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第六百三十四話 戦場蹂躙

 最初に異変があった。

 戦場に、異変が起きた。

 盛大な爆音が、大地を震撼させたかと思うと、電熱を帯びた衝撃波が戦場を駆け抜けていった。皮膚が焦げ、意識が焼けるような錯覚が、戦場にいた兵士ひとりひとり、皇魔一体一体を貫いていった。閃光が、遅れてやってきた。視界が燃えた。白く、塗り潰された。なにも聞こえなくなった。音があったのかもしれない。さらなる衝撃が胸を貫く。痛みはなかった。

「なんだ……?」

 断末魔の叫びが聞こえた。憎悪に満ちたそれは、皇魔の発したものに相違なかったのだが、しかし、発生源は敵陣の奥深くであることが不可解だった。この数だ。敵陣深くまで切り込むのは、熟練の武装召喚師すら腰が引けるだろう。いくら武装召喚師が強くとも、何千もの敵に囲まれればただでは済むまい。

 だが、ドルカたちの考えを嘲笑うように、敵陣の奥から数多の悲鳴が聞こえてきた。同時に、彼らの目の前の皇魔たちが、後方の異変に対応しようとする。眼前の敵よりも後方の異変を対処するべきだと判断させるほどのなにかが、戦場に起こっている。

「なにが起きた?」

 ドルカは、だれとはなしに問いかけながら、ブリークの死体から軍用刀を引き抜いた。東進には皇魔の体液や脂がべったりとついている。切れ味は鈍ったかもしれないが、対象を断ち切ることを目的とする軍用刀で切れ味の低下を気にする必要は殆どなかった。

「なにが、起きている?」

 グラードが呆然とつぶやいた。召喚武装を身につけた彼にさえわからないことが、ドルカたち常人に理解できるはずもない。雷鳴のような轟音が戦場に反響し、閃光と衝撃波が嵐のように吹き荒れる。皇魔の悲鳴が無数に重なり、粉塵ともども空高く舞い上げられていく死体の数々が見えた。

「なんだってんだ?」

「凄い……」

「これはいったい……」

 ガンディア軍の兵士たちが唖然とする一方、魔王軍の皇魔たちは激怒した。敵陣の奥深くで起きた異変は、間違いなく魔王軍に害をなすものであり、皇魔たちの逆鱗に触れるのも当然の出来事だった。化け物たちが正気を失い、敵に背を向けて動き出したのも、必然と言ってもよかったのかもしれない。後方……つまり本陣が壊乱を始めたのだ。人間ならば、算を乱して逃げ出すところだろう。

 一心不乱に後退する皇魔たちの背中に向けて、グラード指揮下の弓兵隊が矢を射掛け始めた。グラードの指示だろう。ドルカは、ニナに目配せすると、グラードに駆け寄った。

 グラードは、鼻頭に切り傷を負っていたが、ほかに目立った外傷はない。ドルカは右太ももを負傷していたし、ニナも無傷ではなかった。激戦は、ドルカたちに死を意識させていた。

「グラードさん、これは……」

「武装召喚師だ」

 グラードは胸の前で拳を握りながら、簡素に告げてきた。取り付く島もないような口ぶりに、ドルカは、苦笑するしかない。

「そりゃあ……ほかには考えようがありませんが」

「五人の武装召喚師が、この戦場で暴れ回っている」

「五人?」

 反芻して、愕然とする。

 二万以上はいるであろう皇魔の群れの真っ只中で暴れ回り、前線の皇魔の注意を引くほどの戦いをしているのがたった五人の武装召喚師だというのは、あまりに衝撃的だった。

 開戦当初から何十人もの武装召喚師が投入されていたという事実がある。彼らが並外れた力を発揮して、相応の戦果を上げているのも、ドルカは知っている。何十人もの武装召喚師が活躍したからこそ、敵軍の損害に比べ、こちらの被害が少なかったのだ。それでも十分すぎるほどに力を発揮しているのだ。これ以上望みようがなかったはずだ。

「たった五人……ですか?」

 ドルカは、自分の中の常識を破壊された気がした。いや、もちろん、今回投入された武装召喚師などよりもはるかに強大な力を持った武装召喚師は知っていたし、彼がひとりいれば、このような戦いにはならなかっただろうことも理解している。だが、彼ほどの武装召喚師がほかにいるとは、考えようもなかった。ファリア・ベルファリア=アスラリアやルウファ・ゼノン=バルガザールといった武装召喚師が驚嘆するほどの召喚武装が、カオスブリンガーなのだ。

 グラードは、ドルカの心境を見透かしたかのようにうなずいた。

「そうだ。たった五人……だが、武装召喚師ならばだれもが知っている連中だ。わたしは武装召喚師ではないが、ウェインから召喚武装の使い方を教わる中で、連中についての知識も植え付けられた」

「だれなんです? その連中って」

「リョハンの戦女神と四大天侍しだいてんしだ」

「リョハンの戦女神……ですって!?」

 ドルカが愕然と声を上げると、周囲の兵士たちまでもが驚愕の表情になった。リョハンの戦女神といえば、紅き魔人アズマリア=アルテマックスの弟子にして、ヴァシュタリアとの戦争で空中都市リョハンの自治を勝ち取った女傑である。大陸史に残る英雄豪傑のひとりに彼女の名を上げたとしても、反論はおろか、異論のひとつもでないだろうといわれる。

