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第六十五話 狗か鬼か

 激しい雨の中を二頭の馬が疾駆していた。エメリオンとロクサリア。バルガザール家の所有する二頭の馬は、その雄々しい外見から想像できる通り鍛え抜かれており、雨に濡れた道路も問題なく疾駆した。ただの馬車馬ではなく、訓練された軍馬なのだ。しかも、二頭の馬が受けたのは並大抵の調教ではないようだった。

 道という道を埋め尽くすザルワーンの兵士の群れの中を、まったく怖じることなく翔ぶように駆け抜けていく。武器を構え、敵意の籠もった切っ先を突きつけてくる集団をむしろ圧倒しながら前進する。無論、ランカインもただ手綱を握っているだけではない。手にした片手斧を振り回して敵の攻撃を弾き返し、時には馬上から身を乗り出し地面に叩きつけることで小規模な地震を起こした。地震に足を取られた兵士の群れの間隙を、二頭の馬は縫うように走り抜けていく。

 もちろん、ザルワーンの精兵たちが油断したわけもなければ、ただ一行が通り過ぎるのを見守っていたわけではない。進路を阻もうと動いてたのだが、こちらの勢いがそれを凌駕していた。

 だれにも止めることはできない。

「で、これからどうすんだ?」

「さあな」

 ランカインは、背中越しの問いかけに対してぶっきらぼうに答えた。怒声と罵声が飛び交い、悲鳴と雷鳴が交錯する狂乱の戦場を駆け抜ける最中、少年の声は、その甘美な音色を掻き乱す不協和音にしかならなかった。

 鳴り止まぬ拍手と歓声に水を差された気分になったものの、彼は、そういった一時の感情に囚われるつもりもなかった。常に全周囲を警戒し、敵陣に不穏な動きがないかどうか確認しておかなければならない。ザルワーン兵の多くが近接戦闘に特化した装備であったとしても、弓兵がいないはずがなかった。

 無論、この風雨だ。そして闇夜でもある。

 敵陣の中を突っ切って疾駆する二頭の馬だけを狙撃するには相当な腕が必要だった。間違って味方に当てるわけにはいかないのだ。ならばと現在の厳重極まりない包囲網を解いて、弓兵の狙撃だけに期待していいものかどうか。

 ランカインならば包囲をより厳重かつ強固なものにしつつも進路上に狙撃地点でも用意するのだが、この混乱の中でその目論見が上手くいくかは彼にもわからなかった。

「さあな、っておい!」

「騒ぐな。すべて、合流してからだ」

「合流……って?」

「移動に馬車は必要だろう?」

 ランカインは当然のように告げると、右手の地竜父ちりゅうふを軽く振り下ろした。右前方から伸びてきた槍を叩き落し、ついでに斧頭で手近の兵士を殴打する。激しい金属音とともに十分な手応えが、彼の掌から腕を伝わって全身を震わせた。それは愉悦だった。

「そりゃあそうだけど。でも、どうやって?」

「レコンダールの北門で待っている」

「馬車が?」

「馬車が」

 ランカインは、セツナの言葉を反芻すると、吹き荒ぶ冷雨の遥か先に目を向けた。ふたりを乗せた馬は、既に宿舎周辺からレコンダールの南北を貫く大通りに足を踏み入れていた。並み居る敵兵の群れを飛び越え、蹴散らし、突き進んできた結果、状況は彼が予想した以上に順調に推移していた。このまま事が上手く運べば、無事にレコンダールから脱出できるだろう。

 猛将グレイ=バルゼルグが見逃してくれるならば、の話ではあるが。

(どうかな……?)

