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第六百五十五話 魔ヶ津戦(一)

 ガンディア決戦軍とジベル突撃軍がウェイドリッド砦攻略に向けて軍を整え、それぞれ拠点としていた都市を出発したのは、一月二十四日の明朝のことだった。

 緒戦から八日経過しているが、足並みを揃えるためだ。連携を確認するためには情報をやりとりしなければならないが、それには時間がかかるものだ。その連携に必要な時間、各軍はなにもしなかったわけではない。セイドロックのジベル突撃軍は、ジベルのザンコート砦との間に兵站線を結び、物資の運搬や人員の補充をやりやすくした。もっとも、補充できるほどの人員がジベルに残っているとは言い難いのだが。

 一方、ガンディア決戦軍も、ゴードヴァンとマルウェールの間に兵站線を構築している。後方との連絡は大事なことだった。物資の補給ができなくなれば、枯渇し、敗北するだけなのだ。必ずしも現地で回収できるものではない。そして、ガンディア軍は、制圧した都市での略奪行為を禁止している。そしてそれは、連合軍全体の考えでもあった。クルセルクから魔王と皇魔を消し去るのが目的の戦いだ。大義を失うようなことは控えたい、というレオンガンドの意見に各国首脳は一、二もなく賛同した。

 大義を掲げている。

 人類の天敵たる皇魔、そしてそれらを使役する魔王を打倒するのが、この戦争の最大の目的だった。そうであればこそ、リョハンも連合軍に協力を惜しまなかったのだ。これがただの侵略戦争ならば、リョハンは手を貸してくれなかったに違いない。

 ガンディア決戦軍の先陣は、リョハンの武装召喚師たちが務めることになっていた。ウェイドリッド砦の内部にこそクルセルクの軍人による正規軍、黄金戦斧団が待ち構えているものの、砦の外部には無数の皇魔が犇めいているという有り様だった。

 皇魔には、ただの人間をぶつけるよりも、武装召喚師をぶつけるべきだというのはだれもが実感として理解している事実だ。ガンディア決戦軍は、先の戦いで、皇魔の力を嫌というほど思い知らされた。小型、中型程度ならばまだいい。大型になると、常人では手のつけようがなかった。薙ぎ払われ、虐殺されるのが落ちだ。

 ガンディア決戦軍がウェイドリッド砦の西側に広がるなだらかな丘陵地帯に差し掛かったのは、翌二十五日、正午過ぎだった。行軍に思った以上に時間がかかってしまったのは、天候が原因といってよかった。

 数日前からの雪景色は、クルセルクの山河を白銀で塗り潰していたのだ。息は白く、吹き抜ける風は冷気そのものとなった。雪こそ降ってはいないものの、降り積もった雪が溶け切るのは簡単なことではなさそうだった。

 雪を掻き分けなければならないほど積もっているわけではないにせよ、行軍速度が低下する程度には、足場の悪さが全軍に影響を与えていた。

 そして、銀世界の各地に皇魔の姿が見え始めたころ、ガンディア決戦軍は、部隊の展開を開始した。報告通りであれば、一万程度の皇魔が小隊を組み、ウェイドリッド砦の周囲に点在しているはずだ。そして、それはおそらくウェイドリッド砦の西と南に集中しているに違いない。ガンディア決戦軍とジベル突撃軍を迎え撃つつもりの布陣なのだ。

 クルセルクがセイドロック、ゴードヴァン、ランシードの奪還に軍を動かさなかったのは、単純に戦力が足りなかったからなのではないか、とナーレスは見ている。クルセルクは、マルウェール以南制圧に三万の皇魔を投入している。三万といえば、クルセルクが保有しているとされる皇魔の半分の数だ。残り三万のうち、一万五千から二万程度が、クルセルク南部の三都市の防衛に用いられていたという。自由に扱えるのは、残り一万程度、ということになる。これでは、都市を奪還するのは難しい。

 もちろん、一万程度、というのがクルセルクの現有戦力ではない。ザルワーン方面から撤退した皇魔、三都市の戦いで生き延びた皇魔を含めれば二万以上は残っているはずであり、それらをすべて投入することができれば、都市のひとつくらいならば取り戻せたかもしれない。ガンディア決戦軍が入る前のゴードヴァンか、ランシードならば、可能性はあっただろう。

(だが、クルセルクはそれをしなかった。なにか策があるということか?)

 行軍中、ナーレスが考えるのは、そのことだ。クルセルクの沈黙が、意識のどこかで引っかかっている。大敗直後で軍が機能していなかっただけなのではないかという声もあるが、それだけではないような気がしてならなかった。

 だが、そんなことがウェイドリッド砦への攻撃を停止する理由になるわけもない。不安要素など、考え出したらきりがないのだ。それに、一度動き出した軍を止めることは、軍師であっても難しい。

 ガンディア決戦軍の先陣は、既に敵の軍勢を視界に入れてしまっている。

 約一万二千の大軍勢が、ウェイドリッド砦の西側に布陣する皇魔の軍勢と相対した。皇魔の小隊が無数に点在する光景が遠くからでもはっきりとわかる。ウェイドリッド砦に近いほど、小隊の密度は濃くなるようだった。つまり、最前線は薄いということになるが、だからといって容易く突破できるというわけではない。

 小隊に小隊をぶつけるという愚は避けるべきだが、かといって、分厚い横隊で正面から殴りかかっても、同じことだ。こちらの先陣が食い破られ、戦線が崩壊するのは明らかだ。しかしそれは、通常戦力を用いた場合の話にすぎない。

