表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/3726

第六十一話 義と偽

「派手好きよね、ガンディアの国民って」

 呆れたようでいて感心したようなリノンクレアの言葉に、ファリアは、微笑を浮かべながらそちらを見た。ゆったりとした座席に腰掛けたリノンクレア・レーヴェ=ルシオンは、馬車の外を流れる景色をどこか名残惜しそうに眺めていた。

 生憎、空は曇っている。今にも雨が降り出しそうな気配が漂ってはいるが、かといって王都に留まって出発を先延ばしにすることはできなかった。リノンクレアには、再三に渡ってルシオンへの帰国を促されており、それを宥め空かして今日まで引き伸ばしてきたのだ。さすがに限界だろう、というのがリノンクレアの感想であり、それにはファリアも呆れながら同意せざるを得なかった。

 リノンクレアがガンディオンでの逗留を延長させたいという気持ちもわからないではない。自分の生まれ育った国、生まれ育った街なのだ。それも三年振りに訪れることができたという。郷愁に誘われるまま、帰国したくなくなるのもわからなくはなかった。もっとも、いまやルシオンの王子夫人として振舞うべきリノンクレアにそのような我侭が許されるわけもない。

「そうですね。でも、いいんじゃないですか?」

 ファリアは、レオンガンドが用意した豪奢な天蓋付きの馬車の乗り心地にうっとりとしながら、つい先ほどの光景を瞼の裏に浮かべた。獅子王宮前から王都南門まで続いた市民による見送りは、祝勝のお祭り騒ぎと同様かそれ以上に騒がしく、リノンクレアの人気の高さを伺わせた。彼女は王女であった時代から国民的に人気があったが、それは彼女自身が勇敢で、幾度となく戦場に立ち、国土防衛に従事してきたことと無関係ではないだろう。レオンガンドの不人気は、彼女の人気と比例するかのようでもあった。

 かつてガンディアで一、二を争う人気者であった彼女がルシオンの王子ハルベルク・レウス=ルシオンに嫁いでから既に三年の月日が流れている。それでも、王都に住む市民たちにとって彼女はアイドルで在り続けていた。彼女の帰国を見送るために集まった市民の数でも理解できるというものだ。実に多くの市民が、リノンクレアとの別れを惜しんでいた。

「だれも悪いとはいってないわよ」

 ふたりを乗せた馬車は、カール街道を南下している。王都ガンディオンからクレブールへと至るその街道の中ほどにカランの街があった。ランカインによって焼き尽くされた街は、未だに復興の目処は立っていないという。

 もちろん、街道を進むのは馬車だけではない。リノンクレア配下の白聖騎士隊に所属する百名に及ぶ女性騎士と、彼女らの馬百頭、それにガンディオンのお土産や様々な荷物とそれらを運ぶための人員を含め、ざっと二百名以上の大所帯になっており、リノンクレアが乗るために用意された豪華な馬車は、列のちょうど真ん中を進んでいた。

 見るからに王侯貴族が乗っていそうな馬車だ。白くも派手な外見はよく目立ち、敵に襲われたら真っ先に狙われそうではあった。もっとも、遠距離から狙撃でもされない限り、リノンクレアの身の安全はファリアが守り抜くのだが。

 馬車を引いているのは彼女の愛馬エバーホワイトではなく、ガンディア側が用意した二頭の馬だった。エバーホワイトは、馬車のすぐ後ろに並んでいるはずである。

 馬車の前方と後方を固める白聖騎士隊は、女性のみで構成される騎士隊であり、騎士団と呼ばないのは、ログナーの主力である白天騎士団に遠慮してのことらしいのだが、ファリアには詳しい話はわからなかった。女性騎士のみ、というのはリノンクレアの趣味であり、同時にハルベルク王子の趣味でもあるらしい。そして白聖騎士隊のおかげか、ログナーには軍に志願する女性が多く、続々と女の騎士が誕生しているという。