 普通なら見逃すような真似はしないはずだ。捕縛できなければ殺害しても構わないという命令を下すだろう。ダグネたちからアザークで出会ったという話くらいは聞いているかもしれないが、だれの差し金ともわからない侵入者なのだ。災いの種に過ぎない。それをザルワーン一の将と目される人物が、見す見す逃してしまうはずがなかった。

 もっとも、それもバルゼルグ将軍の意見が尊重されることが前提である。ただの名目とはいえ、アーレス=ログナーを総大将に頂いている以上、アーレス=ログナーの考えが優先される可能性も高い。

 だからといって、安心などできるはずもないが。

 ランカインは口の端に歪な笑みを浮かべた。心安らかな戦場などこの世の何処に在るというのか。いや、在ってたまるものか。彼は、冷笑した。そんなものがあってたまるものか。戦場とは、地獄こそが相応しい。狂気と正気が渦巻き、鮮血と剣戟が繚乱する甘美にして絢爛たる世界。それこそが戦場の在るべき姿だろう。

 そして、彼のような血生臭いいぬの住処なのだ。

 彼は、不意にあの男のことを思い出した。馬小屋を目前に立ち塞がった野盗のひとり。

 その男は、リューグといった。




 暗闇の空より降り注ぐのは豪雨であり、その大量の雨水とともに落ちてきたブロード・ソードの一撃をランカインは手斧の刃で受け止めた。空中からの落下速度を加えた斬撃。重い一撃。金属同士の衝突音とともに散った火花の向こうで、リューグの顔が笑っていた。

 彼もまた、口の端を歪めた。地竜父を振るい、剣もろともにリューグを押し退ける。リューグは、圧力に逆らうことなく飛び退き、軽やかに体勢を立て直す。そこに一分の隙もない。リューグが構えた剣の切っ先が、こちらの攻撃を誘うように揺らめいていた。

「あんた強いな。ウェディとは大違いだ」

「あれと比べられても困る」

「そりゃそうだ」

「もっとも、あれの力を知ればおまえも考えを変えるさ」

 ランカインの脳裏には、紅蓮の炎をものともせずに突っ込んできた少年の姿が浮かんでいた。みずからの命を顧みない無謀な行動は、確かに召喚武装の性能に頼りきったものではあったが、彼の力の一端には違いない。そして、バルサー平原での活躍が事実であれば、黒き矛の力はランカインの想像を凌駕していた。

 たったひとりで戦局を塗り替えるなど、ランカインにはできないことだ。火竜娘かりゅうじょうも地竜父も、強力な召喚武装ではある。火竜娘はひとつの街を焼き尽くしたし、地竜父は敵集団を沈黙させるには有用だった。しかし、それは局地的な戦況こそ左右するが、大局を動かすには至らないのだ。カランを焼き尽くせたのだって、カランが無防備だったというのが大きく、実際の戦場で同様の結果が出せるとは限らないのだ。

 だが、セツナは戦局そのものを動かした。千もの敵を屠り、ガンディアの新たな門出を勝利で飾った。彼と黒き矛は、一躍有名になった。いずれガンディアという国の象徴になるかもしれない。それほどに喧伝された。

 黒き矛のセツナ。

 彼は、その真価を発揮してすらいないだろう。

「力? ウェッディ~に?」

 リューグが疑いのまなざしを向けてくる。そして、地を蹴った。わずかに開いた間合いが、一瞬にしてゼロになる。リューグの速度に感心しながらも、ランカインは無造作に手斧を振るった。目の前に火花が咲く。豪雨を切り裂く金属音は、彼の耳朶には心地良かった。だが。

「おまえには関係のない話だ」

「そんな~。旦那と俺の仲じゃないっすか~。いけずしないで教えてくださいよ~」

 得物をぶつけあったまま猫撫で声を発してきたリューグに対して、ランカインは、冷ややかに嘆息を浮かべた。もはや興味は消え失せた。夢から醒めたとでもいうべきなのか。それは、リューグの気味の悪い声音が原因ではない。

 問題なのは、リューグに殺意がないという事実だった。殺す意志もなく刃を突きつけられたところで、ランカインの心が昂揚するはずもなかった。むしろ萎えるばかりである。当初こそリューグの剣気の鋭さに狂喜すらしたランカインだったが、いまや彼の興味は別の対象へと移っていた。

 後方から迫り来る敵集団へ。

「ならば、こんな茶番とっととやめたらどうだ」

 告げるなり、ランカインは力技でリューグの剣を振り払った。リューグが態勢を立て直す隙さえ与えず、手斧の刃を彼の首筋に突きつける。刃が肌に触れるか触れないかの距離感。リューグが少しでも動けば、地竜父の獰猛な刃が彼の首に食い込むだろう。

