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第六百五十話 遭遇と帰還

「気づいているか?」

「はい」

 レムの静かな返事を聞いて、セツナは軽く安堵を覚えた。

 セツナ自身が違和感に気づいたのは、ついさっきのことだ。目が覚めてから意識がはっきりするまで、ぼんやりと、無駄な時間を過ごしている。蓄積した疲労は回復し切るには至らず、消耗した精神力が補填される様子もない。緒戦で暴れすぎたのが原因だが、昨日の戦いも矛の力に頼りすぎたのは事実だ。そうしなければ皇魔を撃滅することなど敵わないという現実があるのだが。

 レムが身支度を整えている間にセツナの意識は正常化した。携行食を口に放り込んでも空腹は埋まらなかったが、我慢するしかなかった。違和感があったからだ。

 天幕の外の空気が重いのだ。天幕の内側にいてもわかるくらいの緊迫感が、セツナとレムを包囲している。

「つけられたかな?」

「可能性としてはありえますが、ここに至るまでの道中、警戒を怠ったことはありませんですのよ」

「うん。別にレムの失態だなんて思っちゃいねえよ。相手が上手だった、っていう可能性のほうが高い」

「上手……でございますか」

「召喚武装を用いれば、レムの感知範囲外からも追尾できるだろうし……飛行能力を有した皇魔もいる。追跡する手段はいくらでもあるということだ」

 セツナは、天幕の屋根裏を仰ぎながらいった。外は晴れているのだろう。天幕の様子から、朝日の眩しさが想像できた。とはいえ、寒い。いつまでも毛布に包まっていたいとさえ思うのだが、そういうわけにはいかないということも、理解している。

「しかし、追跡者なら不自然な点もあるな」

「はい。包囲するだけで攻撃してこないというのは……」

「なにかほかに目的があるということなのか……それとも、追跡者じゃないということなのか。いずれにしても、出てみなければわからないということか」

「そういうことでございますね」

「戦闘になる可能性だけは考慮しておけよ」

「ご主人様こそ」

「ああ」

 うなずいたときには、セツナは、天幕の外に顔を出していた。そして、あまりの眩しさに薄目がちになる。

 昨夜のうちに降り積もった雪が一面の銀世界を作り上げていたからであり、セツナとレムの小さな天幕を完全に包囲する兵士たちの鎧が陽光を跳ね返して、きらきらと輝いていたからだ。



「あたしとセツナのふたりでよかったんじゃないの? よりによって、なんであの女なのよ」

 ミリュウが後ろ手に腕を組みながらぼやいたのは、セイドロックの城壁の哨戒任務を終え、《獅子の尾》に充てがわれた宿舎に戻る最中だった。武装召喚師の哨戒任務ほど気楽なものはない。召喚武装を装着し、巡回する程度のことだ。

 わずかでも異変があればすぐにわかるほどに強化された五感は、人間の規格を超えているのかもしれない。だから、武装召喚師は負担が大きく、だれもが簡単になれるものではないともいえる。事実、皇魔が使っていた召喚武装を死闘の末に勝ち取ったものもいるのだが、扱い切れずに困っている始末だ。

 素人が手を出すべきものではない。

 素人が調子に乗って召喚武装を振り回せば、一時期のセツナよりも酷い末路が待っているのは火を見るより明らかだ。

「駄々をこねないの。仕方ないでしょ。連合軍ジベル突撃軍の指揮官はセクトル将軍で、セクトル将軍が決定したことなのよ」

 ファリアは、ミリュウの声の大きさに内心冷や冷やしながら、それとなく注意した。セイドロックの北部城壁から鋼冑戦団の基地に向かうには、市街地を進むしかない。セイドロックは、反クルセルク連合軍の制圧下にあるものの、市民の生活に支障が出ることのないように配慮されており、雪景色の市街地には、駆け回る子供たちやその様子を見守る大人たちが大勢いた。哨戒中の軍人の姿もあれば、住人と談笑する兵士の姿もあった。

 ミリュウを陥れようとするような酔狂な人間などいないだろうが、《獅子の尾》の評判を貶めないように振る舞う必要はあった。言動には、注意しなければならない。

(いまさらだけどね)

 どうやら、連合軍の中には《獅子の尾》とは傍若無人の武装召喚師集団という風評が流れている、らしい。

「むー」

「ここの防備だって薄くする訳にはいかないもの。いつウェイドリッド砦の戦力が押し寄せくるかわかったものじゃないわ」

「そうだけどお」

「セイドロックを防衛するだけの戦力なら、《獅子の尾》抜きにしても十分にあるんですけどね」

 路地からひょっこり姿を表したのは、エイン=ラジャールだった。彼はいつものように三人の美女を伴っていた。エインを含め、皆、分厚い外套を羽織り、手袋をしていた。ファリアもミリュウも防寒対策はばっちりだったが、それでも温かい、とは言い切れなかった。昨夜から急激に冷え込んできている。