 そうしてファリアの耳に飛び込んでくるのは。馬車の前方で隊伍を組む若い女性騎士たちの嬌声だった。

「少し、お話を伺ってもよろしいですか?」

「は、はあ、構いませんが……」

「セツナさんはどうして武装召喚師を志されたんですか?」

「好きな食べ物は?」

「セツナさんはどういう女性が好みなんですか?」

「え? い、いや、その……」

 見目麗しい女性騎士たちに迫られてしどろもどろになったのは、黒髪の若者――ルウファであった。彼は、セツナ=カミヤとして振舞う一方、リノンクレアの身辺警護のため、馬車の目の前を進んでいた。当然馬上であり、白聖騎士たちも同様である。

「あの連中、任務中だということを忘れているわね」

「そうみたいですね」

 ファリアは、半眼で前方の女性騎士たちを一瞥したリノンクレアに同意した。賑やかな旅になりそうなのは最初からわかっていたことではあったが、想像以上の賑やかさがこの行列を包んでいた。

 平和なものだ。

 ファリアは、その穏やかな賑わいの中にあって、セツナに申し訳ないと想わないでもなかった。彼はいま、異国の地で過酷な任務についていた。消息不明の諜報員と連絡を取るなど、前線に立つ武装召喚師がこなすべき任務ではないはずなのだが、王の命令は絶対である。セツナがレオンガンドに忠誠を誓った以上、従うしかないのだ。そして、それを外野がどうこういうのはお門違いに違いなかった。

「ファリアさんとはどのような御関係なんですか?」

「ぶっちゃけ恋人とかあ?」

「こ、こら、直球過ぎよ!」

「じゃあ、ファリアさんのどこが好きなんですかあ?」

「え、えーと……ファリアさ~ん!」

 麗しの女性騎士たちに囲まれて、まるで玩具のように扱われている現状に対して、ルウファは悲鳴を上げるしかなかったのだろう。彼とてバルガザール家の人間。幼少より女性と接する機会も多く、女性への免疫がないというわけでもないはずである。単純に、セツナとしての振舞い方がわからなかっただけなのか、それとも白聖騎士たちの迫力に気圧されただけなのか、馬車に揺られていたファリアには見当もつかないことだった。

「助けを求めてるわよ、彼」

「知りませんよ」

「あら、薄情ね」

 多少驚いたような、それでいて予想通りとでも言いたげな表情を浮かべるリノンクレアに、ファリアは、憮然とした顔で告げた。

「わたしって意外とそういう女なんですよ」

「またまた。〝彼〟じゃないからでしょ?」

「はぁ!?」

「〝彼〟に御執心だものね、ファリア」

 殊更に〝彼〟という部分を強調してくるリノンクレアに、彼女は、そっぽを向いて態度で示すしかなかった。

「そんなことありません。すべてはわたしの使命のためです」

 それは、本心であるはずだった。セツナに近づいたのは、ファリア=ベルファリアという存在に課せられた使命を果たすための手段に過ぎないはずだった。彼が、アズマリア=アルテマックスの名を口にしたことで、彼女の運命は再び動き始めたのだ。しかし。

「使命のためね。だったら、こんなことまでする必要はないでしょう? セツナ=カミヤを監視下に置いておけばいいのだから、なにもこの国に協力する必要はないわ。《協会》の局員を辞めてまで彼の傍についてあげているのは、どういう理由からなのかしら?」

「それは……」

 リノンクレアの悪戯っぽくも優しげな問いかけに、ファリアの思考は停止した。いや、むしろ加速したのかもしれなかった。頭の中に混乱が生じ、そのわずかな暴走を食い止めるために意識が錯綜し、彼女の脳内の被害は甚大となった。

 なぜだろう?