 しかし、リューグは顔色ひとつ変えない。

「なんのことっすか?」

「おまえに敵意がないとわかった以上、すべて時間の無駄になった」

 とはいえ、敵意があればそれでよかったというわけでもないのだが。

 ランカインは、地竜父をリューグの首筋から離すと、彼の横を通り抜けようとした。オリスン=バナックが無事馬小屋に辿り着けたのか、多少の不安を覚えないでもなかった。もっとも、リューグが彼を無視してランカインに襲い掛かってきたということを思えば、オリスンは無事だと考えてもいいのかもしれない。確信は持てないが。

「ちょ、ちょっと!」

 呼び止めるリューグの声に、ランカインは極めて冷ややかなまなざしを投げた。

「剣を振り回したいのなら、あの連中を相手にしたらどうだ? 殲滅すれば伝説になれるぞ」

「いやいや、別に伝説になんてなりたくないし。勝手に話を進めないでくださいな」

 ランカインの視線の先には、ザルワーンが誇る精鋭中の精鋭とでもいうべき、バルゼルグ将軍旗下の数十名の兵士の姿があった。整然と揃えられた足並みからはそうと知れないが、ランカインの見たところ彼らの士気は低かった。当然だろう。豪雨に打たれ続けているだけで、戦意など挫けてしまいかねない。しかも敵の数は少なく、捕らえたところで得られる恩賞などたかが知れている。意気が上がるはずがなかった。

 距離にして十メートルもない。部隊長の号令とともに怒涛の勢いで攻め寄せてきそうなものだが、彼らは、距離を詰めながらもこちらの様子を伺っているようだった。リューグの動向が気になっているのか、それとも、ランカインの地竜父を恐れ、慎重になっているのか。

 どちらにせよ、ランカインにとってはありがたかった。

 彼は、リューグの目を見た。怖れを知らぬ青年の瞳には、好奇と興味が渦巻いており、恐怖や緊張といったものはまったく見当たらなかった。それこそ、彼が本気ではないという証だったが、だとしてもこちらが本気を出さないという確信がなければ、ここまで楽観的にはなれない。その点を考慮すれば、彼が実力者であることは明白だった。少なくとも、剣を手にしただけのセツナよりは余程使えるだろう。

 口早に、問う。

「では聞くが、おまえはなんだ? なぜここにいる? 愚劣なお仲間はどうした? 放って置いていいのか? ザルワーンの連中がおまえの単独行動を許したのか?」

「むう。そこを突っ込まれると、その……困る」

「目的は? 俺と殺し合うことか? そうではないのだろう?」

「……予期せぬ質問攻めに閉口するって奴ですにゃ」

 こんなときにまでとぼけてみせるリューグに呆れるよりもむしろ感心しかけて、ランカインは頭を振った。殺気が、咲き乱れている。ザルワーンの兵士たちだ。部隊長が攻撃命令でも下したのかもしれない。そうなれば士気の高低は関係ない。彼らは兵士なのだ。上官の命令には全身全霊で応えなければならない。

「ま、所詮狗は狗ということっすよん。御主人様はひとりでいい」

 リューグは、自嘲するでもなく告げてくると、ブロード・ソードを軽く振るった。剣を濡らしていた雨水が飛び散ったのかもしれないが、降りしきる大雨に紛れて見えなかった。そもそも、絶大な闇の支配下では、そんなものが見えるはずもない。

 ランカインは、こちらに背を向け、ザルワーンの兵士たちに向かって剣を構えたリューグの全身から立ち上りだした狂おしいまでの殺気に目を細めた。彼のブロード・ソードの切っ先がこちらに向かっていないことが残念でならないのだ。いま、その殺意をぶつけてくれれば、ランカインもまた実力の大半を惜しみなく発揮することができるだろう。

「……おまえも狗か」

 狗。飼い主の命令のみを受諾し、実行する忠実な僕。飼い主のためならばあらゆる犠牲を厭わず、どのような手段を用いてでも命令を遂行する獣。そこに一切の感情が入り込む隙はない。有ってはならない。でなければ、狗は狗でいられなくなる。人に戻ることもできず、ましてや鬼になることなどできるはずもない。半端な存在に成り下がるのだ。