 先陣を務めるのは、先も言った通り、リョハンの武装召喚師たちだ。たった五人。しかし、それぞれが一騎当千の実力を持っており、黒き矛のセツナに勝るとも劣らないといっていいだろう。実際のところはどうなのかはわからないが、少なくとも、戦女神と四大天侍がいなければ、ガンディア決戦軍が敗走していた可能性が高かったという事実は否定出来ない。

「いつも通りに戦えばよい、ということだ。気張る必要はないぞ」

 レオンガンドが左右のものにそういうのがおかしかった。

 実際、そのとおりではあるのだが。

 いつもは、リョハンの武装召喚師たちの代わりに、セツナと《獅子の尾》がその役割を負っている。セツナたちが敵陣に風穴を開け、そこに通常戦力を突っ込ませる、というのがガンディア軍の得意とする戦い方だった。

「陛下は、後方に控えていていただきますよ」

 ナーレスが念を押すようにいったのは、そうはいってもいつも通りの戦いをされるわけにはいかないからだ。いつも通りならば、レオンガンドが前線に出て、叱咤激励を飛ばしかねない。この戦場では、そんな真似をさせるわけにはいかなかった。

 ガンディア決戦軍の士気は、初戦の勝利によって劇的に上向いている。士気高揚のために前線に出る必要はなかった。

「わかっている。アーリアがいない以上、無茶はできんよ」

 レオンガンドが苦い顔をしたのは、ゴードヴァンを出る前にナーレスが再三注意していたからだが。

 そうこうするうちに、遥か前方で爆発が起きた。閃光が嵐のように吹き荒れ、積もった雪を巻き上げて天地を銀に染めた。

 ウェイドリッド砦攻略戦が始まったのだ。


 ウェイドリッド砦は、西に丘陵地帯が横たわり、東にはドレイン川が流れている。北東のドレイン山を源流とするその川は、ウェイドリッド砦東部を守るための自然の要害となっているだけでなく、南側に湿地帯を形成する一因ともなっていた。

 ドレド湿原と呼ばれる湿地帯は、ウェイドリッド砦のほぼ真南に広がっており、ジベル突撃軍とウェイドリッド砦の防衛部隊が激突する戦場になることは間違いなかった。

「皇魔の小隊が湿原の全域に布陣しているという話はしましたっけ」

「ああ。聞いている。皇魔は、一万程度。砦内部の戦力が四千人っていうのも聞いたよ」

「さすがセツナ様、記憶力!」

「無茶な持ち上げはやめてくれよ」

 セツナはエインの大袈裟な反応に嘆息すると、前方に視線を巡らせた。

 湿原は、セイドロック周辺と同じく白雪に覆われており、一面の銀世界となっていた。その銀世界を穢しているのが、皇魔の小隊なのだろう。前方の広範囲に渡って皇魔の小隊が点在しているのがわかる。大型を中心とする小隊もあるが、中型と小型の混成小隊のほうが圧倒的に多い。大型皇魔は、大型だけあって希少性があるのかもしれない。

「ドレド湿原……ねえ。俺たちって、なんで湿原に縁があるんですかねえ」

「そういえば、バハンダールにもエインがついてきてたわね」

「ついてきてた、って酷い言い草ですね。俺の戦術家としての初陣なのに」

「戦術……あれを戦術というのか?」

 セツナがルウファを一瞥すると、彼は困ったように笑った。セツナをバハンダールの遥か上空から投下することのなにが戦術だというのか。エインに詰め寄りたい気分に駆られたが、戦場は目前である。彼は後方に下がる必要がある。

「間違えました。セツナ様運用者としての初陣です!」

「そっちのほうが酷いぞ」

 セツナは憮然としたが、エインの発言に対する不快感はなかった。むしろ、エインが自分を運用してくれるのなら、これほど心強いことはない。エインは、黒き矛とセツナの実力を熟知している。少なくとも、ナーレスよりもセツナと黒き矛の扱いは心得ているだろう。

「敵一万のうち、こちらと当たるの五千程度。敵になにかしらの策でもない限りは、そうなるでしょう。五千の皇魔を倒し尽くす必要はありません。本隊がウェイドリッド砦に取り付くことさえできれば、こちらの勝ちは揺るぎませんからね」

「その勢いでウェイドリッドを落とすことができれば、な」

「籠城戦などさせませんよ。こちらには攻城兵器がありますしね」

 エインは、セツナを見て、にこやかに笑った。

「俺かよ」

「君以外にだれがいるのよ」

「そうそう、攻城兵器になんて、人間、なれるもんじゃないわよ」

「攻城兵器の片棒を担ぐことくらいならできますけどね」

「ご主人様が攻城兵器……なるほど」

「おまえらなあ……」

 セツナは、言いたい放題の部下と仲間たちに向かって大声でもあげようかと思ったが、やめた。

《獅子の尾》は、ジベル突撃軍の先陣を任されている。湿地帯に点在する皇魔を蹴散らし、ウェイドリッド砦南門へ至るための道を作るのが、彼らに与えられた使命だった。

 前方、皇魔の小隊が動きを見せ始めていた。

 一万五千もの軍勢が近づいたのだ。

 皇魔のような化け物が、気づかないはずがなかった。

 咆哮が、銀世界に響き渡った。

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