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第六百五十二話 遠い記憶

 一月二十二日。

 セイドロック陥落から六日が経過した。

 そのころになると、他方面軍の状況も判明している。

 まず、ゴードヴァンの攻略を担当したアバード遊撃軍は、大きな犠牲を払いながらもゴードヴァンの制圧を完了させている。およそ七千に近かった兵数が五千二百程度にまで減少しているのだから、いかに凄まじい戦いがあったかがわかるというものだろう。

 セツナの援護は、アバード遊撃軍の勝利を決定づけるものになったらしく、サリウス王直々の賞賛が寄せられていた。アバード遊撃軍でもっとも戦果を上げたのは、シュレル=コーダーらしい。サリウスが寵愛する少年のひとりだ。あの少年のどこにそんな力があるのか、セツナには皆目見当もつかなかった。

 アバード遊撃軍は、ゴードヴァンの防衛部隊である鉄刃戦団を吸収すると、千人だけを都市防衛として残し、ランシードのアバード突撃軍との合流する予定だということだった。

 そのアバード突撃軍もまた、ランシードでの戦いに勝利している。遊撃軍に比べれば少ない損害で済んだものの、それでも千人近い兵士が命を落としていた。

 そんなアバード突撃軍だが、他の軍団に比べて楽だった部分もあるようだった。ランシードを預かる銅甲戦団が一切抵抗することなく投降してきたことにより、都市そのものは無血で手に入れることができたというのだ。

 銅甲戦団は、クルセルクが魔王と皇魔に蹂躙されている現実を嘆き、国を変える方法を探していたらしい。連合軍に降ったのは、連合軍の力を持ってすれば魔王と皇魔を追い払えるかもしれない、という可能性に賭けたからだということだった。

 これには、アバード突撃軍の首脳陣も驚きを通り越して唖然としたようだが、嬉しい誤算といってもいいのかもしれない。

 突撃軍からの報告書に記されていたという獣姫シーラ・レーウェ=アバードの熱烈な賞賛の言葉が、セツナの援護の価値を示している。決して無意味ではなかったということだ。

 そして、ガンディア決戦軍だが、これも三万に及ぶ魔王軍との激戦に勝利を収めることに成功したようだった。ザルワーン地方を舞台にした緒戦にして一大決戦ともいえる戦いは、ガンディア決戦軍に多大な出血を強いている。もちろん、相手にそれ以上の損害を与えたからこそ勝利をもぎ取ったといえるのだが、それにしても、一度の戦いで五千人以上の将兵を失うことになるなど、だれが想像できただろう。

 軍師や参謀局の面々、王や将軍にはわかりきったことだったのかもしれないが。

 ともかく、ザルワーンの大地を皇魔と人間の血で染め上げた戦いは、ガンディア決戦軍の辛勝で終わった、ということだった。餌として差し出されたマルウェールは最後まで落ちず、また、マルウェールの守備部隊も生き延びた。魔王軍が決定力不足だったことが幸いしたというのだが、敵が多数の武装召喚師を投入してきたことに違いはない。皇魔の武装召喚師という圧倒的な力は、一時、ガンディア決戦軍の勝利を危ういものにしたという事実もあるらしい。が、それ以上に凶悪で狂暴な力が、ガンディア決戦軍を味方した。

(リョハンの戦女神と四大天侍……ねえ)

 セツナは、エインから直接聞いた話を思い出しながら、まだ見ぬ超人たちの存在に胸を躍らせたりもした。

 リョハンという都市の存在も、戦女神と呼ばれる人物のことも、話には聞いたことがある。リョハンとは、ファリアの故郷にして、空中都市ともいわれる自治都市のことだ。ヴァシュタリアの勢力圏内で自治権を勝ち取った唯一の都市であり、武装召喚術の中心地にして、《大陸召喚師協会》の総本山ともいえる場所であるらしい。

 リョハンは元来、国家間の戦争には口出しもしなければ手出しもしないという立場を取っているといい、今回、連合軍に参戦したのは、クルセルクが人類の天敵たる皇魔を使役しているからだということだった。つまり、リョハンの戦女神と四大天侍は、皇魔だけを相手に戦うといい、クルセルクの正規兵とは一切剣を交えるつもりはない、ということだ。

 それでも、偉大なる武装召喚師が仲間に加わることは、連合軍にとってこれ以上頼もしいことはない。四大天侍の実力こそ不明ではあるが、リョハンの戦女神の雷名は、小国家群でも知らぬものはいない。

 大陸三大勢力の一角をなすヴァシュタリアから自治を勝ち取った女傑。武装召喚術の始祖アズマリア=アルテマックスの弟子にして、《協会》設立に携わった人物。そして、ファリア・ベルファリア=アスラリアの祖母。

