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第六百二十五話 脅威

 マルウェールを攻囲したクルセルクの軍勢は、マルウェール攻略の意思を示しながらも、一向に攻撃の気配を見せなかった。

 しかしながら、堀の張り巡らされた城塞都市を包囲する皇魔の数は、時間とともに増大していった。当初、一万程度だったものが、ほんの数時間足らずで三倍にまで膨れ上がり、マルウェールの四方に鉄壁の布陣を敷くまでになっていた。

 マルウェール側は、堀の外に布陣する皇魔たちに矢を射掛けたが、皇魔たちは弓の射程範囲外に布陣していることもあって、わずかでも皇魔の数を減らすということさえできなかった。時間とともに膨張する緊張感の中、マルウェール守備隊の兵士たちは、ただただ援軍の到着を待った。

 援軍あってこその籠城戦である。

「まだ始まったばかりだ。焦るな。攻撃する機会は来る」

 ミルディ=ハボックは、城壁の上を歩きながら、兵士たちひとりひとりに声を掛けていた。ただでさえ士気の下がるような状況なのだ。だれかが気炎を上げなければ、瞬く間に瓦解してしまうのではないか、と思うような重い空気が、マルウェールの守備部隊を包み込んでいる。

「クルセルクがマルウェールに旨味を見出していたら、の話ですがね」

 ケイオン=オードが、ミルディだけに聞こえるような小声でいってきた。さすがに人心掌握の術を心得ているだけはある、と、ミルディはケイオンを見直した。ケイオンは、兵士の士気が下がらないように配慮しているのだ。

「マルウェールを黙殺して南下するというのかい?」

「その可能性も、軍師殿は考慮されております」

「そのときには、背後を衝けと?」

「まさか。クルセルクがここを無視するにしても、多少の戦力は残しておくでしょう。もし残さなかったとしても、十倍の数の敵を相手にどれほどのことができましょうか」

 ケイオンのいうことはもっともだった。敵は、守備部隊の十倍以上に膨れ上がっている。背後から急襲したところで、返り討ちに合うのが関の山だろう。多少、手傷を追わせることができたとしても、連合軍側の戦力が減るという事実のほうが、重い。

「……俺たちはただ指を加えてみているしか無いのか?」

「そうなった場合、マルウェールの南西辺りで、こちらに向かっている軍勢とクルセルク軍が衝突することになるでしょう。ガンディア軍は、ザルワーンの各地からマルウェールに向かっており、北東から南下するしかないクルセルク軍を包囲することができるはずです」

「そううまくいくのかな」

 ケイオンの説明通りの図面を脳裏に描いて、ミルディにはなにやら絵空事のように思えた。ナーレスの能力を疑っているわけではないのだが。

「さて。わたしは軍師殿ほど優れた戦術眼を持っていませんのでね、なんとも言いようがありませんが……少なくとも、正面から衝突する愚を避けることはできるのは間違いないかと」

「愚……ねえ」

「敵は皇魔。敵は多勢。質も数も敵が上。正面からぶつかり合えば、負けるのは目に見えています。勝つには、手練手管を用いる必要がある、と、軍師殿は仰られておりましたよ」

「ま、そうだろうさ。ザルワーンを骨抜きにした手腕、期待しようじゃないか」

 再び、敵陣に視線を戻す。数時間前に比較して増大した皇魔の数は、城壁の上にいるミルディたちにも圧力を感じさせるほどだった。間に堀が横たわっているだけでなく、弓の射程距離外に陣取っているにも関わらずだ。

(嫌な空気だ) 

 ミルディの抱いた悪い予感は、すぐに形となって現れる。

 やがて、変化は起きた。軍師の想定通り、マルウェールを包囲していた軍勢の半数ほどが攻囲を解き、マルウェールから離れ始めたのだ。地を揺らすような魔物の行軍は壮観であり、恐怖心を煽るものであったが、ミルディたちにはどうすることもできなかった。四方に鳥を飛ばしたものの、ザルワーンに配置されたガンディア軍は、こちらの異変を待たずして動いていることだろう。情報があってから動いていては、後手に回らざるを得なくなる。圧倒的な戦力差を覆さなければならないような戦いでは、少しの遅れが致命的となるかもしれないのだ。

