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第六百五話 征討(一)

 大陸暦五百二年の幕開けとともに、ガンディアは、ミオン征討に向かって動き出した。

 いや、昨年十二月の末から動き出してはいたのだ。戦略を立て、戦術を練り、軍備を整えさせ、部隊の配置さえも終えていた。

 レオンガンド・レイ=ガンディアが、ミオン征討の大号令を発したのが、五百二年に入ってからというだけの話だった。

 そんな中にあって、セツナはエンジュール領伯としての仕事に追われた。年明け早々、エンジュールの有力者を招いて会食したり、ゴードン=フェネックが領伯ならば必須のものであると作り上げていた私兵団の訓練を見学したり、私兵団に命名したり、たった一日だったが目まぐるしく動きまわった。

 翌日には、ミオン征討軍に参加するためにエンジュールを出発しなければならなかったのだ。

「領地を持つのも大変ねえ」

 しみじみつぶやくミリュウの様子に、セツナは吹き出したりもした。



 一月四日、ガンディア軍はミオン領土への侵攻を開始した。

 ミオン征討と銘打たれた侵攻作戦は、参謀局の本格的な始動ということもあり、軍師ナーレス=ラグナホルンの肝煎りで立案され、参謀局作戦室長エイン=ラジャール、アレグリア=シーンの案も取り入れられた。

 ミオンは、ガンディア領ガンディア地方の南東に隣接する国であり、北にガンディアに属するベレルがあり、西に同盟国ルシオンが存在する。

 ミオン征討作戦は、ガンディア方面軍第一、第二、第三軍団、ベレルの豪槍騎士団、ルシオンの白聖騎士隊、白天戦団による多方面同時侵攻を主軸に置いた。先鋒は、ルシオンの軍勢が務める予定になっており、そこだけはレオンガンドの要望が取り入れられていた。レオンガンドは、ミオン征討に反対したハルベルクにけじめを付けさせるつもりでいたのか、どうか。

 ともかくも、レオンガンドは、ミオンは同盟国ではなく、敵国であると明言し、ミオンの首都ミオン・リオンを落とし、宰相マルス=バールの首を上げるだけでなく、国王イシウス・レイ=ミオンを討つことが、征討の目的であると宣言した。

「イシウス・レイ=ミオンは、同盟国であるガンディアを裏切り、クルセルクと通じたマルス=バールを庇い、あろうことかわたしに挑戦した!」

 作戦開始を目前に控えた一月三日、レオンガンド・レイ=ガンディアは、ガンディオンに集った第一、第二、第三軍団長及び兵士たちの前で演説を行い、士気高揚に務めたものの、ミオン軍との関係も浅からぬガンディア軍人の戦意は上がるどころか、むしろ下がっていた。

 ミオンは、同盟国だったのだ。長らくガンディアの東方の護りの要であり、護りのみならず、攻めの戦いでも尽力してくれた国だった。ガンディア軍の中核をなすガンディア人にしてみれば、ミオン軍は戦友であり、生死を共にした間柄だったに違いない。それがいきなり敵になったといわれても納得出来ないのは当然だったろうし、士気が高まらないのも仕方のない事なのだろう。

「しかし、ミオンは討たねばなりません。でなければ、陛下の立つ瀬がない」

 演説の最中、軍師ナーレス=ラグナホルンは、セツナの耳元で囁くようにいった。

「元よりガンディアを裏切ったのはミオン。ミオンを討つことを躊躇う必要はないのですが、兵もまた人間。つい最近まで信頼していた同盟国を討つということに拒否反応を示すものがいても不思議ではありません」

「そんなものか……」

 セツナはそういったものの、理解できないというわけではない。が、セツナとミオン軍の接点は少なく、ガンディアの人々のようには感情移入できないのも事実だった。ザルワーン戦争で同じ部隊に配されていれば、また別の感情を抱いたのかもしれないが。

 突撃将軍の人柄も実力も、噂程度にしか知らなかった。会ったことはあるし、言葉をかわしたこともあるのだが。

「その点、セツナ伯は、大丈夫そうですね」

「陛下がそれを望むのなら、俺は矛になるだけですよ。ガンディアの黒き矛に」

 セツナが告げると、ナーレスが薄く笑みを浮かべた。彼の笑みが意味するところはわからなかったが、セツナは、ナーレスが自分を信頼してくれているということだけは理解した。だからこそ、演説のさなかに話しかけてきたのだろう。

 ガンディア軍が王都を出発したのは、その三日のことである。翌四日の午後にはミオンとの国境を突破し、ミオンが国境防衛のために展開していた部隊と激突した。同日、ルシオンの白天戦団、白聖騎士隊も、ルシオン領からミオンへの攻撃を開始しているし、ベレルの騎士団もミオンの北部から侵攻を始めた。

 ガンディア軍は、国境防衛部隊を打ち破ると、休むまもなくミオンの首都ミオン・リオンへと邁進した。ミオン・リオンはミオン領の南東部に位置しており、ガンディオンからはやや遠い上、ミオン・リオンに辿り着くにはダラム要塞を突破しなければならなかった。

