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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第五百七十二話 血と魂(二十)

 各国主戦力が、王家の森に逃げ込んだ皇魔の群れに向かって駈け出したのは、ちょうど日が傾きかけた頃合いだった。

 西の空が真っ赤に燃え上がり、その眩いばかりの赤い光が王宮区画と王家の森に暗い影を落とす。獅子王宮とも呼ばれる宮殿と無数の高層建造物が織り成すのが、ガンディオンの王宮区画だ。光が強くなれば強くなるほど、横たわる影も深く、暗いものになっていく。

 戦況は、人間側が優勢だった。

 終始、といってもいいだろう。

 人類の天敵として知られ、恐怖の対象でしかない化け物を相手にしながら、人間側がこれほどまでに優位を保つことができたのは、ガンディアを始め、この王宮区画に集った国々の用意した戦力が並外れたものだったからだ。

 ガンディアは王立親衛隊《獅子の尾》を、レオンガンドやナージュを護るためではなく、招待客の保護のために用いた。招待客のうち、皇魔に襲われる危険性があったのは、皇魔に立ち向かった一部だけであり、皇魔の出現を知って宮殿や近くの建物の中に逃げ込んだ人々は安全だった。

 皇魔は、屋外で敵対的行動を取る人間にこそ意識を集中させていたし、皇魔が王宮や建物に入り込むには、戦意を見せる人間の壁を突破しなければならなかった。皇魔に立ち向かったのは、なにも各国の主戦力だけではない。王宮区画内に配備されていたガンディア軍の兵士、王宮警護の警備員たちも武器を手にし、皇魔との戦闘を繰り広げた。そして、多数の負傷者が出ている。

《獅子の尾》は、隊長を始め、隊長補佐、副隊長、隊士にいたるまで、全員が武装召喚師という凶悪極まる部隊だ。その破壊力は、他の親衛隊は言うに及ばず、ガンディア軍が全戦力を用いても対抗できるものか怪しいほどだ。

 レオンガンドは、その戦力を手元に置かず、戦闘に身を投じる招待客の保護に当てていた。レオンガンドとしては、自身の安全は確保できている以上、セツナたちを手元に置くのは愚策だと判断したのだろう。戦力を持て余して戦況を悪化させるのは、下策も下策だ。

 ガンディアが《獅子の尾》を戦場に投じたころには、各国の戦力も大体が出揃っていた。ルシオンの白聖騎士隊はレオンガンドとナージュを護衛するといい、ミオンの騎兵隊は、本来の力が発揮できないということで、宮殿への進路を塞ぐように布陣した。

 アバードからは獣姫シーラ・レーウェ=アバードが侍女団とともに参戦し、その噂に違わぬ勇猛ぶりを見せつけている。侍女たちも勇壮であり、シーラたちがアバードの最強戦力の名をほしいままにしている理由がわかった。シーラは一度窮地に陥り、セツナが助けることになったものの、それ以降は危なっかしい場面はなかった。本調子ではなかったのだろう。

 ジベルは、王子セルジュ・レウス=ルシオンが兵を率いて参戦した。王子は、セツナと同じく十七歳の少年に過ぎないが、通常のセツナと同程度には戦えるようだった。しかし、その危なっかしさは見るに耐えないものであり、セツナは自分がいかに黒き矛に守られているかを悟ったものだ。もっとも、セルジュを危険から護るのは、セツナの役目ではなかった。ふたりの死神が、王子の身辺で暴れまわっている。ひとりは知っている。死神壱号ことレム・ワウ=マーロウ。獅子の仮面の死神である。もうひとりは狼の面の死神で、黒い長棍を振り回している。

 死神たちがセルジュの元を離れない限り、セルジュ王子が危険に晒されることはない。

 メレドからは、国王サリウス・レイ=メレドとその親衛隊である美少年たちが戦場の片隅に防衛線を張っている。皇魔が王宮方面へ戦線を拡大しないようにしているらしいのだが、男でもはっとするような美少年たちに戦闘経験があるようには見えなかった。だが、そんなセツナの固定観念を覆す少年がひとり、皇魔の群れの中で大立ち回りを演じているのも事実だった。サリウス王の親衛隊のひとりであり、女性物のドレスに身をやつした少年は、それこそ舞い踊るように戦っていた。その無駄と隙だらけな動きは、皇魔の攻撃を誘うのだが、しかし、少年は迫り来る皇魔の攻撃を安々とかわし、手痛い反撃を叩き込む。両手に握った剣でつぎつぎと斬撃を繰り出す様は、剣の舞でも踊っているかのようだった。

 そしてイシカ。

 イシカからは王子ルース・レウス=イシカが結婚式に参列しており、つい最近まで相争っていた隣国メレドの王と張り合うように、兵を率い、防御陣形を構築していた。しかも、同じようにたったひとりだけを戦場に派遣している。こちらは、見事なまでの白髪が年輪を感じさせる人物であり、名をサラン=キルクレイドといった。弓聖という二つ名を持ち、ガンディアの近隣諸国では知られた名前だという。セツナもナーレスから名前だけは聞かされていた。シーラとは違う意味で注意しておく必要のある人物だということだった。