 変化は、それだけではない。

 マルウェールを包囲していた化け物の群れが、ミルディの見ている前でふたつに分かれた。統制の取れた動きは、軍事的な教育を受けた兵隊そのものといってよく、とても皇魔の行動とは思えなかった。しかし、いまさらそんなことに驚いてはいられない。弓射によるこちらの挑発に対して反応すら見せない時点で、普通の皇魔ではないのだ。皇魔の群れではなく、クルセルクの軍隊として認識するべきだと、ケイオンはいったが、その通りだった。

 軍集団がふたつに分かれたのは、指揮官の通り道を作るためだったようだ。

 レスベルが一体、その通り道を歩いてくるのが見えた。レスベル。赤い外皮に覆われた戦鬼は、白銀の甲冑を身に纏っており、それだけで、レスベルを始めとする他の皇魔と違うことがわかった。皇魔たちの視線は、そのレスベルに集中している。

「あれが指揮官か」

「おそらく」

 ケイオンも自信なさげだったが、皇魔たちの反応を見ている限り、ほかに考えられる要素はなかった。もっとも、部隊長程度の立場なのかもしれないし、単純に、指揮官からそういう命令がくだされたからかもしれないのだが。

「……つまり、あれを射殺せば、敵は乱れるかな?」

「どうでしょうね。やってみる価値はあると思いますが」

 ケイオンの意見を聞くまでもなく、ミルディは弓を構えた。矢を番え、狙いを定め、引き絞る。銀甲冑のレスベルは、射程範囲内にまで踏み込んできている。もちろん、城壁には辿り着きようがない。深い堀があるのだ。たとえ飛び越えられる幅だとしても、城壁に取り付けば、こちらの猛攻を受けざるを得ない。いかに皇魔が強靭であろうと、矢の雨を浴びせられればひとたまりもないだろう。

 銀甲冑のレスベルの歩幅と矢の速度を計算し、解き放つ。

 ミルディの手を離れた矢は、美しい直線を描きながらレスベルに向かう。一瞬だった。矢がレスベルの顔面に突き刺さったかと思った瞬間、ミルディは愕然とした。レスベルは飛来した矢を掴み取ると、無造作に投げ返してきたのだ。

 返し矢は、ミルディの右頬にかすり傷をつけただけだが、こちらを見ることもなくほとんど正確な位置に矢を投げ返してきたレスベルの能力には、恐怖を禁じ得なかった。

「なんだ……あれは」

 ミルディが愕然とつぶやいたとき、彼は、レスベルが堀の縁に辿り着いたのをみた。そして、銀甲冑が、舞う。一足飛びに堀を飛び越えたかと思うと、両拳を城壁に叩きつけた。衝撃と爆音に城壁全体が揺れた。粉塵が視界を遮断する中、彼は恐ろしい事実を悟った。

「馬鹿な!」

「皇魔が第一城壁を破った! 城内の部隊に伝えろ!」

 ケイオンが叫んだ。

 ミルディは、後ろを振り返ってかけ出した。第一城壁の内側を見下ろすと、城壁の石材の破片が堀の中に散らばる瞬間を目撃した。

 城壁を破壊した皇魔が、そのままぶち破ったのだ。

「軍団長!」

「なんだ!」

「皇魔に動きが!」

「なに!」

 城壁に大穴が空いたのだ。そこから市内になだれ込めば、制圧も決して難しいことではないと踏んだのかもしれない。そしてその通りだ。相手は大量の皇魔。質も数も敵が上。まともに戦って勝てる相手ではない。だからこそ城壁と堀を二重にしたのだ。

 皇魔といえど、これほど強固な城壁ならば、簡単に破壊できるはずがない。人々の想いは、一瞬にして踏みにじられた。

「全部隊、弓射を再開せよ!」

 ミルディは叫びながら、第二城壁が破壊される音を聞いた。

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