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第六百六十八話 畏れ

 ハルベルク・レウス=ルシオンが、レオンガンド・レイ=ガンディアと久方ぶりの対面を果たしたのは、ウェイドリッド砦にある塔の一室だった。

 黄金戦斧団の軍団長が司令室として使用していた一室が、レオンガンドの謁見の間として機能していたのだ。質素な部屋だ。およそ謁見の間という言葉からは程遠い、武骨な空気感の漂う部屋だった。ウェイドリッド砦を陥落した翌日。室内を改装する暇もなければ、手間も惜しい。

 ウェイドリッド砦は、クルセルク平定の通過点に過ぎないのだ。そんなもののために手間隙かける必要は微塵もなかった。

 そんな飾り気のない部屋にハルベルクが呼ばれたのは、レオンガンドが連合軍の盟主国であるガンディアの王であることが関係している。連合軍参加国の序列は、基本的には横並びであったが、参加国中で最大の戦力を誇り、盟主として祭り上げられているガンディアだけは目上の存在となっていた。対クルセルクの戦略、戦術がガンディアの軍師から発せられていることからもわかる通り、連合軍内におけるガンディアの発言力や権限は図抜けている。

 参加国は、ガンディアに逆らえないのだ。

 戦力も国力も、ザルワーンの大半を併呑したガンディアに敵う国はなかった。そして、獅子王レオンガンドの名声は、連合軍の頂点に立つに相応しい唯一のものだと、だれもが認識している。ジベル国王アルジュ・レイ=ジベルやアバード国王リセルグ・レイ=アバードでは、その知名度、実力ともにレオンガンドと比較にならない。

 ジベル、アバード両国の国力、戦力はガンディアに次ぐものであり、それなりの実績を兼ね備えた国ではあるのだが。

(だれも義兄上には敵わない)

 ハルベルクは、レオンガンドの人望の高まりについて考えながら、義理の兄であり連合軍盟主の言葉を待った。広い室内には、彼とレオンガンドのふたりしかいない。レオンガンドは、ハルベルクとの対面に当って、護衛をつけることもなければ、側近を伴うこともしなかったのだ。それだけハルベルクを信頼しているということであり、また、ハルベルクに信を置いているということを表明してもいるのだ。

 彼は、扉の外にさえ護衛の兵を置いていないというレオンガンドのやり方には、多少の不安こそ抱いたものの、それ以上の衝撃を受けたりもした。

 レオンガンドは、玉座に見立てた椅子に腰掛けている。戦争のまっただ中ということもあってか、戦装束のままではあったが、鎧兜を身に着けているわけではない。武器も手元に置いているだけであって不用心極まりなかった。しかしそれこそ、ハルベルクへの信頼の証なのだと思うと、彼は目を細めてしまう。

「ミオン征討、御苦労だったな」

「……!」

 ハルベルクは、はっと目を見開いて、レオンガンドを見つめた。そして、レオンガンド・レイ=ガンディアの威に当てられ、慌てて目を伏せた。レオンガンドの隻眼が、輝いているように見えた。威光とはまさにそれのことではないか、と彼は思った。そして、レオンガンドの威光に平伏してしまった自分の弱さに怒りさえ覚えた。

「ガンディアの同盟国として、当然のことをしたまでです」

 そう返答するのが精一杯だった。声が掠れていたのは、緊張していたからではない。ミオンのことを思い出したのだ。吹き荒ぶ嵐の中、彼は決断した。決断は決別と同義であったが、そうしなければならないと断じた。

 夢を追うとは、そういうことであろう。

「ミオンはルシオンにとっても同盟国であった。辛かっただろうが、そなたが正義を断行してくれたおかげで、我らは魔王に専心できたのだ。改めて、礼を言わせてもらおう」

(正義……)

「ミオンの旧領の半分をルシオンに割いてくださった陛下の御厚意には感謝しております」

「それこそ当然のことだ。ルシオンにはミオン征討のためとはいえ、余分な出血を強いてしまったのだ。ミオンの半分を得る権利はあろう」

「出血したのは、ガンディアも、ベレルも同じでありましょう?」

 むしろ、ガンディア軍の被害が最も大きかったと聞いている。ミオンの最強部隊であるギルバート=ハーディの騎兵隊とかち合ったというのだから、部隊が半壊するのも無理はない。ルシオンの軍勢がギルバードの騎兵隊とぶつかっていれば、どうなったものか。考えるだにぞっとしない。

