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第六百七話 征討(三)

 一月六日、ガンディア軍によるダラム要塞への攻撃が始まった。

 上天は雨雲で覆われ、いまにも降り出しそうな気配を見せていたが、ガンディア軍は天候などお構いなしに戦闘の開始を告げたのだ。手早くミオン・リオンを落とし、イシウス王の御首を頂戴し、早急にこの戦争を終わらせる必要がある以上、雨風など気にしている場合ではなかった。

 ダラム要塞は、ミオン最大の要塞であり、多層構造の分厚い城壁に覆われており、攻めるは困難、守るは容易と、難攻不落を体現した要塞だった。巨大化したバルサー要塞といってもよく、バルサー要塞の頼もしさをよく知っているガンディア人たちは、ダラム要塞の威容を目の当たりにして息を呑んだものだ。

 セツナたちも、黒く巨大な要塞を前にして、ただ呆然と立ち尽くした。

「でけえな」

「おおきいわねー」

 セツナは、ミリュウの駆る馬に乗せてもらっていた。そろそろ本格的に乗馬の訓練を行うべきではないかと思い始めてもいるのだが、いまはまだ基礎訓練に熱中しているところであり、肉体が作り上げられてから乗馬を始めようと心に決めていた。ミリュウは、永遠に学ばなくてもいい、というのだが、そういうわけにもいかない。

「ふたりとも、観光に来てるんじゃないんだから……」

 隣で、ファリアが頭を抑えながらいった。

「観光気分なのもわかりますがね」

「副長殿?」

「言葉が過ぎました。すみません」

 ファリアに睨まれると、ルウファは素直に謝った。《獅子の尾》の最高権力者はファリアなのかもしれない、と思わないでもないが、そんなことを口に出せば怒りを買うのもわかりきっているので、セツナはなにもいわなかった。それに、彼女に頭が上がらないのは、彼女のほうが正しいからなのだ。間違っているのならば反論もするが。

「さてさて、セツナ様におかれましては、真っ先に要塞に突撃し、城壁でも城門でもぶち破っていただきたいのですが」

 と、馬を寄せてきたのは、エイン=ラジャールである。軽装の鎧を身につけ、軍馬に跨る様は騎士といってもの遜色のないものだが、彼の立場は騎士や戦士といった戦闘要員ではない。ガンディア軍参謀局第一作戦室長というのが彼の肩書だった。今回のダラム要塞攻略作戦は、彼の立案によるところが大きいらしく、それもあってか、《獅子の尾》が先鋒を任されていた。

 エインは、黒き矛の運用者を自認していたし、その運用方法はナーレスの度肝を抜いたらしい。確かに、セツナを遥か上空から投下することで、難攻不落の要塞の防衛力を無力化するなど、そう簡単に思いつくものではない。

「軽く言うなあ、おい」

 セツナがいうと、エインは満面の笑みでこういうのだ。

「それくらいできるものと信じていますから」

 言い切られると、悪い気はしない。事実、エインはセツナを信じているのだろう。セツナとカオスブリンガーの実力を信用し、熱狂的なまでに信じ抜いている。

「やるけどさ」

「やるのでございますか?」

 セツナの後方に控えていたレム・ワウ=マーロウが、多少の驚きを込めて問いかけてきた。戦場である。さすがにいつもの使用人の格好はやめており、軽装の鎧を身につけていた。黒を基調としているという点では、セツナと同じだが、形状は大きく違う。

 セツナは鋭角的かつ攻撃的な、竜を想起させる意匠の甲冑を身につけている。バレット=ワイズムーンの父親であるところのマルダールの鍛冶屋アロウ=コームスが、セツナの領伯任命祝いにと鍛え上げたものである。ザルワーン戦争では、アロウ作の鎧を瞬く間に壊してしまったが、今回はそうはならないだろう。

