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第六百五十一話 人間たち

「バラン=ディアラン?」

「そ、バラン=ディアランって名乗ったの。名前だけは聞いたことがあったからさ、話を聞くことにしたんだよ」

 セツナが二十日朝の出来事を話したのは、《獅子の尾》の宿舎に戻ってからのことだった。セイドロックに帰還後、真っ先に向かったのは、もちろんハーマイン=セクトル将軍の居場所だ。連合軍ジベル突撃軍の指揮官であるところのハーマイン将軍に無事帰還した旨と、道中起きたことを報告する必要があった。

 報告内容は、ネヴィアからウェイドリッド砦に移動中だったらしい皇魔の群れを発見、これを壊滅に追い込むが、あと一歩のところで全滅には至らなかった、ということがひとつ。三千ほどの皇魔をたったふたりで撃破したことには、ハーマイン将軍を筆頭にジベル突撃軍の首脳陣も感嘆の声を上げた。恐怖を抱いたものもいたようだが、そんなことは知ったことではない。セツナはセツナにしかできないことをするだけの話なのだ。

 そして、翌朝、謎の兵士たちに天幕を包囲されたということ。

 一面の銀世界に出現し、セツナたちの天幕を包囲した幽鬼のような兵士たち。彼らは攻撃する意思もなければ、セツナたちを見て逃げようともしなかった。ぼろぼろに壊れた鎧を纏い、折れた剣を携え、矢は尽き果てている。激しい戦いを終えたのだということはよくわかったし、傷だらけの兵士たちの姿には悲壮感が漂っていた。

 まるで落ち武者のような兵士たちの姿に、セツナはどうするべきか迷ったものだった。敵意はなく、殺気もない。ただ、目だけが爛々と輝いているのが、むしろ痛々しい。

 そうするうちに、代表者らしき人物がセツナとレムの前に現れた。落ち武者同然の兵士たちと同様にくたびれた鎧を纏う人物は、しかし、威厳と力強さを持ち合わせていた。生気を失っていない目には光が宿り、言葉には力があった。

 彼はバラン=ディアランと名乗った。

 バラン=ディアランといえば、かつてガンディアにいた将軍の名前だということをセツナは覚えていた。ファリアかルウファ辺りに教わったことだ。先の王シウスクラウドが健在だったころに権勢を誇った将軍のひとりであり、勇名を馳せた人物でもあるという。が、シウスクラウドが病に倒れ、後を継ぐべきレオンガンドが暗愚であると知ると、ガンディアに未来はないと嘆き、国を去っていったという人物でもあった。

「確か、陛下を見限って国を捨てたひとですよね、バラン=ディアランって」

 エミル=リジルが、おずおずと尋ねた。ログナー人である彼女が知っているということは、余程有名な事件だったということなのだろう。

 一国の将軍が次期国王の有り様に失望し、国を去るなど、そうあることではない。と考えれば、エミルが覚えているのも不思議ではないのかもしれなかった。とくにログナーはガンディアの隣国であり、バルサー要塞を奪取する機会を常に窺っていたような国だ。ガンディアの内情に詳しくて当たり前、というところがある。

「そのせいでディアラン家は取り潰され、ガンディアの貴族社会に反レオンガンドの気運が高まったのよね?」

「陛下への風当りが強くなったのは、バラン将軍のせいだけとはいいませんけどね。ディアラン家は、我がバルガザール家と並ぶ武門の家柄。バラン将軍がガンディアを去らなければ、父上と大将軍の座を争ったかもしれません。まあ、その家も取り潰されたとあっては、バルガザール家に並び立つ家柄はなくなったといってもいいんですが」

「取り潰す……ねえ」

「当主だけでなく一族郎党ともども国を去ったんだ。家名を残しておく道理はない」

 ルウファの声音は、ひどく冷酷なものに聞こえた。実際、彼のバラン=ディアランに対する感情は冷え切っているのかもしれない。彼のガンディア王家に対する忠誠心は、極めて厚い。レオンガンドに認められたというだけで号泣し、王立親衛隊の一員に抜擢されたとき、彼はだれの目にもわかるほど舞い上がっていたものだ。そんな彼にしてみれば、バラン=ディアランなど許しがたい裏切り者でしかないのだろう。

 ガンディア軍人の多くは、彼と同じような目で、バラン=ディアラン将軍を見ていた。

「で、なんでまたそんなひとがセツナを襲うような真似をしたわけ?」

「バラン=ディアランってひとは、ガンディアを去ったあと、紆余曲折の後、ハスカの将軍になっていたらしい」

「ハスカって魔王に滅ぼされた国でしょ」

「そう。バラン将軍も、国とともに死ぬ覚悟だったらしい」

「でも、生き残った」

「生き残ってしまった、とあのひとはいっていたけどね」

 セツナは、バラン=ディアランの冷たく燃えるような目を思い出した。

『皇魔に生かされたのだ。リュウフブスのメリオルと名乗る皇魔に……!』

 口惜しさに拳を震わせる将軍の姿は、セツナの記憶に鮮明に残っている。剣も槍も使いものにならない状態で生き残ってしまった彼らは、ハスカが滅び行く様を見届けるしかなかったのだという。戦おうにも、動くことすら許されなかった、らしい。

 ハスカがクルセルクに併呑され、反魔王連合の四国が小国家群から消滅したのを知った彼は、生き残った部下とともに、死に場所を求めてクルセルクの領土を彷徨っていたのだという。

