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第六百六十二話 魔ヶ津戦(八)

「召喚魔法。聖皇ミエンディアが研究し、発明し、完成を見た技術は、聖皇の死によって歴史の闇に埋もれてしまった」

 とめどなく氾濫する光の中で、彼は、目の前に立ち尽くす男を見ていた。男の全身を覆い隠す漆黒の鎧が、緑色の輝きに侵蝕されているかのような光景は、奇妙なほど神秘的に見える。

 鎧の男は、クルード=ファブルネイアだ。ザルワーンの魔龍窟においては、彼の弟子として武装召喚術を学んだ人物であり、魔龍窟を出た後は、彼の娘であるミリュウ=リバイエンに懸想し、彼女のために戦っていた男だ。そんなクルードも、いまや魔王軍の一員である。名も無き戦士は、黒い戦士、黒鎧の騎士などと呼ばれているらしいが、クルードの呼び名などどうでもいいと彼は考えている。前線に出すつもりもない。

 彼が魔王の配下に加わる際、クルードを自分の護衛とすることを了承させていた。数え切れない生と死の反復がクルードの自我と精神を破壊し尽くしたのだ。クルードは自分がなにものなのかもわからないまま、彼の言葉に従うだけの人形と成り果てている。クルードは自分の考えで行動することができないようなのだ。クルードの面倒を見るのも、彼の仕事になった。

 クルードを側に置いておくことの利点はあった。常時召喚武装を身に纏うクルードは、当初彼を見くびっていた皇魔への牽制となったし、皇魔を教育するのに使えなくはなかった。クルードの強烈な戦闘力は、彼を軽んじる皇魔の性根を叩き直すのにぴったりだった。

「だが、聖皇は死に至る前、その研究成果をこの世界に残している。それこそが聖皇の神々と聖皇の魔性と呼ばれる存在……皇神と皇魔だ。人間にとって脅威にすぎない存在によって、我々は、聖皇が召喚魔法を用い、異世界と交信していたという事実を知ることができたのだ」

 室内には、散乱する光以外に彼とクルードのふたりしかいなかった。広い空間だが、擬似召喚魔法を安定させるための器材で埋め尽くされているため、その広さを実感することはできない。器材とは、クルセルク中から集めた高純度の魔晶石を嵌め込んだ導具の類であり、それらの導具は、部屋の中心部に力が収束するように配置してあった。

 部屋の中心には、彼自身が立っている。呪文を紡ぎ、術式を成立させるには、いまのクルードでは不可能なのだ。

「もし、この世に神々もおらず、魔もいなければ、召喚魔法という超技術が師によって発掘され、ある種の復興を遂げることはなかっただろう。もちろん、完全な復興とは言い難い。師が発明したものは、召喚魔法ではないのだ。武装召喚術など、召喚魔法の出来損ないに過ぎない。異世界の力あるものを召喚できて初めて、召喚魔法といえるのだからな」

 ひと通り語り終えて、彼はふっと笑った。人間ですらない相手に持論を展開することに、いったいなんの意味があるのだろうか。いまのクルードにどの程度理解できたというのだろうか。そして、理解できたとして、どんな意味があるというのか。

 オリアス=リヴァイアは、クルードの視線を感じながら、目を細めた。物言わぬ相手になにをいったところで、返ってくるのは沈黙しかない。

「とはいえ、わたしの召喚魔法も聖皇のそれには程遠いのだがな」

 オリアスは、自嘲を交えてつぶやいた。双竜人そうりゅうじんを手放すと、彼は術式を完成させるために呪文の末尾を口にした。

 


 光が、リネンダールそのものをあっという間に飲み込んでいったのをシーラは、ただ呆然と見ていた。まばゆい緑色の光だ。神秘的で幻想的な光の奔流が、都市の内部から膨れ上がったかと思うと、城壁に達し、表面に無数の文字を浮かべて、そのまま飲み込んでいってしまったのだ。