 少なくとも、クルセルク戦争までは保つはずだ。

「うん」

「平然と仰られますね……」

「あんた、黒き矛のセツナを知らないの?」

「もちろん、知っておりますが」

「黒き矛のセツナの実力、その目に焼き付けるといいわ」

 ミリュウは、自分のことのように誇らしげに告げると、同じくアロウ=コームスの工房が作成した真紅の鎧で覆われた体を見せつけるようにした。彼女の要望により、刹那という漢字が刻印されており、ひときわ異彩を放っている。

「あ、でも、惚れちゃ駄目よ。あたしのなんだから」

「あのねえ」

「あ、もちろんファリアはいいのよ」

「はあ、なんなのよ」

「ファリアさんも大変ですね」

 エインがファリアに同情を寄せたのは、ミリュウの奔放さは、さしもの彼もついていけないからかもしれなかった。無論、セツナもミリュウの勢いに取り残されることは多々あったが、それにも慣れている。おそらく、ミリュウの騒がしさがなくなったら、途端に寂しくなるに違いない。

「……さて、行くか」

「飛ばすわよ。しっかり、大胆に掴まってね」

「大胆は余計だ」

「あらん」

 そんなやりとりをしながら、ミリュウが馬を走らせた。漆黒の毛並みも美しい軍馬は、ケルンノール領伯ジゼルコートからセツナ・ラーズ=エンジュールに贈呈されたものであり、いずれセツナ自身が騎乗し、戦場を駆け回ることを期待されていた。名はウルク。古代言語で黒を意味する言葉であり、黒き矛のセツナの愛馬に相応しい名前ではあった。

 ウルクが走りだすと、《獅子の尾》の面々とレムも動き出した。そして、《獅子の尾》に引っ張られるようにして、全軍が進軍を開始する。ガンディア方面軍第一軍団が《獅子の尾》の後方につき、第二軍団が左翼、第三軍団が右翼に展開するという布陣である。

 要塞から矢が飛来してくるのと、雨が降り出すのはほとんど同時だった。

 セツナは、右手を掲げると、ミリュウの腰に回していた左腕に力を込めた。

「ああん」

「変な声を出すな」

「だってぇ、セツナがいきなりぃ」

「……武装召喚」

 ミリュウの反応を黙殺するようにして、セツナは武装召喚術を発動した。唱えるのは、呪文の結語のみでいい。術式など不要であり、必要なのは、武装召喚という言葉だけだった。それだけで、術は発動した。全身が光を放ったかと思うとみ、右手の中に収斂し、漆黒の矛が出現する。黒く禍々しい矛は、黒竜の鎧によく似合った。獅子の国でありながら、獅子ではなく竜を模しているのは、獅子はレオンガンドにこそ相応しいという考えが、セツナの中にあるからだ。

 そして、竜は力の象徴だ。

 以前ならばまだしも、ザルワーンを打倒したいま、竜の意匠を使うことに抵抗を感じるものは少ない。

 セツナは、黒き矛の重量と冷ややかさを右掌から感じ取りながら、五感が急激に拡張されていくという感覚に打ち震えた。幾重にも波紋が広がるように、あらゆる感覚が拡大してく。視覚、嗅覚、聴覚、味覚、痛覚……武装召喚師の強さの秘密を実感として理解する。何度でも認識する。召喚武装によって強化されるから、武装召喚師は強いのだ。

 前方、ダラム要塞の巨大な城壁と黒門が見えている。城壁上からはでたらめに矢が放たれているが、どれひとつとしてセツナとミリュウに掠りもしない。

 セツナは、左手でミリュウの肩を掴むと、その場で立った。鐙に足を乗せる。ミリュウが、馬首を巡らせた。ナグラシアのときと同じだ。ミリュウの記憶には、セツナの記憶が流れ込んでいる。彼女は、セツナにナグラシアの再現をさせようというのだ。

 セツナは、口の端で笑った。

「いくぞ、カオスブリンガー」

 鐙を軽く蹴って、跳んだ。


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