 そんな人物が、この戦場に現れたというのか。

「いったいどうやって……」

「ふ……ははは、なるほど、軍師殿が強気でいられる理由がよくわかった。リョハンに援軍を要請したか、リョハンもそれに応じたか! ははは!」

 グラードが大笑いしている間にも、破壊音と衝撃が戦場を揺るがしていた。

 セツナ級の武装召喚師が何人も出現したような錯覚に、ドルカは、興奮よりも恐怖を覚えたのだが、それは、黒き矛の実力をしっているからこその感想に違いなかった。

 

 爆音が、衝撃波となって鼓膜を叩く。

 視界を灼く閃光は、さながら、敵も味方もお構いなしに吹き荒れる嵐のようだった。だが、ガンディアの兵士や傭兵たちに危害が及ぶことはなく、唐突な災厄は皇魔にのみ降りかかり、打ちのめした。

「なにが起きてやがる!」

「武装召喚師の仕業なのは間違いないよ。それにしたってやり過ぎ感満載だけどね」

 止血に忙しいシグルドに代わって指揮を取るジンの様子を眺めながら、ルクスは、グレイブストーンを軽く振り回した。刀身に付着した皇魔の体液を飛ばして、グレイブストーン本来の美しさを取り戻させる。澄んだ湖面のような青さを湛える刀身は、血なまぐさい闘争の中でより一層映えた。爆音と衝撃は、剣に見入る暇を与えないし、そもそも、そんな余裕はない。

 状況は決していいものではなかった。いかに精強な《蒼き風》の傭兵たちであっても、圧倒的な物量を誇る皇魔の群れに混じれば、ただでは済まない。シグルドを含め、負傷者は多く、死者も両手の指では足りないくらいにでている。《蒼き風》だけの問題ではない。同じく傭兵団である紅き羽も、銅竜騎兵団も、多数の死傷者を出していた。ガンディアの正規軍になると、さらに多くの死者が出ているに違いない。

 後退し、態勢を整えなければ、戦線が崩壊するのも時間の問題だろう。ジン=クレールの分析に、ルクスは意見を挟む気にもなれなかった。魔王軍が援軍と合流し、勢いを盛り返したことが、ガンディア軍にとって致命的となったのだ。

 同程度の数でも押し負ける可能性のあった戦いだ。数で相手が上回れば、押し負けるのも必然だった。

 そんな状況下にあって、ルクスの剣はひたすらに冴え渡った。苦境に陥れば陥るほど、“剣鬼”の技は鋭さを増すのだ。窮地ほど高揚するのは、悪い癖だ。それはつまり、勝ち目の見えた戦いほどつまらないものはない、というのと同義だからだ。

 通常、死地に追い込まれなければ力を発揮できない人間など、必要とされるはずもない。

(そんなことはどうでもいいんだけどさ)

 シグルドとジンが必要としてくれるのならば、それだけでいい。

 ルクスは、意識を研ぎ澄ませ、戦場に起きている異変を己の目と耳で確認した。戦場を蹂躙しているのは、規格外の武装召喚師たちだ。おそらく、五人。

 たった五人だ。

 少人数にしても程がある、といってもいいだろう。

「皇魔相手にやりすぎもないでしょう? やらなければやられるんです」

「それもそうだけどさ」

 副長は、団員たちを下がらせようとしていた。眼前に展開していた皇魔が、後退を始めたからだ。皇魔たちは、自分たちの後方でなにが起きているのか理解したのかもしれない。そして、それを止めることが先決だとでも判断したのだろう。目の前の敵よりも、後方の敵を優先するのは、賢い選択ではない。だが、その皇魔の愚かな選択が、疲弊した兵士たちには好都合だった。傷の手当をするにせよ、疲労を回復するにせよ、戦線から離れるべきなのだ。

「俺は、行くよ」

 ルクスは、振り返りもせずに告げた。敵が背中を見せて下がっているのだ。追撃を仕掛ける好機を逃す訳にはいかない。

「ああ、俺たちもすぐに追いかける。行って来い。いって、一番の手柄を上げろ」

「軽くいうなあ。俺の剣って、大量殺戮には向かないんだけど」

「それをやるのが、“剣鬼”でしょう?」

「ははは。期待に答えられるかはともかく、いってきまーす」

 シグルドとジンの軽口に頬が緩むのを止められなかった。大地を蹴り、飛ぶように駆け出す。爆音が大気を震わせ、閃光が視界に散乱する。皇魔の断末魔が幾重にも聞こえ、怒号が無数に響いた。死体が飛び散り、血潮が豪雨のように降り注いだ。

 どこからともなく現れた武装召喚師たちは、グレイブストーンとは比較にならないような大量破壊兵器を使っているようだった。とても、人間技とは思えないし、実際人間業ではないのだろう。それは、武装召喚師たちの力量の凄まじさを示している。

 召喚武装を自在に操るには、相応の技量が必要なのだ。

「はっ」

 ギャブレイトの巨躯が吹き飛んでいく光景に、ルクスは口を歪めた。

 この世には、人間の姿をした化け物がまだまだいるらしい。

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