表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
562/3726

第五百六十一話 血と魂(九)

 レオンガンド・レイ=ガンディアとナージュ・レア=ガンディアが、白銀で彩られた絢爛たる馬車に乗り、王宮の北門から群臣街にでたのは、十三時過ぎのことだ。

 空は晴れ渡ったままであり、照りつける太陽の白さは、低い冬の気温を多少なりとも上げてくれていた。しかし、たとえ空が曇っていたとしても、この日の群臣街の気温は、凄まじいものになっていたかもしれない。

 レオンガンドたちを乗せた馬車は、王宮の北門から群臣街に入り、市街と王宮のちょうど真ん中辺りで東に曲がることになっている。そのまま曲線を描いて群臣街の東側へ至ると、王宮の東門に向かうという道程だった。

 その行進経路は数日前から発表されていて、群臣街に住む人々による場所取りが行われたりもしたようだが、それでは一般市民が入り込む余地がないということで、場所取りとして配置されていたものはすべて撤去されてしまった。

 そのため、群臣街の出入りが開放されてからというもの、熾烈な場所取り合戦が繰り広げられたようで、負傷者も少なくなかったらしい。都市警備隊が隊員を総動員したものの、それだけでどうにか出来る数ではなかったのだろう。

 軍も出動しているのだが、やはり、数の暴力には敵わないのだ。

 王と王妃を乗せた馬車は、それはそれは豪華なものだった。四頭立ての馬車で、銀獅子をあしらった馬鎧を着込んだ姿は、戦場に向かう軍馬のようですらあった。馬は全て、ジゼルコート・ラーズ=ケルンノールが手塩にかけて育て上げた馬であり、その品格たるや、馬の良し悪しの分からないセツナでさえ息を呑むほどだった。

「無理してわかろうとしなくてもいいのよ?」

「そうそう、一般人は一般人らしく、素直にね」

 ファリアとミリュウの言い様は、セツナへの当て付けとしか思えてならなかったが。

(なんの当て付けなんだよ)

 セツナには、身に覚えがなかった。


 王と王妃を乗せた馬車が北門を出ると、凄まじいばかりの歓声が上がった。歓声だけで王都が揺れるのではないかと思うほどのものであり、北門から群臣街を見渡すセツナの鼓膜も震えた。

 道沿いを埋め尽くす人々に対して、馬車に設置された台座の上に立つレオンガンドとナージュがにこやかに手を振ると、観衆が大袈裟なまでに反応を示す。赤や青、緑……色とりどりの紙吹雪が舞い、楽団の奏でる音楽が群臣街に祝福の空気を満たしていく。

 まさにパレードだ。

 パレードの先頭を進むのは、王立親衛隊《獅子の爪》である。獅騎ラクサス・ザナフ=バルガザールを隊長とする国王の親衛隊は、レオンガンドの剣としての役割を象徴するように武装している。しかし、《獅子の爪》が身につけているのは派手なだけで戦闘では役立ちそうにない装備群である。ガンディアの派手好きとはよくいわれたものだそうだが、その派手好きが揃えた武器防具がここにきて活かされているらしい。

 つぎに、レマニフラの白祈隊、紅貴隊が続いていた。白祈隊は純白の装束を纏い、紅貴隊は真紅の鎧兜を身につけていて、日本人的感覚を持つセツナからしてみればめでたい組み合わせだったが、パレードの計画者の思惑通りなのかはわからない。少なくとも、ガンディア人にとって白と赤がめでたいという話は聞いたことがなかった。黒忌隊が外されたのは、その名称が不吉だからということだったが。

 三列目は、同じくレマニフラから来たという舞踏団である。美々しく着飾った美女が舞い踊るさまは、白祈隊、紅貴隊の無骨さを払拭するかのようであり、舞踏団のところで歓声が上がることも多かった。南方人特有の褐色の肌が健康的な色気を放っていた。

 舞踏団に続くのは、楽団である。ガンディアの宮廷楽団が白と銀を基調にした衣装を身につけ、様々な楽器を鳴らしていた。管楽器や打楽器は、イルス・ヴァレとセツナの世界で大差はなく、聞き慣れた旋律は、耳に心地よいものだった。

 そして、レオンガンドとナージュだ。ふたりを乗せた四頭立ての馬車はいかにも巨大だったが、それはふたりをより多くの人々に披露するための工夫でもあった。巨大な馬車の台座から手を振り続ける国王夫妻の姿は、北門上のセツナの目からもはっきりと見えていた。それもこれも黒き矛のおかげだった。感謝しなければなるまい。

