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第五百九十六話 ミオンについて(一)

 十二月十七日。

 大陸歴五百一年の終わりまで、もう少しというところになった。

 ガンディアを取り巻く情勢に大きな変化はなかった。

 そう、変化がないのだ。

「ミオンはなにをしているのか」

 レオンガンドが声を上げて側近に尋ねなければならないほどに、ミオンは沈黙を守っていた。

 ミオン。

 ガンディアの東に隣接する国であり、長らく同盟関係を結んできた間柄である。ルシオンとともに締結した三国同盟は、弱小国家ガンディアを生き長らえさせることに大いに力を発揮した。アザークやログナーが大規模な軍勢をガンディアに差し向けられなかったのは、結局のところ、ルシオンとミオンという同盟国の存在が大きかった。

 そのおかげでガンディアはバルサー要塞の奪還に始まる快進撃を成し遂げることができたのだ。各戦争においても、ミオンの働きは決して小さくはない。突撃将軍と謳われたギルバート=ハーディ率いる騎兵隊の戦いぶりは、語り草になっている。

 人馬一体を体現する将軍と、彼の部下たち。

 ロンギ川では多くの兵が散ったが、戦争のことだ。ミオンの将軍は、不満も不服も漏らさなかった。ガンディアの軍人も、数多く死んでいる。死傷者の数だけでいえば、ガンディアが一番多い。当然のことではあるが。

 そして、ミオンの若き国王イシウスは、戦後、レオンガンドとの再会を喜び、レオンガンドとナージュの結婚を心から祝福してくれたものだった。

 そんなミオンだが、国王や将軍の意思とは関係のないところで、反レオンガンド、反ガンディアの動きを見せていた。

 ラインス一派とクルセルクの共謀に加担し、皇魔の箱をガンディオンまで運びこむ一助を担っていたのは、まず間違いなかった。クルセルクからの贈り物は、ミオンの領土を通過し、ガンディオンに運び込まれている。そのあまりに巨大で不審な箱の中身を確かめなかったのは、ナーレス=ラグナホルンが既に内容物を知っていたからに他ならないが。

 もし、ナーレスが中身を知らなければ、王宮区画に運びこむ前に中身を確認しただろうし、その時点で大騒ぎになっていたはずだ。もちろん、箱が人間の力で開けることができるという前提の話だが。開放時の様子を見る限り、どうも人智を超えた代物のように思えてならなかった。

 もっとも、内容物を確認できなかったとすれば、王宮に入れなかっただけのことだが。

 ナーレスがラインスたちの企みを知ることができたのは、ゼイン=マルディーンがラインスを見限り、ナーレスに繋がろうとしたからだった。ゼインは、ラインス率いる反レオンガンド派に属していては、将来が危ういと判断したようだった。

 そのうえで、ラインスの企みが許せなかったらしい。ラインスは、婚儀の最中、王宮区画に皇魔を解き放つことで、レオンガンドを始めとするガンディア王家に連なるものを抹殺し、王家の血を根絶やしにしようとしていた。それが、ゼインの怒りに触れたのだ。ゼインは、レオンガンドに反感こそ抱いていたものの、王家への忠誠心は揺るがないという類の根っからのガンディア貴族であったのだろう。

 彼はラインスを裏切り、ナーレスに内通した。ナーレスは、ラインスの計画に驚愕したが、同時にこれを利用しない手はないと考えた。ラインスの計画によってラインス一派を殲滅することこそ、ガンディアの今後のために必要なことだと判断したのだろう。

 結果、ラインス=アンスリウス率いる反レオンガンド派の大物たちがガンディアから消えた。ガンディアの政は、レオンガンド派と中立派の貴族が二分する状況となり、レオンガンドたちの政策や意見が無条件で通るという状態になっていた。いままで停滞気味だった政治が、これによって加速することは間違いなく、ガンディアの発展は疑いようがないといってもよかった。

 また、レオンガンドがナーレスの思惑通りに動いたことにより、近隣諸国との協力関係は強固なものとなりつつある。反クルセルクで一致したのは大きいことだ。いかにガンディアが力をつけてきたといっても、現有戦力では、魔王の国を相手に対等以上に戦うことは難しい。最低でも、同盟国とジベル、アバードの戦力は欲しかった。

 そう、クルセルクと戦う上で、同盟国ミオンの戦力は必要不可欠だった。だからこそ、今回の件は、宰相の首ひとつで手打ちにしようといったのだが。

「ミオンを真に支配するのはマルス=バールなのは間違いありませんが、彼とて、国王の意に反することはできますまい」

 ナーレスがミオンの内情を、見てきたことのようにいうのが、すこしばかりおかしかった。

「イシウス陛下が首を所望すれば、死ぬ、というのか?」

「マルス=バールにもその程度の気概はございましょう」

「どうかな」

 とはいったものの、その点に関してはレオンガンドも同じ考えだった。

 レオンガンドが気がかりだったのは、マルス=バール本人のことではない。彼は、ナーレスのいうとおりの人間なのかもしれない。ナーレスのいうように、王命を無視してまで生き延びようとする人間ではないのかもしれない。彼がラインス一派と結託し、レオンガンドたちを亡き者にしようとしたのは、ひとえにミオンのためであろう。彼が、ガンディアの拡大路線に脅威を抱いたのだとしても、何ら不思議ではなかった。