 サランは弓聖と呼ばれるだけあり、その弓の腕前は凄まじいものがあった。一度に五本の矢を番えて放てば、その尽くが別の皇魔に突き刺さる。別の矢を一本、力を込めて放てば、ブラテールの外骨格さえ貫き、脳髄を破壊した。命中精度だけでなく、破壊力さえも思いのままであり、さらにその連射速度は人間技とは思えないほどだった。

「ベイロン=クーンも凄かったけど、上には上がいるものね」

「ベイロン……ああ、バハンダールの」

 ファリアの漏らした感想によって思い出されるのは、剛弓を構えた大男の鬼のような形相だ。彼がファリアたちを苦しめたという話は知っているが、彼の矢がセツナに向かって放たれることはなかった。彼が矢を番えたときには、黒き矛が彼を切り裂いていたからだ。

「ベイロン=クーンは間違いなく弓の名手だったわ。生きていれば、ガンディアの戦力にもなったでしょうけど」

「そんなこといったら、ザインだって、クルードだって、生きていたら戦力になったわよ。ザインはともかく、クルードがガンディアに従ったかはわからないけど」

「そうね……」

「敵なら、倒すしかない。セツナは当たり前のことをやっただけでしょ」

「だれがセツナを責めてるのよ」

 ミリュウが唇を尖らせると、ファリアが思わず噴き出した。同時にオーロラストームより放たれた雷撃が目標を大きく逸れたのか、ブリークの後方の木に直撃して爆発を起こす。驚いたのはブリークであろう。ブリークは即座に発電体勢に入ったが、つぎの瞬間、サランの矢に眼孔を射抜かれて沈黙した。

 王家の森は、もはや目前まで迫っている。残る皇魔は二百足らず。日が暮れるまでに決着をつけたいところだが、どうなるものか。木々を盾に立ち回られては厄介だ。平地に比べて時間がかかるのは間違いない。だから森に逃げられたくはなかったのだが、こうなってしまった以上は仕方がなかった。

「いっそ森ごと焼き払うのはどうなの?」

 ミリュウの提案に、セツナはファリアと顔を見合わせた。ルウファが苦笑した。

「森だけで済めばいいんですけどね」

「セツナ、火は溜まってないのー?」

 ミリュウが確認してきたのは、カオスブリンガーに充填されている熱量のことだろう。黒き矛の能力はいくつかあるが、そのひとつに火や熱を吸収し、蓄積しておくことができるというものがある。また、蓄積した火力を放出することができた。その能力を使えば、王家の森を焼き尽くすことも難しいことではない。

「まったくないし、王家の森を全焼させるのはまずいだろ」

「そうよ、王宮や屋敷に燃え移らないとは限らないでしょ」

「そこは副長殿が風を起こして、ね」

「はあ!?」

 ルウファが素っ頓狂な声を上げる一方、セツナは、ミリュウが考えなしに提案しているわけではないことをしって、多少安堵した。無茶な案にも、彼女なりの理屈があるのだ。ルウファのシルフィードフェザーは、空を飛ぶだけが能力ではない。羽を弾丸のように飛ばしたり、大気を操ることができるようなのだ。

「なるほど……ねえ」

「それならなんとかなるか」

「いやいやいやいや!」

 ルウファが慌てふためきながらセツナの視界を塞ぐ。血塗られた翼をばたつかせる様は、堕天使がなぜか慌てているようにしか見えない。

「なに考えてるんですか! シルフィードフェザーを過大評価しすぎですよ!」

「冗談だよ」

「そうよ、冗談よ」

「なに本気になってんの?」

「……なんていうか、扱いが酷すぎませんか」

 セツナは、悄気返るルウファを右に押しのけると、黒き矛を目線の高さに掲げた。前方、わずかに炎上する王家の森の中に無数の雷球が構築されている。ブリークたちの雷撃が、皇魔が攻勢に出る合図なのかもしれない。ふと、そんな予感がした。

 こちらは既に攻撃を始めているものも少なくはない。しかし、遠距離からの矢だけでは、強固な外皮に覆われた皇魔に致命傷を与えることは難しい。サランの強弓やファリアのオーロラストームならばまだしも、一般兵の矢など、物の数にも入らなそうだった。

(いや、雷球だけじゃないな)

 セツナの目は、王家の森の影に蠢く皇魔の位置をほとんど正確に捉えている。三十体のブリークが最前列に展開しているのは、雷球を放射拡散し、こちらの前列部隊に壊滅的な被害をもたらすためだ。ついで、三十二体ものレスベルがブリークの近くで、大口を開いている。レスベルは、口の中から破壊エネルギーを放出することができるのだ。ブリークと一斉射撃を行うつもりに違いない。その後方に控えるグレスベル六十体は、ブラテール五十五体、リョット二十一体に分乗しており、一斉砲撃後に騎兵突撃を敢行するつもりのようだった。

「全軍に伝達!」

 セツナは、大袈裟すぎるくらいの大音声で告げた。

「皇魔の遠距離攻撃と突撃の波状攻撃に備えろ!」

 王家の森が、震えた。

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