第六百四十八話 彼と死神(六)
連合軍が攻略対象にしたセイドロック、ゴードヴァン、ランシードという三つの都市は、クルセルクの元々の領地であり、クルセルクの代表的な都市群といってもいいらしい。ガンディア、アバード、ジベルの国境近くに位置するために攻略対象に選ばれたのだが、クルセルク領内にはほかにも多数の都市が存在する。
クルセルクは、昨年十月頃に勃発した反魔王連合と称する四カ国連合軍との戦争に勝利し、その四カ国の領土をそのまま手中に収めている。結果、最盛期のザルワーンを凌駕する国土を得、それに比例するだけの戦力も得ていた。もちろん、反魔王連合との戦争は苛烈であり、死人も多く出ただろう。リジウル、ハスカ、ノックス、ニウェールの戦力をそっくりそのまま手に入れる、などということはできなかったはずだ。
ガンディアがザルワーン全盛期の戦力を得ることができなかったのと同じだ。戦争は、互いの戦力を消耗するものだ。死人は生き返らない。失った兵力を補充するのは、簡単なことではないのだ。だから、被害は最小限に抑えたいし、敵に与える損害も少ないほうがいい。無傷で勝利することができても、敵が全滅してしまっては意味がない。敵は、対峙したときこそ敵だが、勝利し、支配下に組み込めば味方となる。
「ま、あれは仲間にならんだろうけどさ」
遠方に蠢く化け物どもを見遣りながら、セツナはぼやくようにいった。冷え切った大地は白く染まり、いまが冬のまっただ中であることを思い知らせるかのようだ。吹き抜ける風も凍てついていて、気を抜くと凍ってしまうのではないかと思うほどだった。いくら外套を着込んでいても、冷気を防ぎきることはできない。
「見えますか?」
「ああ、はっきりとな……三千から四千といったところか」
セツナは、レムにうなずくと、ゆっくりと行軍しているらしい皇魔の数を大雑把に伝えた。レムが手綱から手を離し、懐から取り出した手帳に情報を書き記していく。セツナの役割は、黒き矛を手にすることによって得た超視覚で敵軍の詳細な情報を伝えることである。
「大型が百はいるな。それ以外には……そうだな。飛行型が多いようだ」
ネヴィア方面の様子を見てきてほしい、というエインの依頼である。ネヴィアは、元々ニウェールの都市だが、先もいった通りニウェールはクルセルクに破れ、飲み込まれたため、ネヴィアもクルセルクのものとなっているのだ。
ネヴィアは、セイドロックの北東にして、ウェイドリッド砦の東に位置している。セイドロックを落としたジベル突撃軍のつぎの目標は、セイドロックの北に位置するウェイドリッド砦なのだが、そのウェイドリッド砦を攻撃中にネヴィアの部隊が横槍を入れてくる可能性があった。砦攻略に集中した隙に背後を衝かれれば、壊滅的被害を出すかもしれない。
そこで、ネヴィア方面に探りを入れ、可能ならば敵戦力を間引いてきてほしい、と、エインは、セツナに依頼してきたのだ。《獅子の尾》ではなく、セツナに、である。《獅子の尾》は国王直属の親衛隊であり、エインでさえ動かすのは躊躇わざるをえないようだった。セツナになら依頼できる、というのは少し理解しがたい感情だが、甘えもあるのかもしれない。頼られている、ということでもあるだろう。
セツナは簡単に了承したが、ハーマイン将軍の許可を取るのに骨が折れた。ジベル突撃軍の責任者はジベルの将軍ハーマイン=セクトルだ。彼は、ガンディア国王の親衛隊長にしてエンジュール領伯であるセツナを危険な目に合わせることを恐れていた。ガンディアとの関係に響くから、というのもあるだろうが、セツナが重要極まりない戦力であることが、セイドロックの戦いでわかりすぎるほどにわかったからだ、と彼は告げてきた。セツナの存在ほど、クルセルク戦争の趨勢に影響を及ぼすものはいないという高評価には、セツナも面食らうほどだった。