 そう考えると、自分でも納得の行く答えが見つからなかったのだ。

 二百人以上の大行列は、一路、カランの街へと向かっていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 グレイ=バルゼルグ。

 ザルワーンの近隣において、その名を知らぬものはいないというほどの猛将であるらしい。元は小国メリスオールの将であり、メリスオールがザルワーンとの戦いに敗れ併呑された後、敗戦の責任を取って自刃しようとしたところをザルワーンの将エイオン=ヴリディアに説得され、ザルワーンに降ったという。

 バルゼルグ将軍旗下の部隊は、ザルワーン最大の突破力を持った精鋭軍として有名であり、ザルワーンの陣容にバルゼルグ将軍部隊が確認されただけで、対峙する軍勢は戦意を喪失したという逸話すらあった。

 そんな猛将が、前方に聳える城壁の向こう側にいるという事実には、セツナも不安を禁じ得なかった。歴戦の猛者という言葉すら生温いほどの人物だというランカインの言葉が、セツナの耳にこびりついている。

 グレイ=バルゼルグのことを語るときのランカインのまなざしは、狂気と正気の狭間に憐れみとも嘲りともつかない色彩を浮かべていた。その不愉快な揺らめきがバルゼルグ将軍へのものなのか、それとも、彼の領域へと飛び込もうとする自分自身に対するものなのか。どちらにせよ、愉快なものでないことは間違いなかった。

 暗澹たる想いを胸に、セツナは、頭上を仰いだ。曇天。少し前から、小粒の雨が降り出していた。雨脚は遅いものの、止みそうな気配はない。彼は、ともかくも早く建物の中に入りたいとは思ったが、そのためにはレコンダールの門前を固める厳重な警備をなんとかしてやり過ごさなくてはならない事実にうんざりとしていた。

 一行は、既にレコンダールを目視できる距離にいた。国境を越えてからも駆け続けてきたが、道中でもう一夜を過ごさなければならなかった。国境からレコンダールまでの距離が遠すぎたのだ。途中サラミアという街があったが、その街を遠目に眺めながら通り過ぎていった。一部の連中による休憩の訴えはラクサスによって黙殺されている。

 そして、結局途中で休むことになったのだから、街に寄ってもよかったのではないか? というセツナの疑問は、先を急ぐという簡単な言葉で片付けられた。

 レコンダールの城壁が見えた頃、野盗たちの顔からは血の気が失せ、疲労困憊といった有様であり、いつも軽口を叩いているリューグすらたまにしか冗談を言わなくなっていた。それでもジョークを飛ばすのは、リューグのリューグたる所以としか考えられない。

 セツナたちは、馬車を降りて、レコンダールの南門に向かっている。都市を囲う堅固な城壁は、レコンダールが軍の拠点としても十分に機能することを証明しているかのようだった。そして、南門を警備する兵士たちの物々しさは、レコンダールという都市が城塞として半ば機能していることを示しているのかもしれなかった。

「で、どうするんです?」

「こういうときは正面突破するに限る」

 雨に濡れながらそう言い放ってきたラクサスに、セツナは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。

「はあっ?」

 ラクサスの判断に真っ先に反対しそうな野盗たちは、走りに走った疲労故か終始沈黙していた。リューグだけが口を挟んできたが、それも他愛のない冗談に過ぎなかった。そうして、一行はレコンダールの門前に向かった。

 南門を警備しているのは、屈強な兵士たちであり、まるで今すぐにでも出陣するかのような重装備だった。門前を固めるのは十人程度だったが、どうやら門の奥にも何人か控えているらしかった。どのような事態にも即座に対応できるように、ということかもしれない。

 前方。兵士たちは、こちらに対して強く警戒している様子だった。約三十人の大所帯である。曇り空とはいえ、見晴らしのいい街道を進んできたのだ。遠方からゆっくりと近づいてくる集団を怪しまないはずがなかった。

「止まられいっ!」

 声を張り上げてきたのは、仰々しく鎧を着込んだ警備兵の中にあって、ひとりだけやたらと古めかしい甲冑に身を包んだ男だった。年代ものを取り揃えましたと言わんがばかりのその姿は、自慢の鎧を身に付けているような兵士たちの中で、とにかく浮いていた。そしてその男の場合、甲冑を身に纏っているからといって決して強そうに見えないのが困りものだった。

 声には張りがあるものの、若くはなかった。

 とりあえず、セツナたちは、警告に従って足を止めた。レコンダールの大きな門の目の前だった。警備兵たちは、それぞれに得物を構え、いつでも攻撃に移れるような態勢を取っている。

