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第六百二十話 魔王(後)

「――陛下」

「……ん?」

 呼びかけられて、彼は目を開いた。瞼が殊の外重いのだが、そんなことをいっている場合でもないことを、ぼんやりと思い出す。

 夢を見ていたらしい。

「軍議の最中に眠られるとは。余程お疲れのようで」

 オリアス=リヴァイアのいう通り、軍議の最中だった。

 クルセルクの将校が一堂に会しており、そんな中で寝入ってしまうのは、オリアスがいったように疲労が溜まっているからに違いない。彼自身、特別になにかをしているという実感はないのだが、特別ななにかをしていることに間違いはなかった。

 皇魔を支配し続けるということは、消耗し続けるということにほかならない。

「なに、たいしたことではない。続けてくれ」

「はい」

 魔王城の大会議場には、人間の将校だけが集められている。この場に皇魔の将軍を集めるのは、人間の将兵らの士気に関わる問題だろう。人間と皇魔。五百年にわたって意味嫌い合ってきた種族同士、共存共栄などありうるはずもない。たとえ皇魔たちが彼の支配下にあるといったところで、人間にしてみれば天敵であるという事実に変わりはなかった。

 皇魔にしてみても同じことだ。皇魔にとって人間など、倒すべき敵にほかならない。

「反魔王連合の撃滅はなり、ノックス、ニウェール、ハスカ、リジウルは、クルセルクの支配下となりました。クルセルクの国土は二倍に増大し、国力も、兵力も倍増……といきたいところですが」

「なにか問題でもあるのか?」

「兵力に関しては、倍増どころではなく、収容場所に困ってしまいましてね」

「……それは魔軍総司令殿が悪いのではないかな」

「わたくしが、ですか」

「敵地で皇魔を糾合するのは、良い。圧倒的な戦力差こそ、大勝の絶対条件だという君の意見もわからないではない。が、あまりに集めすぎだ」

 反魔王連合を名乗る四カ国を打倒するために動員したクルセルクの兵力はおよそ一万である。それが、戦後六万にまで膨れ上がっていたというのだから、いかに現地で招集した兵力が多いかがわかるというものだろう。それも、降伏した各国の軍勢を含めての数字ではないのだ。各地に内在する皇魔を糾合した結果であり、六万を超える兵のほとんどが皇魔という魔王の軍勢に相応しい内容だった。

 そのすべての皇魔が彼の支配下にある。

 ユベル・レイ=クルセルク。

 クルセルクの国王たる彼のことを、ひとは魔王と呼ぶ。

 皇魔を従えているのだ。非力な人間にしてみれば、魔王以外のなにものでもあるまい。彼は、その呼び名を気に入っていた。魔王。人道を踏み外して生まれた化け物に相応しい呼び名だ。

 望んで得た力ではないにせよ、みずからの意志で使っているのだ。異能。人外の力。己の望みを叶えるために行使している。化け物と認識されたとしても、文句はなかった。人間であることを止めさせられたのだ。人の道に復帰したいなどとは思うまい。

「しかし、それもこれも陛下の御威光によるもの。わたくしは、陛下の御威光に平伏した皇魔を集めただけに過ぎません。そして、その結果、わたしが考えていたよりもあっさりと勝利を得ることができたわけですが」

「不満か?」

「まさか。不満があるとすれば、戦功を上げることもできなかった皆々様でしょうな」

 オリアスは、会議場に顔を揃えた将校たちを見遣りながら、いった。魔王が会議場を見回すと、将校たちは青ざめた顔を殊更に硬直させた。この中にクラン=ウェザーレやコーラル=キャリオンのような骨のあるものは極めて少ない。将校の多くが元よりクルセルク王家に仕えていた軍人であり、簒奪者たるユベルへの忠誠心などあろうはずもなかった。忠誠心がないということは、ユベルのために働こうという気概さえないということでもある。彼らは、魔王の治世が終わることだけを祈りながら、職業軍人をやっているのだ。

 そもそも、魔王軍に人間の将校の居場所はなかった。魔王軍の主戦力が皇魔である以上、非力な人間が出る幕などないのだ。

 皇魔だけで、軍隊が構築できている。

 皇魔に組織的な行動を理解させ、軍隊や戦術といったものをわからせるには骨が折れたものの、理解させることさえできれば、あとは楽なものだった。皇魔の兵、皇魔の部隊、皇魔の将校――皇魔の軍勢は、彼が一声命じるだけで、彼の思うままに行動し、敵地を蹂躙した。

 それでも、ユベルが人間の将兵を手放さないのは、クルセルクの将来を考えてのことだった。いずれ魔王の手を離れる国の将来など考える必要はないのかもしれない。魔王ならば、自分の欲望に忠実に生きても構いはしないだろう。

 しかし、彼には、そんなことはできなかった。

(それでは、ガンディアと同じだ)

