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第六百三十一話 ガンディアの魔竜

「こりゃあやばいんじゃないか?」

 ミルディ=ハボックは、多少なりとも原型を留めているマルウェールの第一城壁を見遣りながら、つぶやいた。魔王軍の猛攻が始まって数時間もしない間に、第一城壁は崩壊した。ミルディたちは第二城壁への撤退を余儀なくされ、逃げきれなかった兵士たちは皇魔によって殺された。

「言葉にする必要がありますか」

「いやあ、再確認って大事だろう」

「目で見たことがわからないんですか」

「なんていうかさあ、ケイオン君って本当、俺に厳しいよね」

「軍団長が不甲斐ないからですよ」

 ぐうの音もでないとはこのことだ、などと思いつつ、彼はケイオン=オードの調子が戻ってきたことに安堵した。第一城壁の東面がレスベルたちの光線によって破壊されたという報告が入ってからというもの、ケイオンは彼らしくもなく取り乱したのだ。都市の城壁など、鉄壁の防御を誇るわけでもない。人智を超えた力を誇る皇魔がよってたかれば、壊れるのも当然のことだ。ミルディはそう思っていたのだが、ケイオンはそうではなかったのだろう。皇魔が堀の向こうから攻撃してくるとも思っていなかったのかもしれない。白兵戦だけが皇魔の取り柄ではない、という事実を知らないはずがないのだが。

 ブリークを始め、遠隔攻撃能力を有する皇魔は多い。皇魔が人類の天敵たる理由のひとつがそれなのだ。武器を持たずとも、中距離、遠距離の敵を攻撃し、殺すことができるのだ。五百年前の昔より、皇魔が恐れられたのもよく理解できるというものだろう。

 皇魔たちは、倒壊した城壁の上に登り、こちらを睨んでいる。レスベル、ベスベルといった人型の皇魔から、リョットやブラテールといった獣型の皇魔まで、多種多様な化け物が、血のように紅い眼光を発している。殺意が爛々と輝き、いまにも飛びかかって来そうな気配はあるのだが、一向に攻撃してこなかった。

 第一城壁と第二城壁の距離が離れすぎているからに違いない。クルセルクとの戦いのために設けられた第一城壁と、第二城壁の間には、幅の広い堀があり、大量の水が注がれている。堀は浅くはないが、泳いで渡ることくらいならばできるだろう。実際、グレスベルを乗せたブラテール部隊が堀を泳ぎ、第二城壁の真下にまで辿り着いたことがあった。しかし、城壁に取り付いたグレスベルたちは、頭上からの一斉射撃を全身に浴びて死んで堀に落ちるか、第一城壁まで逃げ去った。

 それ以来、皇魔の動きは慎重になっていた。レスベルやベスベルの破壊光線も、第一城壁からでは第二城壁の表面を削ることしかできないようであった。

「しかし、ここにはまともな戦力はいないようだな」

 ミルディの隣であきれるように言い放ったのは、カイン=ヴィーヴルだった。彼は、一仕事を終えたような表情で、門楼に凭れかかっている。周囲の兵士たちは、隻腕の武装召喚師を恐ろしいものでも見るような目で見つめていたが、それも彼の戦いを目の当たりにすれば致し方のないことだ。

 彼は、皇魔の武装召喚師を激戦の末に打ち倒したのだ。苛烈な戦いだった。見ているものが寒気を覚えるほどの戦闘は、カインの残っている腕に傷をつけたものの、かすり傷程度だということだった。皇魔は死んだが、召喚武装は残った。

「そりゃあ、敵の目を欺くためさ」

 ガンディア軍が雇い入れた武装召喚師を、秘密裏にマルウェールに集めることはできただろう。が、情報が漏れたときのことを考えれば、カイン=ヴィーヴルひとりに絞るしかなかったのだ。そもそも、マルウェールは、餌でありさえすればいい。最悪、見殺しになったとしても、戦争に勝てばいいのだ。

(見殺しにはなりたくないがな)

「ふむ……」

「あんただけが頼りってこと」

「これからはあんたにも戦ってもらうぞ。軍団長殿」

「なんで」

「自分がなにを身につけているのか、忘れたわけではあるまい?」

「ぐ……そういうことか」

 ミルディは、仮面の奥の目を見据えながら、拳を握った。死んだ皇魔が身につけていた召喚武装は、カインの助言によってミルディが身につけているのだ。鋭角的な意匠が取り入れられた白銀の甲冑。名は、ない。カインによれば、召喚武装の名称は召喚者や使用者が勝手に名づけるものらしいのだが、ミルディは、名付けるつもりはなかった。

 ガンディアの軍規は厳しい。たとえ軍団長であっても、戦利品を勝手に自分のものにしてしまうわけにはいかないのだ。そんなことが明らかになれば、減給処分どころでは済まないかもしれない。

 もっとも、それ以前の問題が、ミルディに命名を拒絶させているのだが。

(俺はどうやら召喚武装が嫌いらしい)

 銀甲冑の意匠そのものは決して悪いものではない。重さはほとんど感じず、まるで厚手の衣服を着込んでいるような、その程度の圧力なのだ。だが、それとは別に異様な感覚が、ミルディの意識を苛んでいた。

