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第六百五十四話 軍師の時間

 ウェイドリッド砦は、南方からクルセルクの首都クルセールを目指す上で避けては通れない場所に聳えていた。

 連合軍が開戦とともに陥落せしめたゴードヴァンの真東、セイドロックの北北東に位置しており、ガンディア決戦軍がゴードヴァンに入ったのは、セイドロックに駐屯するジベル突撃軍と歩調を合わせて進軍し、ウェイドリッド砦を二方向から攻め立てるためだった。

 ガンディア決戦軍の最大戦力は、当然ながら、リョハンの戦女神ことファリア=バルディッシュ率いる武装召喚師たちだ。しかし、リョハンの武装召喚師たちは、クルセルクの皇魔を掃討するためだけに力を貸してくれるという約束であり、正規軍との戦闘では彼らを当てにすることはできない。

 リョハンの立場がある。

 ヴァシュタリアで独立不羈を貫くリョハンが、国家間の戦争に与することなどあるべきではない、とファリア=バルディッシュとリョハンの最高意思決定機関・護山会議は考えている。ガンディア一国の力では、その意志を捻じ曲げることはできない。そもそも、ヴァシュタリアの勢力圏内で自治を勝ち取ったのがリョハンなのだ。ガンディアが強要することはできない。

 魔王討伐に協力してくれるだけで喜ぶべきだった。

 ガンディア決戦軍の戦力は、無論、リョハンの武装召喚師たちだけではない。ガンディア方面軍にログナー、ザルワーン方面軍の兵士たち、傭兵に武装召喚師たちがいる。《協会》の武装召喚師は、リョハンのような縛りはない。存分に戦ってくれるだろう。

 ガンディア決戦軍は、先の戦いで多くの将兵を失ったものの、兵力は一万以上も残っている。ジベル突撃軍よりも少なくなってしまったものの、戦闘の苛烈さを考えれば、順当な結果だった。

 そして、共同戦線を張る以上、両軍の兵力差を気にする必要はない。

 ガンディア決戦軍は、ウェイドリッド砦を西から攻め、ジベル突撃軍は南から攻め立てることになっている。二方面からの同時攻撃は、いかに砦が堅牢であろうとも、ひとたまりもあるまい。

「報告によれば、ウェイドリッド砦に駐屯しているのは、四千ほどの正規兵からなる黄金戦斧団ということです。指揮官はカーライル=ローディン」

「クルセルクの宿将ですな。名の知られた人物ですが、魔王がクルセルクの王位を簒奪して以降、表に出てきていなかったこともあり、どの程度戦えるのかはわかりかねます」

 アルガザード・バロル=バルガザールが、古い記憶を掘り起こすようにいった。ナーレスは、カーライル=ローディンの名と実績こそ記録から知ったものの、その全盛期を見たわけではない。その点がアルガザードは違うようだった。

 アルガザードは、長年ガンディアの将軍を務めてきた人物だが、かつて見識を深めるため、他国を渡り歩いたことがあるという。ガンディアの先の王シウスクラウドも武者修行と称して南方はレマニフラまで旅をしたというが、そのころのガンディアや近隣諸国がいかに穏やかだったかが窺える話だった。

 いま、レオンガンドや将軍が国を空ければ、立ち所に他所の国から攻撃されるだろう。もちろん、小国に攻撃されたところでびくともしないのがいまのガンディアではあるのだが、何十年も昔、ガンディアが弱小国に過ぎなかったころ、王子や将軍候補が平然と外国を歩き回っていたというのは、驚きという他ない。

 それだけ、平和だったということなのかもしれないが。

「正規軍の指揮官がだれであれ、そこは問題ではない。たかだか四千では、我らの敵にすらならん。たとえ武装召喚師が混じっていたとしても、だ」

「問題は、ウェイドリッドにどの程度の皇魔が集まっているか、ですか……」

 アスタル=ラナディースの言葉に、レオンガンドが小さく頷いた。

「現在、ウェイドリッド砦の周辺には、皇魔の小隊が数えきれないくらい集まっています。総数、ざっと一万。大型も中型も程よく分散しており、簡単には抜けないものと思われます」

「一万か」

「敵ではない……とは言い切れないな」

 デイオン=ホークロウが、渋い顔をした。ガンディア方面軍は、先の戦いで多大な被害を出している。皇魔がいかに強敵なのか、身に沁みて理解しているのだろう。皇魔の凶悪さを認識しているのは、デイオン将軍だけではない。レオンガンドも、アルガザードも、アスタルも、ナーレスですら、皇魔という生物の強靭さ、凶暴さを知っている。

 知らざるを得ないような戦いだった。

 多くの兵が死んだ。あまりにもあっけなく、あまりにもあっさりと、殺されていった。

「皇魔の相手は、リョハンの戦女神様に任せますよ。それと武装召喚師たちにね」

 ナーレスはきっぱりと告げた。

「ジベル突撃軍あちらも、同じような選択をしているでしょうね」

「どういうことだ?」

「あちらにも、リョハンの戦女神たちに匹敵する戦力がある、ということです」

「《獅子の尾》か」

 アスタル=ラナディースは、静かにつぶやいて、納得したようだった。

 軍議は白熱するようなことはなかった。淡々と処理されていく。事務のようなものだ。なにもかも決まった筋立て通りに進んでいく。軍議の場にいるだれもが一定以上の見識を持ち、そして、軍略に関してはナーレス=ラグナホルンに任せきっているからだ。

 任せても問題ないと思われている。

(信頼は勝ち得た……か?)