 ガンディアと同じ道を歩んではならない。

 王の欲望のために弱者の命を貪り、魂をも踏み躙るような国と同じになってはならないのだ。

 それこそ、ガンディアへの復讐だった。

 魔王と名乗りながら、ガンディア以上の善政を敷き、国民の生活を向上させてみせる。そのためにも、人間の協力者が必要だった。皇魔だけでは、どれだけ彼が善政を敷いたところで、だれも喜びはしないのだ。

「確かに諸君には不満であろう。魔王の戦いに諸君の居場所はない。魔王が使うのは、皇魔どもだ。人外の怪物たちを使うからこその魔王なのだからな」

「恐れながら!」

 上擦った声が、会議場に響いた。会場内の視線が声の主に集中する。若い男だ。見るからに緊張しているが、青ざめてはいない。その点、ほかの将校たちとは違っていた。目に、光が宿っている。強い意志だ。

「なんだ?」

 ユベルは、若い将校のまなざしの眩しさに目を細めた。年齢的には、さほど違いはないだろう。しかし、彼のような精神的な若さがユベルにはなかった。その若さが羨ましくもあり、馬鹿馬鹿しくもあった。

「それでは、我々はなんのために、ここに呼ばれたのですか!」

 彼が叫ぶと、会議場を沈黙が満たした。だれも、彼の発言に対して賛同することもなければ、否定するものもあらわれない。オリアスが苦笑を浮かべる横で、ユベルは、若い将校と周囲の将校の温度差を認識した。彼以外のほとんどの将校は、この会議が早く終わることを望んでいるのだ。どうせ自分たちには関係のないことだと思っている。それはあながち間違ってはいないのだが、今回ばかりは、そうともいえなかった。

 ユベルは、静かに口を開いた。

「……諸君も知ってのことと思うが、わたしユベルは、ガンディアを滅ぼすための戦いを起こそうとしている。反魔王連合との戦いは、その前哨戦に過ぎぬ」

 ノックス、ニウェール、ハスカ、リジウルとの戦争は、終始クルセルクが有利のまま推移した。オリアスがいったように、当初の予定よりも早く決着がついており、一月十日現在、四カ国はクルセルクの領土として機能している。この軍議が盛り上がりに欠けるのは、有能な将軍は各地に派遣しているからでもあるのだろう。クラン=ウェザーレも、コーラル=キャリオンも、人心を撫するために各地を奔走しており、魔王に意見するような人間の少なさからくる物足りなさには、我慢するしかなかった。

 ともかくも、ガンディアと戦う準備は整ったのだ。

「ガンディアとの戦争となれば、反魔王連合との戦いとは比較にならぬほど、熾烈なものとなるだろう。彼の国は圧倒的な戦力差を誇るザルワーンを下しただけでなく、周辺諸国を糾合し、クルセルクと対抗する勢力を形成している」

 ユベルが演説する隣で、オリアスだけが笑みを浮かべていた。彼だけが、この状況を理解しているのだ。ガンディアがジベルやアバードといった国と結び、反クルセルク連合軍を形成することができたのは、クルセルクが宣戦布告にも似た意思表示を行ったからに他ならない。

 レオンガンド・レイ=ガンディアとナージュ・ジール=レマニフラの婚儀に際し、魔王印の贈り物を届けたのがそれだ。すべては、ガンディアの反レオンガンド派貴族ラインス=アンスリウスの策謀であったのだが、それに乗ったのはユベル自身だ。ラインスの策に乗り、ガンディアに戦いを仕掛けた。

 レオンガンドとレオンガンドの婚儀に出席していた連中の抹殺こそ、ラインス=アンスリウスの望みだった。もちろん、彼の思惑通りに事が運ぶはずもない。わかりきったことだ。それでも、彼はラインスの策謀に乗り、皇魔を送り届けた。

 ガンディアを滅ぼすだけならば、不要なことだ。オリアスが笑っているのは、そこだ。理に適っていないというのだろう。そして、その通りだ。

(馬鹿げたことさ。なにもかも)

 ユベルは、自分の中の複雑な感情に折り合いをつけるべく、言葉を続けた。

「クルセルク本土が脅かされたとき、頼りになるのは皇魔ではなく、諸君なのだ。クルセルクは諸君の国だ。諸君が生まれ育った国であり、土地なのだ。諸君の働きにこそ、クルセルクの将来がかかっているといっても過言ではない」

「クルセルクの将来……!」

「諸君はクルセルクの国土防衛に専心せよ。我らがガンディア及び反クルセルク連合軍の討滅に専心できるように」

 ユベルはそう告げながら、矛盾を感じていた。

(滅ぼすべきはガンディア。ほかはどうでもいい。どうでもいいはずだ)

 自分はなぜ、ガンディア以外の国々にも敵意を振りまいているのだろうか。ガンディアを滅ぼすためだけに国を得たのではないのか。王位を簒奪し、魔王を名乗ったのではないのか。皇魔の軍勢を構築し、訓練を積んだのも、そのためではないのか。

 不愉快な感情の動きに、彼は眉根を寄せた。

「では、軍議を続けたまえ」

 ユベルは、オリアスに場を譲った。

 感情は、不可解なまま混迷を深めていく。


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