 だから、ではないだろう。

 彼がダグネたちを見限り、こちらに組しようというのは、半端な存在になりたくないというくだらない理由からではないはずだ。それが信念であれ打算であれ、リューグにとっては大変な選択だったに違いないのだ。

 何千という兵士が駐留する敵陣のど真ん中である。一歩間違えなくとも、命を落とす可能性が高い。運よく一命を取り留めたとしても、ザルワーンの連中に捕まれば同じことだ。いや、この豪雨の中で落命したほうが余程ましだといえる。どちらにせよ、リューグは尋常ならざる道を選んだのだ。

 リューグが、囁くようにいってきた。

「馬車は、街の北門に移動させています。ダグネが旦那方を売るのは目に見えていましたからね。馬は無理でしたけど」

「上出来だ」

 何気に凄いことを告げてきた彼に、ランカインは口の端に笑みを湛えるに留めた。敵の群れが、直線にして五メートルの距離にまで接近してきていた。意気軒昂とはいえないが、最低限の戦意が認められた。豪雨の中、少しずつ迫り来る甲冑の集団は、亡霊や化け物の群れにも勝るとも劣らない迫力がある。

 リューグが、馬小屋を一瞥した。ランカインがそちらを見遣ると、馬小屋から二頭の馬を引き連れて、オリスンが飛び出してきたところだった――。




「――カイン!」

 セツナの叫び声が、ランカインの意識を現実に引き戻した。背後から強く引っ張られているのを認めるが、少年の意図はわからなかった。降りしきる大雨の中、エメリオンは俊足を飛ばしている。稀に見る駿馬といってもいいのかもしれない。それは、併走するロクサリアも同様であり、そこにオリスン=バナックの実力を垣間見ることができるだろう。

 エメリオンとロクサリアの能力を引き出し、伸ばすような調教をしてあればこそ、このような状況にあっても全力で駆け抜けることができるに違いなかった。

「ん?」

「「ん?」じゃねーよ! 前、前―っ!」

 セツナの悲鳴染みた大声に、ランカインは、改めて前方を注視した。闇を切り裂くでもなく降り注ぐ豪雨の向こうにうっすらとだが、レコンダールの北門が確認できた。当然、門は閉ざされているに違いない。突破するにはぶち破るしかないのだが、地竜父だけで可能なのかどうか。

 それに、問題は厳重に閉ざされた門だけではない。門前には、甲冑を着込み、武器を携えたザルワーンの精兵たちがランカインたちの到着を待ち構えていた。ざっと百人以上。宿舎付近の連中とは異なり、近接戦闘に特化した装備ではなかった。長弓や短弓を構えた兵士の姿も多く、一斉に射掛けられればさすがのランカインとてたまったものではない。

 二頭の馬は、既に長弓の射程距離に入っていた。しかし、未だに狙撃のひとつもないのは、この悪天候のおかげなのかもしれない。正に天の恵みといってもいい。晴れ渡った星空の下ならば、一、二もなく射抜かれていただろう。無明に等しい闇と豪雨が、精確な狙いを付け難くさせている。結果、射撃に関しては消極的にならざるを得ない。

 もっとも、それは射撃に関する場合の話だ。

 槍や矛、あるいは剣を手にした兵士たちが、みずからを奮い立たせるように声を張り上げると、一気呵成に突撃してきたのだ。頭上、閃光が瞬いた。雷鳴が落ちてくる。大気が震えた。激しく、狂おしく。

 ランカインは、前方の通りを埋め尽くす精兵たちの鬼気迫る勢いに愉悦を覚えざるを得なかった。このような状況にあっても、全身全霊を駆けて任務を全うしようとする戦士の生き様は、決して悪くはない。悪くはないが、相手が悪すぎたのだ。

 無論、同情はしない。

「ニーウェ=ディアブラス」

 ランカインは、背後の少年に声をかけると、左手を後ろに回した。振り落とされまいと必死にしがみついている少年の首元を無造作に掴む。戦士のものとは思えないほど華奢な首。彼の非難の声が、ランカインの耳朶を掠めた。