 大声を上げた男は、セツナたちとの距離を詰めると、またしても声を張り上げてきた。

「ここを何処と心得られる! このレコンダールは、アーレス王子に接収された! 何人たりとも通してはならぬとの仰せである! 押し通ろうとなさるのならば、このクレイグ=クラシオンがお相手仕りますぞ!」

「そうだそうだ!」

「さすがですぞ! クレイグ殿!」

「さすがはクレイグ殿!」

 男の大音声に励まされてか、警備兵たちがつぎつぎと声を上げてきた。しかし、その掛け声の内容はというと、クレイグとかいう男を称えるものであったり、ただの相槌であったり、適当にも程があるといいたくなるようなお粗末なものだったが。

 もっとも、背後からの声援を受けた男は、まんざらでもないといった様子だった。彼は、声から見当をつけた通り、若い男ではなかった。五十代前半くらいだろうか。口元に蓄えた白い髭と、精悍なまなざしが特徴的だった。

 セツナは、男の叫び声のうるささに思わず耳を押さえたくなったが、ぐっと堪えた。失礼という以前に、この状況では下手な反応は許されなかった。セツナのちょっとした失敗で、これまでのすべてが水泡と化すなど耐えられないことだった。それだけならばまだいいかもしれない。しかし、状況によってはそれだけでは済まなくなるのだ。

 ここは敵国。

 そして、命を賭けた任務の真っ只中である。

 と。

「我々《銅の槌》は、逆賊アスタル=ラナディースを討伐するため、義を以て立たれたアーレス王子の国や民を想う心に胸を打たれ、少しでも力になりたいと参上した次第です。望むものはなにもありません。ただ、我らを戦線に加えていただきたいのです!」

(えっ!?)

 ラクサスの台詞に、セツナは耳を疑った。あまりにもさらっと並べ立てられた嘘偽と欺瞞の呪文の如き言葉の羅列に、混乱さえしそうだった。ラクサスの迫真の演技は、隣で聞いているセツナでさえもはっとするほどのものだったのだ。どのような表情なのかは窺い知れないが、少なくとも声音に相応しい顔つきだったのだろう。ラクサスの声は、途中から震えていた。

 セツナは、ラクサスがどこでそんな演技力を身に付けたのか気になったが、そんな些細な疑問は即座に吹き飛んでしまった。

「な、なんと……!」

 クレイグが、雷にでも打たれたように声を震わせたのだ。セツナは、男が全身を震わせるのを見ていた。ラクサスのでたらめに感銘でも受けたのだろうか。目的を知っているセツナすら驚くほどの演技力である。なにも知らない相手ならば、ころっと騙せるものなのかもしれない。

「まさか、アーレス王子の義の志を受けて立ち上がるものが、我々以外にもいるとは……! このクレイグ=クラシオン、感動いたしましたぞ!」

 ラクサスが、感極まって涙さえ浮かべるクレイグの手を取って声を励ますように告げた。

「正義は常にひとつ。当然のことです……!」

「おお! わかっておられますな。謀反を起こし、あまつさえ主君に譲位を迫るなど、人の道にももとる行為! 悪逆非道とは正にこのこと! ラナディースの家名に泥を塗るだけでは飽き足らず、ログナーの歴史に傷をつけるに等しい振る舞い! これは許されざる所業ですぞ!」

 クレイグは、バルゼルグ将軍がザルワーンから引き連れてきた兵士ではなく、ログナーの人間だったのだろう。その声音に秘められたアスタル=ラナディースへの怒りは、他国のものにとっては共有しがたいものに違いない。

「おお! こうしてはおれん! しばらくここでお待ちくだされ。上に掛け合って参ります!」

 言うが早いか街の中に向かって駆け出したクレイグの背中を見遣りながら、セツナは、彼が門番を務めていてくれてよかったと心の底から想った。彼でなければ、こんなに簡単に行かなかったのではないか。それは確信に近い。この国のことを愛して止まない彼だからこそ、ラクサスの言い分が通ったのだ。ザルワーンの人間相手には通用しないかもしれない。

「上手くいきましたな」

 ランカインの呆れ果てたような声は、だれに対してのものであったのか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