 ダラム要塞には、ミオンの三将軍のひとり、ヒルベルト=アンテノーが麾下千五百の猛者とともに待ち構えており、激戦が予想された。

 ガンディア軍が予定通りに進めば、一月六日には、ダラム要塞に到達することになっている。そして、いまのところ、予定以上に順調に進んでいた。

『もっとも、士気が低いのはこちらだけではなさそうですが』

 ダラム要塞を目前にしたとき、セツナの脳裏にはナーレスの囁きが蘇っていた。堅牢そうな黒い要塞からは、活気というものを感じ取ることはできなかった。



「ルシオンの武名をミオンの地に轟かせよ!」

 白天戦団長バルベリド=ウォースーンの雄叫びが、マードレルの地に轟いたのは、一月五日の正午前のことだった。

 ルシオンが誇る精鋭部隊である白天戦団は、白を基調とする甲冑を身につけた戦闘集団であり、装甲騎兵部隊・白馬と、重装歩兵部隊・白盾からなる。白馬は五百騎、白盾は千五百人の戦闘員を擁しており、数の上においては、白聖騎士隊を大きく上回る。

 白天戦団は歴史の古い組織であったし、白聖騎士隊の創設理念を考えると不思議なことではなかった。

 白聖騎士隊は、ハルベルクがリノンクレアへの愛を表現するために創設したといっても、過言ではなかった。

「同盟国の大地に轟かせる、か」

 ハルベルクは、馬上、バルベリドの言葉を反芻するようにつぶやいて、肩を竦めた。マードレルは、ミオンの都市のひとつだ。ルシオンとの国境に程近く、ルシオンとミオンが交流する際の窓口のような都市となっていた。ハルベルクにとっても馴染み深い都市であり、聳え立つ城壁も、閉ざされた城門も、なにもかもが懐かしく想えてならなかった。

「殿下……」

 リノンクレアが馬を寄せてきた。ハルベルクのつぶやきが聞こえていたらしい。

「いや、済まない。義兄上を詰っているわけではないのだ。陛下は、間違ってはいない。イシウス陛下が素直にマルス=バールの首を差し出せば、このような事にはならなかったのだからな」

 すべては、そこに帰結する。宰相の命ひとつで回避できた戦争なのだ。そう約束した以上、レオンガンドは、マルス=バールの首だけで許しただろう。レオンガンドは、約束を反故するような男ではない。同盟関係を破ったのも、ガンディアからではなかった。ミオンが、ガンディアを裏切り、ルシオンさえも裏切ったのだ。

 信義を踏みにじったのはだれか。

 冷静に考えれば、答えは簡単に見つかるものだ。

「そして、事ここに至った以上、迷っている場合ではない」

 それも、わかっている。

「わたしはルシオンの王子ハルベルク・レウス=ルシオン。いずれルシオンを背負う立場にあるのだ。陛下の苦悩こそ理解せねばなるまい」

 ハルベルクは、リノンクレアの横顔に見惚れながら、告げた。レオンガンドとて、ミオンと戦いたくなどなかったはずだ。無益な戦争だと、いわざるをえない。だれも得をしない戦いではないのか、と思わないではないが、それもいまさらだ。

 止められなかったのだ。

 ハルベルクがイシウスに出した書簡も、結局は意味をなさなかった。

 イシウスは、マルス=バールを庇い、ガンディアとの敵対を明らかにした。

 クルセルクとの戦争を目前に控えた現状、ミオンは最悪の決断をしたといわざるを得なかった。クルセルクと戦う決意をしたのは、ガンディアだけではない。ジベル、アバード、メレド、イシカ、アザーク……様々な国が、魔王による支配に立ち向かおうとしている最中、ミオンは、その勢力の中心にして、同盟国であるガンディアと対峙する姿勢を見せたのだ。

 時流への逆行。

(愚かなことだ。愚かな……)

 イシウスの若さがそうさせるのか、それとも、ほかになにか考えがあるとでもいうのだろうか。クルセルクがミオンに援助の手を差し伸べているという話は入っていない。ミオン領土に皇魔の軍勢が差し向けられた様子もない。そして、近隣国もまた、ミオンを黙殺している。

 孤立無援とはまさにこのことであり、ミオンに勝ち目はない。

 ハルベルクは、城壁上から降り注ぐ矢の雨を見遣った。閉ざされた城門を破壊するまで、矢の雨を凌ぎきらなければならないが、大きな犠牲はでないだろう。

 こちらには攻城兵器がある。

「武装召喚師……か」

 ハルベルクは、城門に接近する数騎の装甲騎兵の中に、彼が推挙した武装召喚師が混じっていることに気づいていた。

 彼が武装召喚師の登用を決めたのは、ザルワーン戦争で武装召喚師の驚異的な力を目の当たりにしたからであり、ガンディア軍の勝利にもっとも貢献しているのが武装召喚師だという事実を知っていたからだ。

 武装召喚師は、《大陸召喚師協会》との交渉の末、手に入れることができた。若い男だが、実力は折り紙つきだ。

 なにせ、ファリア・ベルファリア=アスラリアが認めるほどの人物なのだ。

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