 話に聞く、召喚武装による五感の強化というやつだろう。視野が広がり、耳が良くなった。遠くの音がよく聞こえるようになり、鼻も効くようになった。必ずしもいいことばかりではないのは、兵士たちの陰口まで聞こえるようになってしまったことでもわかる。それは、通常ならば決して聞こえなかっただろう声であり、聞こえなければ気に病む必要もなかった。だが、聞いてしまえば、記憶から消し去ることは難しい。

「難儀なことだな、武装召喚師も」

「それを一番実感し、理解しているのが、黒き矛殿だろうよ」

 カイン=ヴィーヴルは、北東を見遣った。強大な力を秘めた召喚武装の使い手であるセツナ・ラーズ=エンジュールは、ミルディが実感している以上の世界を体感している、ということをいいたいのかもしれない。

 セツナは、無名の武装召喚師だった。ガンディアの存亡を賭けた戦いを皮切りに、数多の戦闘で手柄を上げ、のし上がった人物だ。妬みや僻みからくる陰口は、ミルディの比ではないだろうということは、想像に難くない。


 日が、ゆっくりと中天を目指している。

 昨日始まった魔王軍によるマルウェールへの攻撃は、第一城壁の破壊までは峻烈を極めたが、それからは緩慢に推移していた。皇魔による遠距離攻撃も止んだかと思うと、武装召喚師と思しき皇魔たちがなんらかの行動を起こすということもなかった。まるでマルウェールの攻略を諦めたかのような動きの無さは、籠城側に油断を生んでいる。勝てるかもしれない。

 そのような空気が、マルウェールに籠城するザルワーン方面軍の間に流れつつあった。

(嫌な空気だ……こちらが押されている状況は何も変わっていないんだぞ)

 ミルディは、ケイオンにガンディア決戦軍の様子を尋ねた。

 ケイオンによれば、マルウェール攻囲軍から分かれ、南に流れた皇魔の軍勢は、スルークの北部でガンディア決戦軍と衝突したという。つまり、ザルワーンを舞台にしたクルセルクと連合軍の緒戦が始まったということだ。連合軍は、この戦いでガンディア領土に入り込んできた皇魔を撃滅したいと考えているらしい。クルセルク領土に追い散らすのではなく、殲滅したいというのだ。

「そんなことが可能なのかねえ」

「決戦軍の戦力は我々を除いて約一万五千。対して、攻囲から離れた皇魔の数も一万五千程度。常識的に考えれば、太刀打ちできる戦力ではありませんな」

 ケイオンの冷ややかな言葉は、彼が現実を見据えているということだろう。人間は、皇魔に比べて極めて非力で脆弱な存在だ。堅牢な城壁に囲まれた都市の中にしか平穏を見出だせないのが、その証明といっていい。

 城壁を築く技術がなければ、人間の歴史はとっくに終わっていたに違いない。

 ふと見ると、カインが女を連れて歩いてきた。女の名はウルといい、カイン=ヴィーヴルのお目付け役ということだった。第一城壁陥落後皇魔が消極的になったため、カインは暇を持て余したのだろう。みずから率先して、第二城壁の見回りをしていた。彼が歩けば、兵士たちの間にも緊張が生まれる。不思議な光景だったが、当然のことのようにも思えた。

 彼は、数少ない軍属の武装召喚師だ。ザルワーン戦争での活躍を知らぬものはいない。特に、ザルワーン戦争時、マルウェールの守備についていた兵士にとっては、苦い記憶となっているのではないだろうか。カインはマルウェール攻略で多大な戦功を上げた人物なのだ。

「見ろ」

 カインは、挨拶もそこそこにマルウェールの南側を指し示した。

「はい?……あ」

 マルウェールの攻囲を続けていた魔王軍のうち、半数以上の軍勢が南西に向かって大移動を始めていたのだ。ブラテール、グレスベル、リョット、ブフマッツといった多種多様の皇魔が、規則正しく行進している様は、奇妙というほかなかったが。

「奴ら、マルウェールよりも決戦軍との戦いのほうが大事だということに気づいたらしいな」

「しかし、戦力は残していく、と」

「たかが五千でも、俺たちを釘付けにしておくことはできるからな」

 カインが、半壊した第一城壁に屯する皇魔を睨んだようだった。奇妙な形状の大刀を手にしたレスベルが、にやりと笑う。鬼の顔面に刻まれた酷薄な笑みは、マルウェールの人間をひとり残らず殺戮するという意志の表れのように思えた。

「やはり、絶望的な戦力差ですな」

「絶望的だが、この程度で嘆いていては、クルセルクに打ち勝つことはできんよ」

「勝てますか?」

「勝つだろう。勝たなければならん」

 カインはそれだけを告げて、ウルという謎めいた女とともにミルディたちの前から離れていった。第二城壁の巡回を再開した、ということだろう。

「……えーと、俺の話、ちゃんと聞いてました?」

 カインの返答があまりにもこちらの意図を無視したものであったため、ミルディは頭を抱えたくなったのだった。


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