 ファリア=バルディッシュ。

「お祖母様が来ているの……?」

 ファリアがそわそわとしだしたのは、ガンディア決戦軍の戦勝報告が届き、戦闘の内容が明らかになってからだった。ファリアにとって、ファリア=バルディッシュとはどのような人物なのかはセツナにはわからない。尊敬し、畏怖さえしているというのは、これまでの会話の中でなんとなく察していたのだが、ファリア=バルディッシュがガンディア決戦軍に参戦したという話を聞いたとき、彼女はわかりやすいほどに動揺していた。

「家族でしょ? 嬉しくないの?」

「そうじゃない……けど」

 ファリアは、祖母と再会することになる可能性を憂慮しているようだった。再会そのものが喜ばしいこととは思えないような態度は、彼女の立場を考えれば当然だったのかもしれない。ファリアは、エンジュールにてアズマリア=アルテマックスを攻撃し、その結果、リョハンや《協会》との結びつきを失っている。その事実を思い出したのかもしれない。

 ザルワーン方面での戦闘を終えたガンディア決戦軍は、そのままガンディアに留まるはずもない。それでは戦力を無駄にするだけだ。マルウェールからクルセルク領土に乗り込み、クルセルク軍との戦いに本格的に参戦する予定になっていた。ガンディア領土での戦いが本格的なものではない、というのは語弊のある言い方ではあるが。

 緒戦に勝利した以上、つぎの目標はウェイドリッド砦となる。

 ガンディア決戦軍は、ゴードヴァン方面からウェイドリッド砦を目指すことになっていた。ジベル突撃軍は、それに呼応する形でセイドロック方面からウェイドリッド砦を攻め立てることになる。両軍一万五千以上の戦力を保有する軍勢である。ウェイドリッド砦がいかに堅牢であろうとも、こちらが負ける要素はいまのところ見受けられない。しかし、油断していいわけではない。敵にはいまだに数多の皇魔がいて、中には武装召喚術を用いるものもいるのだ。油断は、死を招きかねない。

 一方、アバード突撃軍と遊撃軍は、ランシード方面からウェイドリッド砦ではなく、ウェイドリッド砦の北に位置するリネンダールを攻撃することになっていた。ウェイドリッド砦にこちらの戦力を集中させるという構えを見せれば、クルセルク側もウェイトリッドの防備を固めざるを得ない。自然、リネンダールの守備は手薄になる、という算段だったが、そう上手く行くものかどうか。

 リネンダールの結果がどうあれ、ウェイドリッドを早急に落とすことができれば、大きな問題はないのだ。

「いまのところ、なにもかも順調ですよ。ガンディア決戦軍の出した損害は大きいですが、それでも、予想よりは少ないといったところですし……」

「五千人以上死ぬかもしれなかった、ということか」

「ええ。クルセルクがどれだけの皇魔を差し向けてくるのかわかったものではありませんでしたしね。三万でよかった、というところでしょう。もちろん、マルウェールが隙だらけだからといって、クルセルクが全戦力を差し向けてくるわけもないので、こちらの思惑通りではあったんですけどね」

 三万といえば、およそ六万のうちの半数でしかないのだが、状況を考えれば出し惜しみなどではないことは明らかだ。クルセルクの敵は、ガンディアだけではない。ジベルやアバードといった近隣国からなる連合軍の存在が、クルセルクの行動を鈍らせたのだ。

 国土を防衛するためには、十分な戦力を残しておかなければならなかった。二万といわれる正規軍だけでは心許ないと思うのは、ある意味では当然だろう。

 クルセルクは、皇魔の力に頼りすぎている。

「そして、リョハンの戦女神と四大天侍か」

 セツナは、そわそわしているファリアを横目に見遣りながら、まだ見ぬ実力者の存在に好奇心を掻き立てられていた。リョハンという響きにさえ惹かれるものがある。それは、リョハンの冠する空中都市という言葉にもいえることではあったし、リョハンに纏わる様々な話が、自分にもつながっている気がするからだ。

 リョハンは、武装召喚術の総本山であり、セツナを召喚したアズマリア=アルテマックスとも縁深い地だ。そして、ファリアの生まれ故郷でもあり、彼女からリョハンに関する話を何度か聞いたことがあった。セツナが脳裏に描くリョハンとは、ファリアが語ったリョハンが元になっている。そこに様々な情報を付け足しているのだ。

「ガンディア決戦軍からの報告書を信じるなら、セツナ様に匹敵する力を持った方々だとか」

「セツナに? うっそだああああああ」

 ミリュウが、セツナの耳元で大袈裟なまでに声を上げた。彼女は、セツナの座っている椅子の後ろからセツナ自身に寄りかかるようにしていたのだ。セツナはあからさまに嫌な顔をしたが、彼女には見えていないこともわかっている。