しかし、死神零号ことクレイグ・ゼム=ミドナスが、死神壱号も同行するというと、ハーマインは態度を変えた。クレイグを信頼しているのか、死神壱号レム・ワウ=マーロウの実力を評価しているのかは、わからなかった。
その日の夜、セツナはレムとともにセイドロックを出発している。馬を操るのはレムの仕事だった。そろそろ乗馬技術を学ぶべきだとレムに忠告されたが、反論の余地もなかった。
目的地のネヴィアは、セイドロックから馬を飛ばし続けて二日ほどの距離にあるという。道中、ふたりきりの一夜を過ごすことになった。組み立て式のテントは、セツナとレムと彼女の死神が力を合わせれば簡単にできあがった。死神を平然と呼び出すレムに驚いたものの、彼女にしてみれば、一度披露した以上、隠す必要はないということらしかった。
翌朝、馬を飛ばした。クルセルクの領土内。警戒網が敷かれているだろうことを考慮して、街道から大きくそれて移動した。ウェイドリッド砦方面に向かって行軍する皇魔の集団を目撃したのは、太陽が中天に輝く頃合いだった。
東から西に向かって、ゆっくりとした速度で移動する魔物の群れ。
ここが魔王の国であることを思い知らされるようだった。
「ウェイドリッド砦に入るのかもな」
「皇魔を砦に入れるでしょうか?」
「ん?」
「セイドロックも、都市内の防衛には正規軍を当て、皇魔は城壁外に配置していたようですし」
「そういえばそうだったな」
セツナは、カオスブリンガーを握り直しながら、セイドロックの市街地の光景を思い出した。
セイドロックの市内には、人間の姿しかなかったのだ。皇魔が人間の上に君臨しているわけでもなければ、皇魔と人間が共存している風でもない。むしろ、皇魔の影すらなくなったことを喜ぶ市民ばかりであり、多くの住人が、ジベル突撃軍に感謝を述べ、連合軍の到来を歓迎してさえいた。鋼冑戦団が降ったのは、セイドロック市民の感情を理解したからなのかもしれない。
だれもが、魔王の支配から解放されることを喜んでいるのだ。
『魔王は、善政を行っているようですね。それこそ、本来のクルセルク王家よりも余程国民のことを考え、政治を行っているらしいです。国民の中には、魔王を支持するものも少なくない』
エインの解説が脳裏を過る。
『しかし、彼が皇魔を従え、恐怖と暴力ですべてを支配しているという事実を否定することはなにものにもできない。魔王がいかに民に施しを与え、この国に繁栄と勝利を約束しようとも、皇魔を使役している事実がすべてを曇らせるのでしょうね』
魔王は、皇魔さえ従えなければ、皇魔の軍勢さえ率いなければ、王として傑出した人物になっていたかもしれない、とも、エインはいった。しかし、魔王は皇魔を使役しなければ、クルセルクの王にはなれなかっただろう、ということもわかっている。魔王は、クルセルク王家の血筋ではない、という。王位を簒奪し、勝手にクルセルクの王を名乗っているにすぎないのだ。
そして、王位を簒奪できたのは、魔王が皇魔を従えていたからだ。つまり、魔王がただの善王になることなどできなかった、ということだ。
ふと、セツナはつぶやいた。
「魔王の目的ってなんなんだろうな」
「皇魔で世界を埋め尽くすこと、ではないでしょうけれど……よくわかりませんですわ」
「俺には支離滅裂に思えるよ」
「どうして?」
「わざわざ多数の国に宣戦布告をしたところとかさ」
「クルセルクが皇魔を使役しているという事実が明らかになった以上、周辺諸国から敵視されるのは当然の成り行き。であればこそ、魔王みずから宣戦布告したのでございましょう」
「そういうもんか」
「そういうもん、でございますですわ」
レムは、手帳を懐に仕舞うと、こちらを振り向いた。
「どうされますの?」
「ついでだ。間引こう」
「殲滅しよう、の間違いでは?」
彼女の指摘に、セツナは苦笑するしかなかった。