「あ、裏切り者発見」

「だれが裏切り者ですか」

「あたしの愛を裏切ったわ」

「なにがいいたいのかさっぱり」

 エインが困ったような顔でファリアを見てきたが、ファリアは肩を竦めただけでなにもいわなかった。ミリュウのいいたいことはわかるのだが。

「セツナに頼み事をするのはいいとしても、そこにあたしを加えない辺りがそこはかとなく裏切り者っぽいじゃない」

「いやあ、さすがにミリュウさんとセツナ様をふたりきりで行動させるのはまずいかなあ、と思いまして」

「なんでよ」

「だって、ねえ」

「……確かに」

 エインが目線を寄越してきたので、ファリアは軽く頷いた。実際、彼の言い分も理解できてしまうから困るのだ。セツナもミリュウも奥手ではあるのだが、ミリュウにはある種の積極性がある。同時に、乙女のような恥じらいも持ち合わせているのだが、何日もふたりきりで行動しているうちに積極性が勝利してしまうかもしれない。

「ファリアも同意するの? なんで!?」

「ときには自分の言動を振り返るのも大事なことですよ」

「ええー!?」

 ミリュウが大袈裟に悲鳴を上げるのを横目に見やって、ファリアは、小さく笑った。


「それで、参謀局第一室長殿、我々になにか用事ですか?」

 ファリアが改めて問いかけたのは、エインが姿を見せたのがあまりにも都合が良すぎたように思えたからだ。彼のような立場の人間が、そうそう街の中を出歩いているはずもない。

「ああ、それですけど、ついいましがたセツナ様が東門に到着したということを報せようと思っただけなんで、特に用事はないですよ」

「結構早かったわね」

 ファリアは、素直に驚いた。セツナとレムがネヴィア方面の調査に向かったのは、十八日の午後のことだ。セイドロックからネヴィアまで早馬を飛ばしても二日はかかるといわれており、ネヴィアの様子を見て帰ってくるだけでも四日は必要とされていた。

 それもあって、ミリュウは苛々していたのだ。四日以上もレムとふたりきりなど、セツナを溺愛する彼女には耐え難いことに違いなかった。レムがセツナに迫るようなことなどありえないと踏んでいるファリアには、ミリュウの気持ちはわからないのだが。 

「ええ。馬を飛ばしたにしても早過ぎるくらいです。俺の予想では、ネヴィア方面からウェイドリッド砦に向かっていた皇魔の軍勢とばったり出くわした、というところでしょうね」

「それで、戦って、蹴散らしてきた、と」

「セツナ様ならやりかねませんね」

「けしかけたのはどちらさま?」

「さて……って、あれ?」

「ん?」

「ミリュウさんは?」

「あ――」

 ファリアは、直前までミリュウが立っていた空間が真っ白な空白になっていることに気づいて、唖然とした。積もった雪の上に深々と刻まれた足跡を辿って目線を動かすと、もう小さくなったミリュウの姿が見えた。距離は、どんどん離れていく。

 彼女は、間違いなくセイドロックの東門に向かっていた。

「相変わらず、セツナのことになると早いんだから」

「うかうかとしていられませんね」

「なによ?」

「いいえ、なにも」

「もう。みんなしてそんなことをいうんだから……」

 ファリアは、わざとらしく怒ったふりをすると、ミリュウの後を追って歩き出した。

(意識しちゃうじゃない)

 寒さに震える体の奥底が熱を帯び始めたのを認識して、頭を振る。ほかのことに気を取られていては、雪に足を滑らせて転倒してしまうかもしれない。

(ミリュウって凄いわね)

 もう彼女の姿は見えなくなっている。雪の上を駆け抜けていった、ということだ。生粋の武装召喚師である彼女にしてみれば、雪で凍った地面など、なんの問題もないとでもいうのだろうか。

(わたしも生粋の武装召喚師なんだけどな)

 それこそ、父も母も武装召喚師で、祖母に至っては武装召喚術の始祖の弟子なのだ。純然たる武装召喚師の血統といってよかった。ファリア自身、物心ついたときには古代言語を諳んじるほどだったし、人並み以上の修練を積み重ね、武装召喚師として独り立ちしたのだ。体術でも、ミリュウに負ける気はしなかった。また、彼女のように後先考えず飛び出すような無謀さを持ちあわせてもいなかった。

 それが少しばかり悔しく思えたのは、東門に辿り着いたとき、セツナに抱きついているミリュウを目撃したからだ。が、すぐにそんな感情も消えて失せた。

「おかえりなさい。なんだが大所帯ね?」

「ああ、ただいま……いろいろあってね」

 セツナは、ミリュウの抱擁をいつものようにかわしながら、なんともいえないような表情をした。

 セツナとレムの背後には、二百人ほどの兵士が立ち尽くしていた。

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