからわかりきっている。

「ファリアにファリア……なんていうか、同じ名前でややこしー」

 不満気につぶやいたのはマリク=マジクだ。すると、ニュウ=ディーの拳が彼の頭に降り注いだ。マリクは、ニュウの足元で屈んでいたのだ。

「こら」

「なんで怒るのさ」

「当たり前でしょ。ファリアちゃん、気にしないでね」

「慣れてますよ」

 ファリアは、涼しい顔で微笑んだ。実際、慣れているのだろう。生まれた時からその名前なのだ。偉大なる祖母と同じ名前であることを騒がれないはずがない。たとえリョハンにおいて特別な地位にあったとしても、色々なことをいわれていただろう。あることないこと囁かれていたに違いない。

 不意にマリクが立ち上がった。

「それなら、ぼくがやってみようか」

「エレメンタルセブンで? 無理でしょ」

「うん。ぼくのじゃ無理だよ。だから」

 マリクの目線がセツナに向けられる。翡翠のような瞳は、どこまでも透明で、作り物のような不思議さがあった。

「カオスブリンガーだっけ? 貸してくれる?」

「はあ? なにいってんのよ、なんであんたみたいな生意気なお子様にあたしのセツナが召喚武装を貸さなきゃいけないわけ?」

「おぅ」

 セツナがうめいたのは、ミリュウに引き寄せられたからだ。両腕でがっちり抱きしめられる。セツナがマリクに近づかないようにしたのだろうが。

 マリクが困ったような顔をした。彼にはきっと、ミリュウの言動が理解できないのだ、セツナにも理解できないところは多いが、今回の行動ははっきりとわかった。ミリュウには、セツナに近づく人間を警戒するところがある。

「小ファリアの報告を信じる限り、黒き矛――カオスブリンガーの性能が飛び抜けているのは明白。そして、カオスブリンガーには遠距離攻撃能力がある。そうだよね?」

 マリクが口にした小ファリアとは、ファリアのことだ。リョハンでは同じ名前のふたりを区別するために、ファリア=バルディッシュを大ファリアと呼び、ファリア・ベルファリア=アスラリアを小ファリアと呼ぶことが多いらしい。レオンガンドがファリアをベルと呼ぶのは、そういう事情を踏まえてのことなのだろう。

「ああ」

 セツナは、ミリュウの腕を解くためにもがきながら同意した。

 黒き矛にはいくつかの能力がある。火気を吸収し、蓄積する能力。蓄積した火気を放出する能力。ブリークの雷球を跳ね返した能力。血を媒介として空間転移を行う能力。そして、破壊力を持った光線を放出する能力。そのすべてを活用しているとは言い難いものの、どれも強力なのはいうまでもない。

 セツナが光線放出をあまり使わないのは、消耗が激しい能力だということが判明しているからであり、また、遠距離攻撃を必要とする機会が少ないからだ。遠距離攻撃で精神力を多く消耗するよりも、接近し近距離戦闘を仕掛けるほうが、負担は少ない。わずかな体力の消耗で済むからだ。空間転移を行うとなると話は別だが、空間転移が必要な状況では、光線放出は役に立たないことが多い。

 光線放出を上手く扱えるようになれば、セツナの戦い方にも幅が出てくるのだが、なにぶん、光線を発射できるような訓練場所があるわけもない上、実戦で光線の練度を上げるということもできないため、いまのところ光線は封印気味なのだ。

「その矛をぼくが使ってみればどうなるか、見てみたくない? あんたにとっても、悪い話じゃないと思うんだけどなあ」

 彼がいっているのは、同じ召喚武装であっても、使い手の力量が違えば、発揮される力にも差が生まれるということだろう。

「だから、言葉遣いに気をつけなさい。あちらの方は、領伯様よ。外交問題になりかねないんだから」

「むう。これだから人間社会は面倒くさい……」

 ニュウに叱られて憮然とする少年を見遣りながら、セツナは自分の手を見下ろした。興味はある。結果はわかりきっているが、どうなるのかは見てみたいところだ。

「セツナ、貸すことなんてないわよ。あんなお子様のいうことなんて聞く必要ないんだから」

「まあ、ミリュウが怒るのも無理はないけど、乗ってみてもいいと思うわよ、わたしはね」

「ファリア!」

「あー、俺も賛成っす。隊長以外のひとが黒き矛を使ったらどうなるのか、見てみたいですし」

 ルウファはそういったが、セツナには容易に想像がついた。一度、自分ではない優秀な武装召喚師が使う黒き矛を目の当たりにしている。

「一度、ミリュウが使ったことがあるから、それはわかるさ。俺より余程凄い事が起こるってね」

 幻竜卿によって複製された黒き矛は、本物とまったく同じ力を持っていた。そしてその複製品をミリュウが扱ったことで、セツナは黒き矛の本当の力を思い知ったのだ。そのとき、セツナは黒き矛にまだまだ力が秘められていることを認識し、自分の無力さを痛感したものだった。

「セツナ……」

 ミリュウがなにかいいたげだったが、セツナは、振り切るように右腕を掲げた。つぶやく。

「ということで、武装召喚」

 呪文の結語が、術式の完成を告げる。セツナの体のうち、衣服から露出した部分に光の紋様が生じ、爆発的な光が世界を白く染め上げた。その直前、リョハンの戦女神と四大天侍の表情が驚愕に包まれるのが、妙におかしかった。

 呪文もなしに召喚することができるのは、セツナとクオンだけらしい。


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