 ナーレスは、いまさらのように自分の立場の不思議さを思った。かつての自分ならばガンディアの軍師として遜色ないと言い切れる。しかし、いまの自分は、どうだろう。軍師として胸を張れるような結果を残せてきたのだろうか。

 ザルワーンにいたときも、ガンディアのために力を尽くしてきたのは間違いない。ガンディアの勝利を信じ、ザルワーンの弱体に知恵を使い、力を注いだ。ザルワーンのログナー併呑を水際で防ぎ、属国に押し留めたのも、ナーレスだった。そのログナーの王を酒食に溺れさせ、国政を腐敗させたのも、ガンディアのためでしかない。

 それらの工作は、実を結んだといっていいだろう。ガンディアはログナーの内乱に付け込み、ザルワーンを下した。ガンディアは強国となった。それもこれも、ナーレスが決死の覚悟で工作してきたからであり、レオンガンドもアルガザードも、だからこそ自分を信頼してくれているのだ。

 しかし、ナーレスは、ガンディアに復帰してからというもの、なにかを成し遂げたということがあっただろうか。

(なにもない)

 ベレルの無血支配など、彼でなくとも出来たことだ。おそらく、アスタルあたりなら簡単にやり遂げたのではないだろうか。反レオンガンド派の粛清劇も、いずれはレオンガンド自身が行ったことだ。時を、少しばかり早めたに過ぎない。

(わたしには、なにもない)

 残された時間も、そう多くはない。

 日々、生命力が奪われていくのがわかる。いつまで生きていられるというのかもわからない。十年も持ちはしないだろう。それまでに、なにかを成し遂げ無くてはならない。ガンディアの歴史に名を残したい、などとは思うまい。しかし、自分が生きた証、自分がいたのだというなにかを残す必要がある。

 それこそ、シウスクラウドへの忠節の証となるだろう。

(それが……わたしの後継者だ)

 ガンディアの軍師にして、参謀局長。

 参謀局は、ナーレスが自分の後継者を見つけ出し、軍師として育て上げるために発足したものだ。局員には、ガンディア軍でも有数の知者を選んだつもりだった。特に、室長に抜擢したエイン=ラジャールとアレグリア=シーンは、ザルワーン戦争で戦術を立案し、それぞれ勝利に貢献していた。ふたりがナーレスの後継者として育ってくれれば、彼としては思い残すことはないのだ。

 アレグリアは、ガンディアへの忠誠心の厚い女だ。勇敢さはなく、臆病としかいいようのない性格だったが、その臆病さが彼女の知恵の源泉となっている。そして、臆病ということは、他に乗り換える積極性もないのではないか、ということに繋がる。安心感が欲しいはずなのだ。地位と居場所さえ約束すれば、ガンディアに留まり続けてくれるだろう。

 対して、エイン=ラジャールは、というと、ガンディアへの忠誠心はかけらも持ち合わせていないようだった。アレグリアとは正反対の性質の持ち主であり、その見た目からは想像もつかないが、死をも恐れない勇敢さを持っている。いわく、自分は既に死んだものと思っている、らしい。ログナー戦争でセツナに殺されかけたことが、彼の心理に影響を及ぼしているようだった。

 そして、その心理的な影響は、彼を熱狂的なセツナ信者へと変えてしまっていた。エインは、自分の同僚をあっさりと切り捨て、自分さえも殺しかけたセツナに心底惚れてしまったというのだ。狂っている、と、一言で言えばそれまでだが、戦争とは狂気の産物だ。正気を保ったまま戦えるものではない。ひとを殺せるはずもない。ある種の狂気がなければ、戦い抜くことなどできるわけがないのだ。

 熱狂渦巻く戦場で、黒き矛の戦いぶりを目の当たりにすれば、エインのようになってしまったとしても必ずしも不思議ではない、のかもしれない。

 結論として、エインは、セツナがガンディアにいる限り、ガンディアを離れることはないだろうということだ。

(この戦争、ふたりの成長を促すものとなってくれればいいのだが)

 もっとも、力押しの戦争が軍師の成長に繋がるとは考えにくかった。

 そして、この戦争で勝利を求めるには、力で押す以外の手はないのだ。

 時間をかければかけるほど、こちらが不利になる。

 クルセルクとの戦いは、時間との勝負でもあった。

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