「俺も誇張じゃないかと思うんですけどね。でも、劣勢を覆すきっかけとなったのは間違いないようですし、リョハンの方々の到着が遅れていれば戦線が崩壊していたかもしれないという話もありますのでね」

「隊長に匹敵……ねえ。通常人がそんな力を得ることなんて、できるんですかねえ」

「失礼な。まるで俺が通常人じゃないみたいじゃないか」

 セツナが憮然とした顔で告げると、室内の空気が一瞬にして変わった。

「え?」

「は?」

「はい?」

「へ?」

 ルウファ、ミリュウ、エイン、レムがほとんど同時にこちらを見て疑問符を浮かべた。ファリアはほかのことに気を取られていたし、エミルの場合は、どう反応していいのかわかっていなさそうだった。ふたりとも、理解していれば、同じような反応を見せたに違いない。

「……酷いな」

「じょ、冗談に決まってるでしょー。そんな怖い声ださないでよぉ」

「そうでございますわ。だれもご主人様が人間の姿をした怪物だなんて思っていませんことよ」

「そうそう。だれもセツナ様のことをひとの皮を被った悪鬼だなんていってませんよ」

「いってるじゃねえか!」

 セツナは、椅子から立ち上がって叫んだのだった。



「四大天侍は、リョハンの自治防衛組織である護峰侍団ごほうしだんの中から選抜された四人の武装召喚師のことよ。その実力は、わたしが保証するわ」

「ま、ファリアに保証されなくても、実力があるのはわかったんだけどさ」

 ミリュウが茶化すようにいったものの、ファリアは乗ってはこなかった。むしろ、沈んだように応えるのだ。

「そうね……うん」

「どうしたの?」

 ミリュウは、ファリアの深刻そうな態度が心配になったようだった。それはセツナも同じだ。ファリアは、祖母と四大天侍の話を聞いてからというもの、どこか上の空だった。

 それはまるで、クオール=イーゼンに忠告されたあとのファリアであり、だからこそ、ミリュウは不安を抱いたのかもしれない。

 しかし、ファリアが口にしたのは、意外な事実だった。

「わたしも四大天侍に誘われたことがあったから……」

「へえ……それってつまりさ、ファリアの武装召喚師としての実力が認められたってことでしょ? 凄いじゃない」

 ミリュウが素直に褒め称えても、ファリアの表情は浮かないままだった。ファリアの実力は折り紙つきだし、彼女が類稀な武装召喚師だということは、ミリュウも認めている。そんな彼女ならば、四大天侍に誘われるのも納得できるというものだが。

「たぶん、その誘いに乗っていたら、もっと強くなれたんでしょうね。それこそ、アズマリアを出し抜くことくらいはできたかもしれない」

 ファリアは、深く、思いつめたような声で続けた。彼女の考えていることなど、セツナにはわからない。ただひとついえることは、彼女は、いまもアズマリアへの復讐心を捨てきれていないということだ。

「でもその場合、わたしがここにいるわけもないから、結局、アズマリアと遭遇することなんてなかったんでしょうけど」

 彼女の思いが行き着くのは、そこだ。

 アズマリア=アルテマックス。

 紅き魔人は、彼女の父の命を奪い、彼女の母の体を奪った。父の敵を討ち、母の無念を晴らすことが、彼女の使命であり、人生目標だったのだ。アズマリア討伐の任務からは外された、ということだが、個人の感情が消え去るわけではない。

 復讐心が薄れるはずもないのだ。

 セツナは、ファリアのことを想いながらも、場の空気を変えるつもりで口を開いた。

「そして、俺は死んでいる、と」

「なんでそうなるんです?」

 レムが怪訝な顔をした。彼女が使用人の服装なのは、戦闘行動中ではないから、としかいいようがない。

「知らなかったっけ? ファリアは俺の命の恩人なんだよ」

 セツナが告げると、当のファリアが驚いたような顔をした。

「まさか、忘れてたんじゃないよね?」

「そんなことないわよ。ただ、もう随分昔の事のように感じてね……」

「たった半年かそこらの話なのにな」

 あれから、色々なことがあり過ぎたのだ。たった半年前の出来事さえ風化してしまうほど、様々な事柄に遭遇したのだ。忘れかけたとしても、しかたのないことだったのかもしれない。

「いいなあ……ふたりだけの想い出なんて、なんかずるいなあ」

 ミリュウが羨ましそうな声を上げる中、セツナは、ファリアの表情が気になって仕方がなかった。

 彼女の沈んだ目線は、なにを見ているのだろうか。

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