「ベレルはガンディアの属国ものだ。無用に領土を拡大させる必要はない。そして、ガンディア軍が多大な損害を被ったのは、将兵の失態に過ぎん。そんなことのためにミオンの旧領の大半を貰わば、周囲の笑いを買おう」

「そういうものですか」

「そういうものだ」

 ミオンの話は、それで終わった。レオンガンドは、イシウス・レイ=ミオンの最期については聞くつもりもなかったようだ。聞けば、ハルベルクの気分を害すると思ったのかもしれない。イシウスに直接手をかけたのは、ハルベルクということになっている。

「ところで、バラン=ディアランが生きていたそうだな」

「ええ。将軍と言葉をかわしたのは、随分久方ぶりのことでした。妻は、顔を見るのも嫌だといっていましたが」

「リノンならば、そういうだろうな」

 レオンガンドは、苦笑した。バラン=ディアランは、レオンガンドに絶望してガンディアを去った人物だ。リノンクレアが彼を嫌うのは、当然だ。もちろん、セイドロックでは直接会い、バランの話にも耳を傾けてはいたが、バランを見やる彼女の目が冷めているのがハルベルクにだけはわかったものだった。

 リノンクレアは、彼女が物心ついた時にはレオンガンドの熱烈な応援者だったのだ。たったひとりの兄だ。彼女がレオンガンドの熱狂的な支持者となるのは、必然だったに違いない。そして、そんな彼女に惚れたハルベルクがレオンガンド信者となったのも、自然の成り行きだったのか、どうか。

(どちらが先だったのか)

 ハルベルクは、時折、わからなくなった。リノンクレアを好きになったのが先なのか、レオンガンドに光を見たのが先なのか。いつしか想いは交じり合い、ひとつとなった。リノンクレアとともに、レオンガンドを支える未来が、夢に摩り替わった。

(夢)

 ここのところ、そんなことばかりを考えている。

 夢とはいったいなんなのか。

 夢を忘れ、現実を見ることがそんなに悪いことなのか。

 現実に流され、夢を忘れることのなにが悪いというのか。

 ひとは夢に生きるのではなく、現実の中にこそ生の実感があるのではないのか。

 夢。

 甘美な言葉だ。

「義兄上なら、ハスカに救援を差し向けましたか?」

「大義を掲げている以上、そうするよりほかはあるまい。が、そのためにこちらの戦いを疎かにもできないからな……ハーマイン将軍の判断には感謝している」

 ジベルの将軍ハーマイン=セクトルは、バラン=ディアランの嘆願を受け、ハスカ旧領への派兵を独断で決定した。連合軍盟主であるガンディアに相談することもなかったが、そのことをレオンガンドは取り立てて糾弾するつもりもないようだった。

 ハーマイン=セクトルは、死神部隊だけをハスカに差し向けたのだ。連合軍の戦力を独断で使用すれば、専横の謗りは免れない。しかし、ジベル本来の戦力の一部だけならば、文句をいわれこそすれ、ジベルの立場が悪くなることはないのではないか。

 ハーマインにしてみれば、賭けだったはずだ。

 レオンガンドが、目先の物事しか見えない愚王ならば、ハーマインは処断されたかもしれない。しかし、レオンガンドは、ログナー、ザルワーン戦争を経て、大きく成長していた。その隻眼は、ハルベルクの両目よりも広い視野と優れた視力を持っているかもしれなかった。

(義兄上はお強い。いや、強くなられた)

 ハルベルクは、レオンガンドがかつての弱小国の国王などではなくなっていることに気づいて、慄然とした。震えるような想いで、彼の顔を見つめる。レオンガンドの顔立ちそのものに大きな変化はない。片目こそ失っているものの、そのことが彼の容貌を醜くするわけもない。ガンディアに舞い降りた天使と謳われた容貌は変わらず、威厳が備わりはじめている。

 このまま成長を続ければ、ハルベルクなどでは太刀打ちのできない存在と成り果てるのではないか。

 ふと抱いた感情の不愉快さに、彼は、歯噛みをした。

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