「そんなときに不審な天幕を見つけたから包囲したってわけね?」

「どうもそうらしい」

「なにもない雪の上に天幕がひとつだけあったら、だれだって疑いますよね」

 レムがなにやらおかしそうにいった。

 一面の銀世界。

 なにもかもが雪の白さに覆い隠された世界で、小さな天幕だけが異質だったのは、そのとおりなのかもしれない。



「ハスカを取り戻したいから力を貸してほしい、と?」

 ハーマイン=セクトルの目が冷ややかに輝いたのを、エイン=ラジャールだけは見逃さなかった。対して、バラン=ディアランの目も輝いている。だが、バランの目の輝きとハーマインの目の輝きは、質のまったくことなるもののようだった。

 ジベルの将軍にしてこの混成軍の主将である彼にとって、それは、考えられない申し出だったのは間違いない。ジベル突撃軍は、反クルセルク連合軍の一部隊に過ぎないのだ。指揮権こそハーマインに与えられているものの、彼の一存で軍を動かすことはできない。もちろん、それが連合軍に利するところであればなんの問題もない。エインも後押ししただろう。

 しかし、ハスカの領土を回復するためだけに戦力を割くことは、いまの連合軍にはなんの旨味もなかった。それに、魔王ユベルを降し、クルセルクの主権さえ奪ってしまえば、旧ハスカ領土などなにもしなくとも手に入るのだ。いま無理をする必要は、まるでなかった。

「あの少年から、あなたがたの目的は聞いている。クルセルクの魔王を討つのだろう? 連合軍を結成したのもそのためだ。違うか?」

 バラン=ディアランは、その武人然とした風貌通りの人物だった。そして、話に聞く以上の頑固者らしい、ということがわかる。

(押しの一手……か。それじゃあハーマイン将軍は動かないなあ)

 ガンディアのかつての将軍についての評価は、同時代人であるナーレス=ラグナホルンから直接聞いたことがあるのだが、バラン=ディアランは優秀な将軍だったらしい。

 アルガザード=バルガザールとともにガンディアの双璧と呼ばれるほどの人材であり、彼が国を去るのは、ナーレスでさえ痛手だと思っていたということだった。ほかにも何人か、優秀な人材がガンディアを見限ったために生まれた穴を埋めたのが、デイオン=ホークロウ将軍である。デイオン将軍の八面六臂の活躍がなければ、ガンディア軍はあっという間に瓦解していたのではないか、というナーレスの言葉は、話を盛りすぎているきらいはあるが、無視できない事実でもあるのだろう。

 そんなバラン=ディアランが、なぜ、この鋼冑戦団基地の会議室にいるのかというと、セツナが連れてきてしまったからだ。その報告を聞いたときのハーマイン=セクトル将軍の顔は、見ものといってよかった。厄介なものを連れてきた、とでもいいたげな表情であり、感情を表に出すことの少ないハーマイン将軍の人間らしい一面が見れて、エインは内心得をしたと思ったりもした。

 セツナがハスカの遺臣たちを連れてきた感想は、ハーマインに同意だったが。

「バラン=ディアラン殿。あの少年とは、だれのことですか?」

 ハーマインが、冷ややかに問うと、バランは訝しげな眉を顰めた。ハーマイン将軍の言いたいことが理解できないのだ。

 エインは、やれやれと肩を竦めながら、バランに多少同情した。もっとも、現状を理解できない彼に同情する余地などあろうはずもない。力を貸してほしいというのならば、頼み方を考え得るべきだろう。

「あなたが少し前までハスカの将軍であったからといって、他国の、それもかつて所属していた国の領伯を、あの少年などといっていいはずがございますまい。セツナ・ラーズ=エンジュール伯の名を知らぬとはいわせませんよ」

「知っているとも。だが、いまは、礼儀作法の話をしている場合ではないだろう! ハスカは魔王の手に落ち、国土には皇魔が満ちているのだ! ハスカの民が救いを求めているのだぞ!」

 拳を振り上げて声高に叫ぶ老将を見遣りながら、エインは、ぼそりとつぶやいた。もちろん、彼に聞こえる程度の声で。

「……反魔王連合が不甲斐ないからそうなったのでしょうに」

「なんだと?」

「魔王に喧嘩を吹っかけた挙句、為す術もなく敗れ去り、結果、領土を蹂躙されたというだけのことでしょう? 勝てないとわかっているのなら、最初から戦うべきではなかったんですよ」

「魔王がクルセルクの領土を拡大しようとすれば、近隣国は立ち向かわざるを得ないだろう! 魔王に従うなど、人間という種に対する冒涜以外のなにものでもない……!」

 バラン=ディアランの堅く握った拳が、小刻みに震えていた。彼の怒りは、この場にいるものたちに対するものではないようだ。魔王と、それに付き従う化け物たち。それに、魔王に敗れた無力な自分たちへの怒り。国土を失ってもなお生き恥を晒してしまった自分たちへの行き場のない怒りが、彼を奮い立たせるのかもしれない。

「その通り。皇魔を使役する魔王の存在を許すことはできない。故に、我々は連合軍を結成し、このクルセルクに乗り込んできた。多大な犠牲を払ってでも、魔王をこの世から消し去るために」

 ハーマインは、底冷えのするような声で、告げた。

「ですが、ハスカだけを救うためだけに兵を失うのは、連合軍としては許容しがたい。我々の目的は魔王の討伐なのですから」

 会議は、それでお開きとなった。

 バラン=ディアランはしばらく呆然としていたようだが、エインが部下に指示を出し、席を立つころには会議室から消えていた。

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