 ガンディアが弱小国家であったからこそ、ミオンは、同盟国として、対等な関係でいられる。そういう思い込みが、マルス=バールにあったのだとしても、おかしくはない。もちろん、マルス=バール自身の野心や保身が暴走した結果という可能性も捨てきれないのだが。彼のこれまでの言動は徹頭徹尾ミオンのためのものであるというのは、疑いようのない事実だ。

 彼ほどの愛国主義者は、ガンディアにもそうはいないだろう。レオンガンドですら、マルス=バールの愛国心には勝てないかもしれないと思うことがある。

 彼は国を想い、想うが故に、ガンディアの拡大主義を懸念した。レオンガンドはかつて、大陸小国家群の統一を掲げた。ザルワーンの国主、ミレルバス=ライバーンへの宣言は、いまや周辺諸国に知れ渡っている。その結果、ガンディアの侵攻を懸念する国が現れるのは、当然の話だ。同盟国とて、例外ではない。リノンクレアの嫁ぎ先であるルシオンや、ナージュの祖国であるレマニフラはともかく、血縁的な繋がりが極めて薄いミオンにしてみれば、笑い事ではなかったのかもしれない。

 レオンガンドは、婚儀の前、そのことについてイシウスに釈明しなければならなかった。ガンディアはミオンが同盟国である限り、手を出すことなどありえないと宣言し、宣誓書に署名も行った。イシウスは納得し、ガンディアとともに大陸小国家群を纏め上げ、大陸を四分する勢力の一助を担うといってくれたものだが。

「イシウス陛下は、彼は、若い。が、幼くはない。聡明であり、見識も確かだ。少なくとも、彼と同じ年齢だったころのわたしよりは余程、な」

 レオンガンドは、イシウス・レイ=ミオンの多分に幼さを残した表情を思い浮かべながら、玉座の肘掛けに肘を乗せた。謁見の間には、彼とナーレス以外には人影はない。側近たちは忙しなく動き回っているのだ。ナーレスでさえ、わずかばかりの時間を割いてくれたに過ぎない。ガンディアを取り巻く情勢に変化はないが、ガンディア自体は、常に変化し続けなければならなかった。

 ラインス一派の活躍もあって停滞気味だった内政を加速させつつ、北の脅威にも対抗しなければならない。それも、協力国との連携を取りながら、だ。

 ガンディアは、既にクルセルクがいつ侵攻してきてもいいように、ザルワーン方面軍を動かしている。もちろん、自国領に攻め込まれるよりは、クルセルク領に攻めこむほうが戦いやすく、賢いやり方なのだが、攻めこむにしても、連合軍の足並みが揃ってからでなければ思うような戦果は得られないだろう。セツナと《獅子の尾》だけに頼りきった戦いばかりを続けるわけにはいかないのだ。

 レオンガンドは、自分一代で小国家群統一を成し遂げるつもりでいる。三大勢力が動き出すより早く統一しなければ意味が無い以上、その覚悟と意気込みがなければならない。そして、そのためには、多方面同時侵攻も視野に入れなければならず、そういう場合、《獅子の尾》に頼りきった戦術は取れなくなるだろう。

 クルセルクとの戦いは、その試金石といってもよかった。

「イシウス陛下は、レオンガンド陛下のことを兄のように敬っておられるようですが」

「そんなものは、個人的な感情に過ぎんさ。彼ほどの人物が、私事と国事を混同するようには思えん」

「なれば一層のこと、宰相の命よりも、ガンディアとの同盟の継続を取るかと」

「ミオンの将来を思えば、それが正しい選択となるはずだ。マルス=バールの首さえ差し出せば許すと、こちらはいっているのだからな」

 レオンガンドは、ゆっくりと息を吐いた。その条件に嘘偽りはない。ガンディアを裏切ったのがミオンの宰相ならば、宰相の命脈さえ断てば、今後、ミオンがガンディアに敵対することはないだろう。同盟国としてガンディアを支え続けてくれるはずだ。

 レオンガンドの考える大陸小国家群の統一とは、小国家群全土をガンディアの領土にするということではない。三大勢力に対抗しうる一大勢力を作り上げることである。同盟国まで支配する必要はなかったし、属国に落としたベレルをさらに深く支配するつもりもない。だからこそ、レオンガンドは一代で成し遂げられるかもしれない、とも思うのだ。

 ガンディアがさらに強大化すれば、ベレルのように戦争をせずとも、臣従する国も出てくるだろう。そういう国が増えれば、小国家群の統一は加速しうる。

 そのためにも、ミオンには同盟国として在り続けてほしいという思惑もあった。ミオンが同盟国として健在である限り、ガンディアの同盟国への寛大さを主張し続けることができるからだ。それは、小国家群統一の大いなる力となるだろう。

 逆に、ミオンが宰相の首を差し出さなかった場合はどうなるのか。

(ミオンを滅ぼさねばならぬ)

 レオンガンドは、ナーレスの涼やかなまなざしを見つめ返しながら、胸中でつぶやいた。

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