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第六百三十七話 黒禍(一)

 セイドロックを巡るジベル突撃軍の戦闘もまた、苛烈の極みにあった。

 何千もの皇魔を相手にした戦いだ。激しいものになるのは、最初からわかりきっていたことではあったし、多少の出血も覚悟の上のことだ。荒ぶる皇魔の猛攻は、多数の死者を出したし、負傷者は数え切れないほどに出た。

 武装召喚師でさえ、傷を負うのだ。常人が重傷を負い、あるいは死ぬのも、仕方のないことかもしれない。

 数の上ではこちらが圧倒している。

 しかし、質は、魔王軍のほうが上なのは間違いない。質といっても、個体差は大いにある。小型皇魔の代表格であるブリークは雷撃にさえ気をつければ、一般の兵士でも順当に戦えるだろう。小鬼グレスベルとも、比較的戦いやすい。が、それは小型に限った話だ。中型以上の皇魔となれば話は別であり、一般兵では太刀打ち出来なくなった。仲間と協力し、連携することで対抗するしかない。それほどまでに皇魔の力というのは凶悪なのだ。

 武装召喚師たちが気張るしかない。

(俺たちが、な)

 セツナは、カオスブリンガーの切っ先を返して赤鬼の腕を切り飛ばすと、怒りに満ちた唸りを聞きながら周囲を見回した。見回しつつ、レスベルの首を刎ね、その場から飛び離れる。雷球が着弾し、レスベルの死体もろとも地面に大穴を開ける。小型皇魔でさえこれだ。油断すれば、セツナといえど命はない。

 ジベル突撃軍は、クルセルクに乗り込んだ連合軍部隊の中で、最大規模の軍勢だ。一万六千を超える兵数は、かつてガンディアがザルワーン戦争で投入した戦力よりも多く、当時のザルワーン軍の兵数よりも多いという。

 もっとも、それだけの数の兵士が全員、この戦いに参加しているわけではない。

 半数の八千は、ハーマイン=セクトル将軍に率いられ、セイドロックの制圧に向かっている。つまり、ジベル突撃軍は、皇魔の軍勢を目前にして、部隊をふたつにわけたということだ。

 セツナたち《獅子の尾》を含む残りの八千は、セイドロック南東に展開した皇魔軍団を引きつけるのが役目であり、その間にハーマイン率いる八千が戦場を大きく迂回して、セイドロックに攻撃を仕掛ける、という段取りになっていた。

 ジベルの死神部隊はセイドロック攻略部隊に同行しているため、この戦場の主力は、ガンディア王立親衛隊《獅子の尾》ということになる。レム・ワウ=マーロウは相変わらずセツナの護衛任務についたままであり、彼女だけはこの戦場に残っていたが。

 そして、レムがいるということは、死神の戦い方というものも自ずとわかるということだ。

 ファリアの雷撃が小型、中型の皇魔を圧倒し、ルウファの飛行能力が戦場をかき乱す。ミリュウの伸縮自在の斬撃とも打撃ともわからぬ攻撃が大型皇魔さえ手玉に取る。そんな中で、死神壱号の戦いは、異様なものに映った。

 黒き獅子の仮面を被ったレムは、己の影の中から大鎌を取り出してみせると、身の丈以上もある大鎌を自在に振り回して、皇魔たちを血祭りにあげていった。それだけではない。彼女の影の中から、異形の存在が出現し、周囲の兵士たちの度肝を抜いた。闇色の法衣を纏い、髑髏じみた顔を持つそれは、まさに死神と呼ぶに相応しい威容と異形さを誇っていたのだ。

 それが死神の能力なのだろうが、その本質がなんなのかはわからない。召喚武装なのか、はたまた、外法を施術されたことで発現した異能なのか。どちらにしても、凶悪な力であることに変わりはなかった。

 死神が、いびつな手で掴んだブリークの体をばらばらに引き裂いて、哄笑する。声は聞こえないが、笑っているのはわかる。

 こちらを見て、嘲笑っているのだ。

(やっぱり、あんたが敵か……?)

 彼は、うんざりと死神の髑髏を睨みながら、右に飛んだ。ブフマッツの巨体が通り過ぎていく。青く燃える鬣が、大気中に熱気を撒き散らす。その馬体に紫電の矢が突き刺さり、小さな爆発を起こした。

「油断、しない!」

「わかってる!」

 ファリアの剣幕に、セツナは早口で返事をした。同時にカオスブリンガーの力をさらに引き出す。武装召喚師とひとりの死神が猛威を振るっているとはいえ、皇魔の数は多い。小型だけならばまだしも、中型、大型に分類される皇魔も数え切れないほどにいて、味方の兵士たちを殺戮して回っている。連合軍兵士の悲鳴が、セツナの鼓膜に突き刺さる。助けを求めながら死ぬものもいれば、家族の名を叫ぶものもいる。戦士としての誇りを胸に死ぬものもいて、皇魔に一矢報いて死ぬものもいた。