「なっ、なんだよ!」

「バルガス殿の許可は得た。存分に暴れたまえ」

 ランカインは、セツナの首根っこを力任せに引っ張り、彼の両手が腰から離れたのを確認すると、前方に向かって思い切り放り投げた。少年とはいえ、がっちりと武装した戦士である。その重量は、ランカインといえど片手で持ち上げるだけでも困難なのだが、地竜父から溢れ出る力が、彼の膂力を尋常ではないものにしていた。

「な、なんで~!?」

 闇の中、悲鳴を上げる少年の体は、放物線を描きながら、迫り来る敵軍の真ん中に飛び込んでいった。精兵たちが愕然としたのは言うまでもない。まさか、ランカインが味方を投げつけてくるとは思いもよらなかったに違いなかった。それも当たり前といえば当たり前だ。敵陣に単騎で突っ込むなど、自殺行為に他ならない。もっともこの場合、単騎による突撃などとは呼べないだろうが。

 閃光が、前方を見遣るランカインの視界を焼いた。武装召喚術の光。爆発的な光の奔流。一瞬にして収斂し、一振りの得物を形成したはずだ。少年の手の内に。強大で獰猛な力のうねりを感じる。それは大地を根底から揺さぶる巨獣の咆哮のようだった。

 ランカインは、笑みを浮かべた。敵陣で、どよめきとともに怒号が飛び交った。血飛沫が上がった。豪雨の中でもそれとわかるほどの血の量だった。一瞬で何人の兵士が命を散らせたのか。

「カイン!」

 左から飛んできたラクサス=バルガザールの叫び声に非難の色を認めたものの、ランカインは一笑に付した。そう、ランカインがセツナに告げたラクサスの許可を取ったという話は真っ赤な嘘だった。しかし、もはや脱出は間近。

 恐れるものなどなにもない。

「ニーウェが殲滅すれば、情報など残りませんよ」

 そして、彼はそれをやり遂げるのだ。ひとり残さず殺戮し、北門周辺を深紅に染め上げるに違いない。豪雨で以てしても流しきれないほどの血の花を咲かせるのは間違いなかった。

 それが彼だからだ。

 セツナ=カミヤに与えられた使命だからだ。

 黒き矛を振るい、敵を殲滅することこそが彼のすべてなのだ。

 それ以外の事物は不要といってもいい。戦場に投入し、戦果を上げるだけの存在であればいいのだ。闘争の権化となって、戦場に死と恐怖を振り撒いていればいい。

 それこそが、レオンガンドが彼に望む役割であるはずだった。

 此度の任務は、そのためのお膳立てに過ぎない。彼が戦場で猛威を振るうために、その舞台に上がるための儀式のようなものだった。

 いま、雷雨の中で血煙を上げながら倒れ伏していく数多の兵士は、まさに祭壇に捧げられるにえであり、漆黒の矛を振り回して殺戮を続ける少年は、狂気の儀式を執り行う呪われた祭司そのものなのかもしれなかった。

 ランカインたちは、その呪われた儀式が終了するまで、道の端で待機しているしかなかった。援護の必要性が感じられなかったからでもあるし、セツナの邪魔にもなりかねないからだ。時折、ランカインやラクサス目掛けて矢を射掛けてきたものもいるにはいたが、ほとんどの場合セツナの超絶的な反応によって無力化され、射手もまた即座に絶命していった。

「これはいったい……なんなんですかねえ?」

 どこからともなく現れたリューグが茫然と問いかけてきたのは、すべてが終わり、辺り一面に死体の山が築かれてからだった。北門周辺で待ち構えていた兵士のことごとくが、セツナと黒き矛によって命を散らせ、物言わぬ肉の塊に成り果てていた。かの矛の前に鎧も兜も意味を為さず、紙切れのように切り裂かれ鮮血とともに地面を埋めた。死屍累々。凄惨という言葉すら生温い。

 むせ返るような血の臭いの中心に立ち尽くす少年は、今なにを想っているのだろう。

 ランカインは、ふとそんなことが気になった。

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