 驚愕の声を上げた記憶はある。しかし、なんといったのかまでは覚えていなかったし、肉体が反応できなかったのも事実だ。反応していたとして、なにができたわけでもないのだが、シーラは口惜しさにうめいた。

 光は、巨大な半球を形成すると、より一層強く輝いた。

「なんだあれは……」

 だれかのつぶやきに答えを導き出すものもいない。突如起きた前代未聞の異変の正体など、だれにわかるはずもなかったのだ。

「ひとつわかったのは、突っ込んでいたら危うかったということだな」

 馬上、シーラは胸の前で腕を組んだ。いつでも都市内に突入できるように、アバード突撃軍は、リネンダールの北門付近に集合し、陣形を整えていた。内部に罠や仕掛けがなければすぐに突入し、制圧する。もし、なんらかの罠が仕掛けられているというのなら、対抗策を練る必要があった。

「……それにしても姫様、よく堪えられましたね」

「じいさんが警告してたしな」

 シーラは左後方を見やった。イシカの弓聖サラン=キルクレイド率いる星弓兵団の面々も、唖然とした表情で都市を覆う光を見上げていた。サラン自身もだ。なにが起こっているのかわからない、とでも言いたげな表情だった。

「とはいえ、あれはいったい……」

 シーラたちが首を傾げていると、部下のひとりが駆け寄ってきて、彼女の前で跪いた。

「ザルワーンで似たような光景を見たというものがおりました」

「うん?」

「そのものによると、ガンディアとザルワーンの戦争中、ザルワーンの五方防護陣があのような光に包まれたことがあったということです」

「あー……そういえば、そんな報告があったな」

 ザルワーン戦争のあらましについては、当然、アバードも調べている。特に、アバードはザルワーン戦争の混乱に付け入ろうとしたという経緯があるのだ。ザルワーンでこの光景を見たというものは、五方防護陣の奪取を画策した部隊の一員だったのだろう。

「確か、そこから巨大な竜の首が出現したんだよな。それから、セツナが竜殺しの二つ名で呼ばれるような活躍をしたはずだ」

 黒き矛のセツナに新たな二つ名が誕生したことは、よく覚えている。

「姫様、呼び捨てはいかがなものかと」

「うるせーなあ。いいじゃねえか、それくらい」

 シーラは顔を背けながら言い返したものの、侍女の注意によって彼のことを呼び捨てにしていた事実に気づき、顔面が熱くなった。なにもかも無意識だった。心音が耳に届くほど高鳴ったのだが、その理由は彼女にはわからない。

 彼のことを考えるだけで燃えるのは、彼が強いからだ。黒き矛のセツナ。ガンディアの最強戦力であり、当代最高峰の戦士のひとりといって差し支えないだろう。そんな少年だから燃えるのであって、それ以上の理由はないはずだった。

(余計なことは考えるな)

 シーラは自分を叱咤すると、輝きを増すばかりの光の半球に視線を戻した。光の半球の表面には、なにやら文字が浮かんでいるようにも見えた。複雑怪奇な紋様もあれば、古代文字もあるようなのだが、そういうものに疎い彼女には、理解し難いものでしかない。

「……っていうことは、だ」

 五方防護陣の各砦を覆った光の柱から竜の首が出現したように、リネンダールを包み込んだ光の半球から、なにかが出現するのかもしれない。いや、するのだろう。でなければ、この現象は説明がつかない。

 シーラは、手綱を握った。

「一度後退し、態勢を整える。遊撃軍にも伝令を出せ」

「はっ」

 シーラが命令するが早いか、リネンダールを覆う光に変化が起きた。どくん、という鼓動にも似た音が大気を激しく揺さぶったかと思うと、光球が急激に縮小した。そして、つぎの瞬間、爆発的な膨張とともに閃光を撒き散らして、シーラたちの視界を緑の輝きで塗り潰していった。

 地の底から響き渡ってくるかのようなおぞましい雄叫びが、吹き荒ぶ光の中心から聞こえた。

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