 弱い人間から死んでいくのではない。不運な人間から死んでいくのではない。ただ、見境なく死んでいくのだ。

 この戦場だけで、死んでいるわけではない。

 今日、一月十六日、クルセルクの各地で戦闘が起きている。ジベル突撃軍はセイドロックを、アバード突撃軍はランシードを、アバード遊撃軍はゴードヴァンを、それぞれ同日に攻撃するという手筈だった。ほぼ同時に攻撃することで都市間の連携を無力化する戦術は、ザルワーンの五方防護陣攻略にも用いられたものだ。もっとも、五方防護陣は、ガンディア軍が攻略するまでもなく消滅したため、実践するのは今回が初めてということになるのかもしれない。

 ほかのふたつの都市にも、同等の戦力が手配されていたとしてもおかしくはないし、そう考えるのが必然だ。皇魔だけではない。人間で構成されたクルセルクの正規軍二万も、各都市に配備されているはずだった。都市を制圧するには、皇魔軍と正規軍を打倒しなければならず、激戦が予想された。

 それでも、クルセルクが保有する皇魔の半数を、ザルワーンのガンディア軍が受け持っているのだから、大分ましな状況といったほうがいい。

 全軍で正面から乗り込んでいれば、六万の皇魔と激突していた可能性もあるのだ。そうなれば、黒き矛でもどうすることもできなかったかもしれない。

 ドラゴン一体撃破することと、六万の皇魔を一掃することは等価ではない。ドラゴンは、いくら巨大で、絶大な力を持っていたとしても、一体だったのだ。ただの一体。天を衝くほどに巨大だったが、一体は一体だ。それに対して、魔王率いる皇魔の総数は六万という。たとえばセツナが黒き矛を用いて、そのすべてを殺し尽くすことができたとしても、殲滅するまでに連合軍が致命傷を負う可能性も高い。そんな分の悪い賭けには出られない。

『どこか山でも燃やして、その火を全部黒き矛に蓄積しておくとか、どうでしょう?』

 そんな物騒なことを真顔でいってきたのは、エインだったが、当然、そのような提案は受け入れられるはずがなかった。そもそも、その程度の炎で六万の皇魔を焼き尽くせるはずもない。クルセルク全土を焦土と化すだけの炎を用意できれば、話は別かもしれないが。

 だが、その場合でも、数え切れないだけの人間が死んだだろう。国土を焼き尽くすということなのだ。戦争とは無関係の人々が大勢死んだに違いない。

(ランカインにはなれねえよ)

 ランカインになることを拒否したところで、彼以上の人間を殺している事実を否定することはできない。もちろん、そのつもりもない。すべてを受け入れ、認めるだけだ。

(それでも、人死は少ない方がいい)

 特に味方の被害は少ないほうがいい。

 セツナは、ルウファが吹き飛ばしてきたレスベルを真っ二つに切り裂くと、吹き出した血の向こう側でリョットの角に貫かれて死ぬ兵士の姿を見た。

 被害を少なくするためには、すべての戦闘を早期に終わらせる必要がある。

(終わらせる? だれが)

 飛びかかってきたブラテールの胴体をカオスブリンガーの穂先で両断し、血と臓物が飛び出る瞬間を目撃する。どす黒い血の雨が降った。血の一滴一滴に、見知らぬ光景が浮かび上がる。転移の予兆。血を媒介とする空間転移。黒き矛の能力のひとつであり、カオスブリンガーが規格外の召喚武装といわれる所以のひとつでもあった。

(俺に、できるのか)

 ルウファが翼を羽ばたかせ、強烈な空圧を発生させると、ブリークの群れを天高く打ち上げた。そこへ、無数の雷撃が打ち込まれていく。ファリアのオーロラストームによる超連射だ。さらに伸びに伸びたミリュウの刃が、まるで天に昇る龍のようにブリークたちに襲いかかった。ブリークの亡骸はばらばらに砕け散り、雨となって降り注ぐ。その血の雨の中に景色は見えない。黒き矛が原因でなければ、媒介には使えないのだろう。

「お見事でございますですわ」

 どこか投げやりなレムの賞賛を聞き流しながら、セツナは敵を求めて視線を巡らせた。敵を切り裂き、血を流させなければならない。でなければ、戦いは終わらない。

(そんなことが、俺にできるのか……!)

 地を蹴って、飛ぶ。遙か前方のブフマッツの首に切っ先を突き刺し、その勢いのまま押し倒して矛を引きぬくとともに周囲の皇魔をでたらめに切り刻む。

 奇怪な叫び声が響く中、血煙が舞った。

 世界が揺れた。



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