 レオンガンドたちの馬車に続くのは、王立親衛隊《獅子の牙》だった。王の盾である《獅子の牙》も、《獅子の爪》に負けず劣らず、派手で実用性皆無な甲冑を身につけている。隊長は獅騎ミシェル・ザナフ=クロウ。セツナとは関わりの薄い人物だが、レオンガンドが隊長に選んだ人物だ。性格も能力も確かなのだろう。

 ザルワーン戦争からの凱旋時よりも明るい興奮と感動が群臣街を包み込み、ひとびとの表情をきわめて幸せそうなものにしている。

 台座上のレオンガンドとナージュのふたりも、幸せそうだった。ふたりは、結婚式のときよりも派手な衣装に着替えているということであり、それは道沿いに陣取れなかった人々にも王と王妃の姿を認識してもらうための配慮だということだった。白と銀を基調とする衣装は、陽光を浴びてまばゆいくらいに輝いている。遠目からでも、馬車の台座のふたりを確認することは容易にできるだろう。

 セツナは、黒き矛のおかげで、馬車が行進経路から外れない限りふたりの姿を追い続けることも難しいことではなく、だからこそ、彼は北門から動く必要がなかった。ファリア、ミリュウ、ルウファの三人は、そうではない。ファリアのオーロラストームも、ルウファのシルフィードフェザーも強力な召喚武装だが、黒き矛には及ばないのだ。その感知範囲は、カオスブリンガーよりずっと劣るらしく、王宮区画外周城壁に留まっていては、行進中の陛下と殿下を見守ることができないため、当初の予定通り、群臣街の所定の地点に移動していた。

 ファリアは群臣街の北側、最初の右折地点付近から周囲の動きを監視していて、ルウファは、東部の右折地点に立っている。ミリュウは東門に留まっていて、パレードが王宮に戻ってくるのを待っている。なにごとも起きなければ、ミリュウはそこで初めて、レオンガンドとナージュの晴れ姿を目にすることができるというわけだ。

 事件が起きるとすれば、パレードの最中ではないか、というのは結婚式の警備体制に関する会議で何度となく言及されたことだ。式が行われるのは王宮大広間であり、警備を完璧なものにするのは必ずしも難しくはない。セツナの暗殺未遂事件は、大広間から離れた場所で起きたのであって、大広間の警備に関しては問題はなかった。

 レオンガンドとナージュ、あるいは出席者に危害を加えようとするものが現れても、咄嗟に対応できるだけの準備は整えられていた。それこそ、鼠一匹通さないほどの監視網、警備網は、ガンディア始まって以来の密度だった。

 それはいい。

 問題は、パレードの警備だ。道沿いに押し寄せる人々を抑えるのは難しくはないが、何分、屋外なのだ。長距離からの狙撃でレオンガンドの命を奪おうとするものが現れても不思議ではないし、ガンディアのやり方に反発する連中が暴動を起こす可能性も皆無ではない。危険人物は、昼の時点で数名ほど検挙されていたようだが、それですべてと思ってはならない。

 セツナたち武装召喚師は、その広大な感知範囲を駆使し、レオンガンドとナージュの身辺に異変がないか、全力で監視する役割を与えられた。

 カインも、駆り出されている。今朝の仕事でぶっ倒れたという彼だったが、パレードの警備を万全にするため、群臣街に出動しているはずだった。度重なる武装召喚術の行使は、彼の心身に多大な負担をかけているに違いないが、カインにはそれも望むところかもしれない。

『狗は主の命に従うだけだ』

 カインの口癖に、セツナは、眉根を寄せた。

「狗……か」

 自分も、狗なのだろう。

 レオンガンドという飼い主に尻尾を振るだけの狗。それでいい。それ以外の道など、考える必要はない。狗として生き、狗として死ねばいい。狗であるからこそ、セツナは幸福を実感できている。ファリアやミリュウ、ルウファという仲間たちがいるのも、自分が狗であるからだ。

「なにも起きそうにないな……」

 群臣街を進むパレードの様子に変化はない。楽団が奏でる旋律に合わせて舞踏団が舞って踊っている。王と王妃が手を振れば、道沿いの観衆から声が上がる。平和で幸福な光景。そこに忍び寄る影は見当たらない